政府と科学研究

  • 2018.03.17 Saturday
  • 15:28

政府は科学研究に「投資」すべきか、という問いがある。

これは不思議な問いである。投資というのは営利行為である。投資は人の金をつかってやるものではない。投資というものは、未来のリターンを期待して現在の自分の金を投じることである。政府の金は政府が稼いだ金ではない。国民が稼いだ金を公共サービスのために徴収したものである。

太古の時代から中世、産業革命を経て今日に至る人々の生活は飛躍的な改善を見た。その背景にある一つの要素は技術革新である。技術を飛躍的に発展させたのは産業革命であった。産業革命は政府ではなく、民間が主導したものであった。当時の英国の経済は規制の無い自由放任であった。

政府は富を創造することはない。富を創造するのは民間であり、政府はそれを使うだけである。富は有限である。政府が金を使えばつかうほどに民間で使われる金は減少する。政府が「投資」と称してある領域に金を投入すれば、その領域における民間の活動は壊死する。政府に阻害される民間活動の領域が増えれば増えるほどに社会全体の富は減少する。故に民間の領域は大きく、政府の領域は小さくなければならない。

『しかし、現在の複雑化した世界において、民間の研究だけで足りるのか?』という人がいる。

「もしも政府がiPhoneを開発しなかったら、我々は未だに通信手段をテレックスに頼っていたことであろう」と言わんばかりである。

Iphoneがいかにして世に出たか。それを考えれば冒頭の答えは自ずから分かるはずである。
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