「人材不足」なる蜃気楼・・・国破れて政府あり

  • 2018.06.17 Sunday
  • 12:51

政府も企業もメディアも一般大衆も、一億総出で蜃気楼を追いかけるという現象はよく見られるものである。

「人材不足」なる現象もその一つである。

人材不足を補うために高齢者にもっと働いてもらおう!シルバー人材活用だ!
人材不足を補うために女性にもっと働いてもらおう!「女性が輝く社会」だ!
人材不足を補うために外国人に働いてもらおう!移民受入だ!
人材不足を補うためにロボットに働いてもらおう!AI社会の到来だ!

ここまでメディアで騒がれると、一般大衆はもう思考停止である。人材不足は社会問題として人々の思考に定着する。

価格が需要と供給の調整機能を果たす自由な経済において、不足や過剰は局地的に発生するものの、即座に解消される。

需要曲線と供給曲線を見て考えれば簡単である。



ゞゝ襪減ると、一時的に不足が生じ・・・
価格が上がる。価格が上がると
需要量が減る。需要量が減れば
不足は解消する

経済の面白いところは、ここで話が終わらないということである。経済は常に動的であり、新しいアイデアを持つ人々によって息吹を与えられる。不足によって価格が上がれば、その商品やサービスを利用していた人々は何らかの影響を受ける。何らかの軋轢が生じる。何らかの不都合や不愉快が生じる。起業家精神に富む人々はそこを見逃さない。潜在的に見込まれる需要を目当てに創意工夫がなされ、やがては当初の不足を解消しつつも更に良い商品やサービスが市場に投入される。

一方、不足が解消されないということは、△鉢の動きが阻害されていると見るのが妥当である。次に考えるべきは、この動きを阻害するのは誰か、阻害出来うるのは誰か、ということである。

この動きを阻害できる存在は唯一つ、政府である。

「人材不足」という現象は、実際には人材が足りないのではなく、需要と供給のミスアロケーションである。政府政策によって人為的に作られた過剰と不足が経済のあちこちで発生し、それが人材不足という形で現出しているに過ぎないのである。

例えばオリンピック。これに向けて政府は税金を投入して競技会場や各種設備づくりを進める。「国の威信」がかかっているから迫りくる期限に向けて遮二無二強行する。建設関係をはじめとして関連する幅広い業界に対して人為的な需要が作りだされている。

例えば保育。政府が保育料を設定する一方、待機児童対策と称して税金を投じて保育施設づくりに励み、無償化と称して税金で経費を補てんしている。結果として限られた供給に対して需要(子供を預けようとする人の数)を人為的に増加させている。

例えば介護保険制度。少子高齢化で益々高齢者が増える最中、政府が「利用できるサービスの上限」を決め、サービス単位の点数を決めることで料金をコントロールしている。料金を低く抑えることによって供給を制限する一方で受益者の負担率を1割に抑えることによって需要を人為的に増加させている。

創意工夫で付加価値をつけて参入しようにもガチガチの規制で固められた業界に新規に入るのは難しい。供給は制限される。そこにもってきて需要が人為的に増えているのであるから不足がいつまでも解消されないのは当然である。

日本では少子化で人口が減少している。普通に考えれば総需要は減るのが当然である。もしも我々の経済が自由なものであれば、需給がバランスしたままで徐々に需要も供給も減少していくのが当然である。

だが現実は「人材不足」。政府の介入以外の理由がなければあり得ない現象である。

人材不足を補うためと称して移民を入れてしまえば当初の不足をもたらした政府の失態はそのまま温存される一方、日本人の、日本人による、日本人のための日本国は失われるであろう。

国破れて政府あり、である。
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