米大統領選挙 トランプ敗退の様相

  • 2016.08.06 Saturday
  • 22:55

ドナルド・トランプを担いだ共和党が苦しんでいる。トランプは自らを制御することが出来ない。

失言に次ぐ失言。刃に布着せぬ発言でもなければビジネスマンとしての型破りな発言でもない。

世界最大の国家のリーダーとしての風格など微塵も無く、日々経済や国際情勢への無知をさらけ出している。指名を受けたいまとなっては党内をひとつにまとめ、民主党の罪悪を暴き立てつつ未来への希望を語り、共和党支持者だけでなく無党派層も取り込まなければならない今この時期に、いまだに指名獲得を争ったテッド・クルーズや保守派を攻撃している。

その様子を保守派は反吐がでる思いで見ている。これは想像ではない。アメリカの保守派ラジオ局には多くの視聴者が電話をかけてくる。「いやいやながらトランプに投票する」という人もいれば「絶対にトランプには投票しない」という人もいる。

保守派に関して総じて言えるのは冷めた態度である。絶対にトランプに勝たせたい、という熱意は無い。それどころか、共和党大会までは支持を表明していた人々も、トランプの迷走ぶりに焦りを感じ始めている。

今は8月で選挙は11月。まだまだ情勢が変わる可能性はある。しかし現時点ではどの支持率をとってもクリントンが勝っている。伝統的に共和党の強い州でも民主党が盛り返している。

このままでいけばトランプは地滑り的大敗を喫することになる。

トランプは彗星のように現れた男ではない。90年代から時折大統領候補に立候補しては消え、ついこの間まで民主党の支持者として政治家を陰で動かしてきた人間である。2012年にも立候補し、妙な発言を繰り返しては鳴かず飛ばずで早々に撤退している。

大統領選を見守る人間にとっては何の新鮮味も無い人間なのであるが、なぜか今回は「俺は壁をつくる。そしてそれをメキシコに払わせる!」という一発芸が受けてしまった。今更ながらに人々の記憶力の無さにはあきれるばかりである。

だが所詮は一発芸。問題はこれからである。

主要メディアは指名候補争いの間は概ねトランプを好意的に扱った。保守派のテッド・クルーズを徹底的に無視する一方でトランプには最大限の放送時間を与えた。

その目的はトランプを勝たせるためではない。目的はヒラリー・クリントンを勝利させることである。クリントンにとっての脅威はトランプではない。それはテッド・クルーズである。13歳にして合衆国憲法を暗記し、法曹界でのし上がって政治の世界に入った隙の無いディベートの名手、テッド・クルーズは既に撤退した。

クルーズを排除してトランプという自己制御機能の無い人間をとりあえず共和党のリーダーにしておき、クリントンが指名された後でトランプを始末しようという魂胆である。

8年間に及ぶ左翼オバマ政権による国家破壊を経たアメリカは、更に教条主義的な左翼であるヒラリー・クリントンが政権を取ればもはや後戻りできないほどに変質させられることになろう。

米国民ではなく単に保守主義の勝利を願うばかりの私にしても、誠に憂鬱なる選挙である。

共和党大会 テッド・クルーズ演説

  • 2016.07.23 Saturday
  • 16:42


クリーブランドで開催された共和党大会にてドナルド・トランプが正式に共和党の大統領候補として指名された。共和党大会の目玉は当然トランプの指名受諾であるが、注目すべきは第二位に終わり途中撤退したテッド・クルーズの演説であった。

ドナルド・トランプは本大会の演説において、声が大きいだけで中身が無く、哲学的な信念が不確かさで経済や国際情勢に対して無知であることを相変わらずさらけ出した。



「オレ一人だけがこの国を偉大にすることができる!」
「オレは企業が海外に移転するのは許さない!」
「オレは不公正な貿易を許さない!」
「オレは貿易赤字を許さない!」
「オレはバーニー・サンダースの支持者を取り込む!」
「オレたちはLGBTQ達を取り込む!」

トランプは大統領は一人で政策を断行できる独裁者かなにかと勘違いしているのか。トランプは企業活動の自由が経済発展に不可欠であることを知らないのか。トランプは貿易赤字が強い通貨と高い購買力の証左であることを知らないのか。トランプは共産主義者であるサンダースの支持層を狙っているのか。トランプは性別を否定する極左か。

LGBTQのQは"Questioning" = 自分の性的志向は何なのだろうかと疑問を感じている人々のことらしい。今回この言葉をトランプの演説で初めて聞いた人間は多い。

