祝・クリントン敗北 - そして保守派の戦いは続く

  • 2016.11.12 Saturday
  • 13:42

苦渋に満ちた米大統領選が正式に終わった。結果として極左でありオバマの政策の継承と拡大を確約していたヒラリー・クリントンの敗北に終わったことはひとまず喜ばしいことである。

当ブログは米大統領選に関する最後の投稿でトランプの大敗北を断言したが、それが完全に外れたということである。そしてそれでよかったのである。

なぜヒラリー・クリントンが敗北し、ドナルド・トランプが勝利したのか。

トランプは今までも述べてきたとおり、不安定でおぼつかない人物である。一般的にトランプは「過激だ」と言われる。だがトランプの発言や行動に過激な部分は一つもない。

メキシコとの国境が不法移民の温床となっている現実において、物理的な壁を建設するのは当然である。イスラム教徒の移民が欧州、豪州、北米において毎日のようにテロを引き起こしている現実において、少なくとも高リスクな地域からのイスラム教徒移民を遮断するのは当然である。これらはトランプの十八番ではなく、テッド・クルーズも主張していたことである。

トランプの問題は過激なことではない。世の言い方を使えばトランプは中庸であり中道である。価値観についても経済についても外交についても一本の筋が通っているわけではなく、あっちに振れてこっちに振れ、いったいどこに軸があるのか分からない人物である。そのためか多くの愚劣な発言を繰り返しては保守派を幻滅させてきた。共和党上院で最も保守とされるユタ州選出のマイク・リー議員などは、低劣な行動や発言を暴露され続けるトランプに対して本選挙を目前にして退陣を求めたくらいである。

保守の言論界においては大きく三つのグループに分かれた。一つは絶対トランプ支持派。これはフォックスニュースやブライトバート誌である。二つ目は、ヒラリー・クリントンによるこれ以上の国家解体を阻止することを第一目的とし、”鼻をつまんで”トランプに投票しようとする一派。これはマーク・レビン等の多くの元クルーズ支持者達がこれに入る。そして三つ目は絶対トランプ不支持派(#NeverTrump)。これにもベン・シャピーロやグレン・ベック、アマンダ・カーペンターといった元クルーズ支持者達が入る。

ヒラリー・クリントンが敗北した理由。それはオバマ政権とヒラリー自身の酷さ故である。オバマ政権8年によってアメリカの軍事力は後退し、同時に外交上の威信も低下。経済は破綻した状態で超低空飛行。政権と政権の意を受けた最高裁による社会実験で伝統的価値観と自由は未だかつてない攻撃にさらされている。それに対してヒラリー・クリントンから出てくるのは使い古された左翼的な言辞。それに加えてクリントンの腐敗。情報セキュリティ問題に加えて計算外にマズかったのが最後に出てきた「アントニー・ウィーナー問題」である。これについては公衆良俗のため多言は避ける。この世から隔絶された生活を送るハリウッドのセレブと左翼思想に脳髄をやられた人間以外はこのオバマ路線を突き進まんとする極左クリントンに少なからず危機感を覚えたはずである。

トランプが勝利した理由。それはクリントンの酷さゆえの自爆と保守派の踏ん張りである。

クリントンの酷さゆえに多くの民主党支持者が熱意を喪失した。投票数がそれを物語っている。一方共和党支持者の保守はクリントンによるオバマの社会主義政策拡大に強い危機感をいだいていた。特に危ないのが高齢化が進む最高裁で、クリントンが政権を取れば左翼の判事が任命されることになる。そうなれば社会の基盤である性別や結婚の概念が変容さっせられ、銃による自衛の権利も風前の灯である。

トランプの政策は良い部分と悪い部分の寄せ集めである。選挙戦初期のころのトランプには「壁をつくる!」だけの印象であったが、指名獲得してから終盤にかけてだいぶまともな政策が出てきている。大幅減税しかり、オバマケア撤廃しかり、教育自由化しかり、エネルギー開発の解放しかり、規制緩和しかり。良い部分はこれまでの対抗者から拝借したものもあればマイク・ペンス次期副大統領の指南によるものもあろう。だが反自由貿易的な姿勢(一部のトランプ支持者は「反グローバリズム」とはしゃいでいる)、社会福祉の拡大、政府主導のインフラ事業拡大、親露的態度、陰謀論への加担など、首をかしげるようなものから唾棄すべきものまで負の部分もある。

それらを総じてクリントンよりも遥かにマシであり、クリントンを止められるのはトランプしかいない。いまトランプを選ばなければ取り返しのつかないことになる。一旦失われたものは返ってこない。一旦壊れたものはもとには戻らない。

この強い危機感が保守派を突き動かした。

マーク・レビンをはじめとする保守派は決してトランプ翼賛会には堕しなかった。彼らはオバマ民主党とクリントンに対して熾烈な批判を繰り広げながらトランプが正しい発言をすれば称揚し、愚劣な発言をすれば雷を落とした。そして同時に選挙ではトランプに投票することを公言した。

トランプとトランプ支持者からいわれなき暴言と侮辱を受けたテッド・クルーズは自ら電話を取ってトランプへの投票を訴えた。「ヒラリーを止めるために」と。

彼らの熱意と行動によってトランプは襟を正して奮闘し、そして不承不承トランプ支持者と絶対トランプ不支持派の一部の心を動かした。

投票当日、マーク・レビンのラジオ番組にマイク・ペンス副大統領候補が電話で登場、「クリントンを止めるために投票を!」と呼びかけた。マーク・レビンは投票締め切りの数十分前まで「Get out and vote! It's time to get the key and go to vote! Stop Hillary! C'mon!」と叫んだ。

トランプは彼らに感謝せねばならない。そして約束を守らなければならない。だが人間は簡単に変わるものではない。若者ならまだしも、トランプほどの高齢であれば疑問を持たざるを得ない。

保守派はクリントンを破った。だが彼らは権力を握ったトランプを制御できるか。

保守派の戦いはこれからである。

「氷河期世代を正社員化で助成」 新たな収奪

  • 2016.11.06 Sunday
  • 17:17
 

氷河期世代を正社員化、採用の企業に助成へ
政府は来年度、バブル崩壊後の就職氷河期(1990年代後半〜2000年代前半)に高校・大学などを卒業し、現在は無職や非正規社員の人を正社員として採用した企業に対し、助成金を支給する制度を創設する。少子高齢化に伴って生産年齢人口(15〜64歳)が減少する中、働き盛りの世代を活用する狙いがある。 読売新聞 10/31(月) 6:11配信 


ここまで不道徳かつ愚鈍なことを考えつき、思いつくだけにとどめず政策として推進してしまう安倍政権はある意味で見事である。

政府はこの日本に生きる全ての人々の代表である。男も女も老いも若きも持てるも持たざるも関係無く、全ての人々の共通の利益を守るために存在する。

そのように意図したところで実際には多かれ少なかれ恩恵を享受する程度には差が生じる。だが少なくとも公平性という前提があるからこそ国民は税金を納めるわけである。

もしもある人間が別の人間から財産を奪い、それをまた別の人間に渡せばそれは窃盗である。いかなる道義的理由を並べようが、それは犯罪である。そこには公平性の片りんも無い。

その犯罪的行為を政府が真顔で実施すると「政策」となる。

この世で働いているのはいわゆる「就職氷河期」に卒業した人々ばかりではない。また家計や収入面で困難を抱えているのは「就職氷河期」の人々ばかりではない。また「就職氷河期」を経験した、あるいは現在経験しているのは「就職氷河期」の人々ばかりではない。

いかなる年齢層にあろうとも、人は様々な困難に直面しながら人生を生きている。困難は金銭面だけではない。性格や人間関係もあれば家族関係や健康面等、我々が人生において直面する困難は多様である。

自分よりも良い、あるいは一見良いと思われる境遇の人々を眺めつつ、それでも多くの人々はひたむきに文句を言わず、あるいは多少は愚痴りながらも実直に一日一日を生きている。「俺は搾取されている。俺よりも収入の多い奴は俺の収入との差額を補てんする義務がある。俺はその補てんを受ける権利がある」などとゴネる人間は少数である。

だが政府がやろうとしているのはこれである。

政府は企業に対し、「ある特定の人々(1990年代後半〜2000年代前半に労働市場に出た人々)を雇用したら、政府がそれ以外の人々の金で彼らの給料を一部負担しますよ」と言っているのである。「その金は税金として既に政府の手中にあります。国民は税金だからしょうがない、と諦めているので、わざわざその使い道について了解を得る必要などないのです」と。

この道徳的な問題もさることながら経済的にも愚かである。

政府は「生産年齢人口が減少する中、働き盛りの世代を活用する狙いがある」としている。

「働きざかり世代」はそれまでに積み重ねた経験によって「働きざかり」となったのであって、35歳あるいは40歳の誕生日を境にいきなり「働きざかり」になったわけではない。働くに必要な業務経験の蓄積と、気力と体力が充実しているからこその「働きざかり」なわけである。年齢は40歳以上でもそれまでの業務経験が無ければ「働きざかり」ではないわけである。

「働きざかり世代」は雇用コストと人件費が一番高い。給料の安い若者を雇ってじっくりと育てるのとはわけが違う。企業は即戦力を求める。「働きざかり世代」の人が途中入社で入ってくれば、上司も同僚も「この人は何ができるのか」に注目する。「何も分かりませんので、一からいろいろと勉強します」では通用しない。

企業は人を採用する際にそこを見極めなければならないから試験や面接をやるのである。

政府が税金で給料を補てんしなければ雇用されない「現在働いていない働き盛り世代」の雇用コストは一般以上に高い。

企業はそのような高コストな労働者は雇わないであろうし、企業に雇わせるためにはそのコスト以上の補てん額を積まなければならない。すなわち、彼ら以外の人々が税金を通じて彼らの給料及び雇用する企業がメリットを感じる額を肩代わりすることを強いられるということである。

愚かな政策は愚かな前提から始まる。

「現在働いていない”働き盛り世代”」はなぜ働いていないのか。政府が考える原因はこれである。

「企業が雇用しないから」

「航空機が墜落した原因は飛行機がうまく飛べなかったから」と言っているようなもので、思考が途中で止まっているのである。

「企業が雇用しない」が原因ならば、「企業が雇用するようにさせればよい」となり、そのために「雇用した企業に助成金を出せばよい(給料補てん額プラスα)」が結論となる。

彼らが働いていないのは企業が雇用しないからであるが、その理由は雇用コストが高いからであり、雇用コストが高いのは雇用規制があるからである。長年にわたり雇用規制を築いてきたのは政府であり、現在の状況は長年の過ちの積み重ねである。現在40代の人々に関して言えば、20年前の1990年代の労働市場に影響を与えた規制の犠牲者である。真の原因を追究するためには時代を遡らなければならないのである。

政府の政策で「現在働いていない”働き盛り世代”」が雇用されるためにはそのコストを補てんする額がそれ以外の人々から収奪されなければならない。企業は助成金を目当てに本来ならば採用しないであろう人々を採用し、その結果業績は悪化し、悪化した業績を埋め合わせるために政府は更に助成金をつぎ込まなければならず、そのためにそれ以外の人々が更に収奪されなければならない、という不条理なサイクルへと突き進む。

政府は愚かな政策を小賢しく理論立てする。メディアは仰々しい言葉で報じ、国民は甘んじて受け入れる。

「政府は失業者を全員正式雇用する!仕事場は浜辺!二手に分かれ、一方は穴を掘る!一方は穴を埋める!財源は税金!」とでもやったほうが潔いくらいである。

そこまでやれば、メディアも国民も、その愚かさに気づかされる可能性は無きにしもあらずである。

「電通」に見るブラック国民の姿

  • 2016.10.16 Sunday
  • 18:55
 

電通の女性社員を労災認定=入社9カ月、過労で自殺
大手広告代理店電通の新入社員だった高橋まつりさん=当時(24)=が昨年12月に自殺し、三田労働基準監督署が労災認定していたことが7日、分かった。時事通信 10月7日(金)18時7分配信


若くして人が自殺するのは悲劇である。親、家族にしてみればこれほど無残なことはあるまい。日本の広告代理店を代表する大手の電通に関する出来事であるからこれほど大きく取り上げられるのも当然であろう。

しかしもっと大きな悲劇はこの出来事に対する国民の反応である。

見聞きするのは、やれ電通は酷い会社だ、ブラック企業だ、上司が悪い、はたまた日本の企業文化が悪い、といった企業を悪者にするものばかりである。

そしてその帰結は何かといえば、相も変わらず「企業への規制を強化せよ」だ。長時間労働や「パワハラ」を止めさせるために行政はもっと行動せよ、と。

そして早速行政は行動を始めている。東京労働局が電通に立ち入り強制捜査に乗り出している。電通の仕事は広告作成であり労働局の対応ではない。労働局のために報告や資料をまとめたりと普段の業務に上乗せして更なる緊急の対応業務に迫られているはずである。普段の残業どころではない。お上のための残業である。しかし「残業が増えますので」などという言い訳は通用しない。お上が強制する残業は断れないのである。

このような問題が起きるたびに企業が悪者になる。そして何も改善されない。それどころかこの見当違いな反応によって改善への道は閉ざされる。新たな法律や制度がつくられて世の中の仕組みが複雑化する。それによって問題は更に見えにくくなり、状況は更に改善から遠のく。

この世に命をかけるに値することは数多くない。命をかけるに値するのは危険に晒された自分と家族の命を守ろうとするときくらいである。会社で働くのは給料をもらって生活するためであるから命をかけるに値するものではない。

ではなぜ人は時として死ぬまで頑張ってしまうのか。

それは現在の職場で頑張らなければ後がないからである。少なくとも多くの人々にとってそれは現実的な感覚である。新卒で入った大手有名会社から脱落すれば同様の条件で仕事を見つけるのは難しい。一般公募で転職できるのは30代までで、それ以降は各段に条件が厳しくなる。実質的に一旦入った会社で頑張るしかない。

「いや、実力さえあれば自分を売り込んでいけるだろ」「強烈な意思があればどこからでも這い上がっていけるぞ」

と言える人間はそれでよい。個人の気持ちの持ちようとしては何ら問題はない。しかしこのようなスローガンを叫んだところで世の現実は何も変わらない。

なぜ我々は一旦入った会社にしがみつかなければならないのか。それは「嫌だったら辞めて他を探す」が難しいからである。

なぜ難しいのか。

それは労働三法(労働組合法、労働基準法、労働関係調整法)をはじめとする労働市場に対する規制によって企業は「労働者を雇いにくく、労働者を解雇しにくい」状況に置かれているからである。

企業にとって人を雇うというのは大変なことである。大手になればなるほど雇用に関する仕事を専門に行う部署が必要となる。健康保険、厚生年金、雇用保険といった労務手続きをはじめ、法律で定められている労働諸規定を満たすために対応しなければならない。

企業が人を解雇するのも同様に大変である。単に「能力が足りないから」では解雇できない。人を雇い続ける余裕がなく、人員を削減しなければ存続が難しい場合も「誰を切るか」が問題となり、「切る」のは簡単ではない。だから余裕のない企業では解雇したい社員に対して激しい叱責や空気による圧力を加えて「自発的退職」を促し、比較的余裕のある大手企業では社内他部署への異動といった手段で乗り切る。

つまりは問題の根本は政府であり、その政府に労働市場規制を要求しているのは誰かといえば、それは我々国民だということである。

労働三法というお節介な法律を撤廃し、雇用者と被雇用者が自由に契約することができるようにすればどうなるか。

「このような能力・資質を持った人をいくらで雇いたい」という企業に対し、「このような仕事でこのような給料で働きたい」という人々が縦横無尽に渡り合い、業務負荷、労働時間、賃金、福利厚生といったものについて自然と相場が形成される。そこから大きく外れれば「割に合わない」となる。割に合わないことをするのは特殊な人、ということになる。雇うにも解雇するも簡単であるため「空き」が常にある状態となる。昼で今の仕事を辞め、午後新し仕事を見つけて明日からそこで仕事をする、といったことが簡単にできるようになる。

そのような環境で誰が会社のために「連日朝の4時まで残業」などしようか。

だが世の大方の意見は「電通はブラック企業だ」止まりである。

「電通を罰せよ!」「電通を営業停止にせよ!」

滑稽なのはそのような人間がひとしきり電通をこき下ろした後で見るテレビのバカ番組のスポンサーのCMを作成しているのが電通だということである。

我々がある会社を「ブラック企業だ」というとき、我々は我々の姿を鏡で見て、いかに我々がブラック国民であるかを知らなければならない。

「企業を罰する」というとき、問題は誰が罰するかである。企業への制裁を叫ぶ人間は決して「市場経済によって制裁を受けるべし」とは言わない。彼らが言うのは「行政は何をしている!」「行政は何とかしろ!」である。

行政が動くということは規制の強化である。規制の強化は更なる労働市場の硬直化をもたらす。労働市場の硬直化は労働者の選択肢の減少をもたらす。選択肢の減少はこのような悲劇をもたらす。

ブラックな国民がブラックな政府を煽ってブラックな労働市場を形成し、ブラックな労働環境で労働者が死ぬとブラックな国民は更にブラックな規制を強化せよと叫ぶ。ブラック政府のブラックな強制査察を受ける企業の管理層はブラックな残業を迫られる。

喜劇というには悲しすぎ、悲劇というには愚かすぎである。

追記:
日本人は労働生産性を上げて労働時間を短縮すべき、という意見もある。これは個人的な心意気としてはよいが、問題の本質とは無関係である。海外を知る人間は日本人の労働生産性が非常に高いことを知っている。真面目さや勤勉さといったDNAは我々日本人が代々先人から受け継ぐものである。我々は集中して長時間働き、正確で完成度の高い仕事を丁寧に仕上げる。これは美徳であり、重要な経済インフラである。だが日本人は規制に対応するために無給で政府に奉仕することを強いられている。身の周りのモノで政府に規制されていないものが一つでもあるか見てみればよい。長時間労働の割に豊かさを享受できないのはそのためである。

「政教分離」なる専制のスローガン

  • 2016.09.18 Sunday
  • 15:49

 

今年の8月15日、安倍晋三は例のごとく靖国神社に参拝せず、鳴り物入りで入閣した稲田朋美も国外に出て参拝せずという結末となった。期待はしていなかったので憤りは感じないが、このような安倍政権を擁護する人間を見るにつけ、暗澹たる気持ちになるのは避けがたいものである。

それはさておき、靖国神社参拝というと必ずどこからか「政教分離の原則上やや問題あり」という声が聞こえてくる。

日本社会は実に多くの空虚なスローガンに満ち溢れている。この政教分離もその一つである。

政治は政治、宗教は宗教。宗教は政治に口を出すべきではない。政治は宗教に絡むべきではない。

もっともらしく聞こえるが、単なる危険思想である。

この「政教分離」という思想は共産主義の宗教弾圧に起源を持つ。共産主義はそれ自体が政府を至高の神とする宗教であるが、単に他の宗教を認めないということである。

共産主義は人間の性質を変えようと(政府に権限を集中させることで人間の持つ「個人の所有欲」という性質を無くさせる)する試みであった。その試みの前提は、人間の性質は変えられる、という思想であった。

だがその試みの結果は大量虐殺であり、独裁であり、飢餓であり、貧困であった。

人間の性質は変えることは出来ない。人間には所有欲があり、善意があり、悪意があり、良心があり、意地悪さがあり、克己心があり、自堕落である。それら性質をあるがままに受け入れ、それを正のエネルギーに変換し、富をもたらしたのが資本主義であった。

同じく人間には変えられない性質がある。それは宗教である。

人間に価値観を与えるもの。それが宗教である。その価値観が良きものであろうが、悪しきものであろうが、価値観は価値観である。

キリスト教は宗教である。仏教は宗教である。イスラム教は宗教である。無宗教は宗教である。無神論は宗教である。オウム真理教は宗教である。共産主義は宗教である。「地球温暖化!」は宗教である。「反原発!」は宗教である。「日本が世界に誇る国民皆保険!」は宗教である。

「自分は宗教とは関係無い!」と百万回言っても事実は不変である。人間は宗教から分離して存在することは出来ない。ある人はこのような価値観(宗教)を持っているが、ある人は別の価値観(宗教)を持っている、ということが言えるだけである。

故に政教分離という思想は「お前の体からお前の価値観を切り離せ」と言っているに等しい。政治家に政教分離を求める、というのは、政治家に人間を止めてロボットになれ、というのに等しい。貴方の価値観が好きで貴方に投票した、だが今や貴方は政治家なのだから、貴方は貴方の価値観を捨てなさい、と言っているに等しい。価値観を捨てろというならそもそもなぜ選ぶのか、という論理矛盾である。

政教分離が共産主義を起源とする専制思想である一方、自由闊達で繁栄する社会に必要なのは信仰や良心の自由である。

自由な社会の基礎は個人財産の保護である。有形、無形を問わず、個人の所有物が他人からの収奪の危機に常に晒されている社会には自由も繁栄も無い。

信仰や良心は個人の財産である。これは最も重要な財産であると言ってもよい。この財産は親から子へと代々受け継がれるものである。良き信仰(価値観)は良き行いをもたらし、良き行いは富の蓄積と豊かさをもたらす。悪しき信仰(価値観)は悪しき行いをもたらし、悪しき行いは貧困と不幸をもたらす。

「政教分離」なる思想が空気のように受け入れられる社会において、自由と繁栄の礎である信仰や良心の自由は置いてきぼりである。

「公人としての参拝ですか?それとも私人としてですか?」

このバカげた質問は、「貴方は貴方ですか?それとも別人ですか?」と聞いているに等しい。

国のために戦った英霊が祭られている靖国神社に参拝するというのは一つの価値観である。それは人間としての良心である。価値観や良心は人から離れたりくっついたりするものではない。常にその人と一緒である。その価値観と良心がその人を形成する。その価値観や良心無しにはその人はその人ではない。

我々は人間の性質を根本的に変えることは出来ない。良き信仰を持つ人がいて、悪しき信仰を持つ人がいる。良心を持つ人がいて、邪心を持つ人がいる。さまざまな組み合わせを持つ人々が様々な組み合わせで社会を構成する。これが現実であり、この現実を変えることは出来ない。

我々が出来るのは、人々が信仰と良心に従って行動する自由を守ることである。それは政教分離ではなく、信仰と良心の自由である。だが信仰と良心の自由は脆弱である。我々の社会にはあまりにも多くの邪教とそのスローガンがはびこっているからである。

 

「働き方改革で成長力底上げ」 洗脳された日本社会

  • 2016.09.18 Sunday
  • 11:21
 

働き方改革、税で後押し 仕事・育児両立促す
2017年度の税制改正に向けた各省庁の要望が出そろった。育児と仕事を両立できる社会をめざし、子育て世帯がベビーシッターを利用したり、企業が保育所を設けたりするのを税制面から後押しする。人口減が加速するなか、女性や高齢者が仕事に就きやすくする「働き方改革」を通じて成長力を底上げする。 2016/8/27 1:14日本経済新聞 電子版


我々はアリ地獄に生きている。もがけばもがくほどに砂の中に深く沈み込んでいく。

「人口減が加速するなか、女性や高齢者が仕事に就きやすくする」ことで「働き方を改革」して「成長力を底上げ」するという愚にもつかない冗談を真顔で人々が語る。冗談であるということにも気づかない。完全なる洗脳である。

人口減少は衰退の象徴である。豊かさは人口の増加をもたらし、人口の増加は活力を生み出す。人口の減少は人々が将来への希望を見出せない社会の産物である。

なぜ人々は将来への希望を見出せないのか。それは経済が成長を止め、縮小へと向かっているからである。なぜ経済が縮小するかといえば、それは社会福祉と規制によって現在と将来の富が国民全体から吸い取られているからである。

経済が硬直化しているから人口が減少する。だが政府の対策は「経済をくびきから解き放て」ではなくて「女性や高齢者を働かせろ」である。しかも国民から集めた税金を使ってである。

