大きな政府がもたらす家族の断絶

  • 2016.04.24 Sunday
  • 18:29

世の中には様々な家庭があり、それぞれに事情がある。それでも一般的に家族は一緒にいるほうが精神的にも経済的にも良い。

しかし実際のところ、ずっと一緒に生活できる家族は稀であると言っても過言ではない。多かれ少なかれ、ほとんどの家庭で一定の時期バラバラにならざるを得ない状況が存在する。

家族が時間的、空間的、精神的に一緒でなければ、それは一種の断絶である。断絶をもたらす要因は様々である。

家族断絶の代表例が単身赴任である。

会社から地方、あるいは海外への赴任を命じられる。そもそも独身だったり子供がいなかったり小さかったりで身軽な家庭はそのまま家族で移動可能かもしれない。だが子供の学校の問題で家族としての移動をためらう場合がある。また国によっては安全面や衛生面から家族を連れていくのを憚られる場所もある。あるいは家族で移転するにあたって生じる経費や負担に対する補助が少ない会社もある。そのような場合、母子は現在の場所にとどまり、父だけが任地に赴くということはよくあることである。

赴任への会社の要請は、断れることもあれば非常に断りにくい場合がある。断りにくい場合というのは「それしか選択肢が無い」場合である。

「会社から強い赴任要請を受けているが、それを受けるのはイマイチ気が進まないので辞めて別の仕事を探すか」という選択肢が現実的でない場合である。

こう書くと「会社が家族を断絶させている」と主張したいのか、といえば全くそうではない。

会社は要因ではあるかもしれないが主因ではない。

「辞めて他の仕事を探す」

これが出来るのは20代〜30代前半までである。30代後半になれば、よほどの人脈やスキルがなければ、「辞めて他の仕事を探す」場合かなりの収入低下を覚悟せざるを得ない。

なぜならば世の中の会社にとって「人材を正式雇用する」というのはリスクもコストも高い事業だからである。

日本は会社が社員を解雇しにくい社会である。

「あ、キミキミ、ちょっと来て。あのね、キミの仕事は今日が最後だから、朝のうちに荷物まとめて午後は出てってくれる?」

というのは日本では起こりえない。なぜかというと、政府が雇用規制によって解雇を事実上禁止しているからである。

「雇ってみて、よけりゃそのまま行くし、ダメなら辞めてもらう」

が通らないため、会社は雇用する際にも慎重にならざるを得ない。何度もテストしたり面接したりして応募者を圧迫し、全人格的な能力を測る。一方、会社は解雇したい社員に対してあの手この手で「自主退社」させるという手段に出る。

雇用者にとっても被雇用者にとっても苦しみと負担である。会社にとってはコストとリスクである。

「辞めて他の仕事を探す」

これが気軽に出来る社会というのは、

「雇ってみて、ダメなら辞めてもらって他を募集する」

が気軽にできる社会である。

そしてそのような社会は人を雇うコストとリスクが低いため、世界中から投資が集まる。投資が集まれば次々と会社が生まれる。会社が生まれれば雇用が生まれる。雇用が生まれれば消費が始まる。消費が始まれば需要が生まれる。需要が生まれれば供給者が集まる。

すると、

「辞めて他の仕事を探す」

がもっと簡単になる。

我々の生きる日本社会において政府は肥大化する一方である。そして我々日本国民は社会の様々な問題に対して政府が積極的に関与し、「解決」のために主要な役割を果たすことを求める。

問題が起こると開口一番に出る言葉。

「政府は何やってんだ」「政府はちゃんと規制しろ」

その結果、家族としても個人としても、生きていく上での選択肢は狭められていくのである。

我々の社会において家族を断絶させるものがあるとするならば、それは会社ではなく政府である。
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