この演説を聞いてトランプを支持した間違いに気づき、じっとりと汗ばんだ人間は多いであろう。

クルーズはトランプの前に演説をすることになった。クルーズの演説はまさしく大統領としての風格に溢れるものであった。



クルーズが打ち出したメッセージは「自由への回帰」である。

教育、医療、税制、インターネット、そして言論において自由を取り戻さなければならない。

信教の自由… あらゆる信仰を持つ人々が良心を追求する自由を守らなければならない。

自らの身と家族の安全を守る自由(銃の保持)を守らなければならない。

そのためには憲法を堅持しなければならない。

そのためには最高裁判事がその地位を濫用して法を解釈するのではなく、憲法の精神に従わなければならない。

中央集権を阻止し、州の権限を保護しなければならない(地方分権)。

大きな政府を拒否しなければならない。

国境守備を強固にしなければならない。

自由によって経済は活性化し、個人は尊厳を得る。


クルーズは呼びかける。

「来る11月の選挙では必ず投票してほしい。自分の良心に従って投票してほしい。我々の自由を守り、憲法に忠実であると信じる候補者に、投票してほしい」

トランプ陣営によるブーイングの嵐が沸き起こったのはこの瞬間であった。クルーズが「トランプこそが大統領にふさわしい!このお方に一票を!」とやらなかったからである。クルーズの演説の最後の部分はほとんどブーイングにかき消された。そしてそこにタイミングを合わせてトランプが会場に登場し、トランプ支持者は「トランプを大統領に!」を連呼。




トランプ陣営は言う。「クルーズは共和党の指名獲得者を支持する誓いを破った。当然の報いだ」と。

だが事前にクルーズの演説原稿を入手して内容を読み、そのうえでクルーズを招待したのは他ならぬ彼らであった。彼らはクルーズが演説を始める数時間前からクルーズに対してトランプ支持を明言するようプレッシャーをかけ始めた。

だがクルーズは屈しなかった。自分自身だけでなく、妻や父親に対しても聞くに堪えない雑言を浴びせたトランプへの支持表明をしないのは人として当然のことであろう。またトランプは今の今まで結局は保守主義を何も理解せずに来ている。保守主義者であるクルーズにとってトランプへの支持表明が変節であると考えられても不思議はない。

クルーズはトランプへの不支持表明をすることもできた。だが共和党の融合を求めるクルーズはそれをしなかった。代わりに「自分の良心に従った投票を」と呼びかけたのである。

指名獲得を逃しながらも共和党内融合を呼びかけるテッド・クルーズを既に指名を獲得したトランプとその支持者達が執拗に攻撃する。民主党候補者であるヒラリー・クリントン一人に照準を合わせなければならない今、この瞬間にである。

大会翌日・支援ボランティアを前に演説するトランプ
「テッドの支援表明なんていらねぇよ」
「テッドなんて誰も気にしちゃいねぇよ」 (19分)
「テッドのオヤジがオズワルド(ケネディ暗殺者)に関係してた話もあるしな」(21分)




共和党は引き裂かれている。似非保守は虚勢を張り、保守本流はがっくりと肩を落としている。

一方民主党はヒラリー・クリントン支持で一致団結している。民主党とリベラルが大勢を占めるメディアによる攻撃が始まるのはこれからである。

当たる確証は無いが、トランプが大統領になる可能性は99%無いと断言する。

左翼オバマの次は左翼クリントンとなるか。そうなれば更なる国家解体が進み、世界は益々不安定になる。

憂鬱な時代は続く。

英国、欧州連合離脱を祝う

  • 2016.06.25 Saturday
  • 22:29


英国が欧州連合離脱を決定。

日本での反応を見ると、やれ株価下落や円高に振れたことを憂えたり(自国の貨幣価値の上昇を悲しむのは不思議な習性である)、やれ「そのうちにリーマンショック級の衝撃が来る」と言った安倍首相の「予言力」を褒め称えるなど、かなり頓珍漢なものが多いが、この機に英国の決定の意味を理解することは重要である。

端的に言えば英国は停滞と後退と閉鎖と隷属を拒否し、発展と前進と開放と自主独立を選択したのである。英国は自由を求める人々全てが向かうべき方向性を示したのである。

欧州連合とはそもそも何なのか、それを理解するに役立つドキュメンタリーを見つけた。

BREXIT THE MOVIE FULL FILM



欧州連合とは専制のシステムである。ブリュッセルの本部から欧州連合を支配するのは選挙で選ばれたわけでもなく、説明責任もない一握りのエリート官僚たちである。人々は彼らが誰なのかも、何をしているのかも知らない。

本来「法」とは人々から信任を得た政治家が人々を代表してつくるものである。だが彼ら欧州連合の官僚たちは密室で議論しながら次から次へと規制を作り出す。規制の目的は欧州連合域内の産業保護である。保護される産業と保護を与える官僚が手を握り合っているわけである。

