米国・パリ合意脱退 トランプ政権の英断

  • 2017.06.03 Saturday
  • 23:58
 

<米パリ協定離脱>各国から反発の声 6/2(金) 11:55配信 毎日新聞
【ブリュッセル八田浩輔、パリ賀有勇、ベルリン中西啓介】
トランプ米大統領が1日、パリ協定離脱を発表したことで世界各国から反発の声が上がった。欧州連合(EU)のユンケル欧州委員長はツイッターで「重大な誤り」と批判した。


これは非常に良い決断である。右に左に方向が定まらず迷走が目に付くトランプ政権であるが、これは素直に褒め称えたい。ましてや欧州連合が「重大な誤り」だというのであるから非常に正しいことであるに間違いはない。

地球温暖化論者はこの世の有象無象の現象を取り上げては「温暖化が原因で・・・」とこじつける。キリバスやツバルといった南洋諸島は何十年も「水没寸前だ!」と騒いできた。

その間人間の経済活動よる二酸化炭素排出は増え、空気中の二酸化炭素濃度も上がってきた。だが一向にこれら島々は水没する気配がない。一方で1950年代から蓄積された航空写真の解析により、実は水没するどころか、これら島々の陸地面積は増えていることが分かっている(記事)。

人間活動は地球の気候を左右することはない。人間は小さな存在である。人間にはそのような力はない。それが証明されればされるほど、地球温暖化論者達はいきり立つ。

地球温暖化説は現代の天動説であり、カルト宗教である。この宗教にハマるとなかなか抜け出すのが難しい。ましてやこれによって恩恵を受けている人間は人々の信仰が揺らぐのを防ぐのに必死である。だが彼らの立場は日に日に危うくなっている。

「地球は温暖化の危機に晒されている・・・」

そうではない。

「温暖化説が危機に晒されている」が正しい。



南極が歴史的な高気温を記録?

  • 2015.04.08 Wednesday
  • 00:33
 
南極大陸で観測史上最高気温か 17.5度を記録 CNN.co.jp 4月2日(木)10時51分配信 
(CNN) 南極大陸のエスペランサ基地が先月24日、南極大陸での観測史上最高気温とみられる17.5度を記録していたことがわかった。気象情報専門サイトのウェザー・アンダーグラウンドが2日までに伝えた。
 
  • 南極の気温が最高を記録したんだと!
  • なんでも通常マイナスじゃなきゃおかしいのに、ナント17.5℃だとよ!
  • 地球温暖化だ!
  • 南極から氷がジャブジャブ溶けだしているぞ!
  • このままだと世界の主要都市のほとんどが水没するぞ!

そんな会話を巷で耳にした。

何の話かと思えば、数日前にあったこの冒頭のニュースであった。

訝しく思ったのでチョイと調べたら何のことはない。17.5℃というのは南極の気温ではなく、アルゼンチンの気温である。観測地点はエスペランザ基地という、南極ではなくてアルゼンチンの南端にある土地である。

参考記事

エスペランザは地図を見れば分かるが、南極ではない。百歩譲っても南極の端っこの端っこである。極地に隣接していてもその気候は大きく異なる。

例えばアイスランドは北極に近く、冬の内陸部は冷たい氷に閉ざされ、気温はマイナス16℃くらいになるが、西部のレイキャビクなどは真冬でも0℃前後である。

例えばアメリカ合衆国の一部である常夏のハワイの気温をもって、冬の寒さ厳しい北東部もひっくるめて「アメリカ合衆国はこんなに暖かい!」などと言えば、アホかということである。

よって、この報道は真っ赤なウソ、デマである。

地球温暖化は「説」ではない。地球温暖化教という宗教である。共産主義という大宗教の一部である。人々から自由意思を奪い、全てを中央政府で管理しようとする共産主義。地球の温暖化の危機を煽って我々の自由意思を奪い、我々の生活を中央で管理しようとする地球温暖化教。本質的に全く同じである。

だが既にその教義のデタラメさは白日の下に晒されている。18年以上、地球の温度は全く変化していない。そして地球温暖化教でメシを食っている多くの人々が最後の悪アガキに励んでいる。醜く、しぶとく、浅ましく。


追記:
人間の活動による二酸化炭素によって地球の環境が変化することは無い。人間には地球の温度を上下させるような力はない。二酸化炭素排出は経済活動のバロメーターである。経済活動が活発ならばそれだけ二酸化炭素が排出される。よって二酸化炭素排出は喜ばしいことではあれ、悲しむべきことではない。ましてや規制するなど言語道断である。

「でも、効率化すれば排出量が減るんじゃないの?」

人間というものは、ある行動が効率化されると、その行動を減らすのではなく、増やすのである。何故かは知らぬが、そういうモンなのである。昔は徒歩で隣町まで行くのがやっと。交通手段が効率化した今では空を飛んで地球を横断。結果として一人当たりの二酸化炭素排出量は大幅に増加。そして何の問題も無いのである。

地球温暖化教のマスコットと化したホッキョクグマ

  • 2014.11.28 Friday
  • 00:57

 

 


このつぶらな瞳の可愛らしいホッキョクグマが温暖化によって絶滅の危機に晒されている、というまことしやかな教えが説かれている。 我々人類の活動が発する二酸化炭素によって地球の気温が今後数十年から百年の間に加速度的に上昇し、極地の氷が溶け、ホッキョクグマは住む場所を失い、絶滅するのだそうだ。 それを防ぐため、我々人類は犠牲を払って生活を変え、あらゆる活動を縮小しなければならない…

 

最近、カナダ発の面白い映像を見つけた。 ホッキョクグマの生態の権威とされるアルバータ大学のアンドリュー・デローシエによると、ホッキョクグマはあと数年で絶滅するらしい。 だが一方、同様にホッキョクグマを長年研究している生物学者のミッチ・テイラーによると、ホッキョクグマの数は減るどころか逆に増えており、絶滅の兆候すらないらしい。 定期的に捕獲して調べているが、健康状態はすこぶる良好であるという。 そしてホッキョクグマの狩りで生計を立てて生活しているヌナブト準州のイヌイット、ジョニー・マイク氏によれば、ホッキョクグマの数は全然問題ではないという。 当たり前のことであるが、ホッキョクグマが絶滅して真っ先に被害をこうむるのは彼らイヌイットである。 彼らが「全然問題ない」と断言しているのであるから、かなりの信ぴょう性があると考えてよい。

 

生物学者、ミッチ・テイラーは以前研究グループに属していたが、ホッキョクグマ絶滅説に異を唱えた瞬間、「そんな間違った説を流布する者は破門だ」ということで、グループリーダーであったアンドリュー・デローシエに追放されてしまったのだという。

 

レポーターがミッチ・テイラーを排除したデローシエに対して質問する。 「データを見ると、ホッキョクグマの数は実際には増えていますよね」 「…まあね」 「…と、いうことは? 彼らが近々絶滅するっていう話とこの事実をどう考えたらいいんでしょうか…」 「…まあ… いろいろな政策のおかげで一時的には増えてはいますワな。 でも、今の流れから言えば、絶対に近々危機に晒されますよ」 「…あの…もしかすると、絶滅の危機は無いかも、という考えが受け入れられる余地は、ないですか?」 「ないね。 結論は出ているから」

 

教条主義的環境主義者というのはユーモアも許容の心も持ち合わせない頑迷な人々である。 彼らにしてみれば、教団が奉るマスコットであるホッキョクグマの「絶滅ステータス」を脅かす者は許せないのであろう。

 

ホッキョクグマの研究を行っているPolarBearScience.comよると2010年にはやや全体的に減少が見られたものの、2013年から2014年には増加に転じているのが分かる。 ホッキョクグマは19の亜集団に分類されるが、そのほとんどが安定した頭数を維持するか増加している。

 

画像リンク 


データの豊富なカナダの状況を抜粋

 

画像リンク


アメリカのリバタリアン/保守のシンクタンクであるハートランド研究所(Heartland Institute)は気象変動についての研究成果を積み上げている。 科学論文なのでやや難しいのでざっくりと要約すると

  1. ホッキョクグマ(白熊)は40万年から2百万年も以前に熊(ブラウンベアー)から変化したもの。 13万年前のホッキョクグマの化石が発見されている。 ホッキョクグマは、最終間氷期(13.1万年前〜11.6万年前、気温が現在よりも約8±4く、現在よりも北極の氷が少なかったいわれる)や急激な気象変化を立派に生き延びている。
  2. 得られるデータによると、195060年代は5,00010,000頭だったのに対し、2005年には20,00025,000頭に増加している。 70年代に締結された国際的な狩猟協定の影響もあり、ホッキョクグマの頭数は増えていることが大多数の科学者の間で一致している。
  3. ホッキョクグマは陸生動物であるが、優れた水泳能力を持っており、氷の面積が減少することや水中を泳ぐことによるマイナスの影響は全く論証されていない。

 

20世紀初頭以来、人間の活動による二酸化炭素排出量は大幅に増加している。 しかし地球は過去18年間、1たりとも温暖化していない。 多くの科学者達が、人間の活動と地球の温度との因果関係を「非常に弱い」としている。 多くの科学者達が、IPCCの予測を「政治的であり」、「現実化する可能性は非常に低い」としている。しかし、地球温暖化教団所属の科学者たちは、教団に所属せず、温暖化教の布教に積極的に参加しない科学者たちを「エセ科学者」と呼び、「石油会社から資金を得ている」などと根も葉もない誹謗中傷を吐く。

 

温暖化教徒たちよ、安心したまえ。 共産主義者たちよ、諦めろ。 一般市民たちよ、喜べ。 

 

ホッキョクグマも地球も安泰である。

 

 

 

参考:

Are Polar Bears Really Disappearing?

