"Unfreedom of the Press" 読了

  • 2019.06.23 Sunday
  • 23:25



本書は米国保守派言論人マーク・レヴィンの新著である。レヴィン氏は本書において今日いわゆる主流メディアと呼ばれる大手新聞社やテレビニュース会社の偽善性を暴く。そして今日、「報道の自由」を盾に大統領とその家族に対する前例のない攻撃を日々展開するメディアこそがまさに報道の自由を脅かす存在であると断罪する。

氏はメディアの米国における歴史を振り返る。英雄的で愛国的なメディアが英国の圧力に屈することなくパンフレットの出版を通じて自由と独立を鼓舞した建国時代にまで遡り、その後、様々な党の宣伝機関となった期間を経て近代に入り、公平で客観的なジャーナリズムの体裁を整える一方でヨーロッパから流入した革新主義の影響を受けて完全に民主党のプロパガンダ部門になり下がるに至った経緯を辿る。

かつては事実を客観的証拠に基づいて伝えたメディアがその後、左翼イデオロギーに基づいて事実を捏造するプロパガンダ集団になっていった歴史的背景について、レヴィン氏はウッドロー・ウィルソン大統領やフランクリン・ルーズベルト大統領による強権的なメディアへの介入の数々を引き合いに出して説明する。

レヴィン氏はまた、主流メディアが過去において驚くべき隠蔽工作に加担していたことを示す事実を暴く。嘘と失敗とスキャンダルにまみれた民主党の歴代大統領を称揚する一方で共和党の歴代大統領を貶めることに余念がなく、近年では最も透明で開放的な政権を運営するトランプ大統領を「言論の自由の敵」と呼ばわる主流メディアがひた隠しにする極めて不都合な事実である。

1930年代のソビエト連邦におけるスターリンによる圧制とその結果として発生したウクライナの大飢饉とナチス・ドイツによるホロコースト ・・・ このふたつの出来事が発生している間、ニュースメディアを牛耳っていたニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙は事実を掴んでいたにも関わらず、当時の反ユダヤ主義的なルーズベルト政権の意向を受けて沈黙を貫いた。結果としてこれらの何百万もの犠牲者を見殺しにしたのであった(この反ユダヤ主義は現在の反イスラエル報道に受け継がれている)。

またメディアはその後も民主党の暗黒の側面を隠蔽し続けた。ケネディ政権〜ジョンソン政権における東ドイツスパイとの情事スキャンダル、不当な国内スパイ活動、政府機関の政治的利用、レーガン政権時代にソ連と共謀して政権転覆を目論んだエドワード・ケネディ上院議員、大統領戦において中国共産党から資金援助を受けたビル・クリントン大統領、シリアに圧力をかけるジョージ・ブッシュ大統領の裏でアサド大統領と会談して国の正式な外交政策を妨害する挙に出たナンシー・ペロシ議員、そして国民を欺いてオバマケア法案を導入し、税務署を使って国内の反対派に対する嫌がらせを実行したオバマ大統領・・・。こういった民主党政治家の面々の国家反逆的な行動を隠し続けたのである。

そしてメディアは遂に「トランプ氏がロシアと共謀した疑惑」という旧オバマ政権と民主党による陰謀の片棒を担ぐことになる。結果的に根も葉もない濡れぎぬであることが2年間もの捜査で明白となったのであるが、これは現職の大統領に対する転覆工作であり、史上最大のスキャンダルに発展してもおかしくはない爆弾級の犯罪である。だが事実の報道という使命を忘れ、フェイクニュースの発信者となって久しいメディアは往生際悪く「トランプ・ロシア疑惑」に固執し続けている。

主流メディアは今後、ジャーナリズムの基本に立ち返ることができるのか。レヴィン氏は「その可能性は極めて低い」と断じる。そして氏は、主流メディアはプロパガンダ機関として報道の自由を更に危機に陥れることになろうとの予想のもと、自由と市民社会と共和主義を維持していくために、市民として何ができるのかを考え始めようではないか、と呼びかける。

本書によって多くの人々が主流メディアの真の姿を知り、目を覚ますことであろう。主流メディアからの呪縛から脱すれば、混沌とする情報の渦の中で事実を探し当てることができるようになるはずである。

主流メディアはトランプ大統領という特異なファイターに直面している。トランプ大統領は政治家然とした「正しさ」を身に着けていない。メディアをすっ飛ばしてツイッターで直接国民に語りかけ、CNNのジム・アコスタのような、自身をドラマの主人公と勘違いした人間を晒しものにして辱める。今まで主流メディアの不当な攻撃を唯々諾々と受けてきた共和党政治家にうんざりした保守派はトランプ大統領の「反撃する姿勢」に奮い立っている。

主流メディアがこのまま没落するとは思えない。彼らの悪あがきは今後激化するはずである。保守派とトランプ支持者に対し、なりふり構わぬ情報戦を仕掛けてくるはずである。そのような戦いの最中において本書を得た米国は幸運である。






丸山「戦争」発言への反応に思う

  • 2019.05.19 Sunday
  • 16:26

丸山議員、北方領土「戦争による奪還」発言の音声



「ロシアが混乱している時を見計らって一気に軍事攻略するしか、奪還するすべはないだろう」ということである。

特段洗練された言い方ではないが、この発言のどこが間違っているのか。

この議員のことはよく知らないが、この議員を除名処分にし、議員辞職までさせようとし、更にはロシア大使館まで謝罪に出向いたこの日本維新の会(この議員が所属していた党)という党は誠に愚かである。

この党に所属する参議院議員の藤巻健史氏は日本の壊滅的な財政状況を鋭く指摘する様子は評価しているが、政党としての評価は壊滅的に地に墜ちた。このような政党は解散したほうがよい。

互角に戦争ができる準備をすれば戦争で目的は達成される。アリのように踏みつぶせるほどの準備をすれば戦争をせずとも目的が達成される、かもしれない。実際に戦争をやるとしても、アリを潰すかのように短期間で一般市民の生活に影響を与えずに作戦終了できる、かもしれない。準備をすればするほどに目的達成の確立は高くなる。軍事とはそういうものである。

ロシアという国は、面積は巨大だが実のところ小さな国である。GDPは隣の韓国よりも小さい。一人当たりのGDPで言えば日本の四分の一である(参照)。都市部を除いていまだに後進的で貧しい。

