イラク・ファルージャ、アルカイダの手に

  • 2014.01.12 Sunday
  • 16:48
 

ファルージャがテロ組織・アルカイダの手に落ちた。 イラクの「ベトナム化」がここに完結した

 

まだアメリカがイラク戦争を遂行していたときから反戦派(主として民主党)は「イラクはベトナム戦争の二の舞だ」と叫んでいた。 彼らの言葉は現実となった。 彼らが正しかったのではない。 彼らが再び凌駕したのである。

 

ベトナム戦争においてアメリカは勝利した。 北ベトナム・ベトコンは完膚なきまでに叩かれた。 このままではベトナムから追い出されると追い詰められた北ベトナムはパリの講和条約に飛びついた。 北ベトナムはもう南ベトナムを侵略しないことを約束し、ソビエト連邦が北ベトナムに一丁の武器を供給すればアメリカが南ベトナムに同様に一丁の武器を供給するという一種の膠着状態が停戦の条件となった。

 

その後共和党のリチャード・ニクソン大統領がウォーターゲート事件で政権を負われ副大統領だったジェラルド・フォードが大統領に就任。 ソビエト連邦は北ベトナムに武器を供給し続けたが、民主党が多数を占める議会はフォード大統領が南ベトナムに武器を供給するのを阻んだ。 アメリカが南ベトナムを守る意思が無いと判断した北ベトナムは南への侵略を開始。 1975年にサイゴン市(現ホーチミン市)が陥落し、ベトナム全土が共産主義者の手に落ちた。 共産主義はラオス、カンボジアへと及び、カンボジアでではポルポトによる大虐殺が行われた。

 

ベトナム戦争では58,000人、イラク戦争では4,487人の米軍兵士が戦死した。 イラク戦争では米軍だけでなくイギリスをはじめとする各国の兵士が参加し、少なからぬ数の兵士が犠牲になった。 日本からも自衛隊が参加した。 戦地に赴いた兵士達の胸中には祖国と祖国の家族の安全のためという思いがあったはずである。 社会の大多数の人間は戦争とは無縁である。 それは自ら志願して軍隊に参加する極少数の人々がいるからである。 戦地に散っていった多くの若き兵士達は志願せずに平穏に暮らしておれば60年も70年も生きられたはずである。 家族、友人、愛する人々の思いはいかなるものであろうか。 これ以上に高度な犠牲があるだろうか。

 

オバマ大統領の頭にあったのはイラクから撤退することだけであった。 国家の安全も、戦争への勝利も、そして明らかにこれらの兵士達が払った犠牲も、何も無かったのである。 オバマ大統領はアフガニスタンからの撤退を急いでいる。 2014年には軍の撤退を完了させるという話もある。 1970年代の民主党議会、そして現在のオバマ民主党政権。 何も変わっていないのである。 共和党政権が成し遂げた成果を民主党政権が台無しにする。 その繰り返しである。

 

現在の世界情勢は1970年代と不思議な類似点がある。 迷走するアメリカと混乱する世界。 弱いアメリカと増長する敵対勢力。 違うのは、当時の敵はソビエト連邦という大帝国であったのに対し、現在自由世界に住む我々が直面している敵対勢力は遥かに多様で複雑だということである。 スンニ派イスラム、シーア派イスラム、中国、ロシア、北朝鮮敵の敵はやはり敵。 どちらの敵が現在より危険かどちらの敵が将来の脅威となるか...

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>

time

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM