"Save the 1" レイプによって誕生した命

  • 2014.09.07 Sunday
  • 01:26

中絶の是非が語られる時、往々にして見捨てられる一つの存在がある。 それはレイプによって誕生した生命である。

 

私は、レイプによる妊娠を除いて、基本的に中絶に反対する...

私は、中絶を女性の権利と考える。 レイプによって妊娠した場合は特に...

 

レイプによって生まれた生命に対し、多くの場合、即座に死刑判決が下され、死刑が実行される。 遊びで妊娠したのなら責任をもって生むというのも”あり”だが、レイプだったのなら中絶する”しか”ない彼らは中絶反対派 (Pro-Life) からも中絶賛成派 (Pro-Choice) からも見向きもされず、人知れず死んでいく。 殺された後はただの数字・統計となる。

 

ここに5人の女性がいる。 彼女たちは、自身がレイプによって誕生した、あるいはレイプによって授かった子供を産んだ女性たちである。


 

彼女たちは「Save the 1」という組織を運営する。 "Save the 1"とは、人々から振り向かれない1%の存在、すなわち、レイプによって誕生する命を救おうという意味である。 彼らは少数の中の少数である、これら声なき命を救うことを目的に啓蒙活動を推進する団体である。


最近、キリスト教・福音派の著述家・心理学者のジェームズ・ドブソンが主催するFamily Talkというラジオ番組において、彼女らを交えてのインタビューが行われた。 以下、各人の簡単なプロフィールである。

 

Rebecca Kiessling

Save the 1」の主催者。 レベッカはある幸せな家庭に養女として授けられ、育てられる。 18歳の時、どうしても出自を知りたくなったレベッカは養子縁組をした法律事務所を訪れる。 そこで父親が犯罪者であり、服役中であることを、そして自分がその父親のレイプによって生まれたという事実を知る。 レベッカは母親に会いに行く。 母親はレベッカに言う。 「元気で育ったお前を見ることができてうれしい。 でも、もしもあの時に法律で許されていたら、中絶していただろう」 自分が本来ならば「死んでいたはず」の人間であると知ったレベッカは荒れた生活を送り、付き合っていた相手から酷い暴力を受ける。 だが幸運なことに、あるきっかけでキリスト教会に出会う。 キリストの教えに救われたレベッカは幸福な結婚生活を手に入れ、現在に至る。

 

Darlene Pawlik

ダーリーンの母親は15歳の時にデート中にレイプされ、ダーリーンを身籠る。 レイプを恥じた母親は誰にもその事実を告げず、レイプした男と結婚する。 結婚はうまくいかず、二人は離婚する。 一時父親のもとにあずけられた幼少のダーリーンは父親から悪戯を受ける。 成長したダーリーンは自暴自棄の生活を送るようになり、14歳で売春を始める。 あるとき集団レイプにあい、妊娠する。 売春の元締めから堕胎するよう命じられる。 堕胎しなければ殺すと。 幸いにもそのときにカウンセラーと出会い、「堕胎したふり」をして売春の元締めから逃れる。 その後、キリスト教に出会い、真面目な男性と結婚。 5人の子供と2人の孫に恵まれ、学校、教会、地域社会での啓蒙活動に活躍する。

 

Mary Rathke

メアリーは両親のいる家庭に生まれるが、幼少の頃より自分は「もらい子」であるとの噂を聞いていた。 父親はそれを否定し、メアリーを自分の子供として扱う。 しかしある時、実は自分が父親以外の男が母親をレイプしたことで生まれた子供であると知る。 育ての父親はメアリーに疎外感を与えないためにその事実を隠していたのであった。 メアリーは結婚して子を授かり、生命保護を訴える活動に従事する。

 

Travon Clifton

18歳の時、母親から出生の事実を告げられ、自分がレイプによって生まれた子供であったことを知る。 衝撃とともに激しい怒りを感じたトレイボンは何年も精神的な苦しみと戦う。 「お前はレイプの子だ」「お前のような人間がなぜ生きているのだ」という心無い言葉を投げつけられる。 その後トレイボンは信仰に目覚め、中絶反対を強く意識するようになる。 もしも母親が中絶を選んでいたら自分は存在しなかったのだと。 現在、トレイボンは妥協を許さぬ生命保護派として教会やラジオやテレビで活躍する。

 

Robyn McLean

ロビンは大学時代に交際していた男からレイプされ、妊娠する。 もともと信心深かったロビンは結婚まで純潔を守りたかったが男はそれを許さなかった。 その後男は暴力を振るうようになり、ある時ロビンを棒で繰り返し殴る。 床に倒れたロビンはお腹を押さえて子を守る。 周囲の期待に応えようと、結婚すれば関係も良くなるだろうとの淡い期待をいだき、ロビンは男と結婚する。 だが暴力は日増しに酷くなる一方。 限界を感じたロビンは子供を抱えて両親のもとへ逃げる。 その後ロビンは子供を産み、良い相手を見つけて幸福な結婚生活を送っている。

 

この5人の女性は統計ではなく、血の通った人間である。 喜びを持って人生を生きる人達である。

 

彼女らに対し、「私は中絶に反対する。 あなたを除いて」と、言えるであろうか。 「本来あなたは生まれてくるはずではなかったのです」と、言えるであろうか。 「あなたの子は殺されなければならなかったのです」と、言えるであろうか。

 

レイプは犯罪である。 犯罪者はレイプをする男である。 子供を殺しても、女性がレイプされたという事実は消えることはない。 女性にとっては二重のレイプである。 レイプは肉体的な傷であると同時に精神的な苦痛である。

 

中絶をするということは、その女性に更に暴力を振るうのに等しい。 まず男からレイプされ、更に自分の体内を鉄棒で掻きまわされる。 そして、たとえそれがレイプによるものであっても、自分の体内で生命が消えたことに対する精神的苦痛は否定することはできない。

 

生命を殺したという意識は一生残る。 しかし、妊娠の期間は気付いてから約半年であり、人生の中で考えれば短い期間である。 「Save the 1」の主催者であるレベッカ・キースリングは言う。 レイプを受けた女性に必要なのは中絶ではなく、慰めと癒しと導きであると。

 

犯罪者は罰せられなければならない。 被害者は癒されなければならない。 罪なき子供は保護されなければならない。 最悪な始まりは、必ずしも悪い結末を決定づけるものではない。 この5人の女性、そして同じ境遇を生きる人々の存在が、それを証明しているのである。

 

Conceived in Rape - I from Dr. James Dobson's Family Talk  オーディオ

Conceived in Rape - II from Dr. James Dobson's Family Talk  オーディオ

Conceived in Rape - III from Dr. James Dobson's Family Talk  オーディオ


社会は豊かに、人口が増え、そして地球は安泰である

  • 2014.06.30 Monday
  • 14:44
 

「人口爆発まで残された期間は、あと半世紀しかありません」

 

と、ある学者だか評論家だか知らないが、ネット上で警告を発しているものがいる。

 

メディアというものは、「危機」を餌にして生息する生き物である。 これはメディアを貶めているわけでもなければ非難しているわけでもない。 メディアというものの性質を描写しただけである。

 

メディアは日本の「少子化」を報道し、危機感を煽る。 そして政府はその危機に対して対策を打たなければならない、と示唆する。

 

メディアは世界の「人口爆発」を報道し、危機感を煽る。  そして各国政府はその危機に対して対策を打たなければならない、と示唆する。

 

この世は少子化しており、人口は爆発的に増加している。 このような報道を絶えず目にし、耳にし、人々は混乱と疲れを感じる。 世の中、どうなっているのか、分からなくなる。 どうしたらよいのか、分からなくなる。 考える気力を無くす。 そのうちに、考えることを放棄し、その時その時のメディアが垂れ流す情報を無批判に受け入れるようになる。

 

日本が少子化しているのは事実である。 それが問題なのも事実である。 なぜならば、少子化が続けば、理論的に国民がいなくなるからである。 国民がいなくなれば国家は消滅する。 国家が消滅する過程において、国家は弱体化し、国民の安全と自由を守る機能は低下する。 だがこの現象は、メディアで流布されるような、「成熟した社会が辿る必然的な道」でもなければ、「政府による人口増加政策の欠如」によるものでもない。 何十年にもわたって行われてきた社会工学的政策の結果である。

 

一方で、世界の人口が増えている。 これも事実である。 なぜ増えているかというと、経済と医療と食糧の事情が大幅に改善しているからである。 人類は長い歴史上、常に戦争と餓えと疫病に晒されてきた。 ひとたび戦争が起これば数百万の犠牲はザラであった。 為政者による搾取は広範囲に行われ、国民の大多数を占める農民は容赦ない年貢の取り立てで飢餓に苦しんだ。 今では珍しいマラリアも、つい百年前までは今の先進諸国でも猛威を振るっていた。

 

思えば、「人口爆発まで残された期間は、あとXXXしかない!」とはかなり昔から聞いているセリフである。 「人類が引き起こす地球温暖化によって、自然環境が壊滅的な打撃を受けるまでにあとXXXしかない!」という説と同じで、最初にそれを言った人間がいつの間にか御臨終しても、その後次から次へと、別の人間によって更新されながら繰り返される。 後10年!が後20年!になり、後30年!が後50年!になり、その時その時の都合次第で自在に変化する。 実に都合の良いものである。

 

「人口爆発とは過去数十年〜数百年の世界人口の爆発的な増加のこと。 現在起こっている様々な問題の根本的な原因の一つで、食料・用水・雇用・エネルギー・住宅などの不足を引き起こし、その結果として貧困をもたらす。 資源枯渇や環境破壊などの原因となっている」 

 

これはある人口爆発の説である。 人口爆発説を唱える人間はどれも同じようなものである。 世の中の現象は、原因があって、結果がある。 だが、温暖化論者も人口爆発論者も(実は彼らは99.99%兼任であるが)、結果を原因とし、原因を結果としている。 原因と結果を逆にし、それを繰り返し叫ぶ。 これはプロパガンダの常套手段である。

 

世界で人口が増えているのは事実である。 人口が増えているのはなぜか。 上のプロパガンダを直接引用すれば、まさに食糧、用水、雇用、エネルギー、住宅の事情が大幅に改善し、その結果として貧困が解消され、資源開発が進むことで更に社会が豊かになり、それによって生活環境が大幅に改善されているからである。 付け加えれば、医療技術の進歩により、幼児の死亡率が大幅に下がり、不治の病が克服され、寿命が大幅に伸びているからである。

 

  • 新鮮で美味しい食べ物がより多くの人々の手に渡るようになった。
  • より多くの人々がきれいで美味しい水を飲み、清潔な水で体を洗えるようになった。
  • より多くの人々が安定した職と収入を得られるようになった。
  • 家庭でスイッチを入れれば明かりがつき、煙を出さないガスで自炊ができるようになった。
  • しっかりした住宅で雨風、暑さ寒さ、悪党や獣から等から身を守り、安心して生活できるようになった。
  • ガンや心臓病といった重い病気にかかっても治癒できるようになった。

 

これらは人口増加をもたらす要因である。 これらをもたらしているのは何か。 それは資本主義である。 資本主義とは利益と損失のシステムである(前者だけを考えるモノ知らずが多いが)。 ある商品・サービス利益を上げる人が他人を鼓舞し、より良き商品・サービスをもたらす。 一方で愚かな経営で資源を浪費する者には損失という罰で場外撤退を命じ、より賢い経営をする者へ資源が供給される。 1から2が生まれ、5から10が生まれる。 とめどもない富の増加のサイクルが生まれる。

 

資本主義の恩恵を受けているのはいわゆる先進国だけではない。 共産主義国家である中国やベトナムしかり、である。 貧しいとされる東南アジアやアフリカの諸国もしかりである。 資本主義が貧しい国々を搾取する、などというのは嘘も甚だしく、資本主義と自由貿易がもたらす富によって、貧しい国々も昔の「絶望的貧困」から脱することが出来るのである。

 

人口増加は富の増加の象徴に他ならない。 ある地域で食糧を巡る争いがあるとすれば、貧困が蔓延しているとすれば、病気や事故による死が広範囲にわたって発生しているとすれば、それは人口増加とは何の関係も無い。 その原因は「自由の無さ」であり、それは有史以来の現象である。

 

なぜ、彼ら人口爆発論者達はこれらの問題の原因を「人口増加」としたいのであろうか。 それは彼らが共産主義者だからに他ならない。 共産主義は生きている。 今でも多くの人々の心に巣食っている。 彼らの敵は富である。 そして富をもたらす資本主義である。

 

人口は「爆発」することはない。 人口は「増える」のである。 社会が豊かになり、人口が増える。 そして、地球は安泰である。

 

 

追記:

  • 人口爆発論者にとっての理想は中華人民共和国である。 かの国では毎年 人もの赤子が殺処理される。 一人っ子政策という、共産主義者ならではの非人道的政策の成せる業である。
  • 人口爆発、地球温暖化、こういった何の根拠もない迷信が未だに国家レベルで信仰されている不思議な世にあって(この場合には彼らの好きな「政教分離」が適用されない不思議さ)、聖書が言う「神が天地を創造され、次に人間を創造された」という話の方がよほど真実味があるというものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

命を守る

  • 2014.02.09 Sunday
  • 11:56
 

【2月2日 AFP】スペインの首都マドリード(Madrid)で1日、妊娠中絶の権利を支持する数千人の人々が集まり、中絶を制限する政府の計画に抗議の声を上げた。 デモ隊は、「私の権利、私の人生」と書かれた横断幕を掲げシュプレヒコールを上げながら、同国北部から「フリーダムトレイン(自由の電車)」に乗って到着する他のデモ参加者らを出迎えるためマドリード市内の駅周辺に集まった。

 


妊娠中絶は女性の権利である、または、生むかおろすかは女性の選択の自由である、という意識が一般的になっているようである。 これは、人間の生きる権利と、自由の概念を混同している事例である。

 

人には生きる権利がある。 それは生命が他者の恣意的な行動から脅かされないことを保障される権利である。 人はいつの時点で生命を授かるのか。 それは受胎の瞬間である。 これは、当ブログの意見でも主張でもない。 どこかの宗教の意見でも主張でもない。 どこかの政党や政治家の意見でも主張でもない。 これは事実である。 これは感情的な声明ではなく、事実に基づいた声明である。

 

人には自分の判断で行動する自由がある。 社会の基本的なルールさえ守れば人から干渉されずに行動する権利がある。 だが人には他人の所有物を奪ったり、他人の所有権を侵害する権利は無い。 ましてや他人の生命を脅かしたり、奪ったりする権利はない。

 

生命は人が一番最初に与えられるものである。 人は生命を守るために政府をうちたてる。 国家、政府、社会にとって「生命を守る」というのは至高の義務であり、原則である。

 

中絶は、この人間が最初に与えられる権利である「生きる権利」を、他の人間が恣意的に奪う行為である。 言い換えれば、殺人である。 中絶は殺人だ、というのは感情論ではなく、事実を述べているに過ぎない。

 

その行為が認められているという事実は、その社会の自由度を表すものではなく、その社会の道徳的、精神的、論理的倒錯状態を示すものである。 むしろ声なき人間の「生きる自由」が完全否定されているわけである。 アウシュビッツやダッハウをつくりだしたナチスの思想に限りなく近いと言える。 ナチスの思想の根本には優生学がある。 優生学とは「優れた人間だけが生きる権利を持つ」という思想である。

 

「予期せず授かった子供、望まれない子供、障害を持つ子供には生きる権利は不要」

 

これはホロコーストでユダヤ民族の抹殺を図ったナチスの思想と根っこは同じである。

 

ここで、「では、レイプで妊娠した女性に対してどうするのか? 生むことを強要するのか?」という質問が必ずある。

 

これは当事者であれば非常に感情的になる問題であろう。 しかし感情は別として原理原則は明確にしておかなければならない。 レイプされた女性は被害者である。 悪いのはレイプ犯であり、裁かれるべきはレイプ犯である。 レイプ犯の親兄弟といった家族は関係者ではあるが犯人ではない。 レイプ犯を死刑にしたくらいでは気持ちが収まらないから、といって彼ら親兄弟含む一族郎党を死罪にすることは出来ない。 犯罪を犯したのはレイプ犯一人であり、罪を償うことができるのはレイプ犯一人だけである。 当然ながら、犯罪の結果として声明を授かった子供を死刑にすることも出来ないのである。 よってこの質問は感情を揺り動かすものの問題の本質とは程遠いのである。

 

また一方、「では、生んだら女性の命が危険に晒される場合はどうするのか?」という質問もあろう。

 

「命を守る」というのが原理原則である。 どちらが生きられる可能性があるか、母子ともに救えるのか、もしくはどちらかを選択せざるを得ないのか。 こうなると、これは純粋に医学的な問題である。 女性の生む権利、生まない権利、選択する自由、などという問題とは次元の異なる問題である。

 

上記の記事は最近のスペインの出来事に関するものである。 アメリカでは中絶が合法化された1973年以来、去年までに56,662,169もの命が犠牲になっている。 ホロコーストは6百万である。 これをジェノサイド(大量殺戮)と言わずしてなんと呼べばよいのか。 そして我が日本は「中絶天国」などと形容されるくらい中絶の名のもとに殺人がまかり通っている。

 

「汝殺すべからず」

 

この人として最も基本的な道徳が崩壊したとき、いったい社会には何が残るのか。

妊娠中絶と死の思想

  • 2012.04.04 Wednesday
  • 20:11
 

 

アパートの部屋に幼い子供をおしこめてドアをテープで閉じ、そのまま何週間も外泊して子供を餓死させただとか、高層階から子供を落下させて殺そうとしただとか、そういった性質の事件をよく見聞きするようになった。 東京都江東区木場のあるマンションから父親に落とされた子供は奇跡的に植え込みに落ちて命に別状なかったようだが、成長する中で「親が殺そうとして偶然助かった自分」という存在と「自分を殺そうとしたが、偶然、結果的に殺人者とならなかった親」という存在とどう向き合っていくのか、考えさせられるものである(考えても想像しても分からないが)。

 

命といものは、子供であろうが青年であろうが、中年であろうが老人であろうが、その価値が増減するものではない。 全ての命は天から(別にホトケでもカミでも何でもよいが)与えられたものであり、何人もそれを奪うことは許されない。 生まれたばかりの子供だから殺してもよいだとか、もう十分長く生きた老人だから殺してもよいだとか、そういうことは許されない。 キリスト教徒であろうが、仏教徒であろうが、何教徒であろうが、何教徒でもなかろうが、それが正しい考え方である。 この考え方を「生の思想」と呼ぶ。

 

しかし、それと真逆の考え方をする歴史的な思想の流れがある。 それを「死の思想」と呼ぶ。 その始祖はプラトンである。 プラトンの「国家」において、賢人指導者による国民の徹底統制が行われる。 産業、学校、病院、全てが国家によって運営される。 人は階級に分別され、仕事を割り振られ、住む家を決められ、結婚する相手を決められる。 逸脱は許されない。 健康で強壮な体作りが奨励される。 病院はそのための機関である。 強靭な人間が怪我をしたときに手当てを受けるのはよい、しかし生まれつき体の弱い者、運動不足で不健康な者、老人は病院を使うことは許されない。 なぜならば、「国家」が必要とするのは強く健康な人間だけであり、弱きものを治療するのは限りある予算の無駄であるから。 逆に、このような弱者は自殺を勧められる。 社会のためにこの世から去りなさい、と。

 

なぜ冒頭で述べたような事件が起きるのか。 それは社会を支配する道徳が「死の思想」に偏り、「生の思想」が排除されてるからである。 それを立証する事実がある。 それは妊娠中絶である。 妊娠中絶というのは上に述べた「死の思想」に基づいて一個の生命に終止符を打つ行為である。 その生命は、自らを防御する手段をもたず、生きる権利を主張する手段ももたず、抗議する手段も持たず、そしてこの世に何らの足跡を残す手段も持たない。 それは人間として最も弱い立場にある生命である。

 

人間の生命の誕生は必ずしも常に幸福に包まれているわけではない。 祝福で迎えられることもあれば、長らく待望された末に出来ることもあれば、時期的にも経済的にも状況的にも望まれずに誕生することもある。 どのような状況下であろうとも、生命は生命である。 親である我々がこのような状況だから、子がこのような状況だから、と理由をつけ、この場合は生命を絶ってもよいとし、一つの生命に対して、たとえまだ自分の体内にあろうと、死刑判決を下す権利は本来誰にも無い。 状況が一つの人間の生命が生きる権利を減じることは無いからである。 だが現在日本を含め多くの国でそのようなことをする権利が法律で認められている。 「死の思想」が法律で武装しているのである。

 

「まだ生まれてもいないから殺してもよいのだ」と考え、その考えが空気のように当然となれば、次にくるのは何か。 「まだ生まれて間もないから殺してもよいのだ」 という考えである。 生まれてくる前に殺せばよかった。 殺しておけばよかった。 そのときであればまだ合法だったのだ。 うっかりしていた。 つい産んでしまった。 でもまだ生まれたばかりだ。 お腹の中にいたときと違うのは、泣いたりわめいたりすることくらいだ。 いや、お腹のなかでも動いたりしているではないか。 じゃあ、そのときに殺そうが、今殺そうが、大した違いは無いではないか。 そう、実質的には同じだ。 殺してしまえ。 「死の思想」がもたらす当然の結論である。

 

「死の思想」は不幸と惨めさをもたらす。 「死の思想」は人々の弱みに付け込み、誤った権利意識を植え込み、法による権力を取り込み、マスメディアや芸能界を支配し、社会を害毒で麻痺させる。 人々が「我々は古いしがらみから解き放たれたのだ」、「我々は進んでいるのだ」という倒錯した自由意識を強める間に社会は朽ち続ける。 社会で最も弱き者達は日々犠牲になる。 まるでゴミであるかのように捨てられる。 「死の思想」はかくも強力な害毒である。 その害毒の解毒剤となるのは保守主義だけである。

 

 

P.S.

  1. 人間には他人の生命を奪う権利はないといっても死刑は別である。 殺人者は他人が天から授かった命を奪ったのであるから、その罪を償うには同じ目にあうしか方法がないのである。
  2. プラトン〜トマス・モア〜ホッブス〜マルクス〜現代の左翼にいたる「全体主義・圧制・暴虐」の流れはマーク・レビン著「アメリトピア」に詳しい。 日本語訳は無いが、世界の自由を求める人々に読まれるべき本である。 
  3. ではレイプによる妊娠はどうなのだ? 何によろうが、生命は生命である。 生命が宿った瞬間にそれは生命なのであり、何者もそれを奪う権利は無いのである。 それに、レイプによる妊娠の実例を世界広しもと一度も聞いたことが無い。 故に合ったとしても非常に稀である。 稀なることを一般化する必要は無い。 稀なることが全部であるかのように主張するのは左翼の論法である。
  4. リック・サントラムは全米の妊娠中絶廃止を訴えている。 この真の保守政治家は共和党指導部の圧力にも関わらず指名争いの戦いから脱落する気配はない。 最後まで戦いぬき、願わくばオバマ大統領と対峙してほしいものである。

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