ミシェル・バックマン著作「Core of Conviction」

  • 2012.01.01 Sunday
  • 15:00

日本の未来は保守主義が復活するか否かにかかっている。 人生をどう生きるか、社会をどう考えるか、国家をどうとらえるか、過去から何を学ぶか保守主義とはそれらを包有し形成する哲学である。 保守主義の精神によって形成される国は強く、社会は健全である。

 

しかし悲しいことに、西ヨーロッパも同様であるが、保護主義や懐古趣味が保守主義と同義語としてまかり通る我が国では健全なる保守の精神は瀕死の危機にある。 もしくは既に死に絶えている。 従って志ある人間は個人で保守主義を育んでいかなければならない。 そのような個人がどれだけいるか。 日本の将来はそれにかかっているといっても過言ではない。

 

2012年のアメリカ大統領選は歴史的に重要なイベントである。 なぜならば、建国の理念に保守主義が根差し、現在に至るまでその精神が脈々と受け継がれている稀有な国がアメリカであり、そのアメリカにおける保守主義の成功あるいは失敗は世界に対する影響を与えずにはいないからである。 保守が勝利しなければ左翼オバマ政権によるアメリカの解体は更に進む。 アメリカの経済は更に悪化し、軍事力は低下し、国際的地位が低下する。 アメリカはより社会主義的になり、社会秩序は瓦解する。 アメリカ全国でいまだに繰り広げられている「占拠せよ」運動はその前触れである。

 

もしも保守が勝利すればアメリカは80年代のように再び本来の姿に立ち返るはずである。 しかしそれは共和党が本当の保守を担ぎ出せばの話である。 今後アメリカが上がるか下がるかの瀬戸際にある今、共和党が誰を大統領候補に指名するか、アメリカの運命はその決定にかかっていると言っても過言ではない。

 

現在共和党指名争いを争う候補者の一人、ミシェル・バックマンは名実共に保守である。 バックマンの最近の著書「Core of Conviction = 信念の核」は素晴らしい本である。 なぜならば保守の精神の何たるかがバックマン女史の生き方において語られているからである。 保守を名乗る者すべてに読まれる価値がある本である。 

 

知恵に溢れた文章の中から以下を抜粋する。

 

 

政府の支出と社会福祉について

 

The Democratic administration (Carter presidency) was running big deficits while telling the Federal Reserve to print money without value behind it to make up those deficits.  Do we see a recurring pattern here?  That is, too much government spending, so government pays for its binge by firing up the printing presses.  That means a reduction in the value and the soundness of the dollar; in other words, theft by government.

(バックマン女史が20代前半の頃)カーター民主党政権が巨額の負債を垂れ流す傍ら連邦準備銀行はその負債を埋め合わせるために後ろ盾無しのドル札を刷りつづけた。 現在の状況と同じである。 政府はカネを使いつづけ、そして必要なカネを刷りまくる。 その結果は? ドルの価値の下落、健全さの喪失 それは政府による窃盗である。

 

I would willingly save and invest that money by setting it aside.  Instead, I later found out, the government wasn't investing my retirement money for my best interest; it was taking my money and spending it on current recipients, providing no guarantee of return on investment.

私は(社会保障制度について)政府を信頼し、政府に進んで金を託した。 しかし後に知ったのは、政府は私の利益のために私が託した金を投資すらしていなかったそれどころか、それを現在の受給者のために使っていた私が託した金を私に返す当てなど無しに、である。

 

注)だから、政府による社会保障政策などというものは「政策」ではなく「詐欺」以外の何物でもないのである。 その国家的詐欺を温存し、その存続のために消費税増税や累進課税の強化を行おうとしている日本は発狂寸前である。 いや、すでに発狂を通り越してこん睡状態にある、とでもいうべきか。 

 

国防について

 

I want a small government and a big defense.

私は小さな政府と大きな国防を欲する。

 

"The first duty of the sovereign," Adam Smith wrote more than two centuries ago in The Wealth of Nations, is "protecting the society from the violence and invasion of other independent societies."  And the protection requires military force.

主権国家の第一の義務は何か - アダム・スミスは著書「国富論」にて述べた - 他の独立主権による暴力と侵略から社会を防衛することである、と。 そして、防衛とは武力を要するのである。

 

(About 1970's US policy) It was foolish to depend on the nuclear doctrine of mutual assured destruction (aptly called MAD).  Instead, we should figure out how to shoot down enemy missiles fired by the USSR or other potential enemies.  Such a defensive capacity could save not only many millions of American lives but also many millions of Russian lives.

70年代の宥和外交を批判し)「核兵器による勝者なき破壊」理論に頼る外交を展開する行為は愚かであった。 我々はむしろ、ソ連や他の敵対国家が発射するミサイルをいかに撃ち落とすかを考えるべきであった。 そのような防衛力は数百万のアメリカ国民、そしてまたロシア国民をも、危機から救ったはずである。

 

… Yet I knew that such deliberate fatalism about technological potential was ridiculous, because if antiaircraft weaponry could be made to work - as it had worked successfully as far back as the Second World War - so too could antimissile weaponry be made to work during the cold war.

しかし、我が国は長らくそのような技術を諦めるという愚挙を犯しつづけた。 私はそれを愚かであると確信していた。 なぜならば、第二次大戦の時点で地対空ミサイルは既に実用化されていたわけである。 ならば数十年が経過した冷戦時代にミサイルを撃ち落とすのが不可能であるなどと何故言えただろうか? 

 

注)日本はアダム・スミスの言うところの主権国家の第一の義務を放棄しているわけである。 その国家が環境対策だの少子化対策だの景気対策だのとのたまうのだから笑止千万である。

 

 

自由市場経済について

 

(About Stillwater's timber industry)This process might be called an example of the "spontaneous order" that the economist Friedrich Hayek was later to describe so ably.  That is, it's the process of thousands of people cooperating with one another for the benefit of all - and no bureaucrat in some faraway place could have made this system work so effectively. 

かつて材木産業が栄えたスティルウォーターは経済学者フリードリヒ・ハイエクがいみじくも「自発的秩序」と呼んだ原理を地で行くものであった。 数千もの人間が全員の利益のために協力する仕組み 遠く離れた政府・官僚機構がいかに知恵を絞ろうが、その仕組みを彼ら以上に効率的に運営することは出来るはずもなかった。

 

Transparency is vital in any government operation other than one involving national security, and Geithner and the Fed had been anything but transparent.

透明性こそ、国防以外の政府運営における要である。 ガイトナーと連邦準備銀行のやり方は正にこの透明性の欠如そのものであった。

 

The act of hiring is a matter of faith - faith in possibilities, faith in the future.

人を雇う行為とは信頼である。 それは可能性に対する信頼、そして将来に対する信頼である。

 

注)最近政府の方針で決まった「富裕層への課税強化」はまさしくここで言われている「将来への信頼」の反対である「将来への不安」をひたすら冗長し強調しているのである。 ビジネスチャンスを見極めて大胆な投資を行い人を雇用して成功を収めんとする立場の人たち、すなわち富裕層を、その気にさせるのではなく、逆に今ある財産をどう守るかに汲々とさせるのが増税である。 すなわち、愚かこの上ない、ということである。

 

 

医療について

 

(About Obamacare) That is, instead of ordering a la carte, you have to buy the prix fixe - as determined by the government.

(オバマケアを批判し)この法案は、患者が医療行為を自身の必要に応じて単品で注文するのではなく、政府・官僚機構が恣意的に選んだ医療プログラムを否応なく受け入れること、それを強要するものである。

 

Universal coverage, in other words, no matter how complete - no matter how many mandates are imposed - won't do what only medical science can do.

国民皆保険がいかに完璧にプログラムされ、いかに法的に強制力を持とうが、それが出来ることは医学が成し遂げたことに対して遠く及ぶものではない。

 

As always, the real driver of health costs is illness itself.  Illness is what costs money, and so the most effective way to reduce health costs is to make illness cheaper.  And illness can be made cheaper only by prevention and cure. 

常に医療コスト高騰の原因は病気そのものである。 病気があるから金がかかるのであり、医療コストを下げるに最も効果的なのは病気そのものを安くしてしまうことである。 そしてそれは予防と治療によってのみ可能となる。

 

Under bureaucratic control, the only way to lower costs is by rationing - that is, by imposing arbitrary limits on medical care.

政府・官僚機構の管理下における医療コスト抑制は医療サービスの恣意的な配給化によってのみ可能となる。

 

Indeed, it's heartless, but true: Rationing treatment and promoting suicide of the gravely ill - or the merely inconveniently ill - would lower government's cost at the expense, of course, of our lives and well-being.

これは実に非情な事実である。 医療行為を配給化し、重篤な患者に自殺行為を勧める。 それによって政府はコストを抑えるが、同時に、我々の命と健康を犠牲にすることは避けようがない。

 

How much are we spending today on his once - dreaded scourge of playgrounds and swimming pools?  Virtually nothing.  The scourge is gone, at least in the United States.  That's because the vaccine made the disease (Polio) disappear.

今、かつて遊び場やプールで簡単にかかってしまう病気として恐れられた小児麻痺に、我々は幾らの金を費やしているだろうか。 ゼロである。 少なくともアメリカにおいてこの病気は根絶させられている。 ワクチンによってこの病気が根絶やしになったのである。

 

If we could push back the onset of the disease (Alzheimer) by even a few years, we could dramatically reduce the costs of maintenance and care.  If we can be healthier, if we can work longer, and if we can retire later, the nation thereby saves vast sums of entitlement money.

もしもアルツハイマーの発症をあと数年遅らせることができたならば この病気に関わる医療コストを大幅に引き下げることが出来るはずである。 我々がより健康になり、より長い年数働き、より遅くリタイアすることで、福祉にかかる支出を大幅に下げることが出来るはずである。

 

注)国民皆保険、政府による医療への介在が当たり前となった日本においても、少しでも脳味噌が残っている人間にとって上の言葉はハンマーのように響くはずである。 年金同様、政府による医療保険も詐欺である。 しかも人の命にかかわる詐欺であり、国家的犯罪である。

 

 

共和党について

 

That's a lot of "against."  So what were we for? ….. We were for lower taxes.  We were for individuals making their own health-care decisions.  We were for the freedom to reduce unemployment by not taxing investment money away from job-creating businesspeople.  We were for a constitutional vision of personal liberty.  We were for a strong America, confident in its essential values.  We were for standing up for our treasured allies….

我々共和党員は「何でも反対」と言われる。 我々は何に「賛成なのか」。 我々は税金を下げること、各自が自身の医療に関する決定をすること、雇用創出者である企業家が行う投資に対する税金を無くして失業率を下げること、個人の自由に対する憲法の理念、自らの価値を信頼する強いアメリカ、大切な同盟国と共に立ち上がること これらに対して我々は賛成である。

 

注)日本のメディアやジャーナリズムはアメリカの左翼メディアを無批判に再生産することで偏向報道をし続ける。 共和党イコール保守ではない。 しかし共和党は多かれ少なかれ保守派の党でありつづけた。 保守派あっての共和党である。 逆ではない。 バックマンが主張しているのは共和党に力を与え続けてきた保守の精神である。

 

 

社会福祉や社会保障が政府の一番の仕事だと信じて疑わない人間が多い日本において、武器を放棄すれば平和が訪れると信じる人間が多い日本において、社会の問題が市場経済によってもたらされていると信じる人間が多い日本において、上記の言葉は実に新鮮な響きを持つ。 ゆえに貴重な書である。

 

 

参考

Core of Conviction: My Story

 

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