女性が働けば働くほど、当たり前だが結婚は減少する。結婚が減少すればするほど出産も減少する。出産が減少すればするほど将来の人口は減少する。

そこでまた政府が対策する。女性が子供を産みやすくするように「保育所を増やす」とか。だがそこで問題が起こる。保育士が足りない。なぜならば保育士の仕事がキツイわりに給料が安いから。すると政府が対策する。保育士の給料を月額6000円上げると。またもや税金を使ってである。仮に多くの人が納得して保育士になろうという人が増えるとしても他の分野で人手不足が生じる。

永遠の負のループである。それで最終的に「成長力が底上げできる」言い張るのであるから脳みそが腐っているとしか言いようがない。

政府のやることというのは自分で傷をこしらえておいて、バンドエイドを貼り、すぐ横にまた傷をつけてバンドエイドを貼り、バンドエイドが古くなればその上から新しいバンドエイドを次から次へと貼り付けるかの如くである。そのうちに、そもそもなぜバンドエイドを貼らなければならなかったのかは誰にも分からなくなり、古くなって外れかけているこのバンドエイドをどうやって修復して維持するか、だけが焦点となる。

育児も仕事も個人の領域である。個人の領域から政府が手を引いて規制を撤廃し、あちこちから高い税金を取らなければならない原因である社会福祉を撤廃すれば経済は息を吹き返す。経済が生き返れば出生率は上がる。出生率が上がれば人口は増加する。「人手不足」も「待機児童」も雲散霧消する。

だがその希望は無い。なぜならば、我々は洗脳されているからである。

最低賃金、若者のハシゴを外す安倍左翼政権

  • 2016.09.17 Saturday
  • 17:54

<最低賃金>時給、初の800円台 16年度全国改定
全都道府県で今年度の最低賃金改定の答申が出そろい、厚生労働省が23日、公表した。改定額は全国平均で823円(時給)と初めて800円台となり、平均引き上げ額は前年度比7円増の25円。時給で表示するようになった2002年度以降最大の引き上げで、政府が掲げる3%引き上げに相当する数字になった。 毎日新聞 8月23日(火)20時9分配信


安倍政権の左翼経済政策である年3%の最低賃金引き上げ目標に沿って最低賃金が上がっている。

最低賃金なるものは従来より左翼の政策であった。だが保守不在の日本においては、いわゆる左派もいわゆる右派もそろってこの左翼政策を支持している。

労働は商品である。「労働は商品ではない」と百回叫んだところで労働が商品であるという客観的な事実は不変である。

青空を見て「空は赤い!」と百回叫んでも空が赤くならないのと同じである。

商品の価格は需要と供給のバランスによって決まる。これは「新自由主義思想」でも「リバタリアン思想」でも何でもなく、有史以来変わらぬ事実である。

ある高さにモノを持ち上げて手放せば地球の重力によって地面に向かって落下するのと同じである。

違いが生じるのは、需要と供給のバランスによって自然と収斂するはずの価格を人為的に操作するか、あるいはその価格決定プロセスを邪魔せずにありのままに受け入れるかといった、価格というものに対する考え方と対応である。

前者によって生じるのは過剰な需要や過剰な供給、そして高止まりした価格である。対して後者においては価格は需要者と供給者との間で交わされる双方向の信号として機能し、供給量、需要量、価格が自然と最適値に調整される。

最低賃金というのは雇用者と被雇用者との間で自然と収斂するはずの賃金という価格を人為的に操作するものに他ならない。政府は最低賃金という操作された価格を高いほうへ高いほうへと設定する。同じ商品の価格を上げれば需要は減る。当然ながら雇用の機会は減少する。特に減少するのは低付加価値な労働における雇用である。

例えばある雇用者が一時間800円の価値を生み出す仕事で労働者に時給700円を支払っていたが法定の時給が700円から800円に上がる。すると利益は無くなるからこの仕事そのものを廃業するか、もしくは労働者のうち生産性の低い者を解雇するか、もしくは労働者を全員解雇して機械に置き換えてしまうか、といった選択を迫られる。

アメリカではマクドナルドがレジの無人化とロボットによる自動受付を開始しているが、まさにファーストフード店は最低賃金が直撃する低付加価値労働の好例である。

世の中には「アタマの良い」人がいるものである。彼らは言う。

「最低賃金が上がったくらいで継続できなくなるような経営力の無い事業はそもそも淘汰されるべきなのでは」と。

この小アタマの良い言葉をもっと分かりやすい言葉に置き換えるとこうなる。

「最低賃金ほどの利益を生み出せない者達(低学歴者、低能力者、若年者、身障者等)はこの世から消えてしかるべきなのでは」

若くして経験のない者はいかにして仕事の第一歩を踏み出すか。多くの場合、企業の正社員としてではなく、「バイト」である。彼らはそこで仕事の大変さや責任感を徐々に学んでいく。そのような仕事で家族を養うことは出来ないし、その必要もない。なぜならば、これら低付加価値な仕事は「階段の第一歩」でしかないからである。

第一歩だが重要な第一歩である。第一歩がなければ階段を上がることは出来ないからである。

「一億総活躍社会」を掲げる安倍政権がこれから頑張る世代である若者達が登ろうとする階段を外し、それをアベノミクスと称する。

実に悲しく滑稽な姿である。

「北方領土」とプーチンの犬、安倍晋三

  • 2016.09.04 Sunday
  • 23:16


北方領土をめぐる安倍外交のオメデタさに歯止めがかからない。安倍晋三はプーチンの犬と化している。
 

ロシア人居住権を容認へ 政府方針
政府は、ロシアとの交渉で北方領土が日本に帰属するとの合意が実現すれば、既に北方領土で暮らすロシア人の居住権を容認すると提案する方針を固めた。 毎日新聞2016年9月1日

 

ロシア経済協力相を新設、世耕氏が兼務 首脳会談見据え
政府は「ロシア経済分野協力担当相」を新設し、世耕弘成経済産業相に兼任させることを決めた。菅義偉官房長官が1日午前の記者会見で発表した。安倍晋三首相は2日からロシアのウラジオストクを訪れ、プーチン大統領と会談する予定。北方領土をめぐる日ロ交渉の進展に向け、日本側の強いメッセージにする狙いがある。 朝日新聞2016年9月1日

