過去を取り戻す試み 大東亜戦争の肯定

  • 2014.08.12 Tuesday
  • 23:08
  

なぜ日本はいつまでも架空の「南京大虐殺」や「従軍慰安婦強制連行」の責めを負い続けなければならないのであろうか。 なぜ隣国の韓国や中国だけでなく、同盟国であるアメリカにおいてもこのようなフィクションが正当性を持って語られ、「太平洋戦争」を語る上で不可欠な要素となっているのであろうか。

 

日本の敵は勢いづいている。 中国は尖閣諸島付近において領海領空の侵犯を繰り返し、ロシアは北方領土周辺で日本の漁船に対して発砲して威嚇するのみならず、軍基地の建設まで進めている。 竹島を不法占拠する韓国は中国寄りの姿勢を強めている。 日本の主権が脅かされる度に、否応なく日本人の生活基盤が同時に脅かされている。

 

日本がこのような脅威に対して備えようと動くたびに、「未清算の過去の犯罪」が邪魔に入る。 国民の安全を守るための正当な対策は、ことごとく過去によって縛りを受ける。 

 

韓国や中国の民度や民族性をなじるのが流行りである。 彼らは反日で凝り固まっていて進歩が無いと。 人種的に下等であると言う者までいる。 それは無益で刹那的な遊び、自己満足でしかない。 全ての人間は神の前に平等である。 平等でないのは文化である。 世界には優れた文化があり、劣った文化があるのであり、その違いが民度の違いとなる。

 

日本が未だに過去を引きずっているのは中国のせいでも韓国のせいでも誰のせいでもない。 それは日本人自らの責任である。 それは日本人自身が大東亜戦争を肯定していないというところからくるのである。 大東亜戦争は日本人が誤って引き起こした悪しき戦争であり、周辺国に災禍をもたらした元凶であった、という観念を日本人自身が持っている。 日本は償うことの不可能なほどの大罪を背負っていると。 だから日本が自衛をしようとするあらゆる活動が、否応なく正当性を失うのである。

 

集団的自衛権や憲法9条に触れることを忌み嫌う左翼はさておき、日本の国防強化を支持する人々の中にすら、大東亜戦争を否定する意見が見られる。 その理論は「日本はソ連を敵とすべきだったにも関わらず、誤ってアメリカやイギリスを敵に回してしまった。 当時の為政者は無能な国賊であった」という奇妙なものである。 奇妙だと言ったのは、当時の日本に敵を選択する自由と余裕があったという前提に立っているからである。 その理論は「彼ら無能な国賊達は、ソ連と通じ、あるいはソ連にそそのかされ、あるいはソ連に騙されてて無謀にもアメリカに喧嘩を売った」と続ける。

 

1930年代〜40年代の日本にソ連のスパイがいたのは事実である。 有名なのはゾルゲ事件である。 政府内に社会主義的な思想が蔓延っていたのも事実である。 しかし日本は日露戦争以来、ロシア・ソ連と戦い続けていた。 1939年のノモンハン事件において、ソ連軍が満州に対して侵略行為を行った。 ソ連軍との戦いで、満州を守る日本軍は17千もの死傷者を出した。 これは「ノモンハン戦争」ではなくて「ノモンハン事件」と呼ばれるが、アメリカのイラク戦争の戦死者が4千人であることを考えれば立派な戦争である。 

 

日本はソ連と共産主義を主たる敵として認識していたからこそ、ソ連のスパイ網であるゾルゲ尾崎秀実が逮捕され、処刑されたのである。 また、終戦前に近衛文麿が天皇陛下に書き送った近衛上奏文はソ連と共産主義の脅威を強烈に警告するものであった。 当時の日本がソ連を敵として認識していなかった、というのは歴史的事実に反するものである。

 

一方で、アメリカの状況はいかなるものであったか。 アメリカでは1930年代から本格的なソ連スパイの浸透が始まった。 その経緯は元共産主義者でソ連のスパイ網を告発したウィテカー・チェンバーズが著書”Witness(証人)”にて詳しく供述している。 そこで述べられているのは、アルジャー・ヒスやハリー・デクスターホワイトなど、ルーズベルト、トルーマン両政権の中枢で活躍した人物の多くがソ連の直接の指揮下で動くスパイであったという事実である。

 

これらソ連スパイは両政権で全幅の信頼を与えられ、自由に影響力を駆使した。 そこには彼らの暗躍を警告する「上奏文」は無く、逆に共産主義脅威論は御法度とされ、50年代まで完全封殺された。 1938年、命の危険を冒して共産党を脱退したチェンバーズは、当時のルーズベルト政権高官、アドルフ・バールにソ連スパイ活動の実態を供述し、大統領に伝えるように依頼した。 バールからそれを伝え聞いたルーズベルトは一笑に付す。 当然何のアクションも取られなかった。 

 