図体はデカいが中身が無い張り子の虎。これがロシアの実態である。

ロシアを30回くらい叩き潰すくらいの軍備を配備したうえで米国と組んで経済制裁で息の根を止めれば北方領土など自動的に返ってくる・・・という筋書きを描くのは十分可能である。

だが実際は100%無理である。他でもない安倍政権がプーチンというゴロツキにおもねるのに余念がなく、ついに北方領土を日本の領土として主張することを放棄する決定を下したからである。

この議員の発言は酩酊していようが素面であろうが当たり前の内容である。北方領土が戦後70年以上も放置されてきた事実よりもこの一議員が発した当たり前の一言が重大視されてしまうこの現状は日本の救いようのない凋落を示すものである。

トランプ大統領の対中関税支持

  • 2019.05.19 Sunday
  • 12:11

 

米、6月末にも対中関税第4弾 3805品目に最大25% 
2019/5/14 日経 【ワシントン=河浪武史】トランプ米政権は13日、中国への制裁関税の第4弾として、携帯電話など約3000億ドル(約33兆円)分の同国製品に最大25%の関税を課す計画を正式表明した。6月下旬まで産業界の意見を聴取する予定で、発動は6月末以降になる。トランプ大統領は6月末に中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と会談する意向を示した。関税合戦の激化を回避するため、両国が再び対話に向かうかが焦点だ。


日本がアメリカと歩調を合わせるべきはトランプ大統領の対中国関税政策である。

中国はアメリカにとっても日本にとっても敵国である。我々が中国を敵国と見做したのではない。中国の我々に対する敵対的な行動によって、我々は中国を脅威を見做さざるをを得なくなった、というだけのことである。

中国の脅威を認識しない人間は東から昇る太陽を太陽ではなく月だと認識する人間に等しい。そのような人間と議論する意味はない。

貿易をする相手国が自由で民主的な国か、後進的で独裁的な国か、社会主義的で閉鎖的な国か、それはどうでもよい。自由貿易というものは、あらゆるタイプの国々と可能である。

自由貿易は「やったもの勝ち」である。ある国がどれほど閉鎖的で自国の商品を安く売りたたく一方で相手国からの産物を自国市場から排除しようとするならば、困るのはその国の民衆であり、その国の貿易相手国が感知すべきことではない。安いモノ買いをして喜んでおればよいのである。

しかし貿易の相手国が自国に脅威を及ぼすのであればその限りではない。

中国は共産党一党独裁国家であり、中国で活動する企業と中国政府を分け隔てるものはない。中国企業が利益を上げればその利益の一部は中国政府に行き、中国政府はその金を使って我々にミサイルをつきつけ、尖閣に侵略船を送る。

脅威を及ぼす国はあらゆる手段を使って殲滅しなければならない。最も即効性のある手段は軍事的に脅威国を破壊することである。最も穏当な手段は経済的にじわじわ締め付けることである。前者は手っ取り早いがコストがかかり、自国民を犠牲にする可能性がある。後者は比較的安全であるが遠回しであり、相手国がキレれば軍事的な争いにもつながる。前者と後者は完全な別物ではない。自国民の安全を守りつつ最小限のリソースをもって脅威の除去を最大化する。これが外交であり国防である。

トランプ大統領が中国に対して実行しているのはこれである。だから市場経済と自由貿易を提唱し、トランプ大統領の他の保護主義的政策を批判するアメリカ保守派はこの点ではトランプ支持で一致しているのである。

我々に脅威を及ぼすことを決定するのは相手国である。我々ができるのは、その相手国を脅威と認識し、しかるべき対応をすることだけである。それが世の現実というものである。

一方最も脅威を受けている当事者であるはずの日本は相変わらずとぼけた態度をとっている。

 

この状況において、政府支出の削減と減税と規制撤廃を断行すれば投資と産業は怒涛の津波のごとく日本に押し寄せる。だがそのような見識を持つ政治家は一人もいない。

 

バカなテレビを観て、バカな政治家を選出し、バカを見る。残念であるが、日本には堕落と退廃と後退の道しかないことを覚悟しなければならない。

Why Trump should raise tariffs on China

アラバマ州中絶禁止法成立 生命の勝利

  • 2019.05.18 Saturday
  • 16:24
 

妊娠中絶禁止法、アラバマ州で成立 禁錮最大99年 
米南部アラバマ州で15日、人工妊娠中絶を禁止する州法が成立した。性犯罪被害者の女性も対象で、合法的に中絶が可能なのは女性に生命の危険がある場合などに限られる。事実上、中絶を全面禁止する「全米で最も厳しい法律」(米紙ワシントン・ポスト)だ。中絶した女性は罪に問わないが、手術をした医師らに10年から最大で99年の禁錮刑を科す。 2019/5/16 日経


アメリカでも、日本でも、ヨーロッパでも、程度の差はあれ各国で中絶が行われ、それによって殺処分された胎児の数は歴史的な大量虐殺(ホロコースト、ウクライナ飢饉、文化大革命、ポルポトのカンボジア大虐殺)による犠牲者を遥かに凌駕する。

なぜこれほどの大量殺戮が何事もないかの如く静かに進行しているのか。

それは殺される側に声が無いからである。死人に口なし、と言うが、この場合は胎児に声無しである。

手も足も「人間そっくりな」胎児が殺処分されるのは「可哀想」、というような感情的、感傷的な議論ではない。

受胎の瞬間に一つの生命が誕生する。その生命は母体とつながり、母体無しには生きられないものの、母体の一部ではない。その根拠はDNAである。新たに誕生した生命は母親とも父親とも違うDNAを持つ。その生命が、母親の臓器の一つでもその一部でもない、唯一無二の人であることを意味する(参考)。



その人がどこに存在するか、どのように生きているか、どのくらいのサイズなのか、声が大きいのか小さいのか、声すら出ないのかに関わらず、その人は人なわけである。これは信仰ではなく、生物学的な事実である。