 

北方領土、現世代で決着=「日ロ極東会談」定例化を―安倍首相演説
【ウラジオストク時事】安倍晋三首相は3日(日本時間同)、ロシア極東ウラジオストクで開かれた同国政府主催の「東方経済フォーラム」で演説し、プーチン大統領との首脳会談を毎年、ウラジオストクで行うことを提案した。


「プーチンの犬」は特殊な現象ではない。アメリカの自称保守にもプーチンを喜々として持ち上げる者はいる。

ウクライナを脅かし、ヨーロッパを恫喝し、イランに接近し、中国と軍事協力を進める独裁ファシスト、プーチンの振るう強権に魅了させられるバカは洋の東西を問わず存在するものである。

しかし我が国の領土を奪って居座り続け、中国と組んで日本の領域を脅かすロシアのプーチンに対し、「貴方様にどこまでもついて参ります」、「足蹴にされてもすがりついて参ります」、「誰から何を言われようと、私には貴方様しかおりません」と言わんばかりの安倍政権のロシア詣でぶりには言葉を失う。

「言語道断」では怒りを表すことが不可能である。

「情けない」では情けなさを表すことが不可能である。

「あぶない」では危険性を表すことは不可能である。

ロシア経済は脆弱である。まともな製造業が無く、腐敗がはびこり、官僚機構が経済に介入するロシアの経済には明るい兆しはない。彼らが売るものといえばほとんどが地下資源である。収益は世界市場によって大きく左右される。原油価格が下落すればロシアの経済は終わりである。

だからロシアとしては日本からの経済強力はありがたい。日本からの経済協力は何としてでも取り付けたい。日本に対しては「北方領土」という切り札がある。幸いアベというお坊ちゃんがいて、そして我が国(ロシア)に甘い幻想をいだくアベ支持者達がいる。「北方領土」をチラつかせれば奴ら(日本)はイチコロである。返す必要はサラサラない。譲歩する必要もない。

ただ、「金を出せば、返ってくる?かな?」と期待を持たせつつタラタラと「協議」を重ねさえすればよい。

「譲歩する可能性あり」とにおわせて日本側の期待感を盛り上げ、日本側の期待感が高まったあたりで「領土は一ミリたりとも譲歩することはない」と冷水を浴びせてリセットし、北海道の領空を侵犯して日本側に恐怖を抱かせ、しばらくしたら「話し合おうよ」と持ちかけ、日本側は「あっ!ロシアから対話を呼び掛けてきた!この機会を逃してはならん!」と焦ってテーブルにつき、その日本に対してロシアは「経済強力頼みますよ・・・北方領土の件もいろいろ話し合わなきゃイカンし」で、日本側は「ロシアは北方領土返還の可能性を示唆!」と狂喜・・・

この猿芝居が繰り広げられる間にロシアは着々と北方領土のロシア化を進める。

国後島進む「ロシア化」 インフラに加え教育環境充実
終戦71年、現島民も「ここがふるさと」 北方領土の「ロシア化」が着々と進んでいる。ロシア政府は近年、インフラ整備に加え、ロシア人島民2世、3世の教育環境の充実にも力を入れる。北海道新聞 8月28日(日)7時30分配信 

ロシアという国は常に領土を拡大してきた。ソ連邦は崩壊して複数の共和国に分裂したが、プーチンが目指すのはかつての超大国・ソ連帝国の復活である。プーチンはKGBで育った人間であり、プーチンが理解するのは力のみである。

北方領土が「返還」されることはない。

我が国が北方領土を武力で奪還するか、もしくは未来永劫ロシアの領土となるか、二つに一つである。

「武力で奪還」など現実離れしている、と思うならば日露戦争を思い返せばよい。なにも真正面からぶつかり合うだけが戦争ではない。核大国を相手に核ミサイルを撃ち込み合うだけが能ではない。核兵器が強力ならばミサイル防衛システムは相手の核を無力化する兵器である。自国の経済を爆発的に活性化させる一方で敵国の経済を疲弊させるのも手である。あの国とこの国を味方につけてロシアを包囲するのも手である。

一発も発射せずに戦いを終える、という戦争もある。それを実行したのは冷戦に勝利したロナルド・レーガンである。だがそのために必要なのはいつでも全面戦争を戦える準備である。外交とは戦争であり、戦争も外交である。戦争の準備なき外交はあり得ない。

ロシアに尻尾を振る外交など外交ではない。ましてや戦争でもない。

これは売国である。

安倍晋三というプーチンの犬が我が国の国益を売り渡し続け、ロシアが北方領土を実効支配し続ける現在、北方領土は限りなく完全なるロシアの領土となりつつある。

「食料無駄捨てNO、欧州で対策強化」の危険

  • 2016.09.03 Saturday
  • 14:51

食料無駄捨てNO、欧州で対策強化 寄付促進へ税優遇・罰則
【ベルリン=宮下日出男】欧州で食料廃棄の削減に向けた動きが活発化してきた。税負担軽減や罰則導入で余剰食料の有効活用を促す。とくに先進国で売れ残りなど食料の「無駄捨て」が多いことが問題視されてきたが、国連が食料廃棄半減の世界目標を打ち出す中、対策を強化する。 産経新聞 8月22日(月)7時55分配信 


かつて冷蔵技術の無かった時代、ほとんどの食材は消費者の手元に届く前に腐ってしまった。だが近代からの冷蔵・運送技術の飛躍的な進歩により、生産されたものの多くが店頭に並び、消費者の手元に届くようになった。

これは資本主義経済の開花によるものである。資本主義経済において人々は利益を追求する。畑を耕して育てた野菜がその場で腐ってしまったり良い状態で販売できなければ単なる無駄働きである。野菜が輸送途中で腐ってしまったり良い状態で店舗に販売できなければ、農家から野菜を買い取った流通業者とって単なる無駄働きとなる。野菜が店に並んですぐにダメになってしまえば野菜を流通業者から買い取った小売業者にとっては単なる無駄働きとなる。

野菜という商品を消費者の胃袋に収めるために、畑から店頭に至るまで全ての局面において無駄を無くすための戦いが行われている。昨日よりも今日、今日よりも明日、と一般人には見えないところでたゆみない努力が行われている。

