Hillsdaleの教え 「利益 - この素晴らしきもの」

  • 2013.11.25 Monday
  • 01:24


我々の思考はしばしば囚われの身となる。 「カネは汚い」「儲けはあくどい」という観念が我々の思考を呪縛するのである。

 

利潤、利益、儲けこれらは何なのか。 Hillsdale Online 経済学初歩コースで教鞭をとるDr. Gary Wolframは次のように教える。


 

利益とは素晴らしきものである:

「利益を上げる」ためには、人や企業は資源を使わなければならない。 そしてその資源以上の価値を商品やサービスに付加しなければならない。 そしてその商品やサービスは人々の役に立ち、人々を喜ばせなければならない。 ある人や企業が「利益を上げた」のならば、それはその人や企業が作り出した商品やサービスが良いのものであったことに他ならない。


 

利益はシグナル:

ある企業Aがある商品で利益を上げているとする = 供給曲線S、価格PE、供給量QE。 するとそれを見た他の企業が我もと参入する。 その結果、供給曲線は右にシフトし、価格は下がり、供給が増える  = 供給曲線S1、価格PE1、供給量QE1。 企業Aが利益を上げたおかげで我々はより多い品ぞろえの商品をより安く買うことが出来るのである。 

 

逆に、この企業が損失を出している。 するとそれを見た他の企業は業界から撤退を開始する。 その結果、供給曲線は左にシフトし、価格は上がり、供給が減る = 供給曲線S2、価格PE2、供給量QE2。 企業Aが損失を出すような商品・サービスをうまくこなせる企業は少ない。 資源はより少なく使われることになるわけである。


 

利益は継続的な改善・革新をもたらす:

革新、イノベーション言うは易く行うは難し。 なぜならばリスクが伴うからである。 いまや誰もが持つ携帯電話。 それを開発するために、企業は何十億という金を投資し開発研究にしのぎを削った。 現在のように持つのが当たり前の時代ではなく、本当にそれが「当たる」のかどうなのか、定かでない時に、である。 では、何のために企業はイノベーションを追求したのか? それは「利益」に他ならない。


 

利益こそが意欲を掻き立てる:

革新的な商品やサービスを創造するために人や企業はリスクを背負って日夜仕事に励む。 それは「利益」という強烈な動機があるからである。 アイフォンがあるのは「利益」という動機に突き動かされたスティーブ・ジョブスと彼の仲間達の努力のおかげである。

,△訃ι覆凌裕い高まり、需要が増える。 需要曲線はD1からD2へシフトする。 △修譴鉾爾辰堂然覆上がる。 価格が上がれば利益も増大する。 それを見た実業家や起業家達は「もっと良いもの」を引っ提げて参入する。 げ然覆魯哀辰伐爾り(PE2)、商品はどこでも手に入るようになる(QE2)

逆もまた然りである。 ,△訃ι覆凌裕い低迷し、需要が下がる。 需要曲線はD1からD2へシフトする。 △修譴鉾爾辰堂然覆下がる。 価格が上がれば利益も縮小する。 それを見た同業者は「もっと儲かる商売」を求めて市場から撤退する。 げ然覆肋緇困(PE2)、商品は限られた専門店でしか見られなくなる(QE2)


 

中央政府や中央官庁のお達しや勅令や指導など無くても利益というシグナルによって市場は敏感に反応するものである。


 

独占・寡占:

利益は人や企業を惹きつける。 利益あるところに人や企業が集まり、供給は増え、価格は下がる。 だが、そこに政府が介在し、規制などで新規参入が阻まれれば、そこに独占や寡占が生じる。 企業の創意工夫、努力、革新による独り勝ちは独占・寡占ではない。 独占・寡占は政府事業か政府による規制によってはじめて出現する現象である。


 

利益への課税をするとどうなるか:

,△訃ι覆亮要が高まり、需要曲線が右にシフトして、価格が上がる。 しかし「金持ちから金を取れ!!」の大合唱の中、法人や高額所得者への増税が決まったとする。 すると「もっと良いものでお客様を喜ばせ」、そして「儲けよう」という強い動機は消える。 供給曲線は右にシフトせず、あるいはしても小さい幅にとどまるため、価格は上げどまり状態となる...

 

利益とは「人をどれだけ喜ばせたか」「どれだけ人の役に立ったか」のバロメーターに他ならない。 ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブス、マーク・ザッカーバーグが大富豪なのは、彼らがウィンドウズ、アイフォン、フェイスブックという商品で世界中の人々を喜ばせたからに他ならない。 彼らの人種も、性別も、宗教も、生い立ちも、顧客にとってはどうでもよいことである。

 

馬車の歴史は紀元前に遡る。 それから実に約3千年以上ものあいだ人は馬車に乗り続け、ようやく蒸気自動車が現れたのが18世紀、そして19世紀にガソリンエンジンの自動車が開発され、20世紀に入ってアメリカのフォードが自動車の大量生産に乗り出した。 いまや自動車はエレクトロニクス技術の集合体である。 努力・改善・革新が「利益」で報われる自由経済システムの恩恵を、現代に生きる我々は受けているのである。 そのシステムが今、危機に晒されている。


経済を知らずに自由人たることは可能である。 しかし経済を知らずに自由を知ることは出来ない。 ましてや自由を守ることなどできようか。 我々は自らの思考を呪縛から解かなければならない。

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