ノルマンディー上陸作戦、そして我が日本を振り返る

  • 2014.06.08 Sunday
  • 20:52
 

194466日は米軍を中心とする連合軍によってノルマンディー上陸作戦が開始された日である。 通称「D-Day」と呼ばれる。 第二次世界大戦のヨーロッパ戦線において転機となり、結果としてナチス・ドイツの壊滅をもたらすことになった重要な戦いであった。

 

アメリカのラジオではメインの話題はD-Dayである。 トーク番組のホストは当時の英雄的な戦闘場面を紹介し、コールインするリスナーは作戦に参加した親や祖父の思い出を語る。 政治の垣根を越え、皆で国のために戦った人々の栄誉を讃える。

 

アメリカでは第二次世界大戦で戦った人々の思い出が、今でも彼らの孫やその子供の代にまで鮮明に受け継がれている。 自分の祖父が泥沼を這いずり、敵の銃弾を浴び、負傷しながらも決死の覚悟で突撃したボートで上陸する際、恐怖のあまり泣き出す部下の前で大声で歌い、「男だろ!国のために戦おうぜ!」と叱咤激励したといったシーンが世代を超えて受け継がれている。

 

ほぼ死ぬのが確実な運命を目前にしながら彼ら兵士は船から飛び出して浜に向かって突進し、浜を走り、崖をよじ登った。 海や浜辺は彼らの血で真っ赤に染まった。 ドイツ軍の機関銃掃射と砲弾の雨の中、兵士たちは次々となぎ倒される。

 

よく日本の神風特攻隊は人類史上唯一無比なるクレイジーな自殺作戦であったと言われるが、冗談もほどほどにしなければなるまい。 第二次世界大戦はどの国においても「兵士達が確実に死ぬことが分かっている作戦」など珍しくもなかったのである。 しかも彼ら米兵は自分たちの国を守るために命をかけたのではなく、遠く離れたヨーロッパの国を解放するために体を張ったのである。 どちらが”クレイジー”か、言うまでもなかろう。

 

先の大戦の記念日が敗戦日だけである我が日本を振り返る。 我が日本では自衛の戦いであった大東亜戦争が否定され、それとともに誇るべき戦闘の数々、そしてそれらに参加した人々の思い出も忘れられている。 戦争の記念日に語られるのは英雄的戦闘ではなく、「原爆投下」と「平和への思い」と「いつか来た道」への恐れだけである。 今我々が生きる日本を残してくれた兵士達の栄誉が消え去ろうとしている。 そして彼らへの恩も忘れ去られようとしている。 恥ずべき忘恩の我々日本国民は、自由と独立と繁栄を維持するに値するのであろうか。

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