その科学的事実を認めるのか否か、という問題である。よく左翼は「科学」を好んで口にするが、科学というわりには科学を無視するのが左翼であることがよく分かるであろう。

「中絶は女性の権利だ」という論理性の欠如した感情的な言い逃れがまかり通っているが、これは「奴隷をどう扱おうが、生かそうが殺そうが俺の勝手だ。これは俺の所有物だ」という人間と何ら変わるところがない。一人の人間が人間として生きる権利を認めないということだからである。

アラバマで成立した法では性犯罪の結果誕生した生命も例外とされていない。これは当然のことである。犯罪で裁かれるべきなのは犯罪者であり、どのような経緯であろうが結果として誕生した子供ではない。一人の人間の生と死が感情で決定されてしまうことほど恐ろしいことはない(以前のブログ・参考)。

重要であればこそ木の葉のように揺れる感情ではなく、大理石のような論理で決定しなければならない。

アラバマで成立した「妊娠中絶禁止法」の正式名称は「Human Life Protection Act」である(参照)。読んで字のごとく、人間の命を守る法律である。法の目的はまさに「人間の命を守ること」である。

「21世紀にもなるのにこのような中世に戻るような法が制定されるとは・・・」という声が聞かれる。

それに対して答えたい。

「21世紀にもなるのにこのような非文明野蛮人のような大量殺戮が行われ、それを阻止すべく法を制定しなければならないとは・・・」と。

最も小さく、最も弱い一個の生命の生きる権利が認められない社会は真の文明社会ではない。人間が自己の都合で声なき人間の生命を断つことが容認される社会に真の自由は無い。生命という根源的な所有権を否定しつつ自由や権利を語る人間がいるならば、それは欺瞞以外の何ものでもない。

これは生命と正義と論理の勝利である。これは狂気から正気への一歩である。これを契機として悪名高きRoe v.Wade(中絶を合法化した最高裁判決)の撤廃へと全米が動くことを祈りたい。



【参考】

Tucker: Voters in Alabama decided for their state



#485 ALABAMA ABORTION LIES DEBUNKED! | Ben Shapiro Guests | Louder with Crowder

「神の存在を証明する5つの論考」読了

  • 2019.05.12 Sunday
  • 15:53




本書は、歴史に残る哲学者達の論考に光をあて、論理によって神の存在を立証せんとするものである。

著者、エドワード・フェーザー氏はアリストテレス、プラトンの後輩達、アウグスティヌス、トマス・アクィナス、ライプニッツ、その他の哲学者達と彼らの展開する理論に基づき、宗教的な信仰に依拠せずに神とは何か、そしてなぜ神は存在するのかを説明する。

フェーザー氏は5つの論考を展開し、神の存在を証明する。

第一に、変化とは潜在性の具現化である。潜在性を有するものが具現化力を有するものによって具現化されるときに変化が起こる。全ての変化(change)の背景には変化者(changer)がいる。あらゆる変化は、すでに具現化された何かによってもたらされる。

ヤカンに水を入れて火にかけると沸騰する。これは火という「既に熱が具現化されたもの」によって水の温度が上昇する(潜在性が具現化する)ことによって実現する現象である。

このような変化の原因は永遠に過去に向かって遡っていくことができる。だが過去、現在、未来において変化が存在すること自体の原因は永遠に遡ることができない。どこかに起点がなければならない。

潜在性を有するものが、既に具現化された何ものかによって具現化され、それが更に他の潜在性を有するものを具現化していく。

潜在性と具現化の混合体であるあらゆるものは、他の潜在性と具現化の混合体であるなにものかによって変化させられる。

ということは、これらの「変化」を支えている何ものかがなければならない。自らは変化せずに他を変化させる何ものかが。

自らは変化しない、ということは潜在性を持たないということであり、潜在性を持たない、ということは変化する余地を持たないということである。変化する余地がないとは、それが物質的ではなく、時間の外に存在するものであり、永遠なものであり、完全なるものであり、全知なものであり、至高の善であることを意味する。フェーザー氏は「完全に具現化した具現者」あるいは「不動の動者」呼ぶ。

物質は生成と劣化を繰り返す。変化するものは全て物質的なものである。逆に、変化しないということは物質的なものではなく、精神であり、知性であり、抽象的なものであることを意味する。

物質の生成と劣化は時間の経過によって発生する。よってあらゆる物質的なものは時間の中に存在する。生成と劣化が無いということは時間の外に存在するということに他ならない。時間の外に存在するということは始まりも終わりもない。すなわち永遠である。

潜在性を完全に具現化した存在とは何一つ欠けたところのないもの、すなわち完全なるものである。これは他の全ての潜在性を具現化する主体、すなわち全知全能であり、至高の善である。

完全なるものは二つとして存在しない。複数あるものの間には必ず違いがある。違いとは潜在性の具現化における差異に他ならない。完全なるものは潜在性を完全に具現化したものである。よって完全であるものは唯一の存在である。

フェーザー氏は更に第二〜第五の論拠へと進める。

第二に、我々の周りに存在するものは全て部品や部分を持ち、何かしらの「組み合わせ」によって形成される。人や動物の体、机やいす、木々、山、岩石、その他様々なものに言えることである。これらすべてには起源がある。その起源は完全に単純にして部分による「組み合わせ」を形成しないものである。完全に単純であるということは単一であるということであり、変化しないことを意味する。変化しないということは時間の外にあるということである。「組み合わせ」によってこの世のものを構成する起源になっているということは意思を持つということであり、それは精神として存在するものであることを意味する。

第三に、赤、青、黄色のような色識別、人間、動物、植物のような分類、〇△□といった図形、数や数式、「雪は白い」というような命題、その他様々な一般概念や抽象概念。これら概念は時空を超えて存在する。これらは単なる人間の想像ではなく現実であると同時に人間の頭脳に依存するものでもなく、その限界に制限されるものでもない。一方これらは物質ではなく時間の経過で劣化するものでもない。始まりがあり、終わりがあるわけでもない(数字は永遠に数えることができ、1+1=2は時間の経過で劣化することもなければ変化することもない)。これらが依拠するのは全知全能の知性、至高の知性である。

第四に、我々が遭遇するあらゆる物事には本質と存在があり、本質と存在は別個である。石は石としての本質を持ち、石として存在する。人は人としての本質を持ち、人として存在する。木も、犬も、想像上の竜も同様である。いわば本質とは潜在性であり、存在とは具現化である。石は石としての潜在性が具現化されるから石として存在し、竜は竜としての潜在性が具現化されるから実在する代わりに人間の想像の中で竜として存在する。このような物事が存在するためには必ず本質と存在が一致した存在(潜在性が完全に具現化したもの)によって存在が原因づけられている必要がある。

第五に、科学(物理、化学、数学、生物学等)が示すとおりこの世界は規則だっている。論理的に、あらゆる物事について、それが存在する理由と性質を認識することが可能、あるいは説明することが可能である(実際にどの程度まで究明できるかは別問題)。現時点で存在するあらゆるものはその存在を他のものに依拠している。例えばある人が存在するためにはその親がいて、その親が存在するためには更にその親がいて、という具合にこの連鎖は永遠に過去にさかのぼることが可能である。だがこの連鎖の存在自体、何ものかに依拠している。なにものにも依拠せず、必然的に存在するものによって。

単純で、変化せず、物質的ではなく、無形で、永遠で、必然的に存在、全能、全知、完全なる善、意思があり、愛があり、そして我々の想像を絶する不可解な存在 ・・・ この存在を、古くより人々は様々な宗教を通じて神、あるいは天、あるいは創造主としてとらえてきた。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教といった一神教において神は一つであるとしてきた。

宗教的な信仰の論理的根拠が哲学的思索によって与えられたのである。

フェーザー氏は各論考において、無神論者の反論を挙げ、それに対する反駁を展開している。

科学を盾に神の概念を「非科学的なもの」として退ける無神論者に対してフェーザー氏はこのように切り返す。

科学とは、この世界の様々な現象から規則性を数学的に抽出し、そこで得られた知識を適用することである。数理的に説明できない事象をバッサリ切り捨てるからこそ明晰な分析ができ、高度な技術に発展させることが可能。化学は原子がどうやって分子になり、分子がどのようにモノになるかを説明するが、そもそも原子がどこからやってきたのかを説明することはできない。それが科学の限界である。科学こそ全て、という人を筆者は闇夜のランプの下で探しものをする酔っ払い(なくしたものがランプに照らされたところ以外にあるはずがないと信じる人)に例える。

また、「至高の善であり、全知全能であり、全ての潜在性を具現化するはずの神が、なぜこの世を不完全な状態にしておくのか。なぜ地球は天変地異や災害に襲われるのか。なぜ人間はこれほどに欺瞞と残酷さと愚かさにまみれているのか。それは神が全能でも善でもない証拠ではないか」という反論にフェーザー氏は答える。

勇気は人間存在の本質のひとつであり、具現化されるべき潜在性である。もしも地球環境も人間界も完全なる平安であったならば、人間は勇気という特性を育むことができるであろうか。

赦しも同様に人間存在の本質のひとつであり、具現化されるべき潜在性である。もしも人間界が完全なる善人だけであり、悪行が存在しないならば、人間は赦しという特性を育むことができるであろうか。

自由意志も同様に人間存在の本質のひとつであり、具現化されるべき潜在性である。もしも人間が良い行いだけをするようプログラムされた機械であったならば、自由意志を育むことができるであろうか。

神の存在は論理的思考を突き詰めれば否定することができない。本書は圧倒的な根拠をもってこの事実を突きつける。

本書は哲学の素養の無い読者にも理解できるよう、身近な物事を随所に例示しながら論を展開する。私にとってはそれでもかなり手ごわいものであったが、神というものについて考えることが多い昨今、重要な示唆を与える一冊であった。

【参考】
Edward Feser | The Ben Shapiro Show Sunday Special Ep. 17


Can You Prove God Exists? —Dr. Edward Feser


Proof of God's Existence—Part II

ニュージーランドよ、気は確かか

  • 2019.03.17 Sunday
  • 19:05
3月15日、ニュージーランド南部の都市、クライストチャーチで襲撃事件が発生した。オーストラリア出身のブレントン・タラント容疑者(28)がイスラム教のモスク2カ所を銃を乱射しながら襲撃し、その様子を自分で撮影しながらインターネット上でリアルタイム配信した。SNS各社はその動画を削除しようとしているが、インターネット上では拡散が続いている。

一方、左翼メディアが狂喜している。

「白人至上主義者で、反イスラムの、白人の、男性による、イスラム教徒に対するテロ」が起きたからだ。

2001年の9.11事件から今日に至るまで、来る日も来る日もイスラム・テロの日々が続いている。イスラム・テロがあまりにも日常茶飯事となり、もはやニュースにならなくなってしまった。

9.11事件から数年間、テロがイスラム教の産物である以外の何ものでもないことは誰の目にも明白であるにも関わらず(参照)、左翼メディアとそれに同調する衆愚はイスラムの実態を直視するのを拒否し続け、「イスラム教はテロリズムとは関連が無い」あるいは「テロはイスラムだけではない。キリスト教もユダヤ教も仏教も同じだ」などと嘯き続けた。

だが今、何と、こともあろうことか、非イスラム教徒による、イスラム教徒を狙ったテロ事件が起きてしまった。

今回の事件を受け、米国の左翼メディアは今回の銃撃犯とトランプ大統領の政策と発言をむずびつける報道を行っている。彼らにとってはまさしく千載一遇の機会である。特にフェイクニュースとして名高いCNNは飛びつくのが早い。喜びが隠し切れない様子がうかがえる。

Burnett: Trump embraced same word as suspected shooter



Efforts to blame Trump after New Zealand mosque attacks

メディアはこのブレントン・タラントという人物を右翼であり、反移民主義者であり、人種差別主義者だとしている。右翼であるから保守である。保守であるからトランプと同じ考えを持つ人間だ、と人々の意識を誘導しようとしている。

ではこの犯人、ブレントン・タラントは実際どのような人物なのか。それを知るにはこの人物が書いたものを読むのが一番である。

ブレントン・タラントは今回の襲撃事件を実況中継した映像とともに自身の考えを声明書としてフェイスブックに掲載していた。ソーシャルメディア各社はその映像や声明文を削除するのに躍起になっているため、声明文の全文を完全な形で入手することができない。

だが既に閲覧者によって保存されている一部分を垣間見ることは可能である。以下は保守系The New Americanに掲載されいているものである。声明書は質問とそれに対する答えという形式をとっている(参照)。

 
襲撃を実行する理由は?
ドラスチックでパワフルな革命行動を引き起こすような、恐怖と変化の気運を醸成すること。米国における銃の保持をめぐる二つのイデオロギー間での、社会的、文化的、政治的、人種的な摩擦と分裂を引き起こすこと。この銃の保持をめぐる摩擦と、銃保持の権利はく奪の試みは、ついには内戦状態を引き起こし、米国は政治的、文化的、そして最も重要なのは人種的な闘争によってズタズタになるであろう。

銃を使う理由は?
どんな武器だろうが方法だろうがよかったのだ。トリアセトントリパーオキサイド(爆発性価格物質)をいっぱいに積んだレンタカー、小麦粉に発火装置と分散方法(意味不明)、丸頭ハンマーと木の盾(?)、ガス、火、車での攻撃、飛行機での攻撃・・・あらゆる方法が可能だ。私には意思があり、資源がある。

私が銃を使用するのは、それが持つ社会的話題性、メディアによる拡散性、米国の政治への影響力、更には世界への政治的な影響力が理由だ。

米国は銃保持をめぐって地域的、社会的、文化的、そして人種的に引き裂かれている。

一定の圧力によって、米国の左翼は銃保持権を国民から剥奪せんとし、右翼はその動きを自由に対する攻撃と受け取るだろう。

この左翼の動きによって米国民間での対立をもたらし、ついには米国を文化と人種間の争いで分裂させるであろう。

自分は保守主義者か?
否、保守主義はコーポラティズム(協調組合主義)の亜種に過ぎない。私は一切の関わりを持ちたくない

自分はキリスト教徒か?
それはちょっとややこしい。別の機会に説明したい。

自分はファシストか?
そのとおり。ファシストと呼ばれる人間は実際にファシストなのだ(?)。メディアは喜ぶはずだ(?)。私が同調するのはサー・オズワルド・モスレー(1930年代のイギリスのファシスト)の考えで、私は自分をエコ・ファシストだと思っている。自分の政治的、社会的価値観に最も近い国は中華人民共和国だ。

自分は右翼か?
定義によっては、そのように言える。

自分は左翼か?
定義によっては、そのように言える。

自分は社会主義者か?
定義によっては、そのように言える。労働者による生産手段の保持かな?労働者が誰か、によるかな。それと意図。後、現在誰が生産手段を保持しているか。それと意図。後、現在誰が政府を独占しているか。それと意図。(意味不明)

自分はドナルド・トランプの支持者か?
新たな白人アイデンティティと共通の目的(?)のシンボルとしては、もちろん。政策立案者、指導者としては・・・絶対に否だ

気象変動の危機が迫る中、なぜ移民と出生率に注目するのか?
それらは同じ問題だからだ。環境は人口過多によって破壊される。我々ヨーロッパ人は人口を増やしていない。人口を増やしているのは侵略者だ。侵略者を殺すのだ。人口過多を阻止し、それによって環境を救うのだ。

なぜ資本主義者ではなく移民を責めるのか?
私は両者を責める。そして両者に対処するつもりだ。

自分はこの意見をずっと持っていたのか?
いや、私は若いころ共産主義者だった。そして無政府主義者になり、そしてついにリバタリアンになった・・・エコ・ファシストになる前にな。

自分はFBIかモサドのエージェントか?
いや、だが次の攻撃者はそうかもしれない(?)。健全な猜疑心は保ち続けねば。

自分の襲撃によって、米国の白人は銃を奪われるのではないか?
そのとおり。それが計画だ。個人の権利と米国憲法を守るというが、その時がついに来るのだ(意味不明)。

ブレントン・タラントが書いた声明文から総合的に判断するに、この人物はどこを切っても保守の要素の無いイカレポンチである。

保守の要素が無いだけではない。左翼の要素は満載である。保守主義を否定し、環境ファシストを自認し、キリスト教徒であるかについて言葉を濁し、社会主義を否定せず、資本主義を敵視し、中華人民共和国に憧れを持ち、米国人の銃保持権剥奪を目論むこの人物は左翼としての特徴を持ち合わせている。オーストラリア人だというが、この人物の英語もかなり意味不明な点が多い。

メディアは声明文の一か所だけ都合よく抜き出し、タラントはトランプ大統領を支持している、と言っているが、前後の文脈を読めば逆であることが分かる。また、仮にタラントがトランプ大統領について何を言おうが、トランプ大統領自身は即座に今回のテロを非難している。

一方、ブレントン・タラントは声明書において、影響を受けた人物としてトランプ支持者のキャンディス・オーウェンスを挙げている。キャンディス・オーウェンスは黒人女性である。この人物は本当に白人至上主義者なのか、もしくは調査能力に問題のある白人至上主義者なのか。その点は謎ではある(参照)。

イスラム教徒は、まずイスラム教徒を殺す。そしてユダヤ教徒を殺す。キリスト教徒を殺す。仏教徒やヒンズー教徒を殺す。アフリカ大陸で、中東で、南米で、アジア諸国で。これらに対してメディアは何も言わない。

そしてヨーロッパや北米における先進国の「宗教的でない人々」を殺す。これらに対してもメディアは何も言わない。彼らは眠りこけている。

その時、あるニュージーランドのある町で、非イスラム教徒のイカレポンチがイスラム教徒を殺す。

ここでメディアは目を覚ます。それがこの事件である。メディアは「トランプを支持する反移民の白人至上主義者」の仕業であるとぶち上げる。それがこの騒ぎである。

米国の政治を攪乱させて米国民を分断させる、というこのイカレポンチの願いを左翼メディアが実現したのである。

ニュージーランド政府は今回の事件を受け、銃規制を更に強化することを言明している。これは極めて愚かしい対応である。

今回の事件が起きた背景には多様性の名のもとにイスラム教徒という異質な文化背景を持つ人々を大量に受け入れた愚かな移民政策がある。そして次に人々の手から自衛の手段を奪った銃規制がある。

無実な犠牲者には哀悼の意を表したい。そして、相も変らぬバカなメディアと、そのメディア報道を唯々諾々と受け入れる世界の大部分に「ご愁傷様」を言いたい。


追記:
トランプ大統領は独特のコミュニケーション能力を持つ人物である、ということを改めて認めざるを得ない。氏のリーダーシップによって未だかつてないほどに黒人層が共和党支持に傾いている。

Diamond & Silk: Trump is not a racist; he's a realist

教育市場を開放し、サルを人間へ

  • 2019.03.17 Sunday
  • 12:05
 

都立町田総合高校で教員が体罰 ネットで動画拡散 2019.1.18
東京都町田市の都立町田総合高校で、生活指導担当の50代の男性教諭が、高校1年の男子生徒(16)の顔を殴るなどの体罰を加えていたことが18日、都教育委員会への取材で分かった。暴行の場面を撮影したとみられる動画が無料動画サイト「ユーチューブ」に投稿され会員制交流サイト「ツイッター」で拡散。生徒が教諭に「ツイッターで炎上させるぞ」「小さい脳みそでよく考えろよ」などの暴言を浴びせた後、教諭が暴行する様子が収められていた。都教委は処分を検討している。


往々にして、大切なものほど政府に託すとダメになる。教育はその典型例である。



政府による、微に入り細を穿つ規制が社会のありとあらゆるところへ行き渡る。その規制が教育を蝕んでいる。鉄拳制裁が政府によって規制された結果が冒頭の記事のような形で表れているのである。

サルのまま図体がデカくなり、言葉が達者になって小学校、中学校、高校と進学する者が多い。本来は家庭で矯正されていればこのようなサルが進学することはない。だが戦後に左翼教育思想が蔓延した結果、サルがサルのまま矯正されずに成人を迎える事態になって久しい。

サルが理解するのは言葉ではない。サルが理解するのは肉体への刺激である。当然ながら、鉄拳こそがサルへの適切なコミュニケーションツールとなる。鉄拳教育を方針とする学校やクラスがあれば、このようなサルどもの目を覚ますのにものの5時間で十分である。

昔(戦前)も学校での体罰は禁止されていた、というまことしやかな説がある。実際にこれは事実であろう。だが重要なポイントが抜けている。

昔は学校にあがる前に家庭においてしっかりと「サル」は矯正され、「人間」への進化を遂げていたのである。家庭でしっかりと躾けが出来ていたからこそ、学校では教師が鉄拳を振るう必要性はそれほどなかったのである。

初等教育の根幹は躾である。躾を支えるのは体罰である。体罰の術を心得る者こそが真の教育者である。昔の親は教育者であった。戦後の親は教育者であることを忘れてしまったのである。戦後、米国の核である保守哲学を微塵も理解しない低能な”インテリ”が、米国から左翼思想と一緒に愚劣な教育理論を輸入したためである。

だからサルが人間に進化せずに学校にあがり、冒頭の記事のような醜態をさらすのである。

本来、人間を相手にするはずの学校でサルの相手をさせられ、挙句にサルの手なずけ方が下手だと非難されるのであるから、教師という仕事は報われない職業である。教員が不足しているというが当然であろう。

ところで、体罰と虐待の違いが理解できないのが低能な”インテリ”達である。日本で教育に関する本を出しているうちの99.9%がこの手の低能”インテリ”である。「ダメといってはいけない。否定してはいけない。言うことを聞いてもらいたかったらまず子供の言うことを聞こう」という本がよくある。アンガーマネジメントなる机上の空論を流布する手合いもいる。

こういう愚劣な本を信じてそのとおりに実行した結果、子供がいよいよ手に負えなくなり、ある時遂にブチ切れて子供を強く揺さぶったり熱湯をぶっかけたりタバコの火を押し付けたりするのである。それが虐待である。

このように突き詰めていけば問題の根は深いのであるが、それでも簡単に解決する方法がある。それは教育の完全自由化・民営化である。

「鉄拳教育でオタクのバカ息子を叩き直します」という教育サービスへのニーズがある。これは間違いのない事実である。

キレる生徒には圧倒的かつ断固とした鉄拳制裁が唯一の有効な手段である。最も無意味なのが。政府が邪魔しなければ、ニーズあるところに供給が出てくる。

教育こそ、全国一律の硬直した体制ではなく、子供一人一人の個性と特性と状況を鑑みる柔軟性が求められる。しっかりと家庭での躾ができている子供はスルスルと進学すればよいし、ダメな子供は大きくなる前に優しく矯正すればよい。サルのまま青年になってしまった者は手荒であっても効果的な矯正過程を経てから通常教程に戻ればよい。

だが現行の法律と制度の中において、そのような現場の状況に即した教育サービスを安価に供給するのは不可能である。

故に、一刻も早い教育の完全民営化、自由化、免許制度・許可制度の廃止、そして他でもない諸悪の根源である文科省の廃止が望まれるのである。 


追記:便宜上、サルから人間への進化というたとえ話をしたが、私はダーウィンの進化論を信仰するものではないということを断っておきたい。

グリーン・ニューディール議決案

  • 2019.02.11 Monday
  • 20:49

ニューヨーク選出のアンドレア・オカシオ・コルテスという知名度を急上昇させている若き下院議員が「グリーン・ニューディール」と銘打った決議案を発表し、話題になっている。この人物は最近「気象変動によって地球は後12年しかもたない!」と明言して嘲笑を買った人物である。

グリーン・ニューディールという言葉はオバマ大統領が政権時代にフランクリン・ルーズベルトのニューディールにちなんで打ち出したもので、自然エネルギーや地球温暖化対策に公共投資することで新たな雇用や経済成長を生み出そうとする政策である。

この考え方に従って日本でも再生可能エネルギー等導入推進基金事業が立ち上げられ、風力発電や太陽光発電が全国に広がっている。

その議決案の内容であるが、民主党指導部も呆れるほどの荒唐無稽で前のめりな内容に当の本人もヤバイと思ったのか、オカシオ・コルテス議員のウェブページの決議案の部分が削除されてしまった。だが、それが掲載された時にスクリーンショットを撮られたのか、ここに見ることができる。

 
  • 10年以内に温暖化ガスの排出0を実現する
  • 再生可能エネルギーへの100%移行
  • 100万もの生活可能な所得の雇用創出
  • インフラへの投資
  • きれいな空気と水、自然へのアクセス
  • 働けない、または働かない人々の生活を保障
  • 全ての建築物の高エネルギー効率の建物への建てかえ

同議員は温暖化ガスの排出を0にするための方策として、なんと「広大なアメリカ全土に高速鉄道を敷きつめ、飛行機による移動を不要にする」としている。19世紀に栄え、20世紀になって自動車にほぼ取って代わられた鉄道に戻ろうというのである。駅まで鉄道で行って、そこから目的地まで電動自転車で走るのであろうか。米国内だけを鉄道にしても飛行機は無くならない。太平洋や大西洋に長距離鉄道網を敷くのであろうか。

そしてその電力はどうするかと言えば、100%風力と太陽光エネルギーでまかなうというのである。ある試算によると、カリフォルニア州とテキサス州全土を太陽光パネルで敷き詰めなければ現在のエネルギーは供給できないそうである。

このグリーン・ニューディールは社会福祉政策でもある。この案では「国は働けない、または働かない人々の生活を保障する」としている。働かなくても生活が保障されるならば、ほとんどの人々は働くのをやめるはずである。一部の仕事が趣味だという人間が、その他大多数の働かない人々を支えるという構図になる。

この荒唐無稽な案を実行した場合、何十兆ドルというカネがかかるといわれている。ではそのカネはどうやって調達するのか。累進課税を強化し、金持ちの財産を収奪してもこのような資金供給は無理である。

ではどうするのか。

コルテス議員は必要な限り連邦準備銀行が金融を緩和し、政府が資金供給するとしている。どこかで聞いたことがあると思ったら我が国のアベノミクスであった。

現在は嘲笑の対象となっているが、近いうちに笑いごとではすまなくなる。バーニー・サンダース、カマラ・ハリス、エリザベス・ウォーレン、コーリー・ブッカー、カーステン・ジリブランドといった時期大統領選に名乗りを上げている人物を含めた民主党の主要な面々が支持を表明している。民主党は既にここまで左傾化してしまったということでもある。


参考:
左翼の手口は巧妙である。コルテス議員のアドバイザーを務めるコーネル大学のロバート・ハケット教授がフォックス・ニュースのタッカー・カールソンの番組に出た。「この案はそんな突拍子もないことは求めていません。常識の範囲です」という具合にノラリクラリとかわそうとする教授をカールソンが鋭い眼光と破顔一笑を繰り返しながらじりじりと追い詰めている。



トランプ大統領・一般教書演説

  • 2019.02.11 Monday
  • 10:31

トランプ米大統領の一般教書演説は力強く自信に満ち溢れるものであった。オバマから政権を引き継いで2年になるが、政治哲学の違いがこれほどまでに世の空気を変えるものかと改めて感慨に浸る。

減税と規制緩和による経済の活性化。地下資源エネルギー産業の復興とエネルギー輸出国としての地位確立。雇用の増加と上昇する所得、特に黒人やマイノリティーにおいて低下する失業率。米国第一を掲げる外交政策。

トランプは不法移民によって引き起こされた悲劇とその悲劇の犠牲者の家族を紹介し、国民の安全を守るためにメキシコとの国境に壁を建設しなければならないと改めて強調する。体を張って不法移民と日々対峙する英雄的な入国税関捜査官(南米からの合法的な移民)を紹介し、議会は大喝采をもって迎える。

民主党議員は沈黙。

トランプは成功事例を次々と挙げながら政治の壁を越えて米国人として一つにまとまろうと呼びかける。それを妨げるものは党派主義であるとし、その代表を政権発足以来続けられていながら何の証拠も示すことが出来ない「ロシア疑惑捜査」であると断じる。

議会は大喝采をもって応え、民主党議員は沈黙。

トランプはロシアの重大な違反によって意味をなさなくなった中距離核戦力(INF)廃棄条約を破棄することを言明し、ロシアを敵として明確に位置付けた。ロシアに対して融和外交に終始した民主党がこのトランプに対して「ロシアと共謀してクリントンを追い落とした」というのであるから滑稽である。

トランプは生命の尊さに触れ、中絶に失敗して生まれてしまった赤子を医師が殺すのを許すべしと述べたバージニア州知事を糾弾する。居心地悪そうにチャック・シューマーがモゾモゾし、大統領の真後ろに座るナンシー・ペロシが目をぱちくりさせる。トランプが後期中絶の禁止を訴えると議会は喝采し、白装束の民主党議員の席は静まり返る。

ベネズエラの新政権への支持を明言する一方、国民への弾圧を強めるマドゥロ政権に言及し、米国は絶対に社会主義への道を歩まないことを明言する。バーニー・サンダースは手を顔に当てた姿勢を硬直させて座ったまま。

イスラエルの米国大使館をエルサレムに移転したことに触れ、イスラエルへの強い支持を改めて明確にする一方、イランとの核合意から離脱したことの正しさとイランへの締め付けを強めていく意思を強調した。

全体を通して高揚感のある演説であった。トランプらしい気さくさを感じさせる場面の多く、高所から見下ろすような政治家目線でない言葉遣いにも好感を覚える。ただし、聞いていて疑問に感じる部分があったのも確かである。

女性の権利拡大を後押しする発言や有休家族休暇の立法化を支援する発言があったが、これは民主党のリベラル思想である。全ての人を平等に尊重するはずの米国の理念に反するのではないか。

中国に触れる場面があったが、言及されていたのは「中国との貿易赤字」であった。貿易赤字は問題の根本ではないし問題ですらない。問題は中国政府による中国企業を使った高度技術の窃盗行為である。中国政府はその技術を軍事利用し、それが米国とその同盟国を脅かしてる。そのことをなぜ強調しなかったのか。

各国の貿易障壁について触れ、今後米国製品に対して貿易障壁を設けた国に対し、その国の産品への同レベルの障壁をもって対抗するという発言があった。これは自国民の利益を考えたときに最も避けなければならない感情的な落とし穴であり、残念なことである。

国内の「老朽化するインフラ」を整備するために資金を投じるという意味の発言があったが、資源の無駄に終わったニューディールの二の舞となることが危惧される。一方で危機的に増え続ける政府支出の削減を求める発言は無かった(日本よりは遥かにマシなのだが)。これも心配要素である。

トランプは社会主義を排することを明確にしたが、一方で製薬会社に対して薬の価格を下げることを求めた。資本主義が機能するためには政府があの手この手を使って市場経済に介入しようとするのを防がなければならない。このような発言を聞くたびに一抹の不安を覚える。

トランプの演説は保守派からは絶賛あるいは好意をもって迎えられている。これら懸念事項がどうでるか。それが折り返し地点となる2020年に向けての課題であろう。

Trump's 2019 State of the Union address | Full Speech





追記:
トランプの中国との貿易戦争の問題点は、「中国政府による技術窃盗」に焦点が絞られていないことである。鉄やアルミに対する輸入関税の悪影響は様々な分野に表れてきている。懸念すべき事項のひとつである。

Nail manufacturer: Trump's steel tariffs put us on the brink of extinction

仮想通貨を考える

  • 2019.02.03 Sunday
  • 16:55

国の借金が天文学的なレベルに積み上がっている。政府は日銀を使った出口のない錬金術で資金を捻出し、株価を支えて誤魔化し続けている。

ある時点で日銀が債務超過になれば日銀は倒産し、円の価値は暴落する。そうなれば我々庶民が苦労して働いて貯めた金は一瞬で価値を失う。

そのような中、国会でひとり警告を発し続ける藤巻健史議員はこう呼びかける。

 

貧しくてもきちんとリスクに備えていた人は助かるでしょう。準備してなかった人の生活は地獄でしょう。それはある意味自己責任だと思います。


氏が薦めるリスクへの備えとはドルと仮想通貨の保有である。「とりあえず口座を開設し、小額でもいいから売り買いの練習をしておけ」と説く。

1000も2000もあるといわれる仮想通貨の中で最も有力なのがビットコインである。

ビットコインとは何なのか。まずは知らなければならない。そこで簡単な調査をしてみた。

そこで得られた現時点での結論は、こうである。

ビットコインはカネではない。ビットコインは通貨である。更に言えば、ビットコインはリスクの高い投機対象商品である。知るべきであるが、大きな額を突っ込むべきではない。

カネ=通貨ではないのか?通常はそれでよい。だが違いを理解しなければならない局面がある。例えば、タバコは商品であってカネではない。だが刑務所や捕虜収容所においては通貨となる。

カネであるためには条件がある。一つ、価値の保存機能があること。一つ、交換の媒体となること。一つ、会計の単位となること。タバコはある特殊な状況においては交換媒体となるが、一般社会においては火をつけて煙を吸うものである。

仮想通貨で最有力のビットコインは、少なくとも現時点ではこの3つの条件を一つも満たしていない。過去の上昇と下落の経緯を見れば、価値の保存機能としては最低であると断じざるを得ない。



現在ビットコインを保有している人々の多くは、価値の保存を目的とはしていない。彼らの目的は「利を得ること」である。彼らはビットコインが将来的に値上がりすると踏んで、値上がりした時に売り、代わりに莫大な額の通常貨幣(円やドル)を得ようとしている。実際、世のビットコイン長者はそれに大成功した人々である。そのようなローレックス&ランボルギーニ族を見て「俺も」と後から参加した人達は、ビットコインの価格を押し上げることで長者達の利益を助けはしたものの、彼ら自身はその後の暴落でスッカラカンになっている。

仮想通貨が暴落し大損した話…ヤバいです。。まだ保有中



暴落して大損するようなものは価値の保存には向かないということである。

残念ながら日本ではビットコインで「大儲けした!」か「大損した!」、もしくはビットコインやブロックチェーンの技術を解説したくらいの声しかなく、有効性を判断するに役立つ情報が少ない。

リサーチする中で行きついたのが以下である。

2014 Free Market Forum Panel 1: Bitcoins



ヒルズデール・カレッジは米国では最高位のリベラルアーツ専門の大学であり、政府からの補助を一切受けずに独立性を保っていることで知られている。カネとは何か、通貨とは何か。ビットコインはカネなのか通貨なのか。ビットコインがどのようにして誕生し、発展してきかた。その仕組みはどうなっているのか。技術に詳しくない人間でも分かりやすく解説している。

Is Bitcoin the Future of Money?



ビットコイン是か非かのディベートである。非の立場をとるピーター・シフ氏は投資家としても著述家としても有名であり、オーストリア学派の立場から経済を語る人物である。氏はビットコインを単なる投機対象であると断じる。氏はビットコインを金と比較する。『金はそれ自体に装飾から工業まで様々な用途がある。金だけが持つ輝きと特性がある。それが金の価値を支える。だがビットコインは煎じるところ単なる「ビット」である。その「ビット」を崇める人々がいるというだけのことである。だからこのような激しい上昇と下降があるのだ。マイスペースがフェイスブックにとって代わられたように、いつかはビットコインが更に高機能なものにとって代わられるだけ。実際にビットコインに似たものはどんどん出てきている。ビットコイン自体が供給を制限しても他は制限無しで出てくる。現在のまがいものの貨幣システムを別のデジタル版のまがいもので代替しても意味がない。目指すべきは金本位制への回帰である』と。

Congrats on Reaching a New Level Of STUPID! #BitcoinRant



財産管理の指導者として全米で人気を集めるデイブ・ラムゼーはビットコインをビットコン(詐欺)と断じる。「カネといものは本質的に信用に基づくものである。ビットコインにはこの信用が決定的に欠けている。あるのは先進的でクールだというイメージだけだ」と。この動画では学生ローンで借金してビットコインに投資している学生が増えていることを取り上げ、「超バカ(学生ローンで借金) X 超バカ(ビットコイン購入)= メガトン級バカ」と吐き捨てる。

ところで、ビットコインを是とするほうの意見も傾聴に値する。ビットコイン(及び上位の仮想通貨)が現時点においては他の有象無象の仮想通貨の追随を許さない堅牢さと機能をもっているのは確かであろう。銀行では何日もかかる外国送金が仮想通貨を使えば遥かに低コストで一瞬でできる等、機能面では革命的な可能性を持っていることは間違いない。

ビットコインや有力仮想通貨はカネではない。そして永久にカネにならないかもしれない。だが、将来的に我々の生活を大きく変える革命的な何かをもたらすであろう。

上のヒルズデール大学の講演でも説明されているが、ビットコインは通貨の安定している先進国よりもベネズエラやジンバブエのような破綻した国々で人々の逃げ場になっている。財政的には極めて危ない日本においても何らかの重要な役割を果たすはずである。

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

time

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM