太陽光・風力発電はなぜダメなのか

  • 2012.06.13 Wednesday
  • 22:14
 

太陽光や風力発電の技術が徐々に向上しつつあるというような報道を目にする。 それらは事実ではあっても真実ではない。 いかなる技術的進歩があろうとも、地下資源がある間は、すなわち今後数百年間は、それらが主要なエネルギー源となることはあり得ない。 それが真実である。

 

何故あり得ないのか。 アメリカ、ヨーロッパ、日本など各国で政府主導で何年もかけて巨費を投じているにも関わらずいまだに全体の発電量の2%にも満たない現実からも「あり得ないこと」は常識的に推測出来る。 しかし更に言えば、物理的に不可能なのである。

 

エネルギーとは蓄積された力である。 地下資源とは、2億年前から6百万年前に地球上を跋扈していた大小の動物だの植物だのが堆積したものである。 2億年近くもの間、現在我々が目にするいかなる生物よりも遥かに巨大な恐竜という動物が生き、そして死んでいった。 彼らは生き、そして死に、朽ち果て、それが長い長い間を経て地中に堆積していった。

 

数字で見れば、我々人類が生きて来た年月などいかに問題にならない程小さなものであるかが分かる。

 

恐竜が生きた時代は

200,000,000年前(2億年前)から6,000,000年前(6百万年前)

その間約194,000,000 = ほぼ2億年

 

人類の最初をクロマニヨン人とすると

200,000年前(20万年前)

 

194,000,000÷200,000=970

 

最古の人類とされるクロマニヨン人の時代から現在までの歴史を千回も繰り返すほどの長い期間にわたって生息した恐竜やその他の動植物の死骸が堆積して石化エネルギーとなったのである。 それら動植物に生命を与え続けたのは太陽の光である。 現在我々の生活を支えているのは、これだけの長い時間をかけて蓄積され圧縮された「力」だということである。 

 

かたや太陽光発電や風力発電というのは、「今ここにある」エネルギーを使おうという考え方である。 過去からの蓄積ではなく、「この瞬間ここにある」ものだけであるから当然弱いはずである。 効率が悪いのは当然なのである。 逆に言うと、太陽の光が「適度に弱い」から植物も動物もその下で生きられるのである。 水星のように熾烈な太陽光を浴びれば生命体は生存することは出来ない。

 

太陽光も風力も、壮大なる無駄である。 どれほど研究が進もうとも、実用レベルに至ることは絶対に無い。 民間の研究者や企業が可能性を追求するのは勝手である。 夢が見たいのであればそうすればよいのである。 しかしこの試みに税金を使うのは犯罪である。

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