医療バーゲンセールを支える残業2000時間

  • 2019.01.20 Sunday
  • 19:23
医師残業、年2000時間も=地域病院勤務の上限−厚労省案
2019年01月11日 JIJI.com
2024年度から医師に適用する残業時間の規制に関し、厚生労働省は11日、医師不足の地域などで勤務する医師の上限を、休日労働を含み年1900〜2000時間程度で検討する方針案を明らかにした。同日開いた医師の働き方改革を議論する有識者検討会に示した。検討会は年度内に方向性をまとめ、同省が制度化する。

勤務医ががなぜこれほどまでに忙しいのか。実際に働いている医師に聞けば彼らの知る範囲で答える。
 
  • 生身の人間が相手のため容体の変化は予測しきれないから。
  • 交代制ではなく一人の患者に一人の医者がつく仕組みのため、患者に何かあれば時間に関わらず対応せざるを得ないから。
  • 当直という業務があり、夜勤の後でそのまま翌日の勤務に入る仕組みだから。
  • 医療行為以外の雑務が多いから。
中山佑次郎 「医者はなぜ忙しい?残業年2000時間の衝撃 医師の視点」より

これらは、忙しさに寄与していない、とは言わないが、本質的な原因ではない。

予測が難しい業務も交代制ではない業務も夜勤も雑務も医者の専売特許ではない。忙しいのはサービス供給能力に対して需要量が過剰だからである。あるいは需要量に対してサービス供給能力が過小だからである。いずれにしても、サービス供給能力が相対的に低く、需要量が相対的に多いということである。

市場経済の原理が機能する場合、両者は自然と価格を軸に整合する。整合した結果、不足と過剰は無くなる。この整合点は常に流動的であり、需要量と供給量によって常に変動しながら整合状態を維持する。価格はそれらの状態を示すシグナルであり、あらゆる人々がそのシグナルを受けて行動を調整する。

なぜ医療という世界では需要が過多で、サービス供給が過小なのか。

それはこのシグナルが恣意的、人為的、作為的に固定化されているからである。

何がそれらを固定化しているのか。

それは国民皆保険制度と医師免許制度である。

国民皆保険制度というものは、いわば格安大バーゲンセールを年間ぶっ続けで全国津々浦々で実施することを制度化したようなものである。本来は1万円かかるところを7割引きで売る。老人向けは更に”お得”な割引で9割引きセール。子ども向けは各都道府県・地方自治体で「子ども医療費助成制度」と銘打って特別セール。インフルエンザの予防接種を受けるよりも、かかってから医者に行けば数百円ですむなどという事態になっている。

大バーゲンセールをある企業が自社の利益を原資に売上向上と顧客獲得を狙って実施するならいくらでもやればよい。

企業のバーゲンセールならば、結果どのくらいの成果を上げたかが重要である。問題は、この大バーゲンセールが国民の税金を原資に行われていることである。税金が原資であるから売上、利益、顧客獲得がどうなろうが関係ない。ひたすら継続するのみである。

一方、7割〜9割、それ以上の割引をすれば需要は爆発的に増える。病気にならないよう予防に努めるくらいならば病気になってから医者にかかったほうが楽である。人々の行動がこのバーゲンセールが永久に続くことを前提として調整される。

一方で医者になるにも病院を建てるにも政府の免許制度と認可制度に規制されている。政府は将来に向かって進む少子化を”視野に”医学部定員を削減しようとしている。

一方は大幅な嵩上げ、一方は大幅な制限。

医師の勤務条件が殺人的に悪化するのは当然の帰結である。

ならどうする?医者を増やそう!

医者を増やせば「医療費(=無謀なバーゲンセールの国民へのツケ)」の増大につながる。

ならどうする?医療報酬を下げよう!

医療報酬を下げればタダでさえ大変な業務なのに益々奴隷労働に近くなるだけである。バカバカしくて医者になる人間は減る一方である。

唯一の解決方法は国民皆保険制度と医師免許制度の撤廃、そして医療の自由化である。自由闊達な医療市場において、市場経済の原理で需要と供給は調整され、医師不足も過労も雲散霧消する。価格は適正化され、市場は健全化する。医療の質は上がる。

この方向に向かう道に立ちはだかる鉄壁のようなものがある。それはわが国民の「世界に誇る日本の医療への信仰」である。宗教には理屈もヘッタクレもない。信仰心あるのみである。

国家によって葬られたアルフィー

  • 2018.04.29 Sunday
  • 11:17

 