大企業は規制をこよなく愛する。なぜならば彼らは法律家を雇ってロビー活動をする財力があり、官僚と結託してつくる彼らにとって都合のよい規制で有象無象の競争相手を排除できるからである。

欧州連合のエリート官僚は愚劣な規制を山のように作り出す。人々は朝起きて夜寝るまで彼らの何千・何万・何十万もの規制をくぐりぬけるわけである。

以下は規制の数の一例である。

まくらカバー:5
まくら:109
目覚まし時計:409
掛け布団:10
敷布団:39
浴槽:65
歯ブラシ:31
歯磨きペースト:47
鏡:172
シャワー:91
シャンプー:118
タオル:454
パン:246
トースター:52
冷蔵庫:84
牛乳:12,653
陶器:99
スプーン:210
コーヒー:625

関税や輸入枠は目に見える貿易障壁であるが、規制は見えにくい障壁である。欧州連合においてはこの規制が増える一方なのである。

この別の記事によれば、強力なヘアドライヤーは「エコじゃないから」禁止にされようとしており、バナナはまっすぐではないとダメで、紅茶等のティーバッグは廃棄できないのだとか。

下のこの図は欧州連合の本質を表している。英国はこの壁から脱出することを決意したのである。



かつて戦後の英国は社会主義そのものであった。国内の産業は全てが規制でがんじがらめで経済は停滞した。一方戦後のドイツは強力に規制撤廃を推し進めて繁栄した。だが皮肉なことに英国の社会主義化を進めた張本人の一人(ジャン・モネ)は欧州に移り、当時はドイツをはじめ英国よりも自由と活気に溢れていた欧州の社会主義化(欧州連合設立)を推し進めた。

英国が欧州連合を離脱して得るのは欧州連合のメンバーとしては得られなかった市場である。一方失うのは衰退する欧州連合がらみの市場である。得るものは大きく、失うものは小さい。

英国の欧州連合離脱が世界経済にリーマンショック級の衝撃を与える、など冗談も甚だしい。

スイスは欧州の中心だが欧州連合加盟国ではない。この国は世界でも最も規制の少ない国の一つであり、同時に最も豊かな国の一つである。彼らは自由貿易を重んじて輸入障壁を下げ、そのかわりにモノの豊かさと経済の活性化という恩恵を享受している。

英国民は賢明であった。彼らは正しい方向性を選択した。

この素晴らしい出来事を、自由と繁栄を追求する人間の一人として祝福したい。


追記:
欧州連合は保護主義であるだけでなく、反ユダヤ主義である。彼らはイスラエルの領土であるいわゆる「入植地」原産の産品について特別に表示することを義務付けている。この目的はイスラエル・ボイコットである。

日本はこの流れに乗って国連を脱退すべしである。中国やロシアが常任理事国をつとめ、 イスラム諸国代表が人権委員会をつとめる国連は悪の巣窟である。アメリカ、イギリス、イスラエル等と自由の連合をつくるべしである。

麻生発言 - 経済無知の総和

  • 2016.06.19 Sunday
  • 16:15

<麻生氏>いつまで生きるつもりだ…高齢者について講演会で
麻生太郎財務相(75)は17日、北海道小樽市で開かれた自民党支部大会で講演し、「90になって老後が心配とか、訳の分からないことを言っている人がテレビに出ていたけど、『お前いつまで生きているつもりだ』と思いながら見ていました」と述べた。高齢者らの反発も予想される。麻生氏は講演で国内の消費拡大などが必要と指摘したうえで、「お金を何に使うかをぜひ考えてほしい。金は使わなきゃ何の意味もない。さらにためてどうするんです?」と述べた後に発言した。毎日新聞 6月17日(金)


国の財務の握る人間が経済に対する完全なる無知を得意げに露呈する様を見るのは痛々しいものである。

保守主義者としては麻生の高齢者に対するモノの言い方に対する怒りがある。しかしそれはさておき、この経済無知は危険である。

経済を知らない安倍政権支持者は麻生を擁護する。「麻生さんは社会の金回りを良くしたいと思って発言したのだ。金が循環しなければ経済は活性化しないではないか」と。

そのような人々は一般人が商店で買い物をしている姿だけが「金回り」だと勘違いしているのである。

商店での買い物も「金回り」なら、銀行預金もタンス貯金も「金回り」である。「金回り」には何通りもあるのである。

人が金を銀行に預ければ、銀行はその金を無料で保管するだけではない。銀行はその金を投資に回すのである。しかもただ「回す」のではなく、事業計画を精査して回収のめどを立てて貸し付けるわけである。その金で人々が雇用され、機械類や建設資材の仕入れが行われる。人が将来や老後のためにと預金した金は雇用創出へと向かう。

一方人がタンス貯金したらどうなるか。タンス貯金は投資に向かうことはない。だが人が100万円タンス貯金したら市場の通貨供給量は100万円分減少することを意味する。すると一定の量の商品・サービスをより少ない通貨が追いかけることになる。

仮に市場全体の通貨供給量を100円とし、市場には10個のパンしかないと仮定すれば:

100円 ・ 10個のパン → 1個のパンは10円

もしも市場全体の通貨供給量が80円に減少したら:

80円 ・ 10個のパン → 1個のパンは8円

以前は1個のパンを買うのに10円必要だったが、いまでは8円で同じパンが買えるようになる。そして余った2円でジャムが買えるようになる。

よって一般的には「死に金」とされるタンス貯金ですら実は貨幣価値の向上につながり、それは購買力向上へとつながる有意義な行為なわけである。

ところで政府が「金回りを良くしよう」と意図して導入したマイナス金利の影響で円高傾向である。マイナス金利は人々に「銀行に預けると損するぞ。金を預けないで消費しなさい」という政策である。ならば通貨供給量が増えて通貨価値が下がり、円安に振れそうだが逆の現象である。金利はマイナスになる一方で景気が良くならない中で人々がタンス貯金に走り、実際に金庫が売れているという。まさに市場の通貨供給量が減って通貨価値が上昇し、円高に振れるという皮肉な現象が起きているわけである。

国の財務を握る麻生にはこれらが全く理解できない。

人々が銀行に預けて銀行が更に貸し付けて世を回る金と、人々に金をばら撒いて好きなように使わせる金は同じ。これらは同じ経済効果をもたらす。これが麻生の世界である。

だが実際の世界は:

人々が金を銀行に預ける。銀行はその金の貸出先を探す。銀行が業績の良い会社に「借りてください」と頼む一方、金を借りたい人々は事業計画を練って銀行に貸し付けをするよう説得する。銀行が金を貸すのは預けた金が増えると見込まれた相手だけ。貸付相手が長期的に安定した事業を営み、利益を生み出すことを見極めるのが銀行の仕事であるから当然である。貸し付けを受けた会社はその金で人を雇い、事務所や工場をつくり、資材や機械や道具を購入する。そのようにして金は有意義に世に回る。

一方で政府が人々から金を集めてばら撒けばどうなるか。人々から金を集めれば集めるほど、当たり前だが人々の手元から金はなくなる。生活で精一杯で貯金の余裕はない。人が貯金しなくなれば銀行は貸し付けに慎重になる。一般の人々は政府からばら撒かれた金で事業を起こすことはない。ある人は生活必需品を買い、ある人は酒を飲み、ある人はパチンコに行き、ある人は旅行に行き、ある人は服を買い、とそれぞれ思い思いに金を使い、それでおしまいである。

政府が人々から金を集めるのではなく、輪転機を回して金を刷ったらどうなるか。上の「パンの例」と逆の現象である。貨幣価値が下がり、10円だったパンは15円となり、20円となり、30円となる。辛い思いをするのは麻生ではなく我々庶民である。

安倍は経済を知らない。そのような人間が国のリーダーであるのは不幸なことである。

麻生は経済を知らない。そのような人間が政府中枢にいるのは不幸なことである。

だが安倍や麻生は原因ではなく結果である。安倍と麻生はこの国の経済無知の総和である。

「消費が経済を牽引する」という一億総勘違い

  • 2016.06.05 Sunday
  • 16:24
 

増税延期でも消費拡大は疑問、将来不安増大 
ロイター 6月3日(金) 消費の落ち込みを防ぎ、デフレ脱却を確実にする狙いで、安倍晋三首相が「新しい判断」として決めた消費増税の延期について、国内消費の増加には小売業界からも疑問の声が上がっている。増税見送りでも、消費の弱さのベースとなっている課題は解決されないうえ、増税を見送れば、社会保障の負担拡大など消費者が抱える将来不安の解消も遠のき、購買意欲がさらに委縮する悪循環に陥る可能性すらある。


前提を間違えるとそこから派生する論考は全てが過ちとなる。

日本で議論されている全ての経済論は誤った前提に基づいている。それは「消費が景気をけん引する」という前提である。

前提がそれだから、「ならばどうやって消費を促すか」の方法論での議論となる。

増税推進派も増税慎重派も増税反対派も皆この路線で思考し、議論している。そしてその議論は不毛である。所詮はケインズ経済信奉者、社会主義者、計画主義者同士の議論でしかないからである。

皆利口であることを装って消費を喚起する方法論を論じているが、実際のところ一番手っ取り早いのは、集めた税金を一万円札紙幣でヘリコプターに積み込んで晴れた日に上空から散布することである。人々は空から降ってきた紙幣を我先にとかき集めてそのまま店や居酒屋やパチンコに直行である。消費は活況を呈するはずである。

だがそれで景気が復活することはない。なぜならば消費をするためにはその前に富がなければならず、消費とは富の減少に他ならないからである。

人は何らからの消費をしなければ生きていくことができない。だから消費自体は悪ではない。だが問題は思考の順序である。

先ず富の蓄積があり、蓄積された富の投資があり、投資を受けた事業の成功があり、その成功による更なる富の創造があり、増大した富の恩恵として消費がある。

人々が消費をすることが出来る、というのはその前提として事業の成功がなければならず、その前提として投資がなければならず、その前提として富の蓄積がなければならない。

人がパンを食う前にパンそのものがなければならない。パンがある前にパンの原料や製造設備がなければならない。パンの原料や製造設備の前にそれらの購入資金がなければならない。その前にパンの原料や製造設備に投資するという意思決定がなければならない。その意思決定の前に資金の蓄積がなければならない。

人がパンを食うから企業がパンを作るのではない。これを理解するにはちょっとした思考の訓練が必要である。政府高官も名だたる大企業の経営陣も一様にこの勘違いにとらわれている。

企業や起業家が人々の思考と志向と嗜好を先回りして考えに考え、失敗の危険があるにも関わらずに蓄積された富を投じて原料や設備に投資するからパンがあるのである。

パンの会社が町中で行きかう人々を引き止め、「弊社がこのようなパンを製造したら必ず買ってくれますか?」と約束を取り付けてから製造に取り掛かり、作ったものを同じ人々に対して「さあ作ったんで、約束通り買ってもらえますか」と売りつけるわけではない。

正確に人々の思考と志向と嗜好を捉え、あるいは人々の思考と志向と嗜好を新たに創造したものは成功する。それらを見誤ったものは失敗する。成功を重ねるものは成長し、失敗を重ねるものは淘汰される。それによってこの世の資源は効率的に分配され、活用される。

基本的に民間はこのルールで動いている。それが適用されないのが政府である。

政府が国民から集めた税金であるカネをばら撒く、という行為はまさに一番の前提である富の蓄積を妨げることに他ならない。国民からカネを集めれば集めるほど投資資金は減少し、資金が減少すれば長期的な投資は減少する(一方でにわか銭を求める思慮に欠けた投資は増え、当然ながら失敗が生じる)。

日本経済復活への道は増税をめぐる議論からは全く見えてこない。誰も正しい前提に立って本質的な議論をしていないからである。いわゆる右も、いわゆる左も、全員が間違った前提で議論している。

一億総活躍社会ならぬ一億総勘違い社会である。

我々は転落の道を歩み続ける。

オバマ広島訪問に思う

  • 2016.05.29 Sunday
  • 11:15
 

米大統領が現職で初めて広島訪問、慰霊碑に献花 核なき世界訴え
[広島 27日 ロイター] - オバマ米大統領は27日、現職大統領として初めて広島を訪問し、原爆慰霊碑に献花した。献花後のスピーチで大統領は「亡くなった方々を悼むために訪れた。あの悲惨な戦争のなかで殺された罪なき人々を追悼する」と述べた。その上で「歴史の観点で直視する責任を共有する。このような苦しみを繰り返さないために何をすべきか問う必要がある」とし、核保有国は核なき世界を追求する勇気をもつ必要があると語った。


オバマの広島訪問を喜ぶ自称保守がいるが、極めて情けないことである。

先の大戦で日本が得るべき教訓は何だったのか。

それは、戦争へと至るどのような経緯があろうとも、ひとたび戦争が始まったら負けてはならないということである。そして負けないために手段を選んではならないということである。

負けないために「何をしてもよい」ということではない。

負けないために「可能な限り全ての手段を講じなければならない」ということである。

敵方の一般市民を大量殺戮しようが核兵器のような大量破壊兵器を使おうが、とにかく手加減をしてはならない。相手が戦意喪失して降参するまで叩きのめさなければならない。

それが戦争というものである。その現実こそが我々の体験である。

アメリカは日本を敗退させるために手段を選らばななかった。そして原子爆弾を使った。それはアメリカの立場からすれば何らおかしなことではない。アメリカ保守がオバマの広島訪問に激怒するのも当然といえば当然である。

日本の歴史は日本の歴史であり、アメリカの歴史はアメリカの歴史である。両者が同意しない部分があっても何ら不思議なことではない。ましてや死闘を繰り広げた大戦前後の歴史に関しては互いに完全に相反して当然である。