それもこれも、原動力となっているのは「利益」である。

物事は二律背反であり、有か無かではない。何かをもう少し得るためには何かをもう少し犠牲にしなければならない。何かをもう少し立てれば何かをもう少し下げなければならない。あっちを上げつつこっちを下げる。重要なのはバランスであって、バランスを取るせめぎ合いが現場では日々行われている。

小売業者にとっては野菜を消費者に売ることがまずは利益の源泉である。だが一方で、鮮度の落ちたものを売れば店のブランド低下をもたらし、それは客足の低下となって跳ね返ってくる。客足の低下は売上低下につながり、ひいては従業員への給料支払いにも影響する。更には腐敗したものが販売されればブランド低下にとどまらず、食中毒による訴訟にもつながる。それは事業継続をも危機に陥れる。

仕入れた野菜は全部売りたい。だから店は消費期限の近い食材は値下げしてでも売り切ろうとする。だが何でもかんでもただ売ればよいというものではない。実際に消費期限が来てしまった、あるいは「店のイメージを低下させること間違いし」と判断される程度の消費期限しか残っていない食材については廃棄せざるを得ない。

廃棄するのはタダではない。商品コストと廃棄コストは店の負担である。店は事業継続のため赤字を出すわけにはいかない。どこかから原資を得なければならない。その原資は「新鮮な野菜をより高い値段で売ったときの利益」から来る。

新鮮な野菜を売ったときの利益が100として、新鮮でない野菜を廃棄するコストが10とすれば、店は利益を100から90に下げることで客にも迷惑をかけず、店のイメージも低下させないギリギリのところで「事を収める」ことになる。

畑から店へのオペレーションが悪く、無駄が多ければ多いほど廃棄コストは上がり、消費者は高い買い物をすることになる。

一方オペレーションが良ければ無駄が少なく済み、コストは低く抑えられ、消費者は安い買い物をすることになる。

同じ品質の同じ商品を買うならば誰でも安いほうへ流れる。価格が同じくらいなら誰でもより品質が良い(新鮮で美味しそう)ほうに流れる。

利益を追求する市場経済の原理によって「無駄」は人知の限りを尽くして既に削減されているわけである。

「いや、まだまだ削減できる」というのであれば、

自分でやれ

ということである。

だが冒頭の規制は「まだ無駄を削減できるはずだからやってみる」ではなく、役人が一方的に小売業者に対して基準を設定し、「まだ無駄を削減できるはずだからやれ」と命令するものである。

それによって何が起こるかというと、無駄が増えるのである。

食品を扱うあらゆる業者が「あらかじめ設定された消費期限に従って小売業者が食品を廃棄することができない」という状況への対応を迫られる。それは法律だから逃げることができない。

もしもある食品会社の消費期限切れ商品が慈善団体を通じて生活困窮者に渡り、その人が食べて食中毒を起こせば必ずや「社会的問題」となる。それは表示や契約などで食品会社が事前の防衛手段を取っていたとしても避けることはできない。

消費期限の切れた自社製品がどのように扱われるか、といった未知の領域に対してどのような「社会的責任」が課されるのか。この限定しきれない責任領域に対して企業存続のために訴訟やメディアの報道といったリスクを経営に織り込んでいかなければならない。

リスクはコストである。リスクが低ければ低いほどコストは低くなり、コストが低くなればなるほど商品の価格は下がる。逆にリスクが高ければ高いほどコストは高くなり、コストが高くなればなるほど商品の価格は上がる。商品を買うのは消費者である。

価格が上がれば上がるほど商品は売れなくなり、商品が売れなくなればなるほど企業経営は難しくなる。故に価格を上げるにも限度がある。企業は存続のために価格はできるだけ据え置かなければならない。するとそのしわ寄せは従業員に来る。

コストは消えることは無い。誰かが負担しなければならない。

「食べ物を大事にしようよ」
「無駄を減らそうよ」

この「高邁な理想」を実現せんとする政府の関係者は彼らの政策によって発生したコストを負担することはない。コストを負担するのは消費者であり、関係する企業の従業員である。

他国の事例ながら、経済の原理を知らない理想ほど危険なものはない、という真理を思い出させる一件である。同記事のコメント(賛同者が多い)を見ればいつ日本で実施されてもおかしくはないことが分かろう。


 

米大統領選挙 トランプ敗退の様相

  • 2016.08.06 Saturday
  • 22:55

ドナルド・トランプを担いだ共和党が苦しんでいる。トランプは自らを制御することが出来ない。

失言に次ぐ失言。刃に布着せぬ発言でもなければビジネスマンとしての型破りな発言でもない。

世界最大の国家のリーダーとしての風格など微塵も無く、日々経済や国際情勢への無知をさらけ出している。指名を受けたいまとなっては党内をひとつにまとめ、民主党の罪悪を暴き立てつつ未来への希望を語り、共和党支持者だけでなく無党派層も取り込まなければならない今この時期に、いまだに指名獲得を争ったテッド・クルーズや保守派を攻撃している。

その様子を保守派は反吐がでる思いで見ている。これは想像ではない。アメリカの保守派ラジオ局には多くの視聴者が電話をかけてくる。「いやいやながらトランプに投票する」という人もいれば「絶対にトランプには投票しない」という人もいる。

保守派に関して総じて言えるのは冷めた態度である。絶対にトランプに勝たせたい、という熱意は無い。それどころか、共和党大会までは支持を表明していた人々も、トランプの迷走ぶりに焦りを感じ始めている。

今は8月で選挙は11月。まだまだ情勢が変わる可能性はある。しかし現時点ではどの支持率をとってもクリントンが勝っている。伝統的に共和党の強い州でも民主党が盛り返している。

このままでいけばトランプは地滑り的大敗を喫することになる。

トランプは彗星のように現れた男ではない。90年代から時折大統領候補に立候補しては消え、ついこの間まで民主党の支持者として政治家を陰で動かしてきた人間である。2012年にも立候補し、妙な発言を繰り返しては鳴かず飛ばずで早々に撤退している。