この証言が再度浮上したのは48年の下院反米委員会においてである。 アルジャー・ヒスが実刑判決を受け、ソ連・共産スパイ網が暴かれたのは50年代に入ってからである。 だが50年代に共産スパイ網の政府からの除去を主導したジョセフ・マッカーシーがどうなったか。 マッカーシズム、マッカーシー旋風、恐怖の赤狩り、レッド・パージ、言論弾圧そんな言葉が示すとおり、マッカーシーは今に至るまで人非人扱いである。 マッカーシーは時の大統領、トルーマンより名指しの非難を受け、マッカーシーの委員会は度重なる妨害を受けた。 だがその後、ベノナファイル(1940年から1948年までにソ連とアメリカのソ連スパイとの間での暗号交信をアメリカNSA37年もかけて解読した極秘記録)の公開によってマッカーシーが完全に正しく、むしろ脅威は過小評価すらされていたことが明らかになった。

 

アメリカの共産スパイが告発、摘発、除去を逃れる間、スターリンはルーズベルト、トルーマン両政権を好き放題遠隔操作していたわけである。 常に日本と対立していたソ連の、1930年代〜40年代初頭における重要課題の一つはアメリカと日本とが正面衝突するよう仕向けることであった。 そこで実行されたのがスノー作戦であった。 かのハル・ノートを書いたことで有名なハリー・デクスター・ホワイトにちなんだ作戦名(白→雪→スノー)である。 当時のアメリカは凄惨な第一次世界大戦を経て厭戦気分が漂っていた。 そこでスターリンがハリー・ホワイトに指令したのが「日本を追い詰め、アメリカと日本との関係を悪化させ、開戦にもっていけ」というものであった。

 

ドイツが独ソ不可侵条約を一方的に破棄してソ連に攻め入り、ソ連は敗戦に次ぐ敗戦を喫し、スターリンは苦しい立場に追い込まれていた。 何らかの方法で日本をアメリカと戦わせ、ソ連・満州国境沿いの軍事力を西方に集中させたい。 アメリカ政府への対日工作は自らの危機を乗り切るための命綱となった。

 

対米宣戦布告前に対米開戦論と対ソ開戦論とで対立があったことは確かである。 だが日本がいずれに傾こうが、アメリカを中心とする対日本包囲網は着実に狭まっていた。 30年代から40年代のアメリカ政府中枢部にとってソ連は同盟国であり、ソ連との共同歩調が絶対だったのである。 日本がソ連に宣戦布告すれば、ソ連の意図を受けたアメリカが更にあからさまな対日敵対政策をとったであろうことは十分に考えられることである。

 

当時のアメリカ政権中枢部はソ連の意図を受けて対日包囲にまっしぐらだった。 大東亜戦争前の日本は四面楚歌、逃げ場は無かった。 我らが先人は逃げずにぎりぎりの選択をし、戦いを選んだ。 国民の大部分が賛同した。 だから大東亜戦争は聖戦なのであり、それ以外に呼びようがないのである。

 

大東亜戦争は「日本がコミンテルン(共産主義運動の国際団体)に騙されて始めた」という説もあるが同じ理由で実にバカげている。 正確には「コミンテルンが操るアメリカが日本を追い詰めて始まった」と言うべきである。

 

大東亜戦争を否定したい人々は言う。 「大東亜戦争時の指導部は戦争当時、国民に対して『この戦争は日本が白人の植民地支配からアジアを開放するための戦だ』と説明した。 ではアジアが植民地から解放されたどうなったか? 中国、ラオス、ベトナム、カンボジア、北朝鮮、ビルマ、軒並み共産主義にのまれてしまったではないか。 どこが『解放』だったのか?」

 

一見もっともらしい説明である。 だがこの意見は当時の日本が置かれた状況を無視し、原因と結果をごちゃ混ぜにしている。

 

まず、いったい日本がどうやって戦争を回避しえたかについての説明は無い。 それから、アジアにおける、この6カ国以外の国々に対する言及が無い。 マレーシアは共産主義国ではない。 インドネシアもフィリピンも台湾も韓国も共産主義ではない。 これらの国々では戦後大いに経済発展している。

 

中国全土が共産化したのは満州国が崩壊したからである。 日本が独立を助け、爆発的な経済発展を遂げた満州国は共産主義に対する防波堤であった。 満州国が崩壊したのは連合国が日本を敗北せしめたからである。

 

朝鮮半島が共産化したのは連合国が韓国を併合した日本を敗北せしめたからである。 マッカーサー元帥は日本が去った後に北から押し寄せてきた共産軍と戦った。 北朝鮮によって一時は半島全土が制圧されるが米軍は共産軍を38度線まで押し戻す。 マッカーサーは北朝鮮を支援する中国に対する原爆使用を主張するが、トルーマンはマッカーサーをクビにする。 その後議会で証言したマッカーサーは述べている。 「日本人は世界に稀に見る勤勉な国民である。 彼らは経済封鎖による危機に直面していた。 日本の戦いは自衛のためのものであった」

 

