「政教分離」なる専制のスローガン

  • 2016.09.18 Sunday
  • 15:49

 

今年の8月15日、安倍晋三は例のごとく靖国神社に参拝せず、鳴り物入りで入閣した稲田朋美も国外に出て参拝せずという結末となった。期待はしていなかったので憤りは感じないが、このような安倍政権を擁護する人間を見るにつけ、暗澹たる気持ちになるのは避けがたいものである。

それはさておき、靖国神社参拝というと必ずどこからか「政教分離の原則上やや問題あり」という声が聞こえてくる。

日本社会は実に多くの空虚なスローガンに満ち溢れている。この政教分離もその一つである。

政治は政治、宗教は宗教。宗教は政治に口を出すべきではない。政治は宗教に絡むべきではない。

もっともらしく聞こえるが、単なる危険思想である。

この「政教分離」という思想は共産主義の宗教弾圧に起源を持つ。共産主義はそれ自体が政府を至高の神とする宗教であるが、単に他の宗教を認めないということである。

共産主義は人間の性質を変えようと(政府に権限を集中させることで人間の持つ「個人の所有欲」という性質を無くさせる)する試みであった。その試みの前提は、人間の性質は変えられる、という思想であった。

だがその試みの結果は大量虐殺であり、独裁であり、飢餓であり、貧困であった。

人間の性質は変えることは出来ない。人間には所有欲があり、善意があり、悪意があり、良心があり、意地悪さがあり、克己心があり、自堕落である。それら性質をあるがままに受け入れ、それを正のエネルギーに変換し、富をもたらしたのが資本主義であった。

同じく人間には変えられない性質がある。それは宗教である。

人間に価値観を与えるもの。それが宗教である。その価値観が良きものであろうが、悪しきものであろうが、価値観は価値観である。

キリスト教は宗教である。仏教は宗教である。イスラム教は宗教である。無宗教は宗教である。無神論は宗教である。オウム真理教は宗教である。共産主義は宗教である。「地球温暖化!」は宗教である。「反原発!」は宗教である。「日本が世界に誇る国民皆保険!」は宗教である。

「自分は宗教とは関係無い!」と百万回言っても事実は不変である。人間は宗教から分離して存在することは出来ない。ある人はこのような価値観(宗教)を持っているが、ある人は別の価値観(宗教)を持っている、ということが言えるだけである。

故に政教分離という思想は「お前の体からお前の価値観を切り離せ」と言っているに等しい。政治家に政教分離を求める、というのは、政治家に人間を止めてロボットになれ、というのに等しい。貴方の価値観が好きで貴方に投票した、だが今や貴方は政治家なのだから、貴方は貴方の価値観を捨てなさい、と言っているに等しい。価値観を捨てろというならそもそもなぜ選ぶのか、という論理矛盾である。

政教分離が共産主義を起源とする専制思想である一方、自由闊達で繁栄する社会に必要なのは信仰や良心の自由である。

自由な社会の基礎は個人財産の保護である。有形、無形を問わず、個人の所有物が他人からの収奪の危機に常に晒されている社会には自由も繁栄も無い。

信仰や良心は個人の財産である。これは最も重要な財産であると言ってもよい。この財産は親から子へと代々受け継がれるものである。良き信仰(価値観)は良き行いをもたらし、良き行いは富の蓄積と豊かさをもたらす。悪しき信仰(価値観)は悪しき行いをもたらし、悪しき行いは貧困と不幸をもたらす。

「政教分離」なる思想が空気のように受け入れられる社会において、自由と繁栄の礎である信仰や良心の自由は置いてきぼりである。

「公人としての参拝ですか?それとも私人としてですか?」

このバカげた質問は、「貴方は貴方ですか?それとも別人ですか?」と聞いているに等しい。

国のために戦った英霊が祭られている靖国神社に参拝するというのは一つの価値観である。それは人間としての良心である。価値観や良心は人から離れたりくっついたりするものではない。常にその人と一緒である。その価値観と良心がその人を形成する。その価値観や良心無しにはその人はその人ではない。

我々は人間の性質を根本的に変えることは出来ない。良き信仰を持つ人がいて、悪しき信仰を持つ人がいる。良心を持つ人がいて、邪心を持つ人がいる。さまざまな組み合わせを持つ人々が様々な組み合わせで社会を構成する。これが現実であり、この現実を変えることは出来ない。

我々が出来るのは、人々が信仰と良心に従って行動する自由を守ることである。それは政教分離ではなく、信仰と良心の自由である。だが信仰と良心の自由は脆弱である。我々の社会にはあまりにも多くの邪教とそのスローガンがはびこっているからである。

 

「働き方改革で成長力底上げ」 洗脳された日本社会

  • 2016.09.18 Sunday
  • 11:21
 

働き方改革、税で後押し 仕事・育児両立促す
2017年度の税制改正に向けた各省庁の要望が出そろった。育児と仕事を両立できる社会をめざし、子育て世帯がベビーシッターを利用したり、企業が保育所を設けたりするのを税制面から後押しする。人口減が加速するなか、女性や高齢者が仕事に就きやすくする「働き方改革」を通じて成長力を底上げする。 2016/8/27 1:14日本経済新聞 電子版


我々はアリ地獄に生きている。もがけばもがくほどに砂の中に深く沈み込んでいく。

「人口減が加速するなか、女性や高齢者が仕事に就きやすくする」ことで「働き方を改革」して「成長力を底上げ」するという愚にもつかない冗談を真顔で人々が語る。冗談であるということにも気づかない。完全なる洗脳である。

人口減少は衰退の象徴である。豊かさは人口の増加をもたらし、人口の増加は活力を生み出す。人口の減少は人々が将来への希望を見出せない社会の産物である。

なぜ人々は将来への希望を見出せないのか。それは経済が成長を止め、縮小へと向かっているからである。なぜ経済が縮小するかといえば、それは社会福祉と規制によって現在と将来の富が国民全体から吸い取られているからである。

経済が硬直化しているから人口が減少する。だが政府の対策は「経済をくびきから解き放て」ではなくて「女性や高齢者を働かせろ」である。しかも国民から集めた税金を使ってである。

女性が働けば働くほど、当たり前だが結婚は減少する。結婚が減少すればするほど出産も減少する。出産が減少すればするほど将来の人口は減少する。

そこでまた政府が対策する。女性が子供を産みやすくするように「保育所を増やす」とか。だがそこで問題が起こる。保育士が足りない。なぜならば保育士の仕事がキツイわりに給料が安いから。すると政府が対策する。保育士の給料を月額6000円上げると。またもや税金を使ってである。仮に多くの人が納得して保育士になろうという人が増えるとしても他の分野で人手不足が生じる。

永遠の負のループである。それで最終的に「成長力が底上げできる」言い張るのであるから脳みそが腐っているとしか言いようがない。

政府のやることというのは自分で傷をこしらえておいて、バンドエイドを貼り、すぐ横にまた傷をつけてバンドエイドを貼り、バンドエイドが古くなればその上から新しいバンドエイドを次から次へと貼り付けるかの如くである。そのうちに、そもそもなぜバンドエイドを貼らなければならなかったのかは誰にも分からなくなり、古くなって外れかけているこのバンドエイドをどうやって修復して維持するか、だけが焦点となる。

育児も仕事も個人の領域である。個人の領域から政府が手を引いて規制を撤廃し、あちこちから高い税金を取らなければならない原因である社会福祉を撤廃すれば経済は息を吹き返す。経済が生き返れば出生率は上がる。出生率が上がれば人口は増加する。「人手不足」も「待機児童」も雲散霧消する。

だがその希望は無い。なぜならば、我々は洗脳されているからである。

最低賃金、若者のハシゴを外す安倍左翼政権

  • 2016.09.17 Saturday
  • 17:54

<最低賃金>時給、初の800円台 16年度全国改定
全都道府県で今年度の最低賃金改定の答申が出そろい、厚生労働省が23日、公表した。改定額は全国平均で823円(時給)と初めて800円台となり、平均引き上げ額は前年度比7円増の25円。時給で表示するようになった2002年度以降最大の引き上げで、政府が掲げる3%引き上げに相当する数字になった。 毎日新聞 8月23日(火)20時9分配信


安倍政権の左翼経済政策である年3%の最低賃金引き上げ目標に沿って最低賃金が上がっている。

最低賃金なるものは従来より左翼の政策であった。だが保守不在の日本においては、いわゆる左派もいわゆる右派もそろってこの左翼政策を支持している。

労働は商品である。「労働は商品ではない」と百回叫んだところで労働が商品であるという客観的な事実は不変である。

青空を見て「空は赤い!」と百回叫んでも空が赤くならないのと同じである。

商品の価格は需要と供給のバランスによって決まる。これは「新自由主義思想」でも「リバタリアン思想」でも何でもなく、有史以来変わらぬ事実である。

ある高さにモノを持ち上げて手放せば地球の重力によって地面に向かって落下するのと同じである。

違いが生じるのは、需要と供給のバランスによって自然と収斂するはずの価格を人為的に操作するか、あるいはその価格決定プロセスを邪魔せずにありのままに受け入れるかといった、価格というものに対する考え方と対応である。

前者によって生じるのは過剰な需要や過剰な供給、そして高止まりした価格である。対して後者においては価格は需要者と供給者との間で交わされる双方向の信号として機能し、供給量、需要量、価格が自然と最適値に調整される。

最低賃金というのは雇用者と被雇用者との間で自然と収斂するはずの賃金という価格を人為的に操作するものに他ならない。政府は最低賃金という操作された価格を高いほうへ高いほうへと設定する。同じ商品の価格を上げれば需要は減る。当然ながら雇用の機会は減少する。特に減少するのは低付加価値な労働における雇用である。

例えばある雇用者が一時間800円の価値を生み出す仕事で労働者に時給700円を支払っていたが法定の時給が700円から800円に上がる。すると利益は無くなるからこの仕事そのものを廃業するか、もしくは労働者のうち生産性の低い者を解雇するか、もしくは労働者を全員解雇して機械に置き換えてしまうか、といった選択を迫られる。

アメリカではマクドナルドがレジの無人化とロボットによる自動受付を開始しているが、まさにファーストフード店は最低賃金が直撃する低付加価値労働の好例である。

世の中には「アタマの良い」人がいるものである。彼らは言う。

「最低賃金が上がったくらいで継続できなくなるような経営力の無い事業はそもそも淘汰されるべきなのでは」と。

この小アタマの良い言葉をもっと分かりやすい言葉に置き換えるとこうなる。

「最低賃金ほどの利益を生み出せない者達(低学歴者、低能力者、若年者、身障者等)はこの世から消えてしかるべきなのでは」

若くして経験のない者はいかにして仕事の第一歩を踏み出すか。多くの場合、企業の正社員としてではなく、「バイト」である。彼らはそこで仕事の大変さや責任感を徐々に学んでいく。そのような仕事で家族を養うことは出来ないし、その必要もない。なぜならば、これら低付加価値な仕事は「階段の第一歩」でしかないからである。

