馬鹿につける薬「放射線を怖がるな!」

  • 2011.10.15 Saturday
  • 01:40
 

「ラッキー博士の日本への贈り物 放射線を怖がるな!」という素晴らしい本が出版された。 訳したのは茂木弘道氏である。 Youtubeで見たことがあるが、保守である。 だから、保守というのは良いのである。 保守というのはRight、すなわち正しい、あるいは正しいことに近いということである。 保守の人間は正しい情報に気づき、それを他の保守に伝える。 そうすると他の保守もそれに賛同する。 保守というのは正しさの連鎖なのである。 

 

これは大切な贈り物である。 なぜならばいまだに日本を覆う放射能恐怖症という精神病、あるいは馬鹿を治す薬になるかもしれないからである。 馬鹿につける薬はないと言われるが、馬鹿もこれだけ増えると危険である。 何しろ学者やら政治家やら自称専門家やらキャスターやらがやたらとテレビで嘘八百を並べたてて危険だ心配だ怒りだと騒ぎ立てるものだから、もともと馬鹿番組で脳をやられた人間などは一発である。 とにかく効きそうな薬は何でも試してみなければなるまい。

 

放射線は良いのである。 広島・長崎の原爆でも爆風と炎にやられなかった人はぴんぴんしているのである。 一般人よりも健康なのである。 この方は今は90歳、原爆で被爆して。。。という話は良くあが、よく考えれば被爆した割にはよく長生きしているな、ということである。 この本で分かるのは、被爆した割には、ではなく、被爆したから長生きできる、が正しいということなのである。 チェルノブイリでも爆発で死んだ人間以外は大した被害は無いのである。 小児の甲状腺がんが増えたというが、それはロシアのその地域がヨウ素不足だったからで、日本はむしろ豊富なのだから関係ない。 今では人も植物も動物も元気いっぱいなのである。

 

だから、福島県が県の18歳以下の住民36万人を対象にして生涯にわたって甲状腺検査をするなどというのは「愚の骨頂」という言葉では弱すぎるくらいの愚かな行為なのである。 反科学的、カルト教的、呪術的な行為である。 国民の税金、一人一人が働いて稼いだ金を国歌が収奪する。 数億、数十億という単位で何の意味もない検査に使う。 これは犯罪である。 政府、官僚、メディアがぐるになって仕掛ける壮大な犯罪である。

 

「子供の検査の結果を心配して泣き出す母親」 子供の心配をするのはよい。 問題は伝え方である。 あるのは「反原発、反核エネルギー、反放射能」のイデオロギーと感情、感情、感情のオンパレード。 理屈もへったくれもない。 北朝鮮のメディアと同じである。

 

この本でも各地の自然放射線量のことが述べられているが、ブラジルのガラパリは年間31.2ミリシーベルトである。 イランのラムサールは年間57.6ミリシーベルトである(最高値は260ミリシーベルト)。 そこでは子供も女性も年寄りも健康で長寿である。 「全国放射能情報」という文部科学省のウェブサイトを見れば福島周辺の放射線量が分かる。 比べてみればよい。 福島原発を取り囲む地域は大概10ミリシーベルト前後である。

 

高いところでは280ミリシーベルトあるが、イランのラムサールの最高値よりちょっと高いくらいである。 日本の通常の放射線量は年間2.4ミリシーベルトだそうだ。 ラジウム温泉はその200倍だという。 とすると2.4×200480である。 ラジウム温泉につかるよりもずっと低いのである。 全然大したことないではないか。 むしろ贅沢ではないか。 立ち入り制限するなど馬鹿にも程がある、ということである。

 

馬鹿につける薬の発売。 ありがたいことである。 馬鹿にやられていない人間、しっかりしている人間もワクチンとして読んでおく価値はある本である。

 

コメント
日本人の感情と論理
先の大戦時のアメリカ駐日大使はグルーであった。
グルーは日本人の特質として情緒に走り易い事を認識していた。
数値による合理的な判断よりも、感情的に情緒へ傾き、重要な判断さえも感情が優先した結論に至ることが往々にしてある事。
日本人として耳の痛い事であるが、当時の敵対国であったアメリカ人の冷静な観察眼で見た日本人の特質である。今回の原発事故に関する新聞報道を見ていると、そうかも知れないと思ってしまう。
さらに、雑誌の記事に載っていたタイ人の原子力を専攻した留学生の言葉が印象的である、曰く。
事故調査・検証委員会について一点申し上げておきたいのは、ステークホルダー(狭義的には利害関係者の意)の中で「誰が悪いのか」という犯人探しに終始するようなら、問題の本質を見落とす恐れがあるということです。よくメディアでも単に「東電が悪い」「保安院が悪い」といった表面的な報じ方をしますが、あれでは結果として何の解決にもならない。「誰が悪かった」ではなく、「何が悪かった」のかを調査すべきです。

上記の言葉、日本人にはなかなか言い難い言葉である。
しかし、まさしく正鵠を得た言葉だろう。特に今の日本においては正論である。
マスコミにおいて、数値的な論理記述などは読者から見向きもされない。それよりも、直接感情に訴える言語表現が読者の心を揺り動かすのである。
特に怒りの感情に訴えるのが効果的であり、これでもかと、怒りのターゲットを探し出し、あるいは怒りのボルテージアップするのに血道を上げるのである。
例としては、福島県の地方紙を見てみれば分かるだろう。ほとんどそればかりである。たぶん編集者において無意識的にである。
さらに、ネットから拾った外国人視点の日本メディアの報道内容だが、
日本メディアは事実の報道と言うよりも感情の報道だそうだ。
  • 伊達ノーミン
  • 2012/01/06 9:20 PM
まことにまことに・・・・
 
戦前は軍国主義で
補給を考えない竹槍精神主義
 
戦後の左翼も
9条念仏教の竹槍平和主義
 
三笠宮さまでしたか・・・
「日本人はTension(天孫)民族ですから・・・」
と言っておられましたが
宜(む)べなるかな・・・ですな。
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