原爆投下は国際法違反だった、などと寝言を言っている者がいるが、そのようなことを言っている限り日本が自主独立の道を歩むのは不可能である。

国際法は法ではない。おまじないである。なぜならば国際法をあまねく執行する機関は存在しないからである。国際社会は強いものが制する無法地帯である。保護者不在の幼稚園である。力こそが唯一の言語である。それは過去、現在、そして未来永劫変わらぬ現実である。

「核なき世界」とは何か。それはマシンガンや大砲や手りゅう弾で人々が殺し合う世界である。第二次世界大戦以降、大国同士が直接戦火を交えずに来たのは核兵器のおかげである。

「核兵器は悪いものだ・・・」

それで我々はどうするのだ。

核保有国である中国、北朝鮮、ロシアの脅威の前に核保有どころか国防そのものを放棄しつつアメリカ駐留軍の存在に頼る。

この自己矛盾が我が国の姿である。

我々がアメリカ大統領から原爆投下の謝罪を受けて得るものは何もない。我々の自己矛盾と混乱が深まるだけである。

この自己矛盾を解決しない限り我が国が歴史と国防を取り戻すのは不可能である。その道は遥か遠いと言わざるを得ない。

米大統領選挙 クルーズ撤退

  • 2016.05.08 Sunday
  • 17:49

共和党の指名候補争いにおいて最後に残った中で唯一の保守主義者であったクルーズが撤退し、米大統領選挙は事実上終了した。

ディベート、インタビュー、スピーチ等において、トランプが保守主義というものを全く理解しておらず、世論や聴衆に合わせて発言内容をコロコロと変える日和見主義者であり、思想的背景はニューヨークのリベラルであることが明白となったにも関わらず、イカツイ顔で一見過激な発言を咆哮するトランプの戦闘的な姿勢が低IQな有権者にウケ、結局はクルーズの良識を凌駕することとなった。人々は眼を覚ますことはなかったということである。

本選挙は、共和党候補者としての指名を獲得することになるドナルド・トランプとヒラリー・クリントとで戦われることになるが、この二人は思想上の相違点はほとんど無い。

トランプはクルーズが撤退すると、早速左傾化を始めている。

CNBCとインタビューではオバマ政権の「低金利政策」への指示を表明。借金は素晴らしいと発言。

同じくCNBCとのインタビューで自身で公表したトランプ政権の税制プランに反して中流以上に対する増税を早くも示唆している。

CNNとのインタビューでは最低賃金を上げることへの理解を表明。「俺はフツーの共和党員じゃないからさ」と。



民主党の指名候補争いにおいて、クリントンとサンダースが「どちらが正統な社会主義者であるか」を競っているが、本選挙においては同じ戦いがクリントンとトランプとの間で戦われることになろう。

当ブログは「トランプが絶対勝つ!なぜならば・・・」あるいは「トランプが絶対負ける!なぜならば・・・」的な予測をすることには全く興味を持たない。

どうなるかを決めるのはアメリカ国民である。当ブログは日本にとって望ましいのは何かを追求するのみである。

日本にとって(当然アメリカにとっても)望ましいのはクルーズであった。なぜならば、クルーズが指名を獲得すれば民主党陣営との対比が明確になり、更にクルーズが本選挙で勝てば、日本に徹底的に欠如している保守主義が脚光を浴びることになろうからである。なぜならば、強い経済、強い国防、自由な社会を実現するのは保守主義だけであり、クルーズこそが保守主義を体現する存在だからである。しかしいまやその希望も潰えた。

これからもしかしたら米選挙に関する記事を書くことになるかもしれないが、選挙が事実上終了してしまった今となっては非常に面白味の無いものとなった。

アメリカは8年間に及ぶオバマ左翼政権の負の方向性を転換する貴重な機会を逃した。そして我々日本人は保守主義の何たるかを垣間見る機会を逸した。誠に残念なことである。


 

「ブラック企業」と一億総フィクション社会

  • 2016.05.01 Sunday
  • 22:40

幻覚で急ブレーキ、眠らずハンドル握る… トラック運転手が過酷労働の実態を吐露
西日本に本社を置く大手運送会社で働く50代のベテラン運転手の男性は関西の営業所から首都圏の営業所への配送を担当している。3日かけて1往復の乗車をこなすが、その勤務実態からは、法令を無視した過酷さばかりが浮かび上がる。 産経新聞 4月30日(土)11時30分配信 


「一億総活躍社会」なる言葉がある。

我々の社会は「一億フィクション社会」というべきものである。

皆がフィクションを信じ、フィクションの登場人物となり、フィクションを語り継ぐ。

「ブラック企業」なる言葉がある。

それはフィクションである。だが誰もがそのフィクションを信じ、そのフィクションの登場人物となり、そのフィクションを語り継ぐ。

「ブラック企業」がフィクションとはどういう意味か?現実にブラック企業は存在するのではないか。

「ブラック企業」とは俗に「人の扱いが酷い会社」を意味する。そのような会社は程度の差はあれいくらでも存在する。冒頭の記事の会社もそのような会社の一つであろう。

だが問題は、「ブラック」なのは会社なのか、ということである。

会社というのは強制労働収容所ではない。誰も会社で働くことを強制されているわけではない。どれほど人使いの酷い会社であろうが同じである。「辞めたい」という人を無理やり拘束し、銃やナイフを突きつけて働かせる、などという光景は無い。働きたい人は働き、辞めたい人は辞める。ただ、会社で働いて給料を受け取るにあたっては相当の働きを求められるわけであるが、時としてそれが「強制的」と感じられるだけである。

どれほど社員が「俺の会社は酷い」と感じようが、一旦辞めるとなれば「去る者を追わず」である。

だが多くの人は、酷い会社だと感じつつも辞める決断がつかない。なぜならば、酷いながらも現在の会社でそれなりの給料をもらっていて、辞めたら同じ条件で雇ってくれる会社を探すのが非常に難しいことを知っているからである。

だから人は冒頭の記事のように「もうそろそろ限界だ」と知りつつもそのまま押し進んでしまう。他に選択肢が無いからである。

他に選択肢があれば、通常の判断力のある人間ならば「生きるためにはカネが要る。カネをもらうために仕事をするのだ。カネをもらうだけなら他にも手段はいくらでもある。ここで自分の身を危険に晒す意味が無い」と早々に見切りをつけて仕事を辞め、他の仕事を探すであろう。そして社員がどんどん辞めてしまうような会社は事業継続すら危うくなり、すみやかに淘汰されるか雇用条件の改善が促されよう。

なぜ選択肢が無いのか。それは雇用の機会が縮小しているからである。それは政府が規制と課税によって雇用創出を制限しているからである。

日本は先進国の中でも雇用規制が厳しく、雇いにくく解雇しにくい社会である。それは労働市場の硬直化と流動性の減少につながる。

日本はまた先進国の中でも法人税の高い国である。日本の工場は次々と工場をたたみ、海外へ生産を移転する。そして日本のような国に生産を移転しようとする海外の会社はない。

会社は辞めればそれっきりである。だが政府というものは、日本人として日本にいる限りは決して逃れることはできない。全国どこに行こうがその影響から脱することはできない。

ブラックなのは会社ではない。

ブラックなのは政府である。

だが我々は今日もフィクションを語る。明日もフィクションを語る。フィクションは世代を超えて語り継がれる。

メディアは「ブラック企業」という言葉を流し続ける。人はその言葉を毎日のように聞くなかで洗脳されている。

誰もブラックなのは政府だとは思わない。

それは我々は「一億総フィクション社会」に生きているからである。

 

穴を掘り、穴を埋め・・・

  • 2016.04.30 Saturday
  • 16:36
 

育児と介護「ダブルケア」推計25万人、深刻な影響
親の介護と子どもの育児を同時にしなければならない「ダブルケア」。全国で推計25万人にのぼり、仕事などに深刻な影響が出ていることが、国の初めての調査でわかりました。  TBS系(JNN) 4月28日(木)19時59分配信


せっせいと穴を掘り、せっせと穴を埋め、埋めたと思ったらすぐ隣に穴を掘り、そして穴を埋める。いくつ穴を掘ったか、いくつ穴を埋めたかを発表する。いかに効率的に穴を掘ったかを公表し、今後どのように効率的に穴を埋めるかを検討する。男性も女性も、老いも若きも、全ての人に穴掘りと穴埋めに参加しようと呼びかける。そしてあらゆる人々がそれに参加するよう促す。

そんなバカな社会があるのか。

それは我が日本社会である。

介護サービスが不足しているのも、育児サービスが不足しているのも、多くの女性が子育てを しながら仕事をしなければならないのも、全て政府が原因である。

政府が介護業界を規制しているから介護に従事する人々の給料が安く、人が集まらない。一方で参入規制によって競争が阻害され、介護業界全体の品質サービス工場と価格下落が起こらない。

政府が育児業界を規制しているから育児に従事する人々の給料が安く、人が集まらない。一方で参入規制によって競争が阻害され、育児業界全体の品質サービス工場と価格下落が起こらない。

政府があらゆる産業に対する規制と課税、金融政策によって健全な投資を阻害し、20年以上にもわたる景気後退を引き起こし、富の増大を妨げるとともに貧困を増大させる。それによって働けるものは皆働かなければならない状況に追い込まれる。政府はそれを「女性の社会進出」と称する。

それらの要因が、冒頭の記事のような「育児と介護のダブルケアによって推計25万人が深刻な影響を受けている」というような問題へと発展する。

しかもそれを調査発表しているのが当の政府であるというから笑わせる話である。

政府が人々に穴を掘らせ、穴を埋めさせ、それをやらされている人々が「いかに深刻な影響を被っているか」を調査発表する、というコメディーの誕生である。

しかし我々がそれを笑えないのはなぜか。

それは、

「もっと財源を投入して問題解決に取り組め(=もっと穴を掘れ!そしてもっと穴を埋めろ!)」

と政府に要求しているのが他でもなく、被害を被っているはずの我々自身だからである。



 

大きな政府がもたらす家族の断絶

  • 2016.04.24 Sunday
  • 18:29

世の中には様々な家庭があり、それぞれに事情がある。それでも一般的に家族は一緒にいるほうが精神的にも経済的にも良い。

しかし実際のところ、ずっと一緒に生活できる家族は稀であると言っても過言ではない。多かれ少なかれ、ほとんどの家庭で一定の時期バラバラにならざるを得ない状況が存在する。

家族が時間的、空間的、精神的に一緒でなければ、それは一種の断絶である。断絶をもたらす要因は様々である。

家族断絶の代表例が単身赴任である。

会社から地方、あるいは海外への赴任を命じられる。そもそも独身だったり子供がいなかったり小さかったりで身軽な家庭はそのまま家族で移動可能かもしれない。だが子供の学校の問題で家族としての移動をためらう場合がある。また国によっては安全面や衛生面から家族を連れていくのを憚られる場所もある。あるいは家族で移転するにあたって生じる経費や負担に対する補助が少ない会社もある。そのような場合、母子は現在の場所にとどまり、父だけが任地に赴くということはよくあることである。

赴任への会社の要請は、断れることもあれば非常に断りにくい場合がある。断りにくい場合というのは「それしか選択肢が無い」場合である。

「会社から強い赴任要請を受けているが、それを受けるのはイマイチ気が進まないので辞めて別の仕事を探すか」という選択肢が現実的でない場合である。

こう書くと「会社が家族を断絶させている」と主張したいのか、といえば全くそうではない。

会社は要因ではあるかもしれないが主因ではない。

「辞めて他の仕事を探す」

これが出来るのは20代〜30代前半までである。30代後半になれば、よほどの人脈やスキルがなければ、「辞めて他の仕事を探す」場合かなりの収入低下を覚悟せざるを得ない。

なぜならば世の中の会社にとって「人材を正式雇用する」というのはリスクもコストも高い事業だからである。

日本は会社が社員を解雇しにくい社会である。

「あ、キミキミ、ちょっと来て。あのね、キミの仕事は今日が最後だから、朝のうちに荷物まとめて午後は出てってくれる?」

というのは日本では起こりえない。なぜかというと、政府が雇用規制によって解雇を事実上禁止しているからである。

「雇ってみて、よけりゃそのまま行くし、ダメなら辞めてもらう」

が通らないため、会社は雇用する際にも慎重にならざるを得ない。何度もテストしたり面接したりして応募者を圧迫し、全人格的な能力を測る。一方、会社は解雇したい社員に対してあの手この手で「自主退社」させるという手段に出る。

雇用者にとっても被雇用者にとっても苦しみと負担である。会社にとってはコストとリスクである。

「辞めて他の仕事を探す」

これが気軽に出来る社会というのは、

「雇ってみて、ダメなら辞めてもらって他を募集する」

が気軽にできる社会である。

そしてそのような社会は人を雇うコストとリスクが低いため、世界中から投資が集まる。投資が集まれば次々と会社が生まれる。会社が生まれれば雇用が生まれる。雇用が生まれれば消費が始まる。消費が始まれば需要が生まれる。需要が生まれれば供給者が集まる。

すると、

「辞めて他の仕事を探す」

がもっと簡単になる。

我々の生きる日本社会において政府は肥大化する一方である。そして我々日本国民は社会の様々な問題に対して政府が積極的に関与し、「解決」のために主要な役割を果たすことを求める。

問題が起こると開口一番に出る言葉。

「政府は何やってんだ」「政府はちゃんと規制しろ」

その結果、家族としても個人としても、生きていく上での選択肢は狭められていくのである。

我々の社会において家族を断絶させるものがあるとするならば、それは会社ではなく政府である。
Check

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< August 2016 >>

time

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM