薬価 - 費用対効果を反映しない「価格」

  • 2017.02.11 Saturday
  • 22:09
 

薬の効果、価格に反映へ 厚労省、18年度から導入方針 朝日新聞デジタル 
厚生労働省は8日、薬の公定価格である薬価に費用対効果を反映させる仕組みを2018年度に本格導入する方針を明らかにした。効果が価格に見合わない薬は値下げして薬剤費の伸びを抑える。新型のがん治療薬「オプジーボ」など高額薬が増え、医療保険財政が厳しくなっているためだ。 2/8(水) 12:11配信 


我が国にはブラックジョークが溢れている。だが、それらブラックジョークがあまりにも日常的に存在しているものだからブラックジョークであると認識されることはない。

この世のあらゆるモノには価格がある。それは人々がモノの費用対効果を判断した結果である。

あるモノが費用(価格)に対して効果(価値)が少なければ人は不満を感じる。結果として買わないという行動につながる。売り手は売れないと困る。だから値段を下げる。だから安物は安いのである。

あるモノが費用(価格)に対して効果(価値)が高ければ人は満足を感じる。結果として買うという行動につながる。売り手はもっと売りたいので増産する。そして更に売って儲ける。それを見た他の人々が「俺も」と参入する。いつの間にか売り手市場から買い手市場になり、価格は下がる。

価格は単なる値札ではない。それは情報である。それは何千・何万・何百万という人々の駆け引きの結果が集積された情報である。それはこれらの人々による「費用対効果」計測の集大成である。数十円のエンピツから数千万円のフェラーリまで、あらゆる商品の価格について言えることである。

だが日本では薬価というものがある。これは読んで字のごとく薬の価格である。この「価格」は何千・何万・何百万という人々が費用対効果を感じながら購買決定をする、という過程を経ずに決められる。決めるのは政府、厚労省の「有識者」である。

実際に販売と購買の決定を下し金のやり取りをする製薬会社や病院や保険会社や消費者と離れたところで役人が恣意的に価格を決めるのであるから、費用対効果を反映していない価格などという奇妙なものが出てくるのである。

その奇妙なものを作りだした政府が「薬の価格には費用対効果が反映されていない」と真顔で言うのであるからブラック・ジョークでなくて何なのか。

そしてその思考は「だから費用対効果が反映されるように医薬業界への政府介入を減らして市場経済原理を導入しよう」につながるのではなく、「政府が効果が低いと判断する薬は値下げしよう」となるのであるからもはや倒錯の世界である。

医療は社会主義がいとも簡単に入り込む分野である。なぜならば人々は「医療と他の商品は違う」「医療は人々の生死に関わるから政府が管理しなければならない」という戯言に簡単に騙されてしまうからである。

\府が問題を発生させ、∪府が問題を指摘し、政府が問題の解決策を提示し、だ府が対応策を実施する。政府の対応策は最初に戻って更に大きな問題を起こし、同じサイクルを繰り返す。

倒錯の世界に生きる我々にはこの異常性が分からない。我々は冒頭の記事を眺めてぼやく。「薬の価格は費用対効果が反映していないのか。それはまずいな。政府がなんとかしないとな」と。

賃貸住宅バブル・・・収奪が呼ぶ不毛な投資

  • 2017.02.09 Thursday
  • 19:19
 

「相続税の節税対策を背景にした賃貸住宅」
国内の賃貸住宅の新規着工戸数が急増し、世帯数の増減などを加味した潜在需要を2016年以降上回り、供給過剰となる可能性が高いことが、内閣府のリポートで分かった。利用者のニーズに合わない狭小住戸も多いと指摘しており、相続税の節税対策を背景にした賃貸住宅の「建設バブル」の発生に警鐘を鳴らしている。 毎日新聞2017年1月24日


問題の原因を作り出しておき、それを「リポート」し、「警鐘」を鳴らす。それでいて問題の根本原因が何か、その原因を除去する方法は何かに触れることはない。

この政府の自作自演ぶりほど滑稽なものはない。

この賃貸住宅の着工急増は不動産業界が将来の需要を見込んだ結果ではない。これはマイナス金利政策に後押しされた相続税の節税対策である。

マイナス金利は金の価格を人為的に下げる収奪行為である。相続税も人々が税金を払った後で残った収入をせっせと子や孫のために貯めた金をとろうとする収奪行為である。

このダブルの収奪行為に動かされた投資の結果として需要の見込みとは関係のないところで建設バブルが起こり、それはまた人手不足もひきおこす。

本来必要ではない投資が行われた結果として資金も資源も無駄になる。需要の無い賃貸住宅は何十年も残り、長期的な市場への影響をもたらす。

一方不要な投資の結果として、長期的な富の増加と雇用の創造をもたらしたであろう有用な投資のための資金は失われた。そしてこれからも失われ続ける。

人口が減少するなかで不要な賃貸住宅が累々と屍のように残る。これが収奪が収奪を呼んだ哀愁の結末である。

「男性保育士」 政府介入の産物としての社会問題

  • 2017.01.29 Sunday
  • 15:47

 

「男性保育士に娘の着替えや排せつの世話をやって欲しくない」。こんな保護者の意見は、男性保育士に対する「性差別」にあたるのか。千葉市の熊谷俊人市長(38)がツイッターで投げかけた問題提起が、いまインターネット上で盛んな議論を呼んでいる。千葉市幼保運営課によれば、市内の公立幼稚園・保育園では、男性保育士が幼児のオムツ交換や着替えの業務を「外される」ケースが目立つという。こうした状況について、熊谷市長は「女性なら社会問題になる事案です」と訴えている。  記事


本来問題となる必要がなかった「社会問題」という現象は珍しくない。

何十年も前に、我々は男女雇用機会均等法を制定した。雇用の機会という点において、男女間で差別があってはならない、という善意に基づく考えだったのであろう。この考え方は個人の考え方としては別に悪いものではない。本来はそこで留めておけばよかった。だがそれが法律となったことにより、この「考え」はその意図を超えて社会の変質をもたらした。

「男性保育士」なる存在は変質した社会の産物である。

私は別に男性保育士や保育士になろうとする男性を敵視しているわけではない。圧倒的大多数は善良な人々であろうと思う。だが「男性保育士」という問題はそれとは無関係である。この問題に対して彼らは一切責任がない。むしろ被害者である。

なぜならば、この問題は問題である必要はなかったからであり、彼らの存在、あるいは無存在は人々の意識を呼ぶ必要性すらなかったからである。

千葉市内の公立幼稚園・保育園において、保護者の要望によって男性保育士が幼児のオムツ交換や着替えの業務を外される事態が発生し、その事について千葉市の市長がツイッターで発言した。

この市長の発言にはこの問題を問題たらしめた根源が見え隠れするため、いかに紹介してコメントしたい。

 

|棒保育士の件について最後に。日本全体ではまだ不信を持つ方は少なくないでしょう。保育所、男性保育士を知らない人が多数です。しかし、実際に保育所に預けた経験がある方は保育士の専門職を理解し、反対の比率は減るでしょう。さらに男性保育士と接したことがある方はより理解が広がるでしょう。

 

男性保育士が増え、男性保育士と実際に接する保護者と保育された方が増えれば自然と解消していくでしょう。それまでは行政・保育所長などが保育士の職務への理解促進と信頼関係構築、不祥事防止に向けたシステム構築に努め、保護者の不安払しょくと志ある保育士を守る取り組みを進めていきます。


この発言からは、保育がサービス業であるという理解は微塵も見られない。保育というサービス業の顧客は親である。サービス業は顧客のニーズにこたえるものである。そのニーズは往々にして潜在的なものである。人は潜在的なニーズが満たされたとき、嬉しい驚きを感じる。逆にそれが外れたときは嫌な驚きとなり、事業者の試みは失敗となる。その反応に対して「まだ我が社の製品に不信があるだろうが、それは製品を知らない人が多数だからだ。キミたち顧客がきちんと我が社の製品を理解すればそれは自然と解消していくはずだ」などという対応をすれば会社そのものが市場撤退を迫られよう。

以下のコメントは極めて愚鈍である。

 

娘を男性保育士に着替えさせたくないと言う人は、同様に息子を女性保育士に着替えさせるべきではないわけですが、そんな人は見たことがありません。社会が考慮するに足る理由無しに性による区別をすることは差別です。女性活躍を進める中だからこそ、真剣に日本社会が議論し、乗り越えるべき課題です


これがサービス提供者(市として)が顧客もしくは潜在的に顧客となりうる市場一般に対して発する言葉であろうか。一般企業であれば一発で不適格者である。

女性の保育士に子供の着替えをさせたい、させたくない、あるいは男性の保育士に子供の着替えをさせたい、させたくない、というのは顧客の要望である。それを第三者が妥当と思おうが思うまいが関係はない。

女性の清掃員が男子トイレで掃除できるのだから男性の清掃員が女子トイレを清掃できなければ「職業差別」だ、と言うに等しい。男性と女性は非常に異なった生物である。男性トイレで女性の清掃員がいきなり入ってきても、トイレを利用中の男性は何とも感じない。一方女性トイレにいきなり男性の清掃員が入ってきたらトイレを利用中の女性はどのように反応するであろうか。

「理由無しに」というが顧客要望そのものが理由ではないのか。行政は我々一般市民の代わりに家族の日常生活の細事を考慮してくれるのか。「差別だ」というが消費者として選択することが差別ならばあらゆる消費活動が差別ではないのか。「社会が」というが具体的に社会とは誰なのか。曖昧かつ専制的である。

市長のツイッターに人々が否定的に反応し、それに対して市長が言い返す。

 

@○○○ なるほど、では乳幼児間の性的悪戯等も完全排除しなければいけませんね。こちらの方が確率は遥かに高いので。男児クラスと女児クラスに分け、トイレも完全分離しましょう。保育士不足・保育所不足に拍車をかけ、待機児童が大変増えますが、仕方がないですよね。


乳幼児同士のイタズラと大人の乳児に対するイタズラを完全に同列に語るこの人物は大丈夫であろうか。乳幼児は遠慮がないので他の乳幼児のちんちんをつついたり自分のちんちんをつついてみせたりする。それはありふれたことで記憶にも残らない。だが大人から乳幼児への悪戯は場合によっては生涯癒えない精神的な傷を残すこともある。この天と地ほどの違いを認識しない稚拙な人物が市長という地位に収まるとは恐ろしいことである。

顧客の要望に応えるとサービスの供給が不足する、とは恐れ入った見識である。そのようなことは物理的にあり得ないことである。「保育士不足」「待機児童」は規制の産物である。

この市長はツイートする。

 

大事な娘さんのかけがえのない日々の保育を代わりに託し、日々専門職として保育をしている目の前の保育士に対して犯罪予備軍の疑いをかけるのは悲しいですね。相互チェック体制などを確認するのは分かりますが、保育士個人の資質に問題が無いにも関わらずの要望であれば保護者側が対応すべきかと


我々は消費者として刻一刻と選択をする。どこのスーパーで買い物をするか。どこのブランドの商品を買うか。やや高い信頼性を確立したブランド品を買うか、安いが無名ブランドの商品を買うか。同じ商品でも鮮度や消費期限はどうか。それまでに蓄積した経験、知識、直観、そして母として、あるいは父として家族の利益を考えて熟慮して一つ一つの購買に際して決定を下す。

そのような消費者の決定プロセスを、ましてや「大事な娘のかけがえのない日々の保育を託す」相手を選ぶための決定プロセスを「犯罪予備軍の疑いをかける」などと形容する市長の存在ほど「悲しい」ものがあろうか。

私は男性保育士という存在そのものを問題視しているのではない。個人的な意見を言えば、男性保育士は不要である。それは「俺はビールはプレミアムモルツしか呑まん」という人にとって発泡酒が不要なものであるのと同じである。発泡酒がその人のニーズに合わないのと同様、男性保育士も私のニーズに合わないのである。

プレミアムモルツしか呑まないというのは発泡酒に対する差別だ、などと言われれば「大きなお世話だ」となる。あらゆる製品やサービスに関して言えることである。

市長は”ほいく男子会”@hoiku_mens という男性保育士を応援するアカウントのコメントをリツイートしている。

 

病院で男性医師に子どもの裸を見せることは問題にならないのに、保育園や幼稚園でで男性保育者に裸を見せることは問題になる。私がほいく男子会の活動をしていて憤りを感じるのはその点なんですけど…


これは稚拙な比較である。一般化して言うと、保育は昔から女性の仕事である。医者は昔から男性の仕事であると同時に女性の仕事である。男性の医師は当然ながら、女医という存在は珍しいものではない。明治時代から津田塾大学などから次々と有能な女医が輩出されてきた。

一般的に保育で必要とされる資質は母性と慈愛であり、これは女性の得意分野である。一方、医術で必要なのは高度な専門的医療知識と技術である。顧客が求める特性の違いは明白である。こんなことが直感的に分からずにこのような愚鈍なコメントをリツイートしている人間が市長であることのほうが問題であろう。

この市長のツイートは反応を呼び、その反応は更に反応を呼んだ。私のもとに別の人物から次のようなコメントが入った。市長のコメント同様に我々の社会における病理を表すものであるため紹介してコメントしたい。

 

なら、男性保育士のいる保育園の行かなきゃえーやん幼稚園入れたらええがな。男性保育士がダメなら男性小学校教師も女子高の男性教師もダメやんけ。無料の行政サービスに文句たれとらんで女性シッターでも雇えや。子供への性的犯罪は年間3000件程度で子供への虐待の方は年間10万件圧倒的に家族からの虐待の方が良いんですよね。しかも虐待をするのは母親である女」 


行政サービスと民間サービスとの比較は民間企業同士の比較、例えば「アサヒにするか、キリンにするか」「日産にするか、トヨタにするか」「ニトリにするかIKEAにするか」「パナソニックにするか、日立にするか」といった比較と同じではない。行政サービスというものは往々にして本来民間でやるべきことを政府(地方自治体・国を問わず)が行う事業のことである。

ある産業における行政サービスの存在は、行政によるその産業への規制と介入を意味する。それはその産業における市場性が歪められるということを意味する。ベビーシッターを雇えば一日で軽く万単位である。なぜベビーシッターは高額なのか。それは許認可等の規制があるからであり、対応をするためにコストがかかるからである。

政府の介入により、市場全体が影響を受け、現在の顧客のみならず、潜在的顧客を含めた多くの人々が多かれ少なかれ選択肢の減少とコスト増という影響を受ける。

「男性保育士が嫌なら男性小学校教師も女子高の男性教師も不可のはずだ」というのは極めて稚拙な議論である。まず、消費者の購買決定において他人による「〜のはずだ」はお門違いである。次に、一般的に教育保育の顧客である親が保育に求めるのは母性と慈愛に基づく「世話」であるに対し、学校教師に求めるものは「知識の伝授」である。 

最後に子育てに費やす時間が圧倒的に女性と企業等で働く時間が圧倒的に長い男性を比べるのは不毛である。子供を授かると、女性は本能的に子育てへと注意を傾け、男性は本能的に子供と子供を育てる妻を守るべく収入を安定させることに注意を傾ける。これは誰に意見でもなく、事実である。

「男性保育士」は問題が引き起こした現象であって問題そのものではない。

「男性保育士」は極左ジェンダーフリー思想と政府による社会実験的規制の産物である。とるべき対策は「男性保育士」を政府の力で普及させることではなく、規制なき自由な保育市場の創出である。自由な市場において、消費者の選択は様々な考慮によってなされる。直観も一つの重要な決定要素である。

雇用機会均等法等で規制された市場は自由な市場ではない。なぜならば、本来一般的に男性が適正を発揮する職場に女性を、また逆に女性が適性を発揮する職場に男性をあてがうことを企業や事業者は強制されることを意味し、そのためのコストは目に見えない形で我々全てにかかってきているからである。

まずは雇用機会均等法を撤廃しなければならない。

その環境において男性保育士が出てくるならば、問題にすらならないはずである。なぜならば、その男性保育士の存在は、選択肢がある上での確かな需要に支えられているからである。


追記:
男性の保育士が必要とされる可能性のある局面として考えられるのは母子家庭における男児の子育てである。母子家庭において決定的に欠如しているのは頼りになる男性の存在である。往々にして母親の男友達は頼りにならないだけでなく、子供に危険を及ぼす存在になりうる。男児には母親の慈愛だけでなく男性的なインプットも重要である。それを与えることができるのは男性だけである。

トランプ就任演説 憂いと期待

  • 2017.01.21 Saturday
  • 14:31

オバマを選んだアメリカにしてトランプあり、トランプを選んだアメリカにしてトランプの就任演説あり。

多くの人々はただ目の前にある問題を誰かになりふり構わず解決してもらいたいと願っている。彼らの出した答えはトランプであった。

トランプ大統領の就任演説はこのような世相を表すものであった。溢れるスローガン、勢いある言辞、浅い内容。




これからは人々が支配する時代だ!
子供達は知識ゼロだ!
工場が国中で閉鎖されている!
我々は自分らを犠牲にして他国を富ませてきた!
保護(主義)は我々に富と力をもたらす!
我々は国中に道路を、橋を、空港を、トンネルを、鉄道をつくるのだ!
アメリカ製の製品を買おう!アメリカ人を雇おう!
イスラム原理主義をこの地球上から完全に抹殺するのだ!
アクションの時がきた!


フランス革命的な「人々が支配」ではなくて「憲法による統治」ではないのか。いくらなんでも「知識ゼロ」ということはあるまい。工場が閉鎖されているのは他国のせいではなくて自国の規制と税制によるものではないのか。保護主義が富を減少させることをまだ知らないのか。オバマの公共事業による「経済刺激策」を倍にするのか。最終製品はアメリカ製でも原料は海外産というのもあるぞ。イスラム原理主義を「地球上から完全抹殺」するために十字軍を再結成するのか?アメリカ第一主義と矛盾するぞ。「アクション!」はオバマのスローガンだぞ。

「アメリカ第一」を掲げたことについては健全化への第一歩と期待されるが、「自由」という言葉が使われたのは一度だけ。「合衆国憲法」という言葉は0(参考)。

トランプ翼賛者はトランプをレーガンと比較するが、レーガンの保守主義に裏打ちされた就任演説と比べると「月とスッポン」である。




実際の政策が実行されるのはこれからであるから今後の動きを見守るしかないが、実に「想定内」なでだしである。いずれにしても健闘を祈りたい。

カストロの死と我が国の反応

  • 2017.01.18 Wednesday
  • 16:17

カストロをの死を受け、世界の指導者達は異なる反応を示した。

左翼であるカナダのトルードー首相やオバマ大統領はカストロの死を惜しむ声明を発した。保守の支持を受けて大統領に選ばれたトランプはカストロの死を歓迎する声明を発した。キューバ系の保守であるテッド・クルーズやマーコ・ルビオはカストロと共産主義の残虐性・非道性を糾弾した。



安倍晋三はカストロの死を悼む声明を発した。

 

キューバ革命後の卓越した指導者であるフィデル・カストロ前議長の逝去の報に接し、謹んで哀悼の意を表します。本年9月に私がキューバを訪問しお会いした際には、世界情勢について情熱を込めて語られる姿が印象的でした。日本政府を代表して、キューバ共和国政府および同国国民、ならびにご遺族の皆さまに対し、ご冥福をお祈りします。


安倍晋三、安倍晋三の周辺、そして安倍晋三の支持率を支える人々の価値基準はいったいどこにあるのか。

「保守」を自称する人間がカストロを讃える異常さと滑稽さ。日本の自称保守にとってカストロは保守である。なぜならば、キューバ葉巻が似合うから。後は恐らく髭面でワイルドな感じだから。

日本には哲学としての保守主義が存在しない。あるのは雰囲気としての保守主義だけである。

カストロの死は日本においては価値基準の欠如を表出させただけであった。価値基準の欠如は往々にして便利である。だが折々の便利さに埋没する生き方は混乱へと導かれる。

我々日本人は混乱している。何が正しく、何が間違っているのかを見失っている。その場その場の空気に流されるのみ。一時の雰囲気をなんなく掴んでは半ば疑心暗鬼でそれを「正しい」と念じる。

キューバは極悪国家である北朝鮮とも繋がる極悪国家である(参照)。

極悪国家を極悪国家として認識できない国家の未来は暗い。

「同一労働・同一賃金」空想に基づく愚策

  • 2016.12.25 Sunday
  • 11:58
 

大半の企業、人件費の拡大懸念 同一労働同一賃金の導入に警戒感
政府は20日、非正規労働者の待遇を改善する「同一労働同一賃金」の実現に向け指針案を示して取り組みを強化する方針を表明したが、産業界では導入への警戒感を強めている。「制度が決まれば対応しなくてはならないが、コスト的には厳しい」(大手スーパー)と、人件費の拡大を懸念する声が圧倒的に多い状況だ。人手不足のなか人材流出の懸念もあり、産業界は対応に苦慮している。 SankeiBiz 12/21(水) 


「同一労働ならば同一の賃金を払うべし」という考え方は、この世に「同一労働」というものが存在する、という幻想に基づいている。

限りなく「同一」に近い、例えば工場の組み立てライン作業を考えてみる。部品Aと部品Bが流れてきて、作業員はAとBを組み合わせて部品Cにするプロセスである。そこでは作業員が指示に従って単純な作業さえすれば同じ仕上がりになるような仕組みになっている。ではここで働く10名の作業員は「同一労働」をしているのか、といえばそうではない。その工程の後では部品Cが仕様通りに組み立てられているかを機械で自動判定する検査工程がある。そこではズレや不完全な組立てが検知されて自動で良品と不良品に仕分けられ、同時に作業員毎の良品率が計測される。

この例において、一定時間内における10名の良品率が100%から60%にわたる場合、ある作業員は100%の仕事をし、ある作業員は80%の仕事をし、ある作業員は60%の仕事をしたことになる。もしもすべての作業員の良品率が100%であったとしても、それはたまたまその検査に違いを判定するだけの精度が無い、もしくはそこまでの精度が求められていないというだけのことで、「違いが存在しない」ということを意味するわけではない。

複数の人間による作業には必ず違いが存在する。違いが存在しないのは、同一規格でつくられた機械による作業だけである。人間は同一規格でつくられているわけではない。人間は性格も能力も指向も多様である。同じ人間でも気分の良い日もあれば悪い日もある。気力が充実していれば集中力が増す。気になることがあれば注意力は減じる。

単純労働ですら人により違いが生じ、同一人物であっても時と場合によって違いが生じる。何らからの付加価値を求められる仕事において、その差は指数関数的に増大する。

また同程度の仕事を同程度に仕上げる複数の人間に関しても、与えられた仕事に素直に取り組むか、早く仕上げるか、体裁よくきれいに仕上げるか、工夫して改善につなげるか、仕事内容の文字ヅラに表れない違いは山ほどある。また、長く仕事を続ける可能性が高いか、もしくは結婚や妊娠等で途中で仕事を辞める可能性が高いか、といった当人の資質以外の要素によっても雇用者にとっての被雇用者としての価値は違ったものとなる。

賃金というものは労働の価値に対する対価である。

これら多様な人間による労働において、「同一労働」と「同一賃金」を語るというのは完全なる空想の世界である。

空想にふけるのは時として楽しいものである。個人が空想にふけるのは自由である。だが政府が空想に基づく政策を施行するとき、結果は空想の範囲を超えて現実のものとなる。

「同一労働・同一賃金」を導入するとき、賃金をパフォーマンスの高い側に合わせてはパフォーマンスの低い人間の慢心を呼び、逆にパフォーマンスの低い側に合わせてはパフォーマンスの高い人間のモチベーションを下げる。妥協策として企業はパフォーマンスの平均値に賃金を合わせる。

結果として企業内にはある程度の慢心とある程度のモチベーション低下がもたらされる。パフォーマンスに基づいた最適賃金の設定は妨げられ、全体的にコスト高となる。高パフォーマンスの人材の不満と低パフォーマンスの人材の慢心が同時に発生するのであるから当然である。

それがために産業界では人件費の拡大が懸念されているわけである。

あらゆる企業が安心して金儲けに邁進することこそが景気回復への道である。そのための枠組みを整備するのが政府の役割である。その枠組み整備とは規制の排除に他ならない。道路の信号のように最低限全ての人が守らなければならない決まりに従う以外はいつ、誰が、どこへ、どのような道筋で行こうが自由である、というようにしなければならない。

政府がやっているのはその逆である。故に景気の悪化は必然である。

日露経済協力なる敗北外交

  • 2016.12.22 Thursday
  • 23:08

 

首相が日露防衛協力を急ぐ理由…中国の膨張する脅威、露との間にくさび
倍晋三首相は対ロシア外交の新たな戦略として自衛隊と露軍の防衛協力の強化を柱に据える。15、16日の日露首脳会談で合意した外務・防衛閣僚級協議(2プラス2)の再開はその第一歩だ。同盟国である米政府が抱く日露接近の懸念を振り切ってまで日露防衛協力を急ぐのは、なぜか。中国の軍事的脅威が眼前に迫った現実的な危機に変質するにつれ、防衛省・自衛隊では露軍との協力が必要との認識が高まっていた。シーレーン(海上交通路)である太平洋、インド洋、北極海で支配する領域を膨張させようとする中国を押さえ込むには、日露が補完しあえる分野があると踏んでいたからだ。 産経新聞


産経新聞によると、「日露の信頼醸成は中露の間にくさびを打ち込むことにつながる」そうである。「日本がロシアを見方につけ、中国にとって脅威と映れば中国は相応の軍事力をロシアに向けて貼り付けなければならなくなる」らしい。

誠に幼稚な世界観である。

これを書いている人間達は「大人の分析」をしている気分にでもなっているのであろうが、実に軽薄かつ愚鈍である。

二つの強力な敵国を相互に離反させ、敵対させる、というのは高度な諜報活動を要する隠密行動である。相互の信頼関係を破壊し、相互に疑心暗鬼を起こさせ、相互に敵愾心を抱かせ、相互の関係を修復不可能にし、一触即発の状態にもっていく。このようなことをするには何年にもわたる両国政府への工作員による浸透が必要である。誰にもそうとは感づかれずにじわじわと両国の関係を変えていく。これは1930年代にソ連によって実際にアメリカ、日本、イギリスで行われた諜報工作である。

例えば中露関係が険悪化するなかで中露国境付近で立て続けに爆発があり、中国はロシアを、ロシアは中国を非難。緊張が走る中、どこからともなく銃撃が始まり、混乱の中で戦闘行為がエスカレート。怒りで激高した両国の国民は激烈な報復を叫び、両国はなし崩し的に戦争へと突入。実は両国を離反させ、戦闘行為を引き起こしたのは日本の工作員なのだが、世界の誰もがそのような事実を露知らず。日本は中露が互いに殺し合うのを高みの見物と決め込む。

そんなことができるのであれば、それが本当の「くさびを打ち込む」である。

新聞が「両国の関係にくさびを打ち込む」などと報道して「種明かし」し、それを読んで「深い分析だ」などと持ち上げる。これほど滑稽なことはない。

中露の工作員は早速これを本国に送信し、これを読んだ中露の政府首脳はあまりのバカさ加減に失笑をもらしたことであろう。

このような融和外交は歴史上稀ではない。例えばニクソン・キッシンジャーの対ソ連、中国外交。ニクソンとキッシンジャーはレアル・ポリティークと称して中国への敵対姿勢を緩和し、ソ連に対して中途半端な「デタント」「封じ込め」という外交を行った。ニクソンとキッシンジャーはこれを地政学上の現実に立脚した冷徹な計算による外交と考えたのであろうが、結果は共産圏を増長させただけであった。

ニクソン、キッシンジャーの融和外交に真っ向から挑戦したのがロナルド・レーガンの強硬政策であった。レーガンはソ連を「悪の帝国」と名指しし、軍拡を進めて最新鋭の兵器を配備し、経済力で圧倒し、そしてソ連を崩壊せしめた。

プーチンはソ連、KGBの生き残りである。プーチンは言った。「20世紀の最大の悲劇はソ連の崩壊である」と。プーチンは権力を自らに集中させるために邪魔になる人間を次々と葬ってきた。覇権国家ロシアの復活とそのロシアに君臨する自分。これがプーチンの全てである。

ロシア、そして中国の指導層は蛇のように抜け目がなく狡猾である。彼らが安倍政権の「ロシアへの経済協力」ごときでコロリと騙されこちらの意のままに動くだだろうなどと考えるのは幼稚園児の発想である。

彼らの獰猛な鋭い目は敵の弱さを見逃すことはない。凄みをきかせて睨みつけ、怖気づいた相手がしっぽを巻いて縮こまる様をじっと見ている。

今の日本は蛇の前で哀れな姿を晒すモルモットのようなものである。蛇がモルモットに噛みつかないのは虎(アメリカ)が横にいるからである。だがその虎も蛇に対する警戒心を解きつつある。モルモットは薄々危険を感じつつもなすすべがない。なすすべがないからひと時の安心を得たいがために自己欺瞞に走る。蛇に対して自分の体の一部を差し出し、それと引き換えに命をお助けください、と懇願する。

これが安倍外交であり、安倍外交は敗北外交である。問題はその安倍を支持する国民である。彼らは現実に向き合うことができない。

「でも安倍さん以上の人材がいないから」

日本は危機に晒される。だが少なくとも安倍と安倍政権の敗北外交は安泰である。彼らがそう言いつつ支持率を支える限り。

親ロシアのトランプ政権、そして安倍政権は・・・

  • 2016.12.18 Sunday
  • 20:10
 

日ロ経済協力3000億円 首脳会談で合意へ
安倍晋三首相は16日午後、来日中のロシアのプーチン大統領と東京で再び会談し、首相が5月の首脳会談で提案した「8項目の経済協力」案に沿った事業の具体化で合意する。民間を含めた日本側の経済協力の総額は3000億円規模となる見込みだ。両首脳は午後の会談後に共同記者会見に臨み、北方四島での共同経済活動についても見解を発表する。


米・大統領選においてドナルド・トランプは「反グローバリズム」を旗印に勝利を得た。トランプは共和党の指名争いの過程においてトランプはテッド・クルーズの妻がゴールドマン・サックスに一時勤務したことをあげつらい、クルーズは「国際金融資本、ゴールドマン・サックスの手先」だと批判した。トランプの支持者はそれに悪乗りして「クルーズはグローバリストだ!」と罵った。

だがトランプは選挙戦の後半から立場を徐々にシフトし、スティーブ・バノンというゴールドマン・サックス出身のトランプ翼賛誌・ブライトバート幹部を選挙管理部長に据えた。更に本選挙においてクリントンを破ったのち、閣僚としてやはりゴールドマン・サックス出身の人物を財務と商務の長にそれぞれ指名した。そして今、またもやゴールドマン・サックス出身のレックス・ティラーソンなる人物を国務長官に指名した。

保守派の間ではジョン・ボルトン(前国連大使)という揺るがぬ価値観と冷徹な視点を持つ経験豊かな外交官が強力に推されていたにも関わらずである。

トランプ翼賛者は「この柔軟さがビジネスマンの強みなのだ。有能なビジネスマンを起用すれば強い経済が復活するはずだ」と持ち上げる。人は歴史を忘れるものである。

20,000品目以上の輸入品に対する関税を記録的な高さに引き上げ、アメリカのみならず世界中において関税引き上げ争いを起こし、経済を奈落に突き落としたスムート・ホーリー法という悪法を成立させたのがハーバート・フーバー大統領であった。フーバーは有能なビジネスマンとして政界入りした人物であった。

レックス・ティラーソンは政商である。しかもロシアの邪悪な独裁者、ウラジミール・プーチンとべったりの政商である。

プーチンはシリアにおいてアサドとイラン側に立ち、アメリカの支援する反アサド勢力(イスラム国ではない)に対して連日猛攻撃をかけている。まさにアメリカの国益と真っ向から反する人物である。

だが魂を抜かれた共和党幹部はプーチンに対するガードをあっさり下げ、トランプのティラーソン起用を褒め称えている。時代は変わったのだと。もう旧ソ連との対立は過去の話なのだと。

ティラーソンという人物は「プーチン」以外では「地球温暖化説」に賛同し、エクソンの経営方針をそれに沿ったものに変えるなど、極めて怪しい価値観の持ち主である。

優柔不断なオバマ外交の後はトランプによる積極的な親ロシア外交。この構図はプーチンにとって極めて好都合である。

一方、我が国においては安倍政権の売国外交が危険水域に入りつつある。

米外交が親ロシア(あるいは容ロシア)に傾くのであれば、日本の北方領土をめぐる立場は間違いなく弱くなる。

「まあまあ、そう事を焦るでない」、もしくは「そんなことにまだ拘っているのか!お前らは戦争に負けたのだぞ!立場をわきまえろ!諦めろ!そして忘れろ!」と言われるのが関の山である。

現在の日本がアメリアが反対する中を単独でロシアに軍事的に対峙するのは現実的ではない。そのような状況においては長期的な視野をもって将来の武力奪還に向けて着実に経済を復活させ、法整備も含めて防衛を強化すべきである。

安倍晋三はプーチンという日本の領土を占領している敵国の独裁者に対して3000億円の経済協力を差し出した。何の見返りも無しにである。

プーチンのようなギャングの親玉に対しては軍備増強によって領土的な野心を抑制しつつ経済的に追い込んで徹底的に締めあげなければならない。そのプーチンに経済協力を申し出るとは愚かさ極まれりである。

安倍晋三は日韓合意や談話発表の頃から売国奴だと思っていたが、ここへきて更に危険度が増している。

だが安倍政権翼賛派は「いや、これは大事な第一歩なのだ。これからが勝負なのだ」と相変わらず寝ぼけたことを言う。とっくの昔から目覚まし時計が鳴っているにも関わらず、いまだに目が覚めないのである。このような輩は一生寝ぼけたままであろう。

一般的にアメリカの政権が共和党のときは比較的親日的であると思われている。確かに今回もヒラリー・クリントンよりはマシかもしれない。だが対ロシアに関して言えばアメリカの新政権は日本に対しても親ロシア姿勢を求めてくる可能性が高い。

それに対して日本がどう対処すべきかといえば、明確にロシア敵視を打ち出すか、もしくは親ロシア路線を絶対に排除する前提で適当にかわすのが本来あるべき姿である。だが安倍政権のぶざまな動きから見ればそのような現実路線は望むことはできまい。

誠に暗澹たる年末である。

ドナルド・トランプ恫喝大王の誕生か

  • 2016.12.04 Sunday
  • 18:10

 

トランプ氏、米空調大手キャリアと国内雇用維持で合意
[29日 ロイター] - ユナイテッド・テクノロジーズ (UTX.N) 傘下のエアコンメーカー、キャリアは、インディアナポリスにある工場の約1000人の雇用を維持することで、トランプ米次期大統領と同州元知事でもあるペンス次期副大統領と合意した。


ドナルド・トランプが大勢の予測を覆してクリントンに勝利したことを受け、トランプ勝利を予測していたことをさも凄いことであるかの如く自慢する人間が日本にもちらほらと見受けられる。この世には「予想屋」という稼業があり、予想屋にとっては「こうなる」と言ったことが実現するのは良いことである。故に予想屋の予想が当たったことは予想屋にとっては喜ばしいことであろう。

当ブログにとって重要なのは、そして当ブログが社会にとって重要であると考えるのは予想が当たることではない。当ブログの目指すのは予想を当てることではない。保守主義を学びながら保守主義のレンズを通して世の中で起こることを観察し、そしてそれらが持つ意味を保守主義のプリズムを通して理解し発信することである。

だが世の予想屋は予想が専門であるから予想を超えた情報を伝えることはないし、トランプという人物の非保守性が持つ意味を伝えることもない。

当ブログはトランプの大敗北を断言したが、結果として逆にクリントンが敗北した。これは喜ばしいことである。なぜならばトランプが保守主義者でないにしても極左であるクリントンよりもマシだからである。だが非保守トランプには非保守であるがゆえのリスクがある。そのリスクはトランプが就任もしていない現在既に現れてきている。そしてそのリスクこそが我々日本人が理解し、我々の社会に置き換えて考えなければならない部分である。

ドナルド・トランプは、国外に工場を移転しようとしていたエアコンメーカーのキャリア社に対してエサをぶら下げつつ圧力をかけた(デイリーワイヤー)。

エサというのは7百万ドルの税控除である。

トランプ派の報道はこれを自由経済の原則である低税率への回帰だ、と持ち上げているが、そういう話ではない。税金というものは、その社会の全員に同じ率が適用されるから公平なのである。個別の企業に対して個別に交渉して個別の税率を設定するなどというのは腐敗以外の何ものでもない。なぜならばこの会社が700万ドルの控除を受けるということは、他の税金を負担している企業(とその従業員)が間接的にこの会社のために税金を負担させられているからである。

圧力というのは政府関連の発注キャンセルである。キャリア社の親会社はユナイテッド・テクノロジー社で、この会社は合衆国政府から67億ドル相当の防衛関連業務を受注している。トランプは、ユナイテッド・テクノロジー社に対してこの業務契約の更新取りやめを示唆し、更にキャリア社が国外移転先工場から米国へ商品を逆輸入する際に懲罰的な関税を課すと脅した。

同社が米国内に工場を維持する場合のコストが6千5百万ドルであり、それに対して提示された税控除が7百万ドルであるから本来は割にあう話ではなかった。それでも同社が折れたのはこの脅しがあったからである。

トランプは記者会見を行い、ユナイテッド・テクノロジー社とキャリア社の経営陣を褒め称えた。だが最後のほうになって思わず地が出てしまった。

And in the end, what happened is — because that makes it much more difficult. I mean, it’s hard to negotiate when the plant is built. You know what Greg said? Greg said, “But, you know, the plant is almost built, right?” I said, “Greg, I don’t care; it doesn’t make any difference; don’t worry about it.” “What are we going to do with the plant?” “Rent it; sell it; knock it down. I don’t care.”

「だけど、これは簡単じゃなかった。(移転予定の国外の)工場が既に建設済みということで、交渉は難しかった。グレッグ(ユナイテッド・テクノロジー社、グレッグ・ヘイズ会長)が俺に何て言ったかというと、『もう工場建てちゃったんスよ』と。で、俺は言ったんだが『そんなモン知るか、グレッグ。何とかせいや。大丈夫だろ』と。そしたら『でも工場はどうしたらいいんスか?』と言うんで、『貸すか、売るか、ぶっ壊すかせぇや。知るかよ』と」

But we’re not going to need so much flexibility for other companies because we are going to have a situation where they’re going to know, number one, we’re going to treat them well. And number two, there will be consequences, meaning they will be taxed very heavily at the border if they want to leave, fire all their people, leave, make product in different companies — in different countries, and then think they’re going to sell that product over the border.

「(キャリア社は)柔軟性があったから結果うまくいったと言えるわけだが、今後はそういった柔軟性を求める必要は無くなるだろう。なぜならば今後国外に移転し、国内の従業員を解雇し、国外で製品を製造しようとするような企業には相応の結果が待っているからだ。そういう製品を再度国内に持ち込もうとする際には非常に高い関税がかかってくるよ、と・・・」




トランプは「どうだ、俺は米国の雇用を守ったぞ」と胸を張る。これは資本家の家を収奪して庶民に与えて「どうだ、俺は庶民に家を与えたぞ」と威張る共産主義者とさほど変わらぬ姿である。企業を政治的パフォーマンスに利用する姿はまさしくファシストである。

企業の経営者はファシストでも独裁者でもなんでも構わない。「ワシがこうやと決めたんや!その通りに実行せんかい!ついて来られん奴はクビだ!」で全く問題なしである。

大統領や政治的リーダーの仕事は企業を恫喝することではないし指導することでもない。企業が自由に活動することができる枠組みを構築することである。企業が自由に活動する中で技術革新が生まれ、勝者と敗者に分かれるとともに経営資源が勝者に集まり、集まった資源が投資されて雇用が創出され、富は人々の手にいきわたる。

ロナルド・レーガンは企業を恫喝しなかった。レーガンは政府規模を縮小して支出を削減し、税金を下げ、規制を緩和して富の爆発的増加を誘発させた。それはレーガンが真の保守主義者であったからである。

トランプは早速空前絶後の「一兆ドル規模の公共工事による景気テコ入れ」をブチ上げている。大恐慌を長引かせるだけに終わったニューディール政策の再来である。これはトランプがどこをとっても保守主義者ではないからである。

現在トランプの周辺にはマイク・ペンス次期副大統領をはじめとする保守派が何人がいる。ペンスがトランプを保守方面に誘導すると期待されており、一部の閣僚の人選では成功の形跡が見られる。だがこのキャリア社の一件でペンス自身が関わっているのを見ても、どこまで期待できるか疑問である。

日本の安倍政権はトランプの企業恫喝を見て奮い立っていることであろう。政府が企業を恫喝するのは日本では珍しいことではない。

企業の内部留保が増え続けて377兆円に達した今、政府は企業に対して金を吐き出せ、とヤクザのように迫っている。「賃上げしろ、投資を増やせ、景気回復に貢献しろ」と。なぜ企業が内部留保を積み上げるのかといえば、株主への配当と会社の従業員の雇用維持に責任を持つ経営者が将来を心配するからである。将来考えられる逆風が襲ってきても耐えられるように防御壁を築いているわけである。だが愚かな政府のやることは、彼らを余計に心配させることばかりである。

米大統領選挙において、本来の保守主義と市場経済の考え方が日本にも伝えられることを期待したが、テッド・クルーズ敗退でその希望が一旦潰えた。そしてトランプ勝利によって共和党がまとまり、トランプが保守主義者の見識を吸収した姿を見せてくれることを淡く期待しているのであるが、それは過大な期待とならざるを得ないか。

祝・クリントン敗北 - そして保守派の戦いは続く

  • 2016.11.12 Saturday
  • 13:42

苦渋に満ちた米大統領選が正式に終わった。結果として極左でありオバマの政策の継承と拡大を確約していたヒラリー・クリントンの敗北に終わったことはひとまず喜ばしいことである。

当ブログは米大統領選に関する最後の投稿でトランプの大敗北を断言したが、それが完全に外れたということである。そしてそれでよかったのである。

なぜヒラリー・クリントンが敗北し、ドナルド・トランプが勝利したのか。

トランプは今までも述べてきたとおり、不安定でおぼつかない人物である。一般的にトランプは「過激だ」と言われる。だがトランプの発言や行動に過激な部分は一つもない。

メキシコとの国境が不法移民の温床となっている現実において、物理的な壁を建設するのは当然である。イスラム教徒の移民が欧州、豪州、北米において毎日のようにテロを引き起こしている現実において、少なくとも高リスクな地域からのイスラム教徒移民を遮断するのは当然である。これらはトランプの十八番ではなく、テッド・クルーズも主張していたことである。

トランプの問題は過激なことではない。世の言い方を使えばトランプは中庸であり中道である。価値観についても経済についても外交についても一本の筋が通っているわけではなく、あっちに振れてこっちに振れ、いったいどこに軸があるのか分からない人物である。そのためか多くの愚劣な発言を繰り返しては保守派を幻滅させてきた。共和党上院で最も保守とされるユタ州選出のマイク・リー議員などは、低劣な行動や発言を暴露され続けるトランプに対して本選挙を目前にして退陣を求めたくらいである。

保守の言論界においては大きく三つのグループに分かれた。一つは絶対トランプ支持派。これはフォックスニュースやブライトバート誌である。二つ目は、ヒラリー・クリントンによるこれ以上の国家解体を阻止することを第一目的とし、”鼻をつまんで”トランプに投票しようとする一派。これはマーク・レビン等の多くの元クルーズ支持者達がこれに入る。そして三つ目は絶対トランプ不支持派(#NeverTrump)。これにもベン・シャピーロやグレン・ベック、アマンダ・カーペンターといった元クルーズ支持者達が入る。

ヒラリー・クリントンが敗北した理由。それはオバマ政権とヒラリー自身の酷さ故である。オバマ政権8年によってアメリカの軍事力は後退し、同時に外交上の威信も低下。経済は破綻した状態で超低空飛行。政権と政権の意を受けた最高裁による社会実験で伝統的価値観と自由は未だかつてない攻撃にさらされている。それに対してヒラリー・クリントンから出てくるのは使い古された左翼的な言辞。それに加えてクリントンの腐敗。情報セキュリティ問題に加えて計算外にマズかったのが最後に出てきた「アントニー・ウィーナー問題」である。これについては公衆良俗のため多言は避ける。この世から隔絶された生活を送るハリウッドのセレブと左翼思想に脳髄をやられた人間以外はこのオバマ路線を突き進まんとする極左クリントンに少なからず危機感を覚えたはずである。

トランプが勝利した理由。それはクリントンの酷さゆえの自爆と保守派の踏ん張りである。

クリントンの酷さゆえに多くの民主党支持者が熱意を喪失した。投票数がそれを物語っている。一方共和党支持者の保守はクリントンによるオバマの社会主義政策拡大に強い危機感をいだいていた。特に危ないのが高齢化が進む最高裁で、クリントンが政権を取れば左翼の判事が任命されることになる。そうなれば社会の基盤である性別や結婚の概念が変容さっせられ、銃による自衛の権利も風前の灯である。

トランプの政策は良い部分と悪い部分の寄せ集めである。選挙戦初期のころのトランプには「壁をつくる!」だけの印象であったが、指名獲得してから終盤にかけてだいぶまともな政策が出てきている。大幅減税しかり、オバマケア撤廃しかり、教育自由化しかり、エネルギー開発の解放しかり、規制緩和しかり。良い部分はこれまでの対抗者から拝借したものもあればマイク・ペンス次期副大統領の指南によるものもあろう。だが反自由貿易的な姿勢(一部のトランプ支持者は「反グローバリズム」とはしゃいでいる)、社会福祉の拡大、政府主導のインフラ事業拡大、親露的態度、陰謀論への加担など、首をかしげるようなものから唾棄すべきものまで負の部分もある。

それらを総じてクリントンよりも遥かにマシであり、クリントンを止められるのはトランプしかいない。いまトランプを選ばなければ取り返しのつかないことになる。一旦失われたものは返ってこない。一旦壊れたものはもとには戻らない。

この強い危機感が保守派を突き動かした。

マーク・レビンをはじめとする保守派は決してトランプ翼賛会には堕しなかった。彼らはオバマ民主党とクリントンに対して熾烈な批判を繰り広げながらトランプが正しい発言をすれば称揚し、愚劣な発言をすれば雷を落とした。そして同時に選挙ではトランプに投票することを公言した。

トランプとトランプ支持者からいわれなき暴言と侮辱を受けたテッド・クルーズは自ら電話を取ってトランプへの投票を訴えた。「ヒラリーを止めるために」と。

彼らの熱意と行動によってトランプは襟を正して奮闘し、そして不承不承トランプ支持者と絶対トランプ不支持派の一部の心を動かした。

投票当日、マーク・レビンのラジオ番組にマイク・ペンス副大統領候補が電話で登場、「クリントンを止めるために投票を!」と呼びかけた。マーク・レビンは投票締め切りの数十分前まで「Get out and vote! It's time to get the key and go to vote! Stop Hillary! C'mon!」と叫んだ。

トランプは彼らに感謝せねばならない。そして約束を守らなければならない。だが人間は簡単に変わるものではない。若者ならまだしも、トランプほどの高齢であれば疑問を持たざるを得ない。

保守派はクリントンを破った。だが彼らは権力を握ったトランプを制御できるか。

保守派の戦いはこれからである。

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