安楽死… ベルギーを「死神」が行進する

  • 2014.02.15 Saturday
  • 19:29
 

ベルギー、「子供の安楽死」も認める 世界初の年齢制限撤廃 2014.2.14 09:42

【ベルリン=宮下日出男】ベルギー下院は13日、本会議を開き、医師による安楽死を18歳以上の成人に限り認めるとした法定年齢制限を撤廃し、子供にも認める改正法案を可決した。子供の安楽死はオランダが12歳以上を対象に認めているが、年齢制限の全廃は世界で初めてとなる。 本会議での採決は、賛成86に対し、反対44、棄権12だった。改正法案は上院を通過しており、近く国王の署名を経て施行される見通し。ベルギーでは、2002年に成人の安楽死が合法化されていた。    産経ニュースより


 

The New Americanより写真を掲載

 

これは因果応報ということなのか。 大虐殺といえばナチスのホロコースト、スターリンの粛清、ポルポトのカンボジアなどが思い浮かぶが、その前章のようなものがあった。 ベルギーのレオポルド二世(在位1865年-1909年)はアフリカのコンゴを植民地化し、それを自らの直轄支配下におき、天然ゴムをはじめとする資源を強制労働によって搾取しまくった。 結果8百万ものコンゴ人が犠牲となった。 ホロコーストが6百万であるから、これは立派な大量殺戮である。 その後ベルギーは、ヨーロッパの小さな一つの国、チョコレートで有名な国、くらいなイメージに隠れて謝罪の一言も発したことが無い。

 

今日そのベルギーにおいて、「死の文化」が大手を振るっている。 先日、ベルギー・ブリュッセルの議会にて、それまで18歳以上とされてきた安楽死の年齢制限を撤廃するという法案が可決した。 しかも賛成多数である。 ベルギー国民も7割以上が賛意を表しているという。 まさに「民主主義の勝利」というべきか。 多数意見によって、「子供殺し」「子供の殺処分」が合法となったのである。 カトリック教会など反対者の声は「民主主義的意思決定」の前に完全にかき消されてしまった。

 

保険所で野良犬が殺処分されるのは可哀想であるとか、捨てる飼い主は無責任だ、というような話があるが、社会の弱者である子供、声なき存在である子供、保護すべき存在である子供、育てはぐくむべき存在である子供、彼ら子供が、簡単に言えば、野良犬と似た扱いを受けるというこに他ならない。 

 

「何があっても挫けずに、強く、逞しく、しなやかに、そして優しさを持って、生きていってほしい」 それが子供に授けるべき期待である。

 

しかし、生まれてこない方が幸せだった、これ以上生きても望みが無い、死なせたほうが本人にとっても自分らにとっても楽だ、と判断された子供はどのような期待を受けるのか。

 

「XXちゃん、もうダメだよね。 辛いよね。 終わりにしたいよね。 大丈夫、先生にお薬出してもらうからね。 そのお薬飲むとね、ふわーっと眠くなって、XXちゃんそのままお休み―って、らくーになっちゃうんだよ。 すごいでしょ。 じゃあ、先生が質問するから、ぜーんぶ”はい”って答えるんだよ。 分かった?」

 

子供が期待されるのは、国家が決めた殺処分規定に合致するよう、医師の質問に間違えずに答えることである。

 

こうして妊娠中絶でも殺せなかった子供が、いとも簡単に、殺せる世の中が実現するのである。 かつては荒唐無稽だと思われた、そんな社会が飛行機で12時間あればいけるベルギーという国で実現したのである。

 

いや、安楽死はその条件が厳格に規定されているから、むやみに殺すなどあり得ない...

 

そうではない。 いったん安楽死(消極的、積極的を問わず)を認めた社会において、規定された条件など、守られていないのが現実なのである。 今回の法案通過は必要に迫られての改定ではなく、法律が現実に「ついていった」だけである。 現実は坂を転げるかの如くに死への道を突き進み続けているのである。

 

人間にはだれしも欠陥がある。 欠陥の大小は人それぞれである。 欠陥には多かれ少なかれ、苦しみがつきものである。

 

苦しみを無くしてあげたい命を救いたい憎き病気をやっつけたい... そんな動機が医療の発展を支えてきたのである。

 

チェイニー元副大統領。 氏は37歳の若さで心臓発作に見舞われ、急死に一生を得た。 その後も幾度も発作に見舞われた。 しかしそのたびに氏は先端の医療技術で救われた。 氏はアメリカ史上最も偉大な副大統領の一人である。 

 

「苦しみを軽減して命を救う」から「命を奪って楽にする」になるのであれば、医療を発展させてきた動機が根底から否定されることになろう。

 

ベルギー議会前に立つ一人の反対者は言う。 「今我々の国で起きていることは、他の国々は警鐘と受け取るべきだ我々は、もう誰も閉めることの出来ないドアを開けてしまったのだ」

 

 

追記:

国民皆保険制度を採っている国においては、安楽死を促進することによって医療費を削減しようとする動きは否応なく進むはずである。 国家が医療の財布の握る、というのはこういうことである。 国が医療費の面倒を見てくれるから「安心 (^ o ^)」などと考えようものなら、それはとんでもない考え違いである。 国民皆保険制度は世にも恐ろしい非人間的なシステムなのである。

コメント
子供に対する安楽死を認めるというのは
確かにちょっと。。。臓器移植と合わせ技で
虐待死のうえ臓器売買・・・なんて連想してしまいます。

日本でも胃ろうはやめようなんて主張している人います。
医療保険がなければ、胃ろうを続けることができず
栄養失調ですぐに死んでしまうでしょう。

十分お金をお持ちの方は別でしょうけど。

医療保険がなければ「金の切れ目が命の切れ目」になる
と言われますが、皆保険になる前はそういう面が
あったんじゃないでしょうか。

もどるべきですかね、そういう時代に。
  • 侏儒
  • 2014/02/21 2:07 PM
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