"It IS about Islam"読了

  • 2015.10.26 Monday
  • 00:49



It IS about Islam: Exposing the Truth About ISIS, Al Qaeda, Iran, and the Caliphate

それはイスラム - イスラム国、アルカイダ、イランそしてイスラム帝国の真実

今、言論の自由が風前の灯である。

本書の著者、グレン・ベックには共著者がいる。だが共著者は名前を出すことを拒んだ。なぜか。身に危険が及ぶからである。グレン・ベックとその家族には脅迫状が送られており、常に警備が身辺の警護に当たっている。

本書は反イスラムのプロパガンダではない。本書は事実に基づいた警告である。事実を突き止めるために当たるべきは原典である。本書は原典であるコーランを徹底して分析する。故に「危険な書」なのである。

イスラムは平和の宗教・・・ 為政者やメディアはこの幻想を我々に植え付けてきた。その間に9.11で飛行機が突っ込み、ロンドンやマドリッドで爆破テロが起き、ムンバイで同時多発テロが起き、ボストンマラソンで爆破テロが起き、ISISが台頭して残虐の限りを尽くし、イランは核兵器開発に邁進している。

本書は、イスラムに対する我々の幻想を取り払い、今日の自由世界を脅かすイスラム原理主義という現実を直視することを助けるために書かれた。幸いにもイスラムの脅威にそれほど晒されずに来た日本であるが、レストランのメニュー変更や礼拝所設置等、我々の社会を「イスラム・フレンドリー」に変えようという無防備で無知で危険な風潮が見られる今日、日本人にとっても必読の書である。

人を抑えつけて頭をつかんでナイフで首を斬る。檻に人を入れて下からガソリンで火をつけて生きたまま焼き殺す。檻に人を入れて水に沈めて溺死させる。首に爆薬を入れた縄を巻き付けて爆発させて吹っ飛ばす。そしてそれらを高度なプロダクションのビデオに撮影して世界に流す。なぜISIS(イスラム国)はこれほどまでに残虐なのか。

本書はその残虐性の起源がコーランにあることを解明する。そして彼らの動機を説明する。

イスラム原理主義者は貧しいからテロを行うのではない。ウサマ・ビン・ラディンは大富豪の息子である。その他の9.11のテロリストも金持ちの子息である(だから米国に留学できる)。多くのイスラム・テロリストは上流社会の出身である。第三世界における上流というのは我々庶民から見たら王族並みである。

また、イスラム原理主義者は我々の存在や行いに対する”怒り”からテロを行うのではない。イスラムでは世俗的な感情である怒りを動機にしてジハード(聖戦)を戦うことを明確に禁じている。彼らがテロを行うのは他でもなく、アラーの名において人を殺すことを推奨し、それによって死後に天国で処女に迎えられることを教える思想に突き動かされているからである。故に彼らをなだめることはできない。彼らに金銭や仕事を与えて懐柔することもできない。出来るのは彼らテロリストを殲滅することだけである。

本書は「アルカイダの20年計画」を説明する。この計画はアルカイダの指導者、アル・ザカウィ(既に死亡)に近いとされるヨルダンのジャーナリストが著書に記したものである。その計画には7つの段階がある。

第1段階はイスラム世界の目覚め。大規模なテロによって世界を驚愕させ、大敵であるアメリカを戦争に引きずり込む。9.11、そしてその後のアフガニスタン・イラク戦争がこれに相当する。第2段階はその戦争を泥沼化させること。アメリカが撤退した後のイラクはもはや内戦状態である。アフガニスタンも危うい。第3段階はアラブ・イスラム世界における民衆蜂起。「アラブの春」がこれに当たる。第4段階はこれらアラブ世界における世俗的政府の崩壊。リビアのカダフィ、エジプトのムバラクといったそれまでイスラム原理主義を抑えてきた世俗派は引きずり降ろされ、その後イスラム原理主義者が権力を握った。第5段階はイスラム帝国の設立。まさにISIS(イスラム国)がこれに当たる。指導者のバグダディはカリフの地位に就いたばかりである。

そして第6段階は自由世界との全面対決であり、第7段階はイスラムの勝利である。2015年現在、計画は第5段階まで順調に進捗している。これはどこかの無名な人間が無名な本に書いた出鱈目ではない。我々が目にしている現実である。

ISIS(イスラム国)はイスラムではない。彼らテロリストはイスラム教徒ではない。これら野蛮人はイスラムとは何の関係も無い。彼らは勝手にイスラムを名乗っているだけである。このような残虐行為はイスラムでは禁じられている。彼らはイスラムの教義に反している。

そんな「お利口さん」なことをいう政治家やメディアは多い。ソーシャル・ネットワーク界にも多くみられる。

そういう彼らもコーランを引用する。

だがコーランには融和的なメッカ啓示(先に書かれた)と敵対的・攻撃的なメディナ啓示(後で書かれた)とがある。コーランには決まりがある。それは、先に書かれた内容と後に書かれた内容で矛盾がある場合は後に書かれた方が前に書いてあることに優先する、という決まりである。

例えば異教徒に対してはこんな記述がある。

日本ムスリム協会発行 「日亜対訳・注解 聖クルアーン(第6刷)」より

コーラン 2:256
『宗教には強制があってはならない。正に正しい道は迷誤から明らかに(分別)されている。それで邪神を退けてアッラーを信仰する者は、決して壊れることのない、堅固な取っ手を握った者である。アッラーは全聴にして全知であられる』

素晴らしいではないか。信教は自由意志に任せられるべきであると。

だが、コーラン 3:85ではやや雰囲気が変わってくる。

『イスラーム以外の教えを追求する者は、決して受け入れられない。また来世においては、これらの者は失敗者の類である』

「失敗者」と言っているだけではないか。大したことないではないか。まあ、確かに。

だが、次に来るコーラン5.33はまたやや雰囲気が異なる。

『アッラーとその使徒に対して戦い、または地上を攪乱して歩く者の応報は、殺されるか、または十字架につけられるか、あるいは手足を互い違いに切断されるか、または国土から追放される外はない。これらはかれらにとっては現世での屈辱であり、更に来世において厳しい懲罰がある』

だんだんと怖くなってきたぞ。

コーラン5.51及び5.60

『あなたがた信仰する者よ、ユダヤ人やキリスト教徒を、仲間としてはならない。かれらは互いに友である。あなたがたの中誰でも、かれらを仲間とする者は、かれらの同類である。アッラーは決して不義の民を御導きになられない』

『言ってやるがいい。「アッラーの御許の応報で、それよりも悪いものを、あなたがたに告げようか。それはアッラーが見放した者、御怒りを被むった者、サルまたはブタとされた者、そして邪神に仕える者、かれらは、最悪の境地におり、(正しい)道から遠く迷い去った者たちである」』

サルとブタ・・・ これはイランの最高指導者がイスラエル人を形容した表現である。

コーラン9.29

『アッラーも、終末の日をも信じない者たちと戦え。またアッラーと使徒から、禁じられたことを守らず、啓典を受けていながら真理の教えを認めない者たちには、かれらが進んで税〔ジズヤ〕を納め、屈服するまで戦え

これがイスラムの教えである。原典に当たることである。

イスラム教がユダヤ教ともキリスト教とも異なる大きな点は、ユダヤ・キリスト教が道徳規範の源泉であるのに対し、イスラム教は道徳規範にとどまらず、行政や人々の生活の細かな部分をも規定する法律でもあるということである。

例えば、コーランでは男女の関係を規定する。偉大な宗教であるイスラム教は男女平等を教える。

コーラン3.195
『主はかれら(の祈り)を聞き入れられ、(仰せられた)。「本当にわれは、あなたがたの誰の働いた働きもむだにしないであろう。男でも女でも、あなたがたは互いに同士である』

しかし・・・

コーラン4.3 一夫多妻について
『あなたがたがもし孤児に対し、公正にしてやれそうにもないならば、あなたがたがよいと思う2人、3人または4人の女を娶れ。だが公平にしてやれそうにもないならば、只1人だけ(娶るか)、またはあなたがたの右手が所有する者(奴隷の女)で我慢しておきなさい。このことは不公正を避けるため、もっとも公正である』

コーラン4.11 女性の相続について
『アッラーはあなたがたの子女に就いてこう命じられる。男児には、女児の2人分と同額。もし女児のみ2人以上のときは遺産の3分の2を受ける。もし女児一人の時は、2分の1を受ける。またその両親は、かれに遺児のある場合、それぞれ遺産の6分の1を受ける。もし遺児がなく、両親がその相続者である場合は、母親はその3分の1を受ける。またもしかれに兄弟がある場合は、母親は6分の1を受ける。(いずれの場合も)その遺言したものと、債務を清算した残り(の分配)である。あなたがたは自分の父母と自分の子女との、どちらがあなたがたにとって、より益があるかを知らない。(これは)アッラーの掟である。本当にアッラーは全知にして英明であられる』

コーラン2:282 女性の訴訟について
あなたがたの仲間から、2名の証人をたてなさい。2名の男がいない場合は、証人としてあなたがたが認めた、1名の男と2名の女をたてる。もし女の1人が間違っても、他の女がかの女を正すことが出来よう』

2.228  離婚と復縁について
『離婚された女は、独身のままで3度の月経を待たねばならない。またもしもかの女らが、アッラーと最後の日を信じるならば、アッラーが胎内に創られたものを、隠すのは合法ではない。(この場合)夫たちがもし和解を望み、その期間内にかの女らを復縁させるならば、より権利がある。女は、公平な状態の下に、かれらに対して対等の権利をもつ。だが男は、女よりも一段上位である。誠にアッラーは偉力ならびなく英明であられる』

夫は妻をいつでも離縁でき、夫が「やっぱり戻すか」と思えば妻は文句を言わずに応じなければならない。男は女より上である。アラーは偉大なり・・・

多くのイスラム教徒は善良である。多くのイスラム教徒は”テロ行為”とは無関係である。それは事実である。だが本書ではその事実には「別の側面」があることを説明する。

 
  • エジプト人の5分の1はアルカイダに共感を覚えることを表明。
  • 2億人以上もの人口を持つ世界最大の”穏健な”イスラム教国、インドネシアでは23%もの人々がアルカイダを指示。
  • ”開明的な”イスラム教国、トルコでは15%もの人々が自爆テロを肯定し、50%もの人々がイスラム原理主義は問題とは感じないと回答。

イスラム教徒=テロリストではない。だがテロリストはイスラムから出てくる。それはこのような背景があるからである。

我々が接するイスラム教徒は大変親切で善良な人々が多い。恐らく多くの人々が実際に親切で善良なのであろう。だが、そこにも「別の側面」がある。

コーラン3.28
『信者たちは、信者を差し置いて不信心な者を親密な友としてはならない。これをあえてする者は、アッラーから(の助け)は全くないであろう。だがかれらが(不信者)から(の危害を)恐れて、その身を守る場合は別である』

これは”タキヤ”と呼ばれる行いである。タキヤとは欺瞞の奨励である。

イスラム教徒は少数派である間は大人しい。だが一定の割合を占めるようになると段々声が大きくなる。そして多数派になると高圧的になる。タキヤは異教徒を騙してガードを下げさせるためにコーランが奨励する行為である。

我々がガードを下げている間にイスラム原理主義者はソフトな戦いとハードな戦いで我々の社会を変容させている。

フランスのシャルリー・ヘブド襲撃、デンマークのモハメッド風刺画の集会襲撃、テキサス州での風刺画展襲撃、こういった殺傷事件が立て続けに起きている。だが、我々はイスラムへの警戒心を強めているであろうか。

むしろ逆である。メディアは言論の自由を脅かすイスラム原理主義に対してではなく、言論の自由を行使した側を叩く。

米テキサス州の風刺画展事件 「表現の自由」で挑発 宗教批判のタブー破りに主催者への批判高まる ・・・ イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画展が開かれた米テキサス州の会場が襲撃された事件は米社会に衝撃を与えた。テロに絡みイスラム教への複雑な思いはあるが、宗教批判はタブーとされてきた。挑発した主催者への風当たりは強い。 2015年5月8日共同

そして我々は「イスラモフォビア」「ヘイトスピーチ」「差別」のレッテル貼りを恐れ、自主規制に向かう。

空港でのボディーチェックや液体類持ち込み規制はイスラム・テロである9.11がもたらしたものである。だが既に我々の生活の一部となっている。イスラムによって我々は不便を強いられているが、誰も異議を唱えようとはしない。

「空港のチェック?そんな小さなことはどうでもよいではないか」

それは既に感覚が麻痺した証拠である。

我々の国の法律がイスラムによって変革させられるとしたらどうであろうか。

我が日本も加盟する国連の、国連人権理事会決議16/18号は「寛容」を謳った決議である

この決議では、「各国への勧告」として以下が述べられている。
  • 各国は、諸個人と様々な共同体に対する、国籍、民族的背景、宗教や信念に基づく否定的ステレオタイプの押しつけや差別と闘うための広汎な努力への関与を強めるべきである。
  • 各国は、ジェンダーに関する他者理解を含む文化間理解を促進するべきである。この点で、すべての国家は、平和の文化を建設する責任と、憎悪煽動が処罰されない状態に終止符を打つ義務を有する。
  • 各国は、人権の価値と原理についての教員研修を促進し、かつ自ら提供し、全ての年齢の生徒の学校カリキュラムの一部として文化間理解を導入あるいは強化するべきである。
  • 各国は、治安部隊、警察官、司法に関わる人々を、憎悪煽動の禁止に関わる諸問題について訓練し、それに敏感に応じるようにさせるための機能を強化すべきである。
  • 各国は、平等のために働く諸機関を創設するか、社会的対話を促進するだけでなく憎悪煽動の諸事例について申立を受理することに関して管轄権を有する、(パリ原則に沿って設立された)国内人権機関の内部で、平等のための機能を強化するべきである。そのような機能を効率化するうえでは、新たに採用された指針、試験、良質の実務が、恣意的な実務を回避し、国際的な一貫性を向上させるために必要となる。
  • 各国は、憎悪煽動に関わる様々な違反に関するデータの体系的収集を保障するため、必要な諸制度と機関の存在を確保すべきである。
  • 各国は、新たなメディアを含むメディア全体の複数性と多様性を促進し、コミュニケーション諸手段のアクセスと実際の使用が普遍的かつ非差別的であるよう促進する公共政策および規制枠組みを保持すべきである。
  • 各国は、現行の国際人権諸機関を強化するべきである。これには特に、国際自由権委員会や人種差別撤廃委員会のような人権条約機関、各種任務の特別報告者が含まれる。これらの機関は、人権に関する法律を履行する国家としての政策に関して、各国に対して助言と支援を提供する。

この決議を通すために活躍したのがOIC(イスラム協力機構)という団体である。これは世界のイスラム教国57カ国が加盟する強力な団体である。我々が気がつかないうちに、我々の言論に関する法律までもがイスラムによって変容させられようとしているのである。

著者はイスラム原理主義と戦うためにすべきこととして、4つを挙げる。

    1. 敵を知れ
    2. 声を上げることを恐れるな
    3. 我々、そして我々の中にいる反逆者の存在を知れ
    4. 我々はイスラムを改革することはできないと知れ

真実を語る者は差別主義者のレッテルが待っている。だがそれを恐れて口をつぐんだら終わりである。アメリカでは1991年以来10万人のソマリア移民を受け入れてきた。結果としてミネアポリスの一部はイスラム原理主義の温床となった(下映像を参照)。そこから40名以上がイスラム国に参加している。イスラムと自由は共存不可能である。イスラムは改革が必要である。だがイスラムを改革できるのはイスラム教徒だけである(現状では悲観的にならざるを得ないが)。

本書は勇気をもって書かれた本である。これを読む読者にも勇気が求められている。我々は脅威と立ち向かうことができるのであろうか。その前に、脅威を認識できるのであろうか。後世は我々をどのように評価するであろうか。

追記:
America or Somalia - you might be surprised



「アメリカの法とシャリア法、どっちがいいですか?」
「そりゃ当然、シャリア法でしょ」
「モハメッドの漫画のことどう思いますか?」
「スゲえムカつく」
「法で禁じるべきですか?」
「そのほうがいいね」
「漫画家を襲った人々の気持ちが分かりますか」
「激分かる」
「殺されて当然だと思いますか?」
「あったりめえよ」
「アメリカとソマリア、どっちに住みたいですか?」
「ソマリアだね」(なら行けよ by ブログ主)

日本も移民・難民を受け入れるべしと主張する人々にぜひどうぞ。
コメント
わたしもこの本を読んでみようと思います。貴重な情報、ありがとうございました。
  • Maya
  • 2015/10/27 12:27 PM
イスラム教徒は皆殺しにすればどうか。
かつての秀吉みたいにイスラム教徒は見つけ次第処刑すれば良いし、イスラム教さえ無くなれば平和になるのでイスラム教国にありったけの核兵器をぶちこめば良い。
  • 無銘
  • 2015/10/30 1:42 AM
マヤ様、コメントありがとうございます。ぜひ読んでいただき、感想を聞かせてください。
  • CBJ
  • 2015/10/31 1:08 AM
無銘様、我々はイスラムを模倣する必要はありません。進んで敵を作る必要もありません。我々がすべきはイスラムを日本に入れないことです。
  • CBJ
  • 2015/10/31 1:27 AM
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