大統領選を見守る人間にとっては何の新鮮味も無い人間なのであるが、なぜか今回は「俺は壁をつくる。そしてそれをメキシコに払わせる!」という一発芸が受けてしまった。今更ながらに人々の記憶力の無さにはあきれるばかりである。

だが所詮は一発芸。問題はこれからである。

主要メディアは指名候補争いの間は概ねトランプを好意的に扱った。保守派のテッド・クルーズを徹底的に無視する一方でトランプには最大限の放送時間を与えた。

その目的はトランプを勝たせるためではない。目的はヒラリー・クリントンを勝利させることである。クリントンにとっての脅威はトランプではない。それはテッド・クルーズである。13歳にして合衆国憲法を暗記し、法曹界でのし上がって政治の世界に入った隙の無いディベートの名手、テッド・クルーズは既に撤退した。

クルーズを排除してトランプという自己制御機能の無い人間をとりあえず共和党のリーダーにしておき、クリントンが指名された後でトランプを始末しようという魂胆である。

8年間に及ぶ左翼オバマ政権による国家破壊を経たアメリカは、更に教条主義的な左翼であるヒラリー・クリントンが政権を取ればもはや後戻りできないほどに変質させられることになろう。

米国民ではなく単に保守主義の勝利を願うばかりの私にしても、誠に憂鬱なる選挙である。

共和党大会 テッド・クルーズ演説

  • 2016.07.23 Saturday
  • 16:42


クリーブランドで開催された共和党大会にてドナルド・トランプが正式に共和党の大統領候補として指名された。共和党大会の目玉は当然トランプの指名受諾であるが、注目すべきは第二位に終わり途中撤退したテッド・クルーズの演説であった。

ドナルド・トランプは本大会の演説において、声が大きいだけで中身が無く、哲学的な信念が不確かさで経済や国際情勢に対して無知であることを相変わらずさらけ出した。



「オレ一人だけがこの国を偉大にすることができる!」
「オレは企業が海外に移転するのは許さない!」
「オレは不公正な貿易を許さない!」
「オレは貿易赤字を許さない!」
「オレはバーニー・サンダースの支持者を取り込む!」
「オレたちはLGBTQ達を取り込む!」

トランプは大統領は一人で政策を断行できる独裁者かなにかと勘違いしているのか。トランプは企業活動の自由が経済発展に不可欠であることを知らないのか。トランプは貿易赤字が強い通貨と高い購買力の証左であることを知らないのか。トランプは共産主義者であるサンダースの支持層を狙っているのか。トランプは性別を否定する極左か。

LGBTQのQは"Questioning" = 自分の性的志向は何なのだろうかと疑問を感じている人々のことらしい。今回この言葉をトランプの演説で初めて聞いた人間は多い。

この演説を聞いてトランプを支持した間違いに気づき、じっとりと汗ばんだ人間は多いであろう。

クルーズはトランプの前に演説をすることになった。クルーズの演説はまさしく大統領としての風格に溢れるものであった。



クルーズが打ち出したメッセージは「自由への回帰」である。

教育、医療、税制、インターネット、そして言論において自由を取り戻さなければならない。

信教の自由… あらゆる信仰を持つ人々が良心を追求する自由を守らなければならない。

自らの身と家族の安全を守る自由(銃の保持)を守らなければならない。

そのためには憲法を堅持しなければならない。

そのためには最高裁判事がその地位を濫用して法を解釈するのではなく、憲法の精神に従わなければならない。

中央集権を阻止し、州の権限を保護しなければならない(地方分権)。

大きな政府を拒否しなければならない。

国境守備を強固にしなければならない。

自由によって経済は活性化し、個人は尊厳を得る。


クルーズは呼びかける。

「来る11月の選挙では必ず投票してほしい。自分の良心に従って投票してほしい。我々の自由を守り、憲法に忠実であると信じる候補者に、投票してほしい」

トランプ陣営によるブーイングの嵐が沸き起こったのはこの瞬間であった。クルーズが「トランプこそが大統領にふさわしい!このお方に一票を!」とやらなかったからである。クルーズの演説の最後の部分はほとんどブーイングにかき消された。そしてそこにタイミングを合わせてトランプが会場に登場し、トランプ支持者は「トランプを大統領に!」を連呼。




トランプ陣営は言う。「クルーズは共和党の指名獲得者を支持する誓いを破った。当然の報いだ」と。

だが事前にクルーズの演説原稿を入手して内容を読み、そのうえでクルーズを招待したのは他ならぬ彼らであった。彼らはクルーズが演説を始める数時間前からクルーズに対してトランプ支持を明言するようプレッシャーをかけ始めた。

だがクルーズは屈しなかった。自分自身だけでなく、妻や父親に対しても聞くに堪えない雑言を浴びせたトランプへの支持表明をしないのは人として当然のことであろう。またトランプは今の今まで結局は保守主義を何も理解せずに来ている。保守主義者であるクルーズにとってトランプへの支持表明が変節であると考えられても不思議はない。

クルーズはトランプへの不支持表明をすることもできた。だが共和党の融合を求めるクルーズはそれをしなかった。代わりに「自分の良心に従った投票を」と呼びかけたのである。

指名獲得を逃しながらも共和党内融合を呼びかけるテッド・クルーズを既に指名を獲得したトランプとその支持者達が執拗に攻撃する。民主党候補者であるヒラリー・クリントン一人に照準を合わせなければならない今、この瞬間にである。

大会翌日・支援ボランティアを前に演説するトランプ
「テッドの支援表明なんていらねぇよ」
「テッドなんて誰も気にしちゃいねぇよ」 (19分)
「テッドのオヤジがオズワルド(ケネディ暗殺者)に関係してた話もあるしな」(21分)




共和党は引き裂かれている。似非保守は虚勢を張り、保守本流はがっくりと肩を落としている。

一方民主党はヒラリー・クリントン支持で一致団結している。民主党とリベラルが大勢を占めるメディアによる攻撃が始まるのはこれからである。

当たる確証は無いが、トランプが大統領になる可能性は99%無いと断言する。

左翼オバマの次は左翼クリントンとなるか。そうなれば更なる国家解体が進み、世界は益々不安定になる。

憂鬱な時代は続く。

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