重病英男児が死亡、両親の訴えもむなしく呼吸器取り外し
4/28(土) 18:05配信 【AFP=時事】英国で、重病で人工呼吸器によって生命が維持されてきたアルフィー・エバンス(Alfie Evans)ちゃんが28日、呼吸器が外され、死亡した。息子の延命のために法廷で争い、ローマ・カトリック教会のフランシスコ(Francis)法王の支持も得ていた男児の両親が明らかにした。


国民が医療を受ける権利を国家が保障する。国民が医療を受ける費用を国家が負担する。医療は国家の事業であり、国家の責任である。国民皆保険は文明の証である。

これが何を意味するかを、この一件は如実に示した。

生まれながらにして難病を患った生後23か月のアルフィーは人工呼吸器を取り外されて5日後の4月28日午前2時30分、国家によって葬られた。

Terminally ill UK toddler Alfie Evans dies



延命処置を停止することを決定した際の国家の説明はこうであった。アルフィーは人工呼吸器によってのみ生命を維持しており、人工呼吸器を取り外せば「即時に」生命を失う状態である。回復の見通しが皆無であるアルフィーは植物状態の生命を終わらせることを「許される」べきである。

この映像は人工呼吸器を取り外される直前のアルフィーである。




かけられる言葉を聞き、目を動かし、まばたきし、笑みさえ浮かべる植物があるであろうか。

人工呼吸器を外されたアルフィーは国家が認める医師と専門家の権威ある予言に反し、5日間生き続けた。

治療を与えることを申し出たイタリアとローマ教皇のもとへ飛ぶ時間はたっぷりあった。だがイギリス政府はそれを認めなかった。

医療の責任は政府にあるのであり、親ではない。患者の状態を判断して適切な医療行為を選択するのは政府であり、親ではない。当然親が政府の領域を侵犯することは許されない。

殺されようとするアルフィーを病院から救い出そうとする親と支持者に対して政府がとった手段はこれであった。

病院を「守る」警察隊


政府は国民皆保険制度を守るためにはアルフィーを殺すしかなかった。もしもアルフィーがイタリアで治療を受けた結果として生きながらえたとしたら、はたまた「最悪にも」通常の生活ができるようになろうものなら政府と国民皆保険制度の面目丸つぶれである。それは断固として阻止しなければならない。国民皆保険制度は国家の誇りである。アルフィーの小さな命ごときで危険に晒してはならない・・・

強大な国家権力を前に誰一人として断固たる抵抗を試みる人はいなかった。この不条理さを前に前後の見境なくアルフィーを救出しようと試みる人はいなかった。アルフィーは皆に見守られながら息を引き取った。

まるでカフカの「審判」のような世界・・・ これが優しさに満ちた国民皆保険制度の真の顔である。

参照:
Nigel Farage talks Alfie Evans and Britain's medical system



Here's the 'Legal' Reason Why the UK Can Force Alfie Evans to Die

安倍「性同一性障害」政権

  • 2017.12.03 Sunday
  • 21:31
 

性同一性障害者の「適合手術」、保険対象に 来年度から
11/29(水) 17:33配信 朝日新聞デジタル 厚生労働省は、体と心の性が一致しない性同一性障害の人が体を心の性に合わせる「性別適合手術」を、来年度から公的医療保険の対象に含める方針を固めた。29日に開かれた中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関)に提案し、大筋で了承された。


安倍自民党政権のもとで社会実験がとどまるところを知らない。急進的な安倍政権に他の左翼政党は追いつかない、といったところである。

政府が管理する国民皆保険制度が財政破綻している現在、その対象を未知・未踏の領域に広げていこうという狂気の沙汰である。

LGBTは病気である、というと「LGBTは病気ではない。これは持って生まれたアイデンティティーだ!これは人間としての自然なあり方なのだ!」という反論が来る。

国民皆保険の対象は病気である。政府が病気ではないと判断すれば、また対象とすべき治療ではないと判断すれば皆保険の対象から外されるのである。美容整形しかり、歯列矯正しかり、先端医療しかり。

LGBTは病気なのか。心の性と体の性が一致しない所謂「性同一性障害」は病気なのか。

カネが絡むとアイデンティティーは都合よく病気となる。

「いや、違う!我々の性同一性(性自認)には障害は無いし病気でもない!これは持って生まれたユニークな性同一性なのだ!ただ、このユニークな性同一性があるがゆえに社会生活を送る上で『支障』がある!その社会との接点の部分が『障害』なだけであって性同一性が障害(病気)を持っているわけではないのだが、『障害』を克服するためには手術が必要で、それが大変負担なわけだ。そのコストは公平性の観点から社会全体で負担するべきなのだ!わかるか?」

全く理解不能な詭弁である。

性転換手術を受けた人々は非常に高い確率で手術を後悔し、鬱に襲われ、精神障害を負い、健康障害を負い、自殺を試みる(記事)。

このような手術が我々と我々の子供や孫の世代の未来を奪いつつある破綻した国民皆保険制度の対象になる。このような手術の費用を我々が全員で負担することを強制される。

まさに悪魔的所業としか言いようがない。

「医師不足の把握」という政府が演じる漫才

  • 2017.11.26 Sunday
  • 13:58
 

<厚労省>医師不足把握に新指標 地域偏在是正に活用へ
11/19(日) 7:15配信 毎日新聞 厚生労働省は医師の地域偏在を是正するため、地域ごとに医師がどの程度足りないかを示す新たな指標を導入する方針を固めた。そのデータを基に、医師派遣に関する都道府県の権限を強めるなどして平準化を図る。有識者検討会で年内に対策を取りまとめ、来年の通常国会に医療法の改正案を提出する方針だ。


世の中には無駄な仕事というものがある。このような報道で我々が毎日目にする政府の活動がその代表である。

世の中の「不足」は全てが政府政策を原因とする。

「不足」は「存在しないこと」と同義ではない。30年前、人々は携帯電話を使っていなかった。携帯電話が存在していなかったのであって携帯電話が不足していたわけではない。その後徐々に携帯電話が普及していき、現在はほとんどの人々が持つに至った。人々が徐々に携帯電話を使うようになったのであって、別に不足が解消された、という意味ではない。

「不足」とは需要があるのに供給が間に合っていない状態である。

医師不足はなぜ生じたのか。それは政府政策が原因である。政府政策とは国民皆保険制度であり薬価制度であり医師免許制度であり教育機関に対する許認可制度である。

医師の偏在はなぜ生じたのか。これも政府政策が原因である。政府が中央集権を強化してきたために人口が都市部に流入し、その結果地方が過疎化して医師業が成り立たなくなったためである。

政府政策によって顕在化したこれらの問題を政府は政府政策によって「是正」しようとしている。これは程度の低い漫才である。「地域ごとに医師がどの程度足りないかを示す新たな指標を導入する」などと、本来は真顔で言えることではない。

あらゆる商品やサービス同様、医療においても市場経済の機能が働けば政府が不足状況を調べる必要はないのである。需要に対して供給な過剰な地域では価格競争で治療代が下がる。需要に対して供給が少ない地域では治療代が上がる。治療代が上がるということは儲ける機会を意味する。体力的にきつくても固定客を確保して儲けたい若い医師にとってはチャンスを意味する。同じような考えの医師が治療代の高い地域を目指せば医師不足などいとも簡単に消滅する。

これは理論ではなく我々が日常生活で体験している現実である。

それをさせないでチマチマと小手先の愚策を弄しているのが政府であり、医療においては厚労省である。

政府がすべきなのは医師不足の把握ではなく、自らのバカさ加減の把握である。

医療に関する問題を軽減しようとするならば、第一にするべきは厚労省と厚労省がからむ規制の廃止である。厚労省が廃止されれば高給取りの官僚も有識者も不要となる。検討会も不要になるし国会での審議も不要となる。そこで浮いた金は減税で国民に返せばよいのである。

男児の死と国民皆保険制度

  • 2017.07.30 Sunday
  • 21:20

英で難病の男児が死亡 延命治療めぐり法廷闘争
7/29(土) 9:34配信 朝日新聞デジタル 英メディアによると、英国で先天性の難病のため自力で生きられず、尊厳死をめぐり議論になっていたチャーリー・ガードちゃん(生後11カ月)が28日、延命措置の中止によって亡くなった。


この男児の親は米国での治療を希望し、金の算段もつけていた。だが英国政府はそれを禁じた。

なぜか。

それは、中央政府が管理する医療の否定につながるからである。



「我が国が誇る皆保険制度から逃れ、先端医療の恩恵にあずかろうなどという”利己的”な考えは許されない」ということである。

国家による医療管理と国民皆保険という配給制度の冷酷無情な実態である。

我が子の命をわずかな可能性に掛けたいと希望する親に対し、政府は「本当にそれをする価値があるのか示しなさい」と命じた。個人に政府が満足する答えなど短時間で出せようはずがない。当然ながら時間切れである。

本来、病院はサービス提供者であり、親は顧客である。顧客は自身の必要を満たすサービス提供者を探し、サービス提供者は顧客の満足を目指して最善を尽くすものである。そしてそれが無理であれば顧客は諦めるか他のサービス提供者を探すまでである。

だが病院と、病院を管理する政府はこの顧客に対して「他のサービス提供者に当たるのは許されない」と言い、政府権力をもってこの顧客たる親に対し、「諦めて子供を死なせなさい」と命じたのである。

米国の医療は「市場原理主義に支配された非情な世界」と形容される。だが、世界各国から米国へ治療を求めて逃げ込む人間は多数いるが、米国から国民皆保険医療を求めて逃れんとする人間はいない。

政府の支給するものをありがたく受け取り、それ以上のものを望むことは許されない。

これが一種の配給制度である。

少し前にXジャパンのYOSHIKIがロスの病院で手術を受けたというニュースがあったが、カネとコネのある人間はそうやって国民皆保険の配給制度をすり抜ける。

米国へ治療を求めて逃げ出そうとする人間を捕まえようとする政府があり、それを逃れようとする人間がいて、その政府に捕まって犠牲になる人間がいる。

亡くなった男児は犠牲者である。

両親の悲しみが癒えることはあるまいが、男児の冥福を祈りたい。


追記:米国の医療は最良ではなく、様々な政府介入によって経済原理が歪められている。オバマケア廃止の期待を一身に背負ったトランプ政権であるが、行政・立法とも共和党支配にも関わらずあっさり敗退。誠にぶざまな様相である。

厚労省の「費用対効果」

  • 2017.06.25 Sunday
  • 11:42
 

薬価に「費用対効果」導入へ調査実施 厚労省 6月21日 5時19分 NHK
■厚生労働省は、医療費の伸びの一因になっている薬の価格を決定する際に「費用対効果」も考慮する仕組みの来年度からの本格的な導入に向けて、個別の薬の効果に対し公的保険で賄う費用はどの程度が適切かを尋ねる意識調査を実施する方針です。■意識調査は面接方式で行われ、個別の薬や医療機器について、「今後、1年間の延命が可能になるならばいくらまで公的保険から支払うべきと考えるか」を質問します。そして、価格が高いものの、支払う意識が低いという結果が出た薬については「費用対効果が悪い」と判断し、価格の引き下げを検討します。


薬価を決めるのは政府である。価格の主たる存在目的は調整機能であるが、その価格に調整させず、政府が勝手に「価格はこれこれとする」と値段をつけたのが薬価というものである。費用対効果などあるわけもないのである。そして今、その愚行の主である政府が薬価の費用対効果を測定し、是正するというのである。

例えば、ある店で店員が来店者を引き止め、このように言ったら来店者はどのように感じるであろうか。

「すみませんが、ちょっと意識調査に御協力いただけますか。消費者の皆様がウチの商品に対してどのくらいのカネなら出してもよいかを調査しております。ウチは沢山の商品を扱っていますので全部みていただきたいです。その意識調査の結果を集計して価格の引き上げや引き下げを検討します。なぜこのようなことをするかというと、費用対効果を正確に把握して価格を適正なものにし、より多くのお客様により満足してお買い物をしていただくためです。これは社会全体で無駄な経費を削減するための有意義な活動ですのでぜひ協力ください」

来店者は「いやぁ、せっかくですが、今時間ないんで・・・」と言いつつ、この気の狂った店に二度と来るまいと心に誓うはずである。そしてそのようなことをする店は早晩潰れるはずである。

だがこのような狂ったことを国民の税金を使って真顔で行い、その狂った行為の報いを受けることがないのが政府の政府たる所以である。

公的保険というのは雨や雪のように天から降ってくるものではない。それは我々国見から徴収するものである。

「公的保険からどのくらい支払うべきか」というのは「自分が払った保険料からどのくらいを出し、自分のポケットからどのくらいを出すべきか」を問うものであり、国民全体としては実質的に全てを負担しているわけである。

市場経済において、商品やサービスの価格が適正であるか否かを判断するに意識調査は不要である。何千、何万、何百万という人々が自分の頭で考えて個々の商品やサービスが対価を支払うに値するか否かを判断する。その結果として人々に支持される商品・サービスは生き残り、支持されない商品・サービスは消える。

人は十人十色であり、全ての人に支持される商品・サービスは存在しない。広くなんとなく愛好される商品・サービスもあれば非常に狭い顧客層に熱烈に求められる商品・サービスもある。人々の判断の結果が商品・サービスの存続を決定し、その価格を決定する。

少数の人々だけに需要のある商品・サービスは消えるというものではない。市場経済の存在しない旧東ドイツの車はトラバントのみであったが市場経済のある我々の社会では世界各国の有名メーカーの車から見たこともないようなカスタムメイドの車まで様々な車が道を走るのである。

政府が人件費の高い高学歴で融通の利かない厚労省の高級官僚を動かし、税金を投じていちいち費用対効果の意識調査をするまでもなくである。

厚労省をはじめとする官僚機構は富を生み出さない。彼らは富を吸収しながら増殖し、その過程で富を生み出す市場経済を蝕んでいく。

ここまで考えれば一つの事実が浮かび上がってくる。

それはこの世で最も費用対効果の欠如した存在は厚労省だということである。

厚労省は解体・廃止しなければならない。

薬価 - 費用対効果を反映しない「価格」

  • 2017.02.11 Saturday
  • 22:09
 

薬の効果、価格に反映へ 厚労省、18年度から導入方針 朝日新聞デジタル 
厚生労働省は8日、薬の公定価格である薬価に費用対効果を反映させる仕組みを2018年度に本格導入する方針を明らかにした。効果が価格に見合わない薬は値下げして薬剤費の伸びを抑える。新型のがん治療薬「オプジーボ」など高額薬が増え、医療保険財政が厳しくなっているためだ。 2/8(水) 12:11配信 


我が国にはブラックジョークが溢れている。だが、それらブラックジョークがあまりにも日常的に存在しているものだからブラックジョークであると認識されることはない。

この世のあらゆるモノには価格がある。それは人々がモノの費用対効果を判断した結果である。

あるモノが費用(価格)に対して効果(価値)が少なければ人は不満を感じる。結果として買わないという行動につながる。売り手は売れないと困る。だから値段を下げる。だから安物は安いのである。

あるモノが費用(価格)に対して効果(価値)が高ければ人は満足を感じる。結果として買うという行動につながる。売り手はもっと売りたいので増産する。そして更に売って儲ける。それを見た他の人々が「俺も」と参入する。いつの間にか売り手市場から買い手市場になり、価格は下がる。

価格は単なる値札ではない。それは情報である。それは何千・何万・何百万という人々の駆け引きの結果が集積された情報である。それはこれらの人々による「費用対効果」計測の集大成である。数十円のエンピツから数千万円のフェラーリまで、あらゆる商品の価格について言えることである。

だが日本では薬価というものがある。これは読んで字のごとく薬の価格である。この「価格」は何千・何万・何百万という人々が費用対効果を感じながら購買決定をする、という過程を経ずに決められる。決めるのは政府、厚労省の「有識者」である。

実際に販売と購買の決定を下し金のやり取りをする製薬会社や病院や保険会社や消費者と離れたところで役人が恣意的に価格を決めるのであるから、費用対効果を反映していない価格などという奇妙なものが出てくるのである。

その奇妙なものを作りだした政府が「薬の価格には費用対効果が反映されていない」と真顔で言うのであるからブラック・ジョークでなくて何なのか。

そしてその思考は「だから費用対効果が反映されるように医薬業界への政府介入を減らして市場経済原理を導入しよう」につながるのではなく、「政府が効果が低いと判断する薬は値下げしよう」となるのであるからもはや倒錯の世界である。

医療は社会主義がいとも簡単に入り込む分野である。なぜならば人々は「医療と他の商品は違う」「医療は人々の生死に関わるから政府が管理しなければならない」という戯言に簡単に騙されてしまうからである。

\府が問題を発生させ、∪府が問題を指摘し、政府が問題の解決策を提示し、だ府が対応策を実施する。政府の対応策は最初に戻って更に大きな問題を起こし、同じサイクルを繰り返す。

倒錯の世界に生きる我々にはこの異常性が分からない。我々は冒頭の記事を眺めてぼやく。「薬の価格は費用対効果が反映していないのか。それはまずいな。政府がなんとかしないとな」と。

医学部の定員削減、政府検討(右往左往)

  • 2015.09.14 Monday
  • 23:54
 
医学部の定員削減、政府検討 医療費膨張防ぐ  
政府は2020年度から医学部の定員を減らす検討に入った。将来の医師数が都市部などで過剰になると見込み、03年度以来17年ぶりに医学部生の削減にかじを切る。全体の定員は減らす一方で、地方の医療機関に就職する学生の枠を広げて医師不足に対応する。人口減少と病院ベッド数の削減を見据えて医師の数も抑える。医療費の膨張を防ぐ狙いだ。2015/9/13 2:00日本経済新聞 電子版


政府というものは、計画が失敗すればするほどに計画するものである。そしてある時点で何のために何を計画しているのかすら見失う。

政府はついこの間まで「医師不足を解消するため」と称して医学部の定員を増やそうとしていた。それが今度は「定員削減」である。理由は「医療費抑制」であると。

では医師不足はどうなったか。医師不足は依然として何ら解消のめども立たずにいる。だが厚労省による定員削減の根拠は「将来的ない医師数の過剰」である。現在の問題すら手に余っているにも関わらず将来の心配までするとは大それたものである。

 
  • 高齢化が進み、医療サービスの需要は増える一方である。
  • 一方で少子化に歯止めがかからず、世代を追うごとに人口は減少している。
  • 医療技術は日進月歩、新薬も投入されて医療は益々高額化。
  • 一方で医療費は財政赤字を膨大な額に押し上げている。

こういう状況の中で、政策立案者の頭は錯乱状態に陥っているのであろう。冒頭の記事では「政府が検討」などとしているが、政府が行っているのは検討ではなく右往左往である。

確かに日本の社会主義的医療制度においては「医療の値段」は政府によって決められているので医者の数を増やせば医療費は増え、医者を減らせば医療費も減るしくみになっている。

そもそも「医療制度」なる言葉が違和感なく出てくる時点で終わりである。飲料市場の代わりに飲料制度、玩具市場の代わりに玩具制度、自動車市場の代わりに自動車制度、不動産市場の代わりに不動産制度、住宅市場の代わりに住宅制度があるようなものである。いかに医療が教育とならんで制度化(政府の管理下に置かれること = 経済の原理から乖離していること)されているかの証左である。

なぜ医師不足が生じているのか。

なぜ医療費が国家の財政に影響を与えているのか。

それらを理解するには一枚の図があれば十分である。




そして今、政府は医師の数を減らそうとしている。



この図を見て「将来僕はお医者さんになりたい」と夢をいだく少年がいるであろうか。「俺は正しい道を選択した」と自信を新たにする若き医学の徒がいるであろうか。

だが割を食うのは最終的に患者である。

患者は列を作って並びなさいと。待っている途中で死んだらご愁傷さまですと。嫌なら自費で海外でも行きなさいと。ところで効き目が抜群の最新医薬を使おうなどという独りよがりで不届きな考えを捨てよと。特許切れの10〜20年前の薬をありがたく使いなさいと。効かないわけではないのだからと。

社会主義化された医療「制度」の国々では毎度のことである。

ではどうしたらよいのだ。

解決方法はある(リンク)。
 
医療制度は我々の社会において「神」となった。我々は我々自身が祭り上げた「神」を引きずり下ろすことができるであろうか。自ら「信仰」を捨てることができるであろうか。それが最大の問題である。

安楽死… ベルギーを「死神」が行進する

  • 2014.02.15 Saturday
  • 19:29
 

ベルギー、「子供の安楽死」も認める 世界初の年齢制限撤廃 2014.2.14 09:42

【ベルリン=宮下日出男】ベルギー下院は13日、本会議を開き、医師による安楽死を18歳以上の成人に限り認めるとした法定年齢制限を撤廃し、子供にも認める改正法案を可決した。子供の安楽死はオランダが12歳以上を対象に認めているが、年齢制限の全廃は世界で初めてとなる。 本会議での採決は、賛成86に対し、反対44、棄権12だった。改正法案は上院を通過しており、近く国王の署名を経て施行される見通し。ベルギーでは、2002年に成人の安楽死が合法化されていた。    産経ニュースより


 

The New Americanより写真を掲載

 

これは因果応報ということなのか。 大虐殺といえばナチスのホロコースト、スターリンの粛清、ポルポトのカンボジアなどが思い浮かぶが、その前章のようなものがあった。 ベルギーのレオポルド二世(在位1865年-1909年)はアフリカのコンゴを植民地化し、それを自らの直轄支配下におき、天然ゴムをはじめとする資源を強制労働によって搾取しまくった。 結果8百万ものコンゴ人が犠牲となった。 ホロコーストが6百万であるから、これは立派な大量殺戮である。 その後ベルギーは、ヨーロッパの小さな一つの国、チョコレートで有名な国、くらいなイメージに隠れて謝罪の一言も発したことが無い。

 

今日そのベルギーにおいて、「死の文化」が大手を振るっている。 先日、ベルギー・ブリュッセルの議会にて、それまで18歳以上とされてきた安楽死の年齢制限を撤廃するという法案が可決した。 しかも賛成多数である。 ベルギー国民も7割以上が賛意を表しているという。 まさに「民主主義の勝利」というべきか。 多数意見によって、「子供殺し」「子供の殺処分」が合法となったのである。 カトリック教会など反対者の声は「民主主義的意思決定」の前に完全にかき消されてしまった。

 

保険所で野良犬が殺処分されるのは可哀想であるとか、捨てる飼い主は無責任だ、というような話があるが、社会の弱者である子供、声なき存在である子供、保護すべき存在である子供、育てはぐくむべき存在である子供、彼ら子供が、簡単に言えば、野良犬と似た扱いを受けるというこに他ならない。 

 

「何があっても挫けずに、強く、逞しく、しなやかに、そして優しさを持って、生きていってほしい」 それが子供に授けるべき期待である。

 

しかし、生まれてこない方が幸せだった、これ以上生きても望みが無い、死なせたほうが本人にとっても自分らにとっても楽だ、と判断された子供はどのような期待を受けるのか。

 

「XXちゃん、もうダメだよね。 辛いよね。 終わりにしたいよね。 大丈夫、先生にお薬出してもらうからね。 そのお薬飲むとね、ふわーっと眠くなって、XXちゃんそのままお休み―って、らくーになっちゃうんだよ。 すごいでしょ。 じゃあ、先生が質問するから、ぜーんぶ”はい”って答えるんだよ。 分かった?」

 

子供が期待されるのは、国家が決めた殺処分規定に合致するよう、医師の質問に間違えずに答えることである。

 

こうして妊娠中絶でも殺せなかった子供が、いとも簡単に、殺せる世の中が実現するのである。 かつては荒唐無稽だと思われた、そんな社会が飛行機で12時間あればいけるベルギーという国で実現したのである。

 

いや、安楽死はその条件が厳格に規定されているから、むやみに殺すなどあり得ない...

 

そうではない。 いったん安楽死(消極的、積極的を問わず)を認めた社会において、規定された条件など、守られていないのが現実なのである。 今回の法案通過は必要に迫られての改定ではなく、法律が現実に「ついていった」だけである。 現実は坂を転げるかの如くに死への道を突き進み続けているのである。

 

人間にはだれしも欠陥がある。 欠陥の大小は人それぞれである。 欠陥には多かれ少なかれ、苦しみがつきものである。

 

苦しみを無くしてあげたい命を救いたい憎き病気をやっつけたい... そんな動機が医療の発展を支えてきたのである。

 

チェイニー元副大統領。 氏は37歳の若さで心臓発作に見舞われ、急死に一生を得た。 その後も幾度も発作に見舞われた。 しかしそのたびに氏は先端の医療技術で救われた。 氏はアメリカ史上最も偉大な副大統領の一人である。 

 

「苦しみを軽減して命を救う」から「命を奪って楽にする」になるのであれば、医療を発展させてきた動機が根底から否定されることになろう。

 

ベルギー議会前に立つ一人の反対者は言う。 「今我々の国で起きていることは、他の国々は警鐘と受け取るべきだ我々は、もう誰も閉めることの出来ないドアを開けてしまったのだ」

 

 

追記:

国民皆保険制度を採っている国においては、安楽死を促進することによって医療費を削減しようとする動きは否応なく進むはずである。 国家が医療の財布の握る、というのはこういうことである。 国が医療費の面倒を見てくれるから「安心 (^ o ^)」などと考えようものなら、それはとんでもない考え違いである。 国民皆保険制度は世にも恐ろしい非人間的なシステムなのである。

日本医師会 奴隷制度を提唱する政治団体

  • 2013.11.10 Sunday
  • 17:06


は生きる権利幸福を追求する権利がある。 一方、には他人を隷属させる権利は無い。 しかし世の中には人権という響きの良さを利用して隷属を広めんとする団体があるものである。


 

「すべての人は、差別なしに適切な医療を受ける権利を有する」 


 

これは日本医師会が掲げるリスボン宣言なるものの一節である。 人はいつなんどき、病気や怪我をするかもわからないが、いかなる時でも人は良質な医療を受けることが出来るというわけである。 いわば、ユートピアの世界である。 それが実現すればどれだけ素晴らしいか、と思わずにはいられない、そんな世界である。


 

だが、ちょっと立ち止まって考えてみるとこれは恐ろしい世界である。


 

医療は権利上の一説をひっくり返すとこうなる


 

「人は医師や看護婦を奴隷にする権利がある」


 

すべての人を差別なしにということは、千差万別の人々を一緒くたにして扱えということである。


 

世の中、ダイエットや運動に励んで健康管理に余念のない人間もいるかと思えばメタボ腹に毎晩ビールや焼酎を流し込んで週末はゴロ寝&また晩酌という人間もいる。 栄養バランスを入念に考慮する人間もいれば油ものだろうがジャンクだろうが食えるものならなんでもがっつく人間もいる。 節制を追求する人間もいれば酒とタバコの無い人生など無意味だと言い切る人間もいる。 多様な趣味を持つ人間もいれば趣味はテレビ&飲み食いだという人間もいる。 長生きこそ人生の目的だという人間もいれば男たるもの短く強烈に生きるべしという強者もいる。 安全第一の人間もいれば冒険無き人生などあり得ないという人間もいる。


 

常に穏やかな態度をとる人間もいれば自分が強い立場だと思えば急に高圧的になる人間もいえる。 常に自省を心掛ける人間もいれば自分の不遇は自分ではなくて他人や社会のせいだと考える人間もいる。 常に財布の収支に注意する人間もいれば「カネは天下の回りもの」と豪語する人間もいる。 財布が寂しくなれば節約する人間もいれば借金してでもゴージャスライフを満喫する人間もいる。 人のいうことをよく聞く人間もいれば「オレのことはオレが一番分かる」と聞く耳持たずの人間もいる。 収入の少ない人もいれば高収入の人もいる。 知識の少ない人もいれば博学な人もいる。


 

このような雑多な人間達が怪我をし、あるいは病気になる。 生活スタイル、性格、資質、境遇、様々な要因が絡む。 ある人はよく怪我をし、ある人はよく病気になる。 ある人は軽い怪我をし、ある人は重い病気になる。 これらは人間の多様性の結果である。 それを前提に考えたうえで、「すべての人を差別なしに扱え」とはどういうことか。 「適切な治療を受けることは人としての権利である」とはどういうことか。 それは医療サービスの提供者(医師、病院、看護婦)は「治療を求めてくる人達を拒んではならない」ということである。


 

人は朝起きて顔を洗い、髭を剃って、あるいは化粧をし、仕事に行き、仕事が終われば街で買い物をして、あるいは寄り道をして家に帰り、家族とひと時を過ごし、風呂に入り、歯を磨いて布団に入る。 それら一つ一つが「権利」なのか。 人は顔を洗う権利がある? そうではない。 人はただ、顔を洗うのである。 それは義務だからでもないし、権利だからでもない。 顔を洗うのに最低でも水が要るし、洗顔フォームを使う人も多かろう。 水も洗顔フォームも権利ではない。 金を出して買うものである。


 

医療は権利でも義務でもない。 医療は商品であり、サービスである。 商品・サービスとは対価と引き換えに得るものである。 医療を構成するあらゆるもの - 医師、看護婦、医薬、医療器具、病院、エネルギー(電力や水)、様々な器具や設備、そしてそれらを運搬するもの - これらは全て医療に関わる何千何万何百万もの人々の労働の成果である。 医療を何か高次元で異次元なものと捉えることは勝手であるが、この事実はビクともしないのである。


 

医療が権利であるならば、医者はどのような患者であろうとも拒んではならないのである。 その患者がカネを払う気などサラサラなかろうが、真面目に生活習慣を改める気などサラサラなかろうが、根気強く治療に取り組む気などサラサラなかろうが、傍若無人に振る舞おうが、暴力的であろうが、理不尽であろうが、犯罪者であろうが、である。 だが、その隷属思想を公に掲げているのが医師を代表する存在である日本医師会なのである。


 

益々深刻化する医師不足とその背景にある過酷な勤務。 複雑な要因が絡んでおり解決は容易ではない(説明できないということではない。 むしろ説明は簡単である)。 医療に関わる多くの問題は「政府の介入」によって発生している。 そしてその「介入」には多くの既得権が絡んでいる。 日本医師会という学術団体の名を借りた政治団体が医療への政府の介入政策を組み立ててきたことは想像に難くない。医療に関わる多くの医師や看護婦達が隷属状態に苦しむ。 そしてその影響を最も受けるのは「弱き人々」であることは言うまでもない。


 

追記:

日本医師会のウェブサイトには様々な医療政策が掲げられている。 例えば、「医療を営利産業化させていいのか」「小さすぎる政府の社会保障と政府の利用価値」「市場主義経済学がもたらした日本の経済政策失敗について」といったタイトルで偉い先生方の政策提言が並ぶ。 日本の医療を社会主義化させてきた人間達の集合である。


 

1961 ロナルド・レーガンは医療の社会主義化を警告していた


 

2010 アメリカ レーガンの警告はオバマケアという形で現実となった。

Obamacare is 1) Unaffordable 2) Unworkable 3) Unfair 4) Unpopular by Michele Bachmann


 

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