Some say they're on the edge of extinction—but locals see a very different reality on the ground 記事

 

アル・ゴア 「不都合な真実」でホッキョクグマが「氷が少ないために」溺れるシーンがあるが、これはねつ造であったことがばれている。 これはもともと2006年にある科学雑誌に掲載された記事であるが、これを書いた科学者は嘘を書いたことで早期退職に追い込まれている。 熊は氷が足りなくて溺れたのではなく、突然の嵐で波にのまれたためであると判明している。 Human Events記事

オーストラリア、炭素税を廃止 正気の風が吹き始める

  • 2014.08.11 Monday
  • 17:52
  

共産主義者の得意技は七変化である。 彼らはカメレオンのように状況に応じて容貌を変える。 日本社会が共産主義の脅威に晒されている、と言おうものならちょっとした変人扱いを受けるであろう。 それはなぜかと言うと、共産主義者がいわゆる革命運動家としての顔を捨て去り、最先端の現代風な顔を身につけたからである。 そして、その洗練された容貌からはいわゆる共産主義のカビ臭さは完全除去されているからである。

 

つい最近、中核派の運動家が東京都内で逮捕された。 「こんなの、まだいたの?」というのが大方の反応であろう。 彼らは生きる化石である。 純粋なのか、バカなのか。 共産主義の顔がいまや完全に様変わりしたことを知らずに置いてけぼりを食った哀れな人々である。 言い換えると、彼らはまさに一般人が抱く「共産主義者」のイメージだったわけである。

 

洗練された容貌を身につけた共産主義者達は自らを共産主義者と呼ぶことは決して無い。 正面から「あなたは共産主義者ですね」と問いかけようものなら、相手は「はぁ?」という顔をしてまともに取り合わないであろう。 共産主義は中身はそのままだが完全にパッケージを変えている。 彼らが選んだパッケージの一つが「環境」である。

 

汚い空気や汚い水を求める人間はいない。 汚い環境で子を育てたいと願う親はいない。 だから環境さえ掲げれば、誰も反対できないし、したがらない。 反対しようものならキチガイ扱いである。 「環境」は水戸黄門の印籠である。 どれほどキチガイじみた政策であっても、「恐れ多くも“環境“にあらせられるゾ!!」でハナシは終わりである。

 

キチガイじみた共産主義者による政策に事欠かない今日であるが、そのグローバル性において筆頭に挙げるべきは「人為的地球温暖化説」と「二酸化炭素排出削減」である。 狂気じみた共産主義者達はどれだけの証拠が揃おうとも、地球温暖化を捨てようとしない。

 

過去17年間、二酸化炭素の排出量は年を追って増え続けているにも関わらず(先進国が京都議定書に沿って排出量を削減しようとしている一方で中国をはじめとする新興国が工業化を推し進める過程で排出を増加させているため)、地球の温度の上昇はゼロである。 人間の経済活動の結果として排出される二酸化炭素の地球に与える影響が極めて軽微であり、削減も抑制もする必要性が無いことの動かぬ証拠である。

 

Wattsupwiththatより

 

 

しかしそれでもめげないのが共産主義者の特徴である。 なにせ彼らにとっては、彼らの教祖スターリンが言ったように、一人の死は悲劇だが、100万人の死は単なる統計に過ぎない。 彼らの流布する嘘によって世界中の経済活動が、更にそのために何億人という人々の生活が影響を受けようとも、彼らがめげるわけもないのである。

 

二酸化炭素は経済のアウトプットが増えれば必ず増える。 経済活動が活発になれば必ず増える。 それを抑制し、削減しようとする彼ら共産主義者の目的はただ一つ、資本主義の撲滅である。

 

共産主義者が教育、研究、政府、マスコミ、企業、ありとあらゆる分野に巣を張り巡らせる日本社会は益々資本主義から遠のいている。

 

しかし世界が共産主義に乗っ取られたのかといえば、そうともいえない状況が出てきている。

 

オーストラリアで炭素税が廃止された。 保守主義を掲げるトニー・アボット首相が昨年9月に就任し、選挙時の公約を果たしたのである。 日本を含め、世界各国が環境税や炭素税といった税制を導入して自らの首をしめようとしている中において、オーストラリアは非科学、迷信、愚鈍の際たる炭素税を破棄して負担を経済から取り除いた最初の国となった。

 

一方、今回の炭素税廃止について、炭素税を導入するよう国内外から圧力を受けてきたカナダ保守党のハーパー首相はトニー・アボット首相に賛辞を表明し、両国の連携を強めるべく声援を送った。

 

 

 

狂気の悪臭で満ちる世界にあって、正気の風が吹き始めている。 その正気の風は世界に広がるのか。 もしもそうなるのであれば、あの時が一つの時代の転換点であったと、後年この時を振り返ることになろう。

 

追記:

「でも、炭素税や環境税を課すことで企業活動が厳しくなるのは分かるが、一方で技術の進歩と革新を促す効果もあるんじゃないか?」という声がある。 このような人は、「進歩と革新」がどこからやってくるのか知らないのである。 一生懸命に働く人をもっと働かせようと思ったら、給料を減らすのではなくて増やすことである。 「君は一生懸命にやっている。 だからあえて給料を1割減らす。 更に奮起して減った分を埋め合わせ、逆に1年後には増えているくらいに頑張ってもらいたい」と言われても、奮起するどころか白けるというものである。 進歩と革新のためには利益が不可欠である。 それは理論ではなくて人類の経験に基づく事実である。

 

虐殺者レーニンの生誕を全世界で祝う - アースディ2014

  • 2014.04.27 Sunday
  • 17:00
 

1921年から1923年にかけてのウクライナ飢饉にて6百万人もの命が奪われた。 ウクライナの農民から作物と食糧を奪ったのは当時の指導者、ウラジーミル・イリイチ・レーニンあった。 この飢饉はソビエト連邦、そして世界の共産主義国家で繰り返された人的災害の序章であった。

 

そのレーニンの生誕を毎年全世界で祝おうという運動がある。 アースデイである。 アースデイはG.ネルソンという極左・環境主義者の米・民主党議員が共産主義者やアナーキストを集めて1970年代に立ち上げた運動である。 ネルソンが422日をアースデイとしたのは他でもなく、その日がレーニンの誕生日だからであった。

 

アースデイ東京

http://www.earthday-tokyo.org/

 

ウェブサイトには

  • 反核!
  • 地球温暖化!(面白いことに1970年代のアースデイでは「地球寒冷化!」だった)
  • 森林破壊!
  • 生物種の絶滅!
  • 食糧問題!
  • 水資源の危機!
  • 3Rアクション(リデュース、リユーズ、リサイクル)!
  • 循環型社会!
  • ソーシャルグッド!
  • フェアトレード!
  • サステナブル(持続可能)な社会!
  • Change the World!


といったスローガンが並ぶ。 これらスローガンは我々の日常でもよく見られるようになった。 レーニンは世界を共産化しようとして暴力革命を起こし、そして失敗した。 しかしその意思は次世代そして孫、曾孫の世代へと引き継がれた。 環境主義の始祖でもあったレーニンがあの世から眺めてさぞ喜んでいることであろう。

 

割り箸やコピー用紙を沢山使うと森林が伐採されて地球上から二酸化炭素の吸収源である木が無くなってしまい、未曾有の災害をもたらす、というまことしやかな話がある。 森林資源枯渇をくとめるために森林保護や緑化がスローガンのように叫ばれる。

 

だが本当に木が少なくなっているのならば、あるいは近いうちに少なくなる予兆があるのであれば、原料としての木材の価格は高騰し、同時に割り箸やコピー用紙の値段は100円→500円→1000円→2000円→1万円と上がっていくはずである。 

 

だが割り箸もコピー用紙もトイレットペーパーもティッシュペーパーも、我々の周囲にはふんだんにある。 値段は上がるでもなく、どちらかといえば下がっている。 パルプや更に遡って木材に関わる様々な企業にとって原料が断たれるのは生命を断たれるのと同じである。

 

原材料確保は生命線である。 原材料を確保するために彼らは土地を購入し、計画的に植林し、計画的に伐採し、計画的に加工し、計画的に販売するわけである。 紙や木材を様々な製品に加工する企業は何万という従業員をかかえているし株主にも責任を負っている。 本当に原材料の入手が困難となる状況が目の前にあるのであれば、彼らの焦りようは尋常ではあるまい。 しかしそのような話は一向に聞くことは無い。 取りも直さず木々はふんだんに生い茂っている証拠である。

 

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)や環境省といった環境主義者(共産主義の成り代わり)の巣食う組織がしがみつく「地球温暖化神話」にも関わらず、地球はいたって平穏である。 人間が地下資源を掘り出して使い、二酸化炭素を大量に排出する一方、それによって植物の光合成が活発化し、地球は自然と緑化している。 どこぞの暇人が「もっと木を植えよう!」などと頑張る必要も無く、である。 我々は豊かになり、そして地球は緑が生い茂る。 まさに神の業である。

 

神の業の恩恵を受けながらがそれを見出すことのできない虐殺者レーニンの子孫たちによる集い。 それがアースデイである。

 

 

追記:

我々は益々豊かさを享受する。 しかし一方で世界には貧困が蔓延る。 貧困の原因は先進国の豊かさでも人口増加でもなく、貧しき国における自由の無さである。

 

参考:

環境を破壊するのは誰だ?

  • 2014.03.02 Sunday
  • 17:43
 

「環境を守ろう!」というスローガンをよく目にする。

 

環境とは何であろうか? 環境を破壊するのは誰なのか?

 

地球上において最も甚大なる環境破壊を引き起こしているのは、他でもなく「自然そのもの」である。 母なる自然の破壊力は凄まじい。 我々日本人は北日本大震災にてその破壊力と無慈悲さをまざまざと体験したばかりである。 被災地の惨状は言語に絶するが、その瓦礫は太平洋を越えてアメリカの西海岸にまで達している。 自然がへそを曲げるとそこに誰が住んでいようが何があろうがお構いなしである。 地震、津波、豪雨、洪水、嵐、竜巻、噴火 これらによってあらゆるものが引っ掻き回され、叩きつけられ、ぶち撒かれる。 自然による環境破壊はとどまるところがない。

 

自然の次に環境を破壊しているのは人間である。 ではどのような人間が自然を破壊しているのか? 資本主義者か、資本主義社会に生きる我々か?

 

地球を見渡すとき、我々が知るのは自由の無い国々において環境が破壊されているという事実である。 旧ソ連しかり、旧共産圏の東欧しかり、中国しかり、北朝鮮しかり、ベトナムしかり、キューバしかりである。 多くのアフリカ諸国も同じである。 古くは世界で4番目の広さと豊かな生態系を誇っていたアラル海は、ソ連時代の共産主義者による「計画的工業化」によって現在は干上がった死の湖と化している。 東欧でも政府主導の工業化による環境破壊は凄まじい。 中国については今更言うまでもあるまい。 「カストロおじさんによるラテン系の明るいノリ社会主義」的なイメージのあるキューバも酷いものである。

 

キューバ、サンタ・クララのゴミだらけの川

 

環境を破壊するのは資本主義でも資本主義者でもない。 独裁者であり、全体主義者であり、共産主義者であり、社会主義者である。

 

なぜ自由無き社会は環境破壊をもたらすのか。 なぜ政府によって計画化された社会は環境破壊をもたらすのか。

 

自由の根幹は私有財産である。 自由の無い社会とは私有財産が認められない、あるいは侵害される社会のことである。 私有財産が無いということは、自分のモノは皆のモノ、ということである。 人は「自分のモノ」を大切にする一方で「皆のモノ」は無下に扱うものである。 何もかもが「皆のモノ」、環境も「皆のモノ」。 だから、環境が破壊されるのである。

 

政府が商業や工業を計画する社会においては、需要量と供給量を確定するのは政府である。 「我が国の人口はコレコレで、年齢比率はコレコレだから、鉛筆と消しゴムとペンケースの需要はコレコレで、だから供給はコレコレで、だから生産はこんな具合にコレコレでこれらの原料はコレコレで、それらの需要は、だからコレコレで...」とあらゆることを政府のエキスパートがハジキ出すわけである。 いったん計画を決めたら実行するのみである。 一般企業のように、「社長、この商品は最近売り上げがだいぶ落ちています」「ちゃんと営業しているのか!?」「やっているのですが、最近のお客様の行動パターンがコレコレでして、あまりこの商品を使わないようなのです」「ならば、そんなモノをいつまでも売っていないでお客様のニーズに合う商品を急いで開発せんか!」という会話が生じることはない。 需要や価格、損失や倒産のリスクといった要素による制御が効かないものだから、ただひたすら造り続ける。 それらが最終的にゴミの山になろうがお構いなしである。 だから、環境が破壊されるのである。

 

自由の無い社会とは「政府が偉い」社会である。 そのような社会において、政府のやることに文句をつけるのは自殺行為である。 公害をまき散らす近隣の化学工場に対して抗議をするということは、政府に楯突く行為であり、一昔前の言い方ならば「反社会主義革命」である。 全体主義社会の政府というものは、資本主義社会の企業と違い、コストを考慮する必要がない。 どれだけ莫大なコストがかかろうが、取り放題の税金でまかなえるからである。 公害をまき散らすことによる社会的コストは中国の政府にとっては微々たるものなのである。 だから、環境が破壊されるのである。

 

自然は環境を破壊する。

全体主義も環境を破壊する。

 

人間は有史以来、自然と対抗してきた。 自然に存在する病原菌、自然に存在する災害人間はこれらと戦い続け、一つ一つ克服してきた。 これからもその戦いは続く。 その戦いを支援するのは資本主義経済が生む富である。

 

全体主義の反対は自由主義である。 自由主義を支えるのは資本主義経済である。 社会が自由であればあるほど、その社会は豊かになり、豊かさによって環境は改善されるのである。

 

地球環境・自然環境を守ろうとするならば、唯一の進むべき道は資本主義である。

 

 

参考:Why Socialism Causes Pollution

         MARCH 01, 1992 by THOMAS J. DILORENZO

 

地球の温度、17年間変わらず

  • 2014.03.02 Sunday
  • 00:05
 

日本でも北米でも記録的な寒さの冬となった。 

 

エジプトでは100年に一度といわれる降雪があった。 

 

イスラエルのエルサレムでは20年ぶりといわれる大雪が降った。

 

「だから地球温暖化なんて無いのだ」と言いたいのではない。 なぜならば、地球温暖化=グローバル・ウォーミングとは、局所的な寒い暑いの話ではなくて、読んで字の如く、地球全体の事だからである。

 

WUWTより

 

地球の温度が上がっていない。

 

だから、「地球温暖化は無い」のである。

 

このデータは1996年から2013年夏までの対流圏の温度を人工衛星で測定したものである。 上昇傾向にあるわけでも下降傾向にあるわけでもなく、ならしてみれば一定である。 17年間の温度上昇はゼロである。

 

一方、薄いグレーの線は二酸化炭素の空気中の濃度を示している。 この17年間上がる一方である。

 

「人間の経済活動が排出する二酸化炭素が地球の温度を危険な領域まで押し上げている」と我々は繰り返し刷り込まれてきた。

 

実のところはこうである。

 

人間の経済活動が排出する二酸化炭素は地球の温度に何の影響も与えていない。

 

実のところはこうである。

1970年代より、左翼運動は環境分野へと大きくシフトした。 彼らが考案したのは”経済活動→二酸化炭素排出→温室効果→地球の温暖化→海面上昇・疫病蔓延・干ばつ・洪水その他諸々の災難→→人類滅亡”の筋書の劇画であった。 なぜそのようなシナリオを描いたかといえば、それは危機を全面に出すことによって政府権力を行使して人々の生き方をコントロールすることができるからである。 その劇画のシナリオを各国の政府が支援し、政府に関連する科学者達にとっては、そのシナリオを受け入れることが研究資金を得るための条件となった。 このシナリオに沿った政府プロジェクトは巨大化し、民間の多くの科学者達も生きるために賛同することを余儀なくされた...

 

資本主義が環境を破壊するという神話

  • 2014.02.25 Tuesday
  • 19:37
 

資本主義が環境を破壊するという神話がある。

 

神話は語る。

 

資本主義はあくなき生産・消費の拡大と貪欲な利潤の追求...

販売拡大のために次から次へと新商品の投入とモデルチェンジ...

使い捨てが文化となり質素倹約やもったいないの精神が死に絶え...

すべての価値基準がカネとなり...

大量生産と大量消費は資源の枯渇を引き起こし、地球環境は耐えられない...

リサイクルしきれない...リサイクルするのにエネルギーがいる...いずれにしても地球環境は破壊される...

グローバル化が地球環境破壊に拍車をかける...

先進国と後進国との貧富格差が広がる...後進国を発展させれば地球環境破壊をまねく...

 

だから

先進国の発展をとめなければならない...

資本主義を止めなければならない...

資本主義でも共産主義でもない、「持続可能なシステム」が必要

 

この神話を流布する者は、それが明瞭にであろうが、遠回しにであろうが、全体主義者である。 全体主義は共産主義ではない。 共産主義は全体主義の一つである。 全体主義は七変化する。 あるときは絶対君主、あるときは人民の父、あるときはマイノリティーの味方、あるときは地球の守護者。

 

全体主義の歴史は長い。 プラトンの時代から中世封建社会、フランス革命を経てロシアでの共産革命へ。 全体主義の精神は今も昔も変わらず人々の心の中に生きている。 他人に何かを押し付けようとした瞬間、そこに全体主義があるのである。

 

全体主義はいつの時代においても悲惨さと惨めさをもたらしてきた。 今の世界が悲惨さと惨めさに事欠かないのは彼ら全体主義者のおかげである。

 

 

追記:同性婚、尊厳死、妊娠中絶の権利、これらも全体主義者が「優しさ」をまとった姿である。 彼らは我々が望まぬ価値観を押し付け、我々の生きる社会を破壊する。

気候変動というカルト宗教、そして3年連続の記録的寒さ

  • 2014.02.23 Sunday
  • 19:20
 

寒い冬である。 今シーズンは3年連続で記録的な寒さとなっている。 普段雪の降らない関東でも大雪に見舞われることになった。

 

www.tenki.jpより



だから「温暖化なんて嘘じゃないか」と言いたいわけではない。 地球は温暖化もするし寒冷化もする。 夏になれば温暖化し、冬になれば寒冷化する。 前年に比べて気温が高ければ温暖化しているわけであり、気温が下がっておれば寒冷化しているわけである。

 

また、だから「気候変動なんて嘘じゃないか」と言いたいわけでもない。 「気候変動」という言葉は一種の言葉の繰り返しである。 人に例えれば「気分変化」というようなものである。 人の気分というものは多少なりとも状況によって変化するものである。 変化したからといってとりたてて騒ぐことではない。 それは人間の性質だからである。 気候も同じで、常に変動し続けるものである。 今日明日の気象を天気、年間単位での気象を気候とするならば、年ごとの気候が全く同じであることなどあり得ないことである。 有志以来、気候が「変動」をしなかったことは一度たりとも無いのである。

 

Wikipediaより

 

 

温暖化し、寒冷化し、気候は常に変動し続ける。 それが我々の住む星、地球の性質なのである。 もっと正確に言えば「地球の置かれた環境」といったほうがよいだろう。 なぜならば、地球の気候を決定するのは外部要因、特に太陽黒点の活動だからである。 1980年代から90年代後半まで現実にあった「地球温暖化」の時期と、太陽黒点の活動の活発化の一致はデータで証明されている。

 

Wattsupwiththatより

 

 

気候変動人為説を唱える者達は気候変動が人間の活動によるものであることは「科学的に証明されている」と主張し、それに異を唱える人間達を「非科学的」となじる。 だがアメリカで31,000人以上もの科学者達が気候変動(温暖化)人為説に対する異議を唱え、署名している とんだ非科学である。

 

オウム真理教の教祖は麻原彰晃、その配下に上祐や村井といった高学歴な科学者達がいて、そして彼らに翻弄された多くの信者達がいた。 アル・ゴア(元副大統領)は気候変動・地球温暖化教の教祖様であり、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のメンバー及び世界各国の政府・学会の関係者達は教祖様に仕える幹部、そして企業やメディア、一般人はこれら教団の信者達であると位置づけられよう。

 

気候変動・地球温暖化人為説は今や多くの人間達によっての金づるであり、生活の糧である。 嘘だと分かっていてもやめられない。 嘘だと分かっていても離れられない。 嘘だと分かっていても口に出来ない。 立派なカルト宗教であるが、一方で「抜けられない」信者も気の毒な存在である。

 

カリフォルニアのセントラルバレーでは環境主義者の妨害によって土地に水を運び入れることが出来なくなり(デルタ・スメルトという小魚を保護するためらしい)、結果干ばつが発生している。 そして森林での殺虫剤使用禁止(害虫によって木が死に、死んだ木は倒れて乾き、燃料と化す)や森林道路の閉鎖(いざ火災が発生しても消防車が入れない)などの環境主義的政策によって年々森林火災は規模が巨大化している。 当然ながら、人的、物的損害の規模も巨大化している。

 

NASAの気候科学者ジェームズ・ハンセン(アル・ゴアの御用科学者、上祐的存在)は「地球温暖化が原因であることは間違いない」と言う。

 

彼らの説に従うと、

地球が温暖化すれば;

  • 海水の温度が上がり、空気中の水分量が増え、降水量が増える。 だから、冬の太平洋側で雪が降るという「異常気象」が起こる。 また、同時に...
  • 大気の温度が上がり、大地の水分が蒸発し、土地は干からびる。 だからアフリカで干ばつが発生し、多くの人々が飢餓で苦しむ。

ということらしい。 矛盾をものともしない、立派な科学である。

 

カルト宗教が個人の趣味なら放っておけばよい。 このカルト宗教は、しかし、我々の生命と生活を守るためにある政府のあらゆる領域・段階へと侵入している。 そして我々の生活を妨害している。 日本政府の地球温暖化対策予算は3兆円にのぼる。 これらは我々の払う税金である。 政府の支出だけでなく、様々な規制によって国民から富が吸い上げられている。 環境税などの新たな課税も検討されている。

 

我々常識人は事あるごとに声をあげなければならない。 国民一人一人がカルト宗教から抜け出さなければ、企業も政府も政治家も、オウム真理教のように突っ走るのみである。

 

 

追記:

  • 温暖化も気候変動も、いつしか「どっちらけ」になる日が来るのかもしれぬ。 その時には、何か別の「危機」が考案されていることであろう。
  • 冬季オリンピックが開催されているソチが暖かいことが「温暖化の現象」であると言われている。 寒ければ温暖化、暖かくても温暖化、ということらしい。 ソチという場所はソ連時代から政府高官の別荘地であった。 それはなぜかというと、「暖かいから」である。
  • 気象庁>気象研究所>気候研究部>第4研究室>地球温暖化の基礎知識  彼らもこのカルト宗教の幹部である。

 

 

電気自動車で破壊される生活と環境、そして自由

  • 2013.07.13 Saturday
  • 10:02
 

この世で一番の破壊者は誰か? それは他でもない、環境をメシの種にしている者たち、すなわち環境主義者達である。

 

20XX年までに海面がこれだけ上昇しますするとモルジブが水没します!…. それを食い止めるためには今すぐ二酸化炭素排出をXX%削減しなければ!」「大量生産・大量消費の時代はもう終わったのです!」 テレビや雑誌に出てはこのようなセリフを吐いている人間がいる。 彼らが環境主義者である。

 

環境主義者は政府・学会・企業に入り込み、電気自動車の普及をせっせと進めてきた。 環境主義者に乗っ取られた政府はハイブリッドや電気自動車の促進のために1兆円もの税金を投入してきた。 そして今年は更に500億円もの税金を投じて充電スタンド等インフラ整備をやろうとしている

 

電気自動車が動くためには電気がいる。 電気は発電されなければならない。 発電するにはエネルギーが要る。 電力を安定的に発電するのは火力原子力発電所だけである。 風力も太陽光も頼りになる発電源ではないことは実証済みである。 電気自動車推進派は「再生可能エネルギー(風力・太陽光)を使えばCO2排出は減るというが、それはフィクションに過ぎないことも実証済みである。

 

国立環境研究所 (環境主義者のたまり場の一つ)

 

送電線を伝って街まで運ばれた電力を電気自動車のバッテリーに充電するためには充電場所が必要になる。 ガソリンなら「あっ」という間に満タンになるのに対して電気の充電は延々と30分以上もかかる。 スマートフォンの充電ですら「満タン」になるまで結構時間がかかるのだから車の充電ときたら相応の時間がかかるのは当然である。 タダですら少ない充電場所に一台の車が延々何十分も居座っていたらどうなるか、同じことがガソリンスタンドで起こったら周辺の道路でどうなるかを想像すればよいことである。 待たされるイライラ感は想像に難くない。

 

デンマークの学者・Bjørn Lomborg記事によれば、電気自動車でロンドンからエジンバラまで778キロの距離を走るのに80時間かかったそうである。 その間8回も充電のために止まり、一回の充電にかかる時間は6時間。 平均すると自足10キロでの移動となったと。 ガソリンならせいぜい二回の給油で十分であるし、途中休憩をいれて安全運転でも10時間で十分である。 高速化・簡便化の発展の流れに完全逆行である。

 

ガソリン車のエンジンがそれこそ何十年も持つのに対し、電気自動車のバッテリーはわずか45年のサイクルで交換しなければならない。  急速受電や頻繁な充電を行えばそれだけ寿命が短くなる。 バッテリーの価格は120万円から150万円もする。 そしてバッテリーには有毒な物質が使われている。 電気自動車が増えれば増えるほど、有毒物質が廃棄されるわけである。

 

電気自動車が普及すればするほどに、我々の生活と環境は破壊されるというわけである。

 

ところで、主にバッテリー製造のため、電気自動車を製造するのに通常の自動車の2倍のCO2が排出される。 そしてバッテリーの交換を考え、50,000キロの走行距離で見るとガソリン自動車よりも返ってCO2排出が多いのである。 CO2排出は環境保護上何の問題も無いし、地球の温度とも何の関係もない。 問題はCO2排出そのものではない。

 

環境主義者の目的は我々の生活と環境の破壊にとどまらない。 彼等はまず何が何でも自由の象徴たるガソリン自動車を我々の手から奪いつつ、「環境にやさしいはずの」電気自動車をあてがう。 そして言う。 「さあ今こそゼロ・エミッション社会を実現させよう」と。 その時である、「貴方が本日一日に車で移動できるのは"スマート・コミュニティ"から半径15キロ圏内だけです」と宣告されるのは。 「なぜならば、再生可能エネルギーの供給には限度があるからです...

 

NTTグループ (企業は環境主義者に媚を売らねば生きることが出来ない)

 

 

追記:なぜ風力・太陽光が官民力を合わせて何年たっても何度やっても一向に成功しないかといえば、根本的に不可能だからである。 風も光もその力は太陽から与えられる。 現在そこにある風・光を利用しようとしているのが風力・太陽光発電であるのに対し、何億年もの間蓄積された「太陽の恩恵」の活用が地下資源(石油・天然ガス)の利用である。 後者を前者で置き換えるなど、百万回逆立ちしても不可能なことは火を見るよりも明らかであろう。

 

 

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