第一歩だが重要な第一歩である。第一歩がなければ階段を上がることは出来ないからである。

「一億総活躍社会」を掲げる安倍政権がこれから頑張る世代である若者達が登ろうとする階段を外し、それをアベノミクスと称する。

実に悲しく滑稽な姿である。

「北方領土」とプーチンの犬、安倍晋三

  • 2016.09.04 Sunday
  • 23:16


北方領土をめぐる安倍外交のオメデタさに歯止めがかからない。安倍晋三はプーチンの犬と化している。
 

ロシア人居住権を容認へ 政府方針
政府は、ロシアとの交渉で北方領土が日本に帰属するとの合意が実現すれば、既に北方領土で暮らすロシア人の居住権を容認すると提案する方針を固めた。 毎日新聞2016年9月1日

 

ロシア経済協力相を新設、世耕氏が兼務 首脳会談見据え
政府は「ロシア経済分野協力担当相」を新設し、世耕弘成経済産業相に兼任させることを決めた。菅義偉官房長官が1日午前の記者会見で発表した。安倍晋三首相は2日からロシアのウラジオストクを訪れ、プーチン大統領と会談する予定。北方領土をめぐる日ロ交渉の進展に向け、日本側の強いメッセージにする狙いがある。 朝日新聞2016年9月1日

 

北方領土、現世代で決着=「日ロ極東会談」定例化を―安倍首相演説
【ウラジオストク時事】安倍晋三首相は3日(日本時間同)、ロシア極東ウラジオストクで開かれた同国政府主催の「東方経済フォーラム」で演説し、プーチン大統領との首脳会談を毎年、ウラジオストクで行うことを提案した。


「プーチンの犬」は特殊な現象ではない。アメリカの自称保守にもプーチンを喜々として持ち上げる者はいる。

ウクライナを脅かし、ヨーロッパを恫喝し、イランに接近し、中国と軍事協力を進める独裁ファシスト、プーチンの振るう強権に魅了させられるバカは洋の東西を問わず存在するものである。

しかし我が国の領土を奪って居座り続け、中国と組んで日本の領域を脅かすロシアのプーチンに対し、「貴方様にどこまでもついて参ります」、「足蹴にされてもすがりついて参ります」、「誰から何を言われようと、私には貴方様しかおりません」と言わんばかりの安倍政権のロシア詣でぶりには言葉を失う。

「言語道断」では怒りを表すことが不可能である。

「情けない」では情けなさを表すことが不可能である。

「あぶない」では危険性を表すことは不可能である。

ロシア経済は脆弱である。まともな製造業が無く、腐敗がはびこり、官僚機構が経済に介入するロシアの経済には明るい兆しはない。彼らが売るものといえばほとんどが地下資源である。収益は世界市場によって大きく左右される。原油価格が下落すればロシアの経済は終わりである。

だからロシアとしては日本からの経済強力はありがたい。日本からの経済協力は何としてでも取り付けたい。日本に対しては「北方領土」という切り札がある。幸いアベというお坊ちゃんがいて、そして我が国(ロシア)に甘い幻想をいだくアベ支持者達がいる。「北方領土」をチラつかせれば奴ら(日本)はイチコロである。返す必要はサラサラない。譲歩する必要もない。

ただ、「金を出せば、返ってくる?かな?」と期待を持たせつつタラタラと「協議」を重ねさえすればよい。

「譲歩する可能性あり」とにおわせて日本側の期待感を盛り上げ、日本側の期待感が高まったあたりで「領土は一ミリたりとも譲歩することはない」と冷水を浴びせてリセットし、北海道の領空を侵犯して日本側に恐怖を抱かせ、しばらくしたら「話し合おうよ」と持ちかけ、日本側は「あっ!ロシアから対話を呼び掛けてきた!この機会を逃してはならん!」と焦ってテーブルにつき、その日本に対してロシアは「経済強力頼みますよ・・・北方領土の件もいろいろ話し合わなきゃイカンし」で、日本側は「ロシアは北方領土返還の可能性を示唆!」と狂喜・・・

この猿芝居が繰り広げられる間にロシアは着々と北方領土のロシア化を進める。

国後島進む「ロシア化」 インフラに加え教育環境充実
終戦71年、現島民も「ここがふるさと」 北方領土の「ロシア化」が着々と進んでいる。ロシア政府は近年、インフラ整備に加え、ロシア人島民2世、3世の教育環境の充実にも力を入れる。北海道新聞 8月28日(日)7時30分配信 

ロシアという国は常に領土を拡大してきた。ソ連邦は崩壊して複数の共和国に分裂したが、プーチンが目指すのはかつての超大国・ソ連帝国の復活である。プーチンはKGBで育った人間であり、プーチンが理解するのは力のみである。

北方領土が「返還」されることはない。

我が国が北方領土を武力で奪還するか、もしくは未来永劫ロシアの領土となるか、二つに一つである。

「武力で奪還」など現実離れしている、と思うならば日露戦争を思い返せばよい。なにも真正面からぶつかり合うだけが戦争ではない。核大国を相手に核ミサイルを撃ち込み合うだけが能ではない。核兵器が強力ならばミサイル防衛システムは相手の核を無力化する兵器である。自国の経済を爆発的に活性化させる一方で敵国の経済を疲弊させるのも手である。あの国とこの国を味方につけてロシアを包囲するのも手である。

一発も発射せずに戦いを終える、という戦争もある。それを実行したのは冷戦に勝利したロナルド・レーガンである。だがそのために必要なのはいつでも全面戦争を戦える準備である。外交とは戦争であり、戦争も外交である。戦争の準備なき外交はあり得ない。

ロシアに尻尾を振る外交など外交ではない。ましてや戦争でもない。

これは売国である。

安倍晋三というプーチンの犬が我が国の国益を売り渡し続け、ロシアが北方領土を実効支配し続ける現在、北方領土は限りなく完全なるロシアの領土となりつつある。

「食料無駄捨てNO、欧州で対策強化」の危険

  • 2016.09.03 Saturday
  • 14:51

食料無駄捨てNO、欧州で対策強化 寄付促進へ税優遇・罰則
【ベルリン=宮下日出男】欧州で食料廃棄の削減に向けた動きが活発化してきた。税負担軽減や罰則導入で余剰食料の有効活用を促す。とくに先進国で売れ残りなど食料の「無駄捨て」が多いことが問題視されてきたが、国連が食料廃棄半減の世界目標を打ち出す中、対策を強化する。 産経新聞 8月22日(月)7時55分配信 


かつて冷蔵技術の無かった時代、ほとんどの食材は消費者の手元に届く前に腐ってしまった。だが近代からの冷蔵・運送技術の飛躍的な進歩により、生産されたものの多くが店頭に並び、消費者の手元に届くようになった。

これは資本主義経済の開花によるものである。資本主義経済において人々は利益を追求する。畑を耕して育てた野菜がその場で腐ってしまったり良い状態で販売できなければ単なる無駄働きである。野菜が輸送途中で腐ってしまったり良い状態で店舗に販売できなければ、農家から野菜を買い取った流通業者とって単なる無駄働きとなる。野菜が店に並んですぐにダメになってしまえば野菜を流通業者から買い取った小売業者にとっては単なる無駄働きとなる。

野菜という商品を消費者の胃袋に収めるために、畑から店頭に至るまで全ての局面において無駄を無くすための戦いが行われている。昨日よりも今日、今日よりも明日、と一般人には見えないところでたゆみない努力が行われている。

それもこれも、原動力となっているのは「利益」である。

物事は二律背反であり、有か無かではない。何かをもう少し得るためには何かをもう少し犠牲にしなければならない。何かをもう少し立てれば何かをもう少し下げなければならない。あっちを上げつつこっちを下げる。重要なのはバランスであって、バランスを取るせめぎ合いが現場では日々行われている。

小売業者にとっては野菜を消費者に売ることがまずは利益の源泉である。だが一方で、鮮度の落ちたものを売れば店のブランド低下をもたらし、それは客足の低下となって跳ね返ってくる。客足の低下は売上低下につながり、ひいては従業員への給料支払いにも影響する。更には腐敗したものが販売されればブランド低下にとどまらず、食中毒による訴訟にもつながる。それは事業継続をも危機に陥れる。

仕入れた野菜は全部売りたい。だから店は消費期限の近い食材は値下げしてでも売り切ろうとする。だが何でもかんでもただ売ればよいというものではない。実際に消費期限が来てしまった、あるいは「店のイメージを低下させること間違いし」と判断される程度の消費期限しか残っていない食材については廃棄せざるを得ない。

廃棄するのはタダではない。商品コストと廃棄コストは店の負担である。店は事業継続のため赤字を出すわけにはいかない。どこかから原資を得なければならない。その原資は「新鮮な野菜をより高い値段で売ったときの利益」から来る。

新鮮な野菜を売ったときの利益が100として、新鮮でない野菜を廃棄するコストが10とすれば、店は利益を100から90に下げることで客にも迷惑をかけず、店のイメージも低下させないギリギリのところで「事を収める」ことになる。

畑から店へのオペレーションが悪く、無駄が多ければ多いほど廃棄コストは上がり、消費者は高い買い物をすることになる。

一方オペレーションが良ければ無駄が少なく済み、コストは低く抑えられ、消費者は安い買い物をすることになる。

同じ品質の同じ商品を買うならば誰でも安いほうへ流れる。価格が同じくらいなら誰でもより品質が良い(新鮮で美味しそう)ほうに流れる。

利益を追求する市場経済の原理によって「無駄」は人知の限りを尽くして既に削減されているわけである。

「いや、まだまだ削減できる」というのであれば、

自分でやれ

ということである。

だが冒頭の規制は「まだ無駄を削減できるはずだからやってみる」ではなく、役人が一方的に小売業者に対して基準を設定し、「まだ無駄を削減できるはずだからやれ」と命令するものである。

それによって何が起こるかというと、無駄が増えるのである。

食品を扱うあらゆる業者が「あらかじめ設定された消費期限に従って小売業者が食品を廃棄することができない」という状況への対応を迫られる。それは法律だから逃げることができない。

もしもある食品会社の消費期限切れ商品が慈善団体を通じて生活困窮者に渡り、その人が食べて食中毒を起こせば必ずや「社会的問題」となる。それは表示や契約などで食品会社が事前の防衛手段を取っていたとしても避けることはできない。

消費期限の切れた自社製品がどのように扱われるか、といった未知の領域に対してどのような「社会的責任」が課されるのか。この限定しきれない責任領域に対して企業存続のために訴訟やメディアの報道といったリスクを経営に織り込んでいかなければならない。

リスクはコストである。リスクが低ければ低いほどコストは低くなり、コストが低くなればなるほど商品の価格は下がる。逆にリスクが高ければ高いほどコストは高くなり、コストが高くなればなるほど商品の価格は上がる。商品を買うのは消費者である。

価格が上がれば上がるほど商品は売れなくなり、商品が売れなくなればなるほど企業経営は難しくなる。故に価格を上げるにも限度がある。企業は存続のために価格はできるだけ据え置かなければならない。するとそのしわ寄せは従業員に来る。

コストは消えることは無い。誰かが負担しなければならない。

「食べ物を大事にしようよ」
「無駄を減らそうよ」

この「高邁な理想」を実現せんとする政府の関係者は彼らの政策によって発生したコストを負担することはない。コストを負担するのは消費者であり、関係する企業の従業員である。

他国の事例ながら、経済の原理を知らない理想ほど危険なものはない、という真理を思い出させる一件である。同記事のコメント(賛同者が多い)を見ればいつ日本で実施されてもおかしくはないことが分かろう。


 

米大統領選挙 トランプ敗退の様相

  • 2016.08.06 Saturday
  • 22:55

ドナルド・トランプを担いだ共和党が苦しんでいる。トランプは自らを制御することが出来ない。

失言に次ぐ失言。刃に布着せぬ発言でもなければビジネスマンとしての型破りな発言でもない。

世界最大の国家のリーダーとしての風格など微塵も無く、日々経済や国際情勢への無知をさらけ出している。指名を受けたいまとなっては党内をひとつにまとめ、民主党の罪悪を暴き立てつつ未来への希望を語り、共和党支持者だけでなく無党派層も取り込まなければならない今この時期に、いまだに指名獲得を争ったテッド・クルーズや保守派を攻撃している。

その様子を保守派は反吐がでる思いで見ている。これは想像ではない。アメリカの保守派ラジオ局には多くの視聴者が電話をかけてくる。「いやいやながらトランプに投票する」という人もいれば「絶対にトランプには投票しない」という人もいる。

保守派に関して総じて言えるのは冷めた態度である。絶対にトランプに勝たせたい、という熱意は無い。それどころか、共和党大会までは支持を表明していた人々も、トランプの迷走ぶりに焦りを感じ始めている。

今は8月で選挙は11月。まだまだ情勢が変わる可能性はある。しかし現時点ではどの支持率をとってもクリントンが勝っている。伝統的に共和党の強い州でも民主党が盛り返している。

このままでいけばトランプは地滑り的大敗を喫することになる。

トランプは彗星のように現れた男ではない。90年代から時折大統領候補に立候補しては消え、ついこの間まで民主党の支持者として政治家を陰で動かしてきた人間である。2012年にも立候補し、妙な発言を繰り返しては鳴かず飛ばずで早々に撤退している。

大統領選を見守る人間にとっては何の新鮮味も無い人間なのであるが、なぜか今回は「俺は壁をつくる。そしてそれをメキシコに払わせる!」という一発芸が受けてしまった。今更ながらに人々の記憶力の無さにはあきれるばかりである。

だが所詮は一発芸。問題はこれからである。

主要メディアは指名候補争いの間は概ねトランプを好意的に扱った。保守派のテッド・クルーズを徹底的に無視する一方でトランプには最大限の放送時間を与えた。

その目的はトランプを勝たせるためではない。目的はヒラリー・クリントンを勝利させることである。クリントンにとっての脅威はトランプではない。それはテッド・クルーズである。13歳にして合衆国憲法を暗記し、法曹界でのし上がって政治の世界に入った隙の無いディベートの名手、テッド・クルーズは既に撤退した。

クルーズを排除してトランプという自己制御機能の無い人間をとりあえず共和党のリーダーにしておき、クリントンが指名された後でトランプを始末しようという魂胆である。

8年間に及ぶ左翼オバマ政権による国家破壊を経たアメリカは、更に教条主義的な左翼であるヒラリー・クリントンが政権を取ればもはや後戻りできないほどに変質させられることになろう。

米国民ではなく単に保守主義の勝利を願うばかりの私にしても、誠に憂鬱なる選挙である。

共和党大会 テッド・クルーズ演説

  • 2016.07.23 Saturday
  • 16:42


クリーブランドで開催された共和党大会にてドナルド・トランプが正式に共和党の大統領候補として指名された。共和党大会の目玉は当然トランプの指名受諾であるが、注目すべきは第二位に終わり途中撤退したテッド・クルーズの演説であった。

ドナルド・トランプは本大会の演説において、声が大きいだけで中身が無く、哲学的な信念が不確かさで経済や国際情勢に対して無知であることを相変わらずさらけ出した。



「オレ一人だけがこの国を偉大にすることができる!」
「オレは企業が海外に移転するのは許さない!」
「オレは不公正な貿易を許さない!」
「オレは貿易赤字を許さない!」
「オレはバーニー・サンダースの支持者を取り込む!」
「オレたちはLGBTQ達を取り込む!」

トランプは大統領は一人で政策を断行できる独裁者かなにかと勘違いしているのか。トランプは企業活動の自由が経済発展に不可欠であることを知らないのか。トランプは貿易赤字が強い通貨と高い購買力の証左であることを知らないのか。トランプは共産主義者であるサンダースの支持層を狙っているのか。トランプは性別を否定する極左か。

LGBTQのQは"Questioning" = 自分の性的志向は何なのだろうかと疑問を感じている人々のことらしい。今回この言葉をトランプの演説で初めて聞いた人間は多い。

この演説を聞いてトランプを支持した間違いに気づき、じっとりと汗ばんだ人間は多いであろう。

クルーズはトランプの前に演説をすることになった。クルーズの演説はまさしく大統領としての風格に溢れるものであった。



クルーズが打ち出したメッセージは「自由への回帰」である。

教育、医療、税制、インターネット、そして言論において自由を取り戻さなければならない。

信教の自由… あらゆる信仰を持つ人々が良心を追求する自由を守らなければならない。

自らの身と家族の安全を守る自由(銃の保持)を守らなければならない。

そのためには憲法を堅持しなければならない。

そのためには最高裁判事がその地位を濫用して法を解釈するのではなく、憲法の精神に従わなければならない。

中央集権を阻止し、州の権限を保護しなければならない(地方分権)。

大きな政府を拒否しなければならない。

国境守備を強固にしなければならない。

自由によって経済は活性化し、個人は尊厳を得る。


クルーズは呼びかける。

「来る11月の選挙では必ず投票してほしい。自分の良心に従って投票してほしい。我々の自由を守り、憲法に忠実であると信じる候補者に、投票してほしい」

トランプ陣営によるブーイングの嵐が沸き起こったのはこの瞬間であった。クルーズが「トランプこそが大統領にふさわしい!このお方に一票を!」とやらなかったからである。クルーズの演説の最後の部分はほとんどブーイングにかき消された。そしてそこにタイミングを合わせてトランプが会場に登場し、トランプ支持者は「トランプを大統領に!」を連呼。




トランプ陣営は言う。「クルーズは共和党の指名獲得者を支持する誓いを破った。当然の報いだ」と。

だが事前にクルーズの演説原稿を入手して内容を読み、そのうえでクルーズを招待したのは他ならぬ彼らであった。彼らはクルーズが演説を始める数時間前からクルーズに対してトランプ支持を明言するようプレッシャーをかけ始めた。

だがクルーズは屈しなかった。自分自身だけでなく、妻や父親に対しても聞くに堪えない雑言を浴びせたトランプへの支持表明をしないのは人として当然のことであろう。またトランプは今の今まで結局は保守主義を何も理解せずに来ている。保守主義者であるクルーズにとってトランプへの支持表明が変節であると考えられても不思議はない。

クルーズはトランプへの不支持表明をすることもできた。だが共和党の融合を求めるクルーズはそれをしなかった。代わりに「自分の良心に従った投票を」と呼びかけたのである。

指名獲得を逃しながらも共和党内融合を呼びかけるテッド・クルーズを既に指名を獲得したトランプとその支持者達が執拗に攻撃する。民主党候補者であるヒラリー・クリントン一人に照準を合わせなければならない今、この瞬間にである。

大会翌日・支援ボランティアを前に演説するトランプ
「テッドの支援表明なんていらねぇよ」
「テッドなんて誰も気にしちゃいねぇよ」 (19分)
「テッドのオヤジがオズワルド(ケネディ暗殺者)に関係してた話もあるしな」(21分)




共和党は引き裂かれている。似非保守は虚勢を張り、保守本流はがっくりと肩を落としている。

一方民主党はヒラリー・クリントン支持で一致団結している。民主党とリベラルが大勢を占めるメディアによる攻撃が始まるのはこれからである。

当たる確証は無いが、トランプが大統領になる可能性は99%無いと断言する。

左翼オバマの次は左翼クリントンとなるか。そうなれば更なる国家解体が進み、世界は益々不安定になる。

憂鬱な時代は続く。

英国、欧州連合離脱を祝う

  • 2016.06.25 Saturday
  • 22:29


英国が欧州連合離脱を決定。

日本での反応を見ると、やれ株価下落や円高に振れたことを憂えたり(自国の貨幣価値の上昇を悲しむのは不思議な習性である)、やれ「そのうちにリーマンショック級の衝撃が来る」と言った安倍首相の「予言力」を褒め称えるなど、かなり頓珍漢なものが多いが、この機に英国の決定の意味を理解することは重要である。

端的に言えば英国は停滞と後退と閉鎖と隷属を拒否し、発展と前進と開放と自主独立を選択したのである。英国は自由を求める人々全てが向かうべき方向性を示したのである。

欧州連合とはそもそも何なのか、それを理解するに役立つドキュメンタリーを見つけた。

BREXIT THE MOVIE FULL FILM



欧州連合とは専制のシステムである。ブリュッセルの本部から欧州連合を支配するのは選挙で選ばれたわけでもなく、説明責任もない一握りのエリート官僚たちである。人々は彼らが誰なのかも、何をしているのかも知らない。

本来「法」とは人々から信任を得た政治家が人々を代表してつくるものである。だが彼ら欧州連合の官僚たちは密室で議論しながら次から次へと規制を作り出す。規制の目的は欧州連合域内の産業保護である。保護される産業と保護を与える官僚が手を握り合っているわけである。

大企業は規制をこよなく愛する。なぜならば彼らは法律家を雇ってロビー活動をする財力があり、官僚と結託してつくる彼らにとって都合のよい規制で有象無象の競争相手を排除できるからである。

欧州連合のエリート官僚は愚劣な規制を山のように作り出す。人々は朝起きて夜寝るまで彼らの何千・何万・何十万もの規制をくぐりぬけるわけである。

以下は規制の数の一例である。

まくらカバー:5
まくら:109
目覚まし時計:409
掛け布団:10
敷布団:39
浴槽:65
歯ブラシ:31
歯磨きペースト:47
鏡:172
シャワー:91
シャンプー:118
タオル:454
パン:246
トースター:52
冷蔵庫:84
牛乳:12,653
陶器:99
スプーン:210
コーヒー:625

関税や輸入枠は目に見える貿易障壁であるが、規制は見えにくい障壁である。欧州連合においてはこの規制が増える一方なのである。

この別の記事によれば、強力なヘアドライヤーは「エコじゃないから」禁止にされようとしており、バナナはまっすぐではないとダメで、紅茶等のティーバッグは廃棄できないのだとか。

下のこの図は欧州連合の本質を表している。英国はこの壁から脱出することを決意したのである。



かつて戦後の英国は社会主義そのものであった。国内の産業は全てが規制でがんじがらめで経済は停滞した。一方戦後のドイツは強力に規制撤廃を推し進めて繁栄した。だが皮肉なことに英国の社会主義化を進めた張本人の一人(ジャン・モネ)は欧州に移り、当時はドイツをはじめ英国よりも自由と活気に溢れていた欧州の社会主義化(欧州連合設立)を推し進めた。

英国が欧州連合を離脱して得るのは欧州連合のメンバーとしては得られなかった市場である。一方失うのは衰退する欧州連合がらみの市場である。得るものは大きく、失うものは小さい。

英国の欧州連合離脱が世界経済にリーマンショック級の衝撃を与える、など冗談も甚だしい。

スイスは欧州の中心だが欧州連合加盟国ではない。この国は世界でも最も規制の少ない国の一つであり、同時に最も豊かな国の一つである。彼らは自由貿易を重んじて輸入障壁を下げ、そのかわりにモノの豊かさと経済の活性化という恩恵を享受している。

英国民は賢明であった。彼らは正しい方向性を選択した。

この素晴らしい出来事を、自由と繁栄を追求する人間の一人として祝福したい。


追記:
欧州連合は保護主義であるだけでなく、反ユダヤ主義である。彼らはイスラエルの領土であるいわゆる「入植地」原産の産品について特別に表示することを義務付けている。この目的はイスラエル・ボイコットである。

日本はこの流れに乗って国連を脱退すべしである。中国やロシアが常任理事国をつとめ、 イスラム諸国代表が人権委員会をつとめる国連は悪の巣窟である。アメリカ、イギリス、イスラエル等と自由の連合をつくるべしである。

麻生発言 - 経済無知の総和

  • 2016.06.19 Sunday
  • 16:15

<麻生氏>いつまで生きるつもりだ…高齢者について講演会で
麻生太郎財務相(75)は17日、北海道小樽市で開かれた自民党支部大会で講演し、「90になって老後が心配とか、訳の分からないことを言っている人がテレビに出ていたけど、『お前いつまで生きているつもりだ』と思いながら見ていました」と述べた。高齢者らの反発も予想される。麻生氏は講演で国内の消費拡大などが必要と指摘したうえで、「お金を何に使うかをぜひ考えてほしい。金は使わなきゃ何の意味もない。さらにためてどうするんです?」と述べた後に発言した。毎日新聞 6月17日(金)


国の財務の握る人間が経済に対する完全なる無知を得意げに露呈する様を見るのは痛々しいものである。

保守主義者としては麻生の高齢者に対するモノの言い方に対する怒りがある。しかしそれはさておき、この経済無知は危険である。

経済を知らない安倍政権支持者は麻生を擁護する。「麻生さんは社会の金回りを良くしたいと思って発言したのだ。金が循環しなければ経済は活性化しないではないか」と。

そのような人々は一般人が商店で買い物をしている姿だけが「金回り」だと勘違いしているのである。

商店での買い物も「金回り」なら、銀行預金もタンス貯金も「金回り」である。「金回り」には何通りもあるのである。

人が金を銀行に預ければ、銀行はその金を無料で保管するだけではない。銀行はその金を投資に回すのである。しかもただ「回す」のではなく、事業計画を精査して回収のめどを立てて貸し付けるわけである。その金で人々が雇用され、機械類や建設資材の仕入れが行われる。人が将来や老後のためにと預金した金は雇用創出へと向かう。

一方人がタンス貯金したらどうなるか。タンス貯金は投資に向かうことはない。だが人が100万円タンス貯金したら市場の通貨供給量は100万円分減少することを意味する。すると一定の量の商品・サービスをより少ない通貨が追いかけることになる。

仮に市場全体の通貨供給量を100円とし、市場には10個のパンしかないと仮定すれば:

100円 ・ 10個のパン → 1個のパンは10円

もしも市場全体の通貨供給量が80円に減少したら:

80円 ・ 10個のパン → 1個のパンは8円

以前は1個のパンを買うのに10円必要だったが、いまでは8円で同じパンが買えるようになる。そして余った2円でジャムが買えるようになる。

よって一般的には「死に金」とされるタンス貯金ですら実は貨幣価値の向上につながり、それは購買力向上へとつながる有意義な行為なわけである。

ところで政府が「金回りを良くしよう」と意図して導入したマイナス金利の影響で円高傾向である。マイナス金利は人々に「銀行に預けると損するぞ。金を預けないで消費しなさい」という政策である。ならば通貨供給量が増えて通貨価値が下がり、円安に振れそうだが逆の現象である。金利はマイナスになる一方で景気が良くならない中で人々がタンス貯金に走り、実際に金庫が売れているという。まさに市場の通貨供給量が減って通貨価値が上昇し、円高に振れるという皮肉な現象が起きているわけである。

国の財務を握る麻生にはこれらが全く理解できない。

人々が銀行に預けて銀行が更に貸し付けて世を回る金と、人々に金をばら撒いて好きなように使わせる金は同じ。これらは同じ経済効果をもたらす。これが麻生の世界である。

だが実際の世界は:

人々が金を銀行に預ける。銀行はその金の貸出先を探す。銀行が業績の良い会社に「借りてください」と頼む一方、金を借りたい人々は事業計画を練って銀行に貸し付けをするよう説得する。銀行が金を貸すのは預けた金が増えると見込まれた相手だけ。貸付相手が長期的に安定した事業を営み、利益を生み出すことを見極めるのが銀行の仕事であるから当然である。貸し付けを受けた会社はその金で人を雇い、事務所や工場をつくり、資材や機械や道具を購入する。そのようにして金は有意義に世に回る。

一方で政府が人々から金を集めてばら撒けばどうなるか。人々から金を集めれば集めるほど、当たり前だが人々の手元から金はなくなる。生活で精一杯で貯金の余裕はない。人が貯金しなくなれば銀行は貸し付けに慎重になる。一般の人々は政府からばら撒かれた金で事業を起こすことはない。ある人は生活必需品を買い、ある人は酒を飲み、ある人はパチンコに行き、ある人は旅行に行き、ある人は服を買い、とそれぞれ思い思いに金を使い、それでおしまいである。

政府が人々から金を集めるのではなく、輪転機を回して金を刷ったらどうなるか。上の「パンの例」と逆の現象である。貨幣価値が下がり、10円だったパンは15円となり、20円となり、30円となる。辛い思いをするのは麻生ではなく我々庶民である。

安倍は経済を知らない。そのような人間が国のリーダーであるのは不幸なことである。

麻生は経済を知らない。そのような人間が政府中枢にいるのは不幸なことである。

だが安倍や麻生は原因ではなく結果である。安倍と麻生はこの国の経済無知の総和である。

「消費が経済を牽引する」という一億総勘違い

  • 2016.06.05 Sunday
  • 16:24
 

増税延期でも消費拡大は疑問、将来不安増大 
ロイター 6月3日(金) 消費の落ち込みを防ぎ、デフレ脱却を確実にする狙いで、安倍晋三首相が「新しい判断」として決めた消費増税の延期について、国内消費の増加には小売業界からも疑問の声が上がっている。増税見送りでも、消費の弱さのベースとなっている課題は解決されないうえ、増税を見送れば、社会保障の負担拡大など消費者が抱える将来不安の解消も遠のき、購買意欲がさらに委縮する悪循環に陥る可能性すらある。


前提を間違えるとそこから派生する論考は全てが過ちとなる。

日本で議論されている全ての経済論は誤った前提に基づいている。それは「消費が景気をけん引する」という前提である。

前提がそれだから、「ならばどうやって消費を促すか」の方法論での議論となる。

増税推進派も増税慎重派も増税反対派も皆この路線で思考し、議論している。そしてその議論は不毛である。所詮はケインズ経済信奉者、社会主義者、計画主義者同士の議論でしかないからである。

皆利口であることを装って消費を喚起する方法論を論じているが、実際のところ一番手っ取り早いのは、集めた税金を一万円札紙幣でヘリコプターに積み込んで晴れた日に上空から散布することである。人々は空から降ってきた紙幣を我先にとかき集めてそのまま店や居酒屋やパチンコに直行である。消費は活況を呈するはずである。

だがそれで景気が復活することはない。なぜならば消費をするためにはその前に富がなければならず、消費とは富の減少に他ならないからである。

人は何らからの消費をしなければ生きていくことができない。だから消費自体は悪ではない。だが問題は思考の順序である。

先ず富の蓄積があり、蓄積された富の投資があり、投資を受けた事業の成功があり、その成功による更なる富の創造があり、増大した富の恩恵として消費がある。

人々が消費をすることが出来る、というのはその前提として事業の成功がなければならず、その前提として投資がなければならず、その前提として富の蓄積がなければならない。

人がパンを食う前にパンそのものがなければならない。パンがある前にパンの原料や製造設備がなければならない。パンの原料や製造設備の前にそれらの購入資金がなければならない。その前にパンの原料や製造設備に投資するという意思決定がなければならない。その意思決定の前に資金の蓄積がなければならない。

人がパンを食うから企業がパンを作るのではない。これを理解するにはちょっとした思考の訓練が必要である。政府高官も名だたる大企業の経営陣も一様にこの勘違いにとらわれている。

企業や起業家が人々の思考と志向と嗜好を先回りして考えに考え、失敗の危険があるにも関わらずに蓄積された富を投じて原料や設備に投資するからパンがあるのである。

パンの会社が町中で行きかう人々を引き止め、「弊社がこのようなパンを製造したら必ず買ってくれますか?」と約束を取り付けてから製造に取り掛かり、作ったものを同じ人々に対して「さあ作ったんで、約束通り買ってもらえますか」と売りつけるわけではない。

正確に人々の思考と志向と嗜好を捉え、あるいは人々の思考と志向と嗜好を新たに創造したものは成功する。それらを見誤ったものは失敗する。成功を重ねるものは成長し、失敗を重ねるものは淘汰される。それによってこの世の資源は効率的に分配され、活用される。

基本的に民間はこのルールで動いている。それが適用されないのが政府である。

政府が国民から集めた税金であるカネをばら撒く、という行為はまさに一番の前提である富の蓄積を妨げることに他ならない。国民からカネを集めれば集めるほど投資資金は減少し、資金が減少すれば長期的な投資は減少する(一方でにわか銭を求める思慮に欠けた投資は増え、当然ながら失敗が生じる)。

日本経済復活への道は増税をめぐる議論からは全く見えてこない。誰も正しい前提に立って本質的な議論をしていないからである。いわゆる右も、いわゆる左も、全員が間違った前提で議論している。

一億総活躍社会ならぬ一億総勘違い社会である。

我々は転落の道を歩み続ける。
Check

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< September 2016 >>

time

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM