経済インフラとしての道徳

  • 2014.02.07 Friday
  • 00:29
 

いい年をした変装キチガイが冷凍食品に農薬を混入させて騒ぎになった事件に鑑み、感じることがある。 それは、経済インフラとしての道徳の重要性である。 道徳は大切だ、と漠然と感じるのは良い。 だが、昨今の道徳観念を「古臭い過去の遺物」として馬鹿にする風潮の中で、それが欠落することによる経済的な影響を知ることが大切である。 経済は金のこと。 道徳は心のこと。 金と心は別モノ。 そう考えたら、それは違うのである。

 

この企業では従業員がつまみ食いをすることを許していたそうな。 自由な雰囲気があったということである。 実際のところは分からないが、自分の作る商品を好きになって欲しい、自分の作った商品が美味しいことを確かめて欲しい、そんな意図があったのだろう。 いずれにしても、従業員の自制心への信頼があったからこそ出来たことである。

 

だがメディアはこれを「杜撰な管理」として報道した。 事件が起こってしまった今、この会社も同業他社も、管理を強化せざるを得ないであろう。 管理を強化するということは、自由で朗らかな雰囲気は無くなり、ギスギスとして殺伐としたものになるはずである。 行動を事細かに報告したり記録したり、管理する側もされる側も、やることが増える。 業務は煩雑になり、やることが増える。 すると製造コストは否応無く上がる。

 

しかし人間が作業をする限りにおいては「ヒューマンエラー」は避けられない。 人の動きを監視しようと思えば、それをするのは他の人間であるから、結局はヒューマンエラーが起こりうる。 すると、徹底した管理をしようと思えば人の動きを機械に置き換えるしかない。 機械化で発生するのは莫大な初期投資と人員削減である。 人員削減で最初にターゲットとなるのは当然ながら、非正規労働者である。 非正規労働者であった変装キチガイが犯罪を起こし、そして非正規労働者が大量に解雇されるという、皮肉なシナリオとなる可能性が高い。

 

政府が恣意的に非合理的な放射能基準値を決めて東北の被災地の人々の生活を破壊し、その罪を問われないこの国の非道徳性。 政府が返す当てもない借金をしながら国民に更にたかることを許されるこの国の非道徳性。 政府が維持継続が不可能な公的社会保障で国民を欺くこの国の非道徳性。 国全体を覆うこの非道徳性とこの変装キチガイの個人的な非道徳性。 前者があれば後者もある。 妙な親和性を感じるのである。

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