カンボジアとラオスが共産化したのはベトナムが共産化したからである。 ベトナムの共産化を許したのは1970年代のアメリカ民主党議会である。 1972年のニクソン政権による北爆によって北ベトナムは息も絶え絶えであった。 しかしその後ニクソンがウォーターゲート事件で追い落とされ、ジェラルド・フォードが政権を引き継ぐと、議会を制した民主党は南ベトナムへの武器供給を遮断した。 この民主党による背信行為によって、ソ連から武器供給を受けた北ベトナムは息を吹き返し、19754月にサイゴンを陥落させ、ベトナム全土を共産化した。 

 

ベトナムを共産化させた共産勢力はラオスを、そしてカンボジアを陥とした。 なぜこれら複雑な経緯に対する責任を我々日本が負わねばならぬのか。

 

アメリカの歴史では第二次世界大戦は解放戦争であり、正義の戦争であったとされている。 邪悪なナチスドイツの暴虐からヨーロッパを、そしてユダヤ人を救った、というわけである。 その過程においてソ連と同盟したが、それはやむを得ないことであったと。

 

ウッドロー・ウィルソン大統領が第一次世界大戦に参戦。 当時拮抗状態だった英仏とドイツの戦線は一気に英仏有利に崩れる。 結果ドイツは敗戦国となっただけでなく莫大なる借金を課され、それがナチス台頭へとつながる。 一方、ウィルソンに強制的に戦争を継続させられた帝政ロシアは壊滅的な打撃を受け、その危機に乗じたレーニンはロシア革命で国を乗っ取り共産政権を打ち立てる。 ウィルソンはアメリカ史上初のファシスト独裁者であった。 ゲシュタポばりの言論弾圧を行い、大戦参加に反対する市民を殴打し、投獄した。 共産ソ連もナチスドイツも、言ってみればウィルソンが生みの親であった。 

 

第二次世界大戦のヨーロッパ戦線においてアメリカが払った多大なる犠牲は、言ってみれば自ら撒いた種であった。 しかし、その事実は事実として、貴い犠牲は既に払われてしまった。

 

ユダヤ人を救出云々に至っては笑止千万である。 1930年代からホロコーストによってユダヤ人が大量虐殺されていることはルーズベルト政権は承知していた。 ニューヨーク・タイムズをはじめとする有力紙は意図的にホロコーストを隠蔽した。 1939年にSt. Louis号という船で907名のユダヤ人がドイツから脱出し、命からがら逃げてきた。 しかしルーズベルト政権は彼らの入国を許してはならないと厳命し、大砲で威嚇して追い払った。 そしてアメリカがヨーロッパ戦線に参戦した後も、ホロコーストから逃れたユダヤ人の嘆願にも関わらず、アウシュビッツへつながる線路の爆撃を拒んだ。 生きながらえたユダヤ人はナチスドイツ敗北によって助かっただけである。

 

一方、日本の戦いの主目的はあくまで日本の国益保護であり、アジア諸国の独立はオマケである。 だが日本が大東亜戦争を戦ったためにアジアの国々が独立を果たしたことは事実である。 欧米列強によるアジア支配は日本が種を撒いたわけではない。 欧米によるアジア植民地化をここで断罪しようというのではなく、それは歴史的な事実であり、日本が開放をもたらしたのも事実である、と述べているだけである。

 

大東亜戦争を肯定しなければ、それは対外的にどのように映るか。 日本人がこれほど多大な犠牲を払って戦った戦争を、日本人自身が否定している。 ならば、その戦いにまつわるあらゆる出来事が邪悪なものであったに違いない、となる。 すると、韓国や中国だけでなく、アメリカの保守までもが、首相の靖国参拝は不適切であり、日本はアジア・オセアニアにもたらした災禍を反省しきれていないとの見方をせざるを得なくなる。

 

歴史上の出来事には肯定的な面と否定的な面がある。 従って100%の肯定はあり得ない。 だが、全体を肯定した上で部分を反省する、という順番でなければならない。 でなければ、自らは現代という安全地帯に身を置いて、逃げ場のない状況で困難な決断をした先人を見下ろしあざ笑うことになる。 これ以上に恥ずべき行為があろうか。 歴史は事実に加えて文脈である。 歴史は事実の記録であると同時に物語である。 日本人自身が自国の過去を美しく物語れないような歴史は日本の歴史ではない。 歴史を失った国は脆い。 国防を語る前に、我々は歴史を取り戻さなければならない。

 

 

追記:

「日本の戦争は侵略戦争だった」「いや、日本の戦争は決して侵略戦争ではなかった」 よく聞かれるやり取りであるが、不毛である。 戦争とは侵略である。 逆に侵略でない戦争があろうか。 国家防衛の基本は「国境の外で敵を叩く」である。 敵が中に入ってしまえば国民と国内インフラが標的になる。 国内が主戦場になることがどれほど悲惨か。 だから戦闘は国境から遠ければ遠いほどよい。 そのために戦艦や空母や戦闘機や戦車やミサイルがあるのである。

 

「自国の防衛のために他国の国境を侵犯する権利があるか?」 これも不毛な問いである。  正しい答えはこうである。 ”政府は、必要であれば、他国の国境を侵犯してでも、自国民の安全を守らなければならない”

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