人生の目標

  • 2012.02.12 Sunday
  • 12:12
 

人々が人生の目標を「長生きすること」と考えるならば、より良い社会になるはずである。 なぜならば、そのように考えた瞬間から守るものが生じるからである。 個人が自分自身と自分の所有物を守り大切にするというのは良いことである。 なぜならば、それは他人とその所有物の権利を認めるということにつながるからである。 所有する権利、それなしには市民社会はあり得ないからである。

 

長く生きるためには収入がなくてはならない。 だから今の仕事を大切にする。 今置かれている仕事を守ろうとする。 同時に今与えられている仕事が将来無くなるかもしれないから自分の見識、知識、能力を少しずつ高めていこうとする。 自然と自制心が働き、行動が抑制され、責任ある態度が生まれる。

 

長く生きるためには資金が必要である。 だから余計なことには金を使わず、貯められるものは貯めておこうとする。 ある程度金が貯まればそれをどうやって安全に確保するかを考える。 安全な通貨、安全な投資先、安全な物品や物件を検討するようになる。

 

長く生きるためには健康でなければならない。 不健康であればそもそも長く生きられないし、生きたとしても苦しさを伴う。 体は一度壊れると機械のように修復できないから若い時から中年にかけての健康管理が大切になる。 煙草は論外、暴飲暴食は控え、適度な運動に励むようになる。 より長く生きるにはより高度な治療技術と医薬が必要になる。 それらを生み出すのは病院と製薬会社である。 彼らが生み出すサービスはひとえに医療従事者の勤勉さと資本主義の競争原理の賜物である。

 

長く生きるためには家族が必要である。 人間は一人で長く生きられるものではない。 人間が最後に頼れるのは国家でも政府でも社会でもない。 家族である。 だから仕事に追われていても、外での付き合いがあっても、ほどほどにして家庭生活とのバランスを取ろうとする。

 

長く生きるためには良き社会が必要である。 人間は孤島で生きるわけではない。 50年〜100年という間生きるうちに社会は変貌を遂げる。 20世紀から21世紀にかけて生活物資は豊かになり生活は便利になった。 しかし同時に社会に希望を持てずに自殺する人間も増えた。 今後50年、60年、70年先に向けてどのような社会に生きたいか。 良き社会とは何か。 良き社会における個人と社会、政府、国家の関係はどうあるべきなのか。 そういったことを日々考えるようになる。

 

人生長く生きるだけでは意味が無い短くても太く生きる老いるまで生きたくはない、若い人生を生き切って死にたい という考えが時々もてはやされる。 スパイスのように耳には心地よく響くかもしれないが、この考えから良い行動が生まれることはない。 全てがその場その場となる。 投げやりになる。 思慮に欠け、思いやりに欠け、攻撃的になる。 「この世には良いも悪いも無い刺激さえあれば良い」 芸能人がよく麻薬に走るのは芸能界がこの考えを体現する世界だからである。 一発芸でスターになり、数か月後には消えていく。 新しくスターが生まれ、消えていく。 そして後には何も残らない。

 

長生きを人生の目標とすることを「年寄りじみた考え」と感じるとすれば、それは勘違いに他ならない。 発展には土台が必要である。 土台は無からは生まれない。 土台とは現在であり、過去である。 土台を確保するということは現在と過去を守るということである。

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