自由で勝つ

  • 2014.04.13 Sunday
  • 22:04
 

自由で勝つ... ?  自由は勝つ、じゃないの?

 

そうではない。 自由で勝つ、である。 こういう発想が今ほど必要な時はないのである。

 

我々は中国、ロシア、北朝鮮のように周辺のあからさまに敵対的な国々に対してはもちろんのこと、韓国のような日和見主義(事大主義)的な国に対しても、自由度の競争において勝たなければならない。 それはなぜかというと、自由度とはすなわち経済発展であり、経済発展とはすなわち国力であり、国力とはすなわち国の威信であり、国の威信とはすなわち抑止力だからである。

 

自由でソ連に勝ったのはロナルド・レーガンである。 レーガンはソ連に対して突撃攻撃をしかけたわけでもミサイル攻撃を行ったわけでもない。 レーガンは減税をしつつ規制を撤廃し、国民経済を生き返らせて富を爆発的に増大させた。 その富の一部を軍備増強にまわし、世界最強の軍事力を確立した。 通常兵器を拡充させるだけでなくSDIによってソ連の核兵器を無力化させた。 規制撤廃によってエネルギー開発を推進させ、原油や天然ガスの価格を引き下げた。

 

ソ連経済はすっかり疲弊しており、何もしなくてもソ連は自滅したはずだというのは嘘である。 北朝鮮を見るがよい。 あの国は金日成が若きころから既に疲弊していたが、未だに崩壊していない。 恐怖を基礎とする最悪の不道徳国家が実によく長続きするのである。 ソ連が売りにできたのは(今のロシアもだが)天然資源だけである。 彼らには革新性も創造性も勤労の精神も無い。 土を掘って出てきたものをそのまま売るだけであるから何の付加価値も無い。 天然資源の価格が上がれば潤うが、下がれば収入が断たれる。

 

レーガンは天然資源の価格を引き下げることでソ連の収入減を断つ一方で多額のカネがかかる軍拡競争を仕掛けてソ連を徹底的に追い詰めた。 ソ連は金が続かなくなって崩壊したのである。 ナポレオンやヒトラーがソ連(ロシア)と直接戦火を交え、奥深い国土に侵攻して泥沼にはまり、最終的には敗北を喫したのとあまりにも対照的である。

 

ただ、残念ながらレーガン後はこの政策は引き継がれず、再び原油・天然ガスの価格は高騰し、エリツィン大統領の時代には崩壊状態であったロシア経済はプーチン政権に入って天然資源の収入を後ろ盾にして復活を果たした。 そして今、ロシアの天然資源はヨーロッパ各国にパイプラインで供給されるようになり、ロシアがバルブをひねればヨーロッパが稼働を停止してしまうまでに至った。 彼らはロシアを恐れるあまりクリミア半島におけるロシアの横暴に対して声を上げることすらできずにいる。 一方日本は愚かにも原発を停止させ、石油・天然ガスをロシアから購入することを選択し、円安とも相まって企業や家庭の収支を圧迫するという状況を許している。

 

アメリカ・保守の良心である元上院議員、ジム・デミント氏が率いるヘリテイジ財団というシンクタンクがある。  ヘリテイジ財団は毎年世界各国の経済自由度を行政の透明性、規制の多い少ない、政府支出の大小、個人財産の保護、労働市場の柔軟性、投資の自由、といった複数の角度から分析し、ランキングして公開している。 トップは香港、次にシンガポール、そしてニュージーランド、オーストラリアが続く。 日本を脅かす中国やロシアといった敵性国家、そしてインドネシア、マレーシア、ベトナム、カンボジア、ミャンマーなど、日本企業の投資先(日本国内の雇用が移転する先)となっている新興国家は「かなり非自由」に分類されている。 日本は25位である。 一応、「かなり自由」な部類である。 しかしヘリテイジ財団は「過去20年、日本の自由度はずっと停滞したままであり、3ポイント低下している」と、辛辣な評価を下している。

 

日本は戦後、比較的自由な経済環境のなかで発展を謳歌したが、その間に自由の重要さが認識されたことは一度も無かった。 バブル期にジュリアナ東京的な軽薄な放縦さが賞賛されただけであり、自由とは何かが真剣に議論されたのは皆無である。 発展し、成長し(高度経済成長)、儲ける喜びを感じ(バブル期)、そしてドン底に叩き付けられ(バブル崩壊)、それ以来ひねくれてクサッたまま(失われた20年)である。 「むやみに成長を求める時代は終わった」「これからは清貧の思想だ」「我欲こそ諸悪の根源だ」などという敗北的台詞が呟かれるだけで自由は一度も顧みられることが無かった。 公的社会福祉なる崩壊したフィクションにしがみつき、消費増税までして国民の富を食いつぶす日々...不良少年から一気にボケ老人と化してしまった悲しい姿である。

 

ある程度発展した国は、自由度をどんどん上げていかなければ落伍するのみである。 大切なのは軍事力の競争以上に自由度の競争である。 自由度の競争にまければ経済的に停滞する。 経済的に停滞すれば軍事予算も削られるのである。 またはこう考えることもできる。 軍事が弱ければ自国の経済利益を敵対的な諸外国に奪われる(尖閣諸島の地下資源を中国に奪われている現状を見れば言うまでもない)。 当然自由度は制限される。 自国の自由度が制限されれば、企業は(自由度はかなり下がるものの)よりコストの安い諸外国へ生き残りをかけて移転せざるを得ない。 企業はそれまで長年勤めていた人々を解雇して工場を閉鎖し、中国や東南アジアに巨額の投資をして工場を設立し、現地で工員を雇う。 その企業と取引していた納品業者も同様に生き残りをかけてついていく。 モノづくりもサービスも、長年の経験で培われたノウハウはいとも簡単に海外に流出し、富が蒸発してしまった日本に残るのは社会福祉を求める虚ろな人々だけ...

 

日本は戦わずして敗北への道を突き進んでいる。 このままでいけば、今日のウクライナは明日の日本である。 日本は、自由を見出さなかったがために非自由な敵対国家に負ける、という屈辱を受けることになろう。 アベノミクス(インフレを起こして人為的にデフレを脱却すれば人の消費活動が活発化して企業投資が増え、経済が活発化するだろう、という愚かな政策)というまやかしに酔っているうちに、危機は近づいている。

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

time

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM