「体罰で自殺」メディアの誤報

  • 2013.01.16 Wednesday
  • 22:07
 


Jiji.com
大阪市立桜宮高校2年のバスケットボール部主将の男子生徒(17)が顧問の男性教諭(47)から体罰を受けた翌日に自殺した問題で、市教育委員会は15日、同校のバスケ部と体罰問題の再発が発覚したバレーボール部について、無期限の活動停止とした上で、1カ月以内に体罰の有無に関する実態調査を終え、両部の存廃も含め活動再開を検討すると発表した。 市教委は同日、永井哲郎教育長を本部長とする「体罰・暴力行為等対策本部」を設置した。調査対象は市立小中高の全466校。5人の弁護士からなる外部監察チームと連携して調査を進め、桜宮高校を除く学校については、3月末までに実態把握し、再発防止策をまとめる。(2013/01/15-23:55)

 

 

自殺をした少年と家族は気の毒である。 大切な子供を失ったうえに無責任なメディアにあることないこと書き立てられ、気の毒なことである。 翻って、この事件を報道する左翼メディアというものは亡骸の肉をつつきに飛んでくるカラスのようなものである。 事実を報道するならば、そこまではよい。 だが彼らはそこに留まることはない。

 

左翼メディアの報道では顧問の教師が少年に加えた体罰によって少年が自殺したことになっている。 私はこの学校も知らないし、この先生も知らないし、この生徒も知らないし、バスケットボールにも全く興味ない。 だがこの報道が事実無根であるということを知っている。 なぜならば、常識の目をとおして物事を眺めれば自ずと真実が浮かび上がってくるからである。

 

少年は体罰で自殺したのではないし、ましてや、どこぞのアホがのたまうように「精神力が弱いから」自殺したのでもない。 体罰は受けるほうはしんどいものである。 だが、それを苦に自殺はしないものである。 体罰ごときで生徒が自殺するならば鉄拳やビンタや鞭がうなりをあげていた戦前・戦中の日本の学校は自殺だらけであったはずだ。

 

自殺した生徒はスポーツ推薦で入学し、強豪バスケットボール部に入った。 顧問の先生としては「強豪チーム」の名に負けない成績を上げることを学校から期待され、また「強豪チーム」へ子供を送り出す親の期待も背負っているわけだから必死である。 多少の「物理的手段」に訴えるのも当然である。 

 

このような責任を負った先生がいじめ心でチーム員に暴力を振るうはずがないのである。 少年は体罰によって鍛えられるのであり、体罰によって真剣さを知るのであり、体罰によって痛みを理解するのであり、体罰によって耐えることを学ぶのである。 体罰とは愛であり、知性であり、学びである。 優れた教師とは体罰の技を心得たる者である。

 

少年は「逃げ道の無さを苦に自殺したのであって体罰が殺したのではない。 少年が自殺前に体罰を苦に思う内容を綴っていたとしても、である。 厳しさについていけない…だがもう少し踏ん張る。 それでもよい。 厳しさについていけない…もう限界だ、別の道を歩もう。 それでもよい。 生き方は一つではない。 挫折してもよいのである。 別の道で挽回すれば。 だが少年にはその道は閉ざされていた。

 

スポーツ有名高に推薦で入り、強豪チームにはいり、そこで挫折したら退学しかない。 退学したら転校はない。 高等学校の転校は親の転勤による引越ししか認められていない。 スポーツで挫折したから転校したいといっても受け入れる先はない。 とすれば行き着く先は「中卒」である。 小卒でも中卒でも会社に入って上に昇っていけた明治、大正、昭和初期ではない。 全てが制度化され、経済は縮小する一方。 レールから外れた人間に与えられた選択肢は益々少なくなっている。 少年はその雰囲気を感じ取って自ら命を絶ったのである。

 

学校制度と資本主義の精神・自由競争の原理とは水と油である。 カリキュラム、教科書、教員、施設、あらゆるものが政府によって規制されている。 どれほど優れた人生経験を持った人が私塾を開いてもそれは学校とは認められない。 どれほど知識豊富な教師が優れた愛国的歴史教育を行っても文部省の方針と違えれば教育とは認められない。 生徒が行ける学校、受けられる授業、出会える先生は、自ずから決まってくる。 教える側にも、教えを受ける側にも、選択の自由は無い。 レールから外れて、あるいは外れそうになってもがく生徒達の絶望感は想像するに難くない。 大きな政府の予期せぬ結果、というか、起きているのに気づかれない結果である。

 

左翼メディアはあらゆる機会をとらえて我々の社会の良きものを破壊する。 社会は左翼メディアのプロパガンダにまんまと騙される。 そしてその欺瞞がいつの間にか慣れとなり、常識となり、事実となる。 しかし我々心ある保守はそのような流れに組するべきではないし、目を閉ざすべきでもない。 あらん限りの手を尽くして声を上げるべきである。 未来の日本の世代のために。

 

追記

体罰を復活し、復権させるべし

コメント
何ら問題を起こしたわけでもない生徒に対し、自分の名誉という私利私欲のために暴行した(私は体罰とは呼ばない。明らかに犯罪だから。)人物を保守と言う名の下に擁護する管理人に対して吐き気を覚える。
保守と暴力的な教育とは関係ないものだ。

言うまでもなく、真っ当な教師は暴力なぞ使わずとも生徒の指導はできるものだ。暴力を使う教師は自分の指導力のなさを棚にあげているのである。

もし、どうしても暴力でもって教育が可能だというのなら、管理人氏の歪んだ思考を正すために是非とも暴力を使わせていただきたいものである。
有効なんですよね。
  • 怒り
  • 2013/01/22 9:44 PM
追記しておこう。管理人氏はこう言う。
「体罰ごときで生徒が自殺するならば鉄拳やビンタや鞭がうなりをあげていた戦前・戦中の日本の学校は自殺だらけであったはずだ。」
戦前や戦中にどれだけの暴行が行われていたかは知らない。根拠があるのかどうかも知らない。もしそれが事実だとしよう。周りの人間が日常的に暴行されていたのであれば、それこそ自殺なんぞ行われないだろう。それが「当たり前」だったのであれば。
一般社会(友人が通っていた学校でも)において暴行が異常であったからこそ、被害者が自殺したのではないか。

どうでもいいが、管理人氏は、自説に都合の悪いことは左翼のせいで、都合の良いことは保守の考えであると何でも思い込んでしまうようだが、ちょっと単純すぎるように思われる。
  • 怒り
  • 2013/01/22 10:05 PM
体罰のある学校が正しいと思う人たちが、お金を出し合って、体罰のある学校を作るのは、その人たちの自由。
しかし、その学校を維持するために、体罰のない学校を正しいと思う人たちからも、強制的にお金を取ることは間違い。

体罰のない学校が正しいと思う人たちが、お金を出し合って、体罰のない学校を作るのは、その人たちの自由。
しかし、その学校を維持するために、体罰のある学校を正しいと思う人たちからも、強制的にお金を取ることは間違い。

しかも、その支払いを拒否したならば、牢屋に入れられるという「体罰」を受ける。
これが、一番間違っている体罰。
  • muu
  • 2013/01/23 5:10 PM
再び追記(しつこくてすみません。
まず、記事を紹介しよう。



http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/01/11/kiji/K20130111004952330.html

注目したのはここ。
『市教育委員会によると、生徒は昨年12月22日、午後9時半ごろ部活動から帰宅。母親に「お弁当おいしかった」と言う一方で「今日もいっぱい殴られた。30発から40発かな」と話した。(中略)
自殺する5日前にも「10発ぐらい殴られた」と母親に打ち明けていたという。体罰について顧問は、市教委に「数発叩いた」と説明。自殺した生徒が両親に明かした話とは食い違っており、市教委は当時の経緯について、さらに詳しく調べる。大阪府警も暴行容疑などを視野に捜査を開始した。(中略)
生徒は、体罰があった翌日の12月23日に自宅で首をつって自殺。生徒の母親は校長に対し「遺体は頬が腫れ、唇が切れている」と伝えた。母親は葬儀の際に顧問に対し「これは体罰ではないか」と問い、顧問は指導を超えた体罰だったと認めた。』

結局、容疑者(敢えてそう言わせていただく)本人が体罰と認めたので、当然メディアの誤報でも何でもないのだがそれはまあいい。

今回も含め、体罰事件に共通するのは、体罰によって生徒が死ぬと、体罰を行った教師たちは暴行の状況を過少に申告するのだ。
 もし本当に、自分の体罰は教育として正しいものだというのなら、堂々と正直に主張すればよいのに、実際のところ、誰もがこそこそ嘘をついて、言い訳ばかり繰り返すのだ。実に見苦しく卑しい行いである。

更に言えば、今回の暴行犯もそうだが、教育のための体罰と主張する連中は、被害者の顔や頭部など、一つ間違えれば命にも関わるところを暴行することが多い。相手のことなど全く考えていないからに違いない。

ちなみに、muuさんのおっしゃることはごもっとも。
こういう事件がよく発生するのは、市場原理の働きにくい公立校が多い(多分)ことは不幸であると勝手に考えている。
  • 怒り
  • 2013/01/23 8:14 PM
おう怒屋長介くんよ、いろいろ書いてくれるのはいいが、俺は一般メディアは信じないのだよ、ましてや「スポニチ」なんぞ。

Muu様
仰ることは一理あると思いますが... 私が主張したいのは、「体罰禁止」という教師と生徒との関係に介在する政府権力を撤廃すべき、ということです。
  • ConservativeBlogJapan
  • 2013/01/23 11:35 PM
まぁどうでもいいスポニチの引用部分という些細な枝葉部分にしか突っ込めないんですな。
体罰を容認しないのは左翼思想だなんていう珍論の論拠はどこにあるんですかね。確か「間違った思想」の持ち主を強制労働という体罰で矯正させようとしていたのは旧ソ連や北朝鮮だったかと思うんだけど(笑)。
  • 怒り
  • 2013/01/24 12:35 AM
怒屋長介くんよ、体罰と強制労働の違いをまずは知ることだぜよ。 そして教師による教育と国家による「教育」の違いを知ることだぜよ。 まあ、これからもよろしく頼むぜよ。
  • ConservativeBlogJapan
  • 2013/01/24 9:00 AM
なぜ、キャップテンをやめれなかったのかである。
  • 番組
  • 2013/12/13 1:32 PM
>体罰ごときで生徒が自殺するならば鉄拳やビンタや鞭がうなりをあげていた戦前・戦中の日本の学校は自殺だらけであったはずだ。


戦時中は、子供が自殺しても報道すらされませんよ。当時の自殺者がどれほどいたのかはっきりしたデータも存在しないのではないでしょうか。

それに、管賀江留郎氏の「戦前の少年犯罪」や森口朗氏の「日教組」などに書かれていますが、体罰が多かったのは戦時中から昭和50年代までであって、日本は寺子屋の時代から体罰無しで高い教育水準を築き上げてきた国だと思いますよ。

(URLをご参照ください)
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