救世主気取りのケリーにヤーロン国防大臣が鉄槌を下す

  • 2014.01.15 Wednesday
  • 23:14
 

アメリカのジョン・ケリー国務長官がここのところせっせとイスラエル詣でをしてパレスチナ国家建設のために奔走している。 「アラブの冬」となった「アラブの春」、ベンガジ事件、イランへの妥協、オバマ政権の外交は惨めの一言に尽きる。

 

イスラエルのネタニヤフ首相はオバマとケリーに気を使ってか、パレスチナ国家建設を前向きに進める、というようなことを言っているが、国防大臣モシェ・ヤロンは最近「ケリーの異様な執着と救世主気取りは理解不能だ、彼の提案の価値はそれが書かれている紙以下だ」と側近に漏らした。 その言葉は非公式な場で発せられたが、それがイスラエルの新聞、イェディオット・アーロノットにすっぱ抜かれた。 アメリカ国務省が逆上してネタニヤフ首相に抗議し、ヤーロンはケリーに侘びをいれるに至った



 

米・国務長官の地位にある者が他国の問題に首を突っ込む。 「国」が存在する必然性が全く無いところに国を作ろうとする。 そのために国費を使って何度も外遊をする。 これは確かに異様なことである。 見方によっては犯罪的である。

 

パレスチナには国として存在するための正当性が完全に欠落している一方、国として存在することの害悪は明白である。

 

世界の歴史上「パレスチナ」なる国家が存在したことはなかった。 パレスチナの地を支配したのは、ユダ(古代イスラエル)ギリシャ、ローマ、シリア、トルコ、そしてイギリスであった。 イギリス統治下のパレスチナで独立運動が起こり、1948年に現在のイスラエル国が建設されたのである。

 

世界の歴史上「パレスチナ人」という民族が存在したことはなかった。 1948年にイスラエル国が建設される以前、「パレスチナ人」といえば、それはパレスチナの地に住むユダヤ人を意味した。 現在のパレスチナ人が「パレスチナ人」になったのはイスラエル国が建国されてからである。

 

パレスチナの地に「ユダヤ人が流れ込んできた」などと言われ、あたかもユダヤ人は最近やってきたかの勘違いを与える記述がしばしばある。 実のところ、有史以来パレスチナの地にユダヤ人が絶えた事はなかったのである。

 

では現在の「パレスチナ人」とは何なのか、といえば、彼らはイスラエル独立戦争のときにエジプトやヨルダンから流れてきたアラブ人である。 アラブ諸国のリーダーは、民衆に言った。 イスラエルを消滅させ、ユダヤ人を追い払って土地をアラブ人に与えると。 しかしあいにくイスラエルが勝ってしまった。 やってきたアラブ人は帰るに帰れずガザとヨルダン川西岸に留まったのである。 

 

では彼らは本当に行き場がないのか。 下の図を見れば明らかであろう(作者不明、ツイッターで見つけた)。 「行き場」など幾らでもあるのである。 周辺のアラブ諸国が彼らを拒絶しなければ、の話であるが。 ではなぜ彼らは行き場がないのか。 それは周辺のアラブ諸国が彼らを拒絶しているからに他ならない。 ではなぜ周辺のアラブ諸国が彼らを拒絶しているのか。 それは「パレスチナ人」の存在はイスラエル撲滅の切り札だからである。


 

 

強大なイスラエルに虐げられる可哀想なパレスチナ人…

 

そんな「パレスチナ人」の存在が消えてしまえばどうなるか。 国際社会でイスラエルを非難するための口実が胡散霧消してしまう。 イスラエルの領土を侵食する手がかりを失ってしまう。 パレスチナ指導部にとっては彼らの存在の意義そのものが否定されてしまう。 したがって彼らにとっては「パレスチナ問題」は絶対に温存しなければならないものなのである。

 

逆に言えば、周辺のアラブ諸国が「我々がパレスチナ人を引き受ける」と言明し実行すればパレスチナ問題は一瞬で解決する。 しかしそれは有り得ないことである。

 

現在のイスラエルの領土の中にパレスチナ国家が建設されれば、それはイスラエルの死を意味する。 2000年にエフド・バラクが愚かにも撤退した後の南レバノンがどうなったか。 2005年にアリエル・シャロンが愚かにも撤退した後のガザがどうなったか。 テロリストのミサイルロケット発射所となり、ロケットは一般市民を脅かす。 首都エルサレムと商業都市テルアビブは直接砲撃に晒される。 ベングリオン空港で離着陸する飛行機は直接攻撃の対象となる。 イスラエルの旅行産業はもとより商業・工業・農業はたちまち存亡の危機に立たされる。

 

一般にTwo State Solutionと呼ばれる二国解決案をイスラエルに押し付けることによって、オバマ政権のアメリカは(この点ブッシュ政権も無罪ではない)イスラエルに自殺を強要しようとしている。 アメリカから圧力を加えられるたびに「二国解決案の促進」を口にするようになったネタニヤフ首相は危険な領域に立ち入ろうとしている これらの行き着く先には平和は無い。 平和は時として力と勝利によってもたらされる。 中東においてはそれは特に顕著である。

 

 

 

追記:

 

我々はイスラエルと共にある。 これは単なるセンチメンタリズムでもスローガンでもなければ「保守の合言葉」でもない。 携帯やパソコン、身の回りのハイテク技術はイスラエル無しには成り立たない。 アラブ諸国が明日消えても何とかなろう(石油は? アメリカやカナダから買えばよい)。 だがイスラエルが消えれば我々の生活は成り立たない。

 

イスラエルは神が創造した国である。 ユダヤ人は神が選んだ民族である。 イスラエルに反するものは呪われる。 ユダヤを迫害する者は破滅する。 これはイスラエル国やユダヤ人を批判するべからずという意味ではない。 現にここでもかなりイスラエルの政策は批判している。

 

強大なイスラエルに虐げられる可哀想なパレスチナ人… のはずであるが、毎日イスラエルからガザとヨルダン川西岸に物資とエネルギーが無償で供給されている。 パレスチナ人はイスラエルの病院で無料で治療を受けている。 そろそろそれを止めるべきなのではないかと思うが。

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