南アフリカ・・・白人虐殺の現実

  • 2018.09.16 Sunday
  • 21:28

我々は平和で豊かで安定した生活が未来永劫続くと思いがちである。だがそのような生活が徐々に変容し、瓦解し、いつの間にか消滅するのをなすすべもなく見つめなければならないとしたらどうであろうか。

貧困と殺戮の大地アフリカ大陸において、かつては唯一スイスのような存在であった南アフリカ共和国において、恐ろしいことが起きている。

先月ドナルド・トランプ大統領が放ったあるツイートでこの問題に注目が集まった。南アフリカにおいて、農場が強制接収され、農家の人々が殺戮の対象になっていることについての調査をポンペイオ国務長官へ指示した、という内容のツイートである。この農家というのは白人の農家のことである。

Tucker responds to backlash over South Africa report



1994年にアパルトヘイトが終了して以来黒人が政権を握っている。その時から現在まで、白人の立ち位置は弱まる一方である。弱まるどころか生存の権利さえ否定されようとしている。

2016年に南アフリカ政府(与党ANC)は白人の所有する土地を政府が決めた価格で接収し、それを黒人に分配するという法を可決した。アパルトヘイト終了後20年以上が経つにも関わらずいまだに3分の2の農場が白人に所有されていることに業を煮やした政府は、「政府は補償無しで土地を接収できる」ことを定めるべく憲法を改正しようという動きを進めている(参考)。

収奪を着々と法制化する一方、黒人政権や黒人の政治家は白人に対する黒人の敵愾心を扇動する。

「白人ののどを切っちゃえ!」



これを叫んでいるのはジュリアス・マレーマという政治家でEconomic Freedom Fightersという極左の有力政党党首である。それを聞く群衆が興奮で沸き立つ。この党は野党だが、与党のANCにしても言辞はやや抑えめだが基本的に思想は同じである。

この扇動に乗った暴徒が白人の農家を襲撃する。襲撃は既に起きている。

夜物音がする。見に行くと、自分の家族が恐ろしい姿で殺されている。そんなことがあちこちで起きている。白人であるから、という理由で狙われ、殺される。

その全容を正確に知るのは困難である。なぜならばこのような殺人を政府は「強盗事件」と分類するからである。それによって人種的動機による殺人をもとより異様に多い黒人間の殺人事件に埋もれさせることができるからである。

カナダのローレン・サザンというジャーナリストが南アフリカに2週間滞在してドキュメンタリーを撮影した。一人でも多くの人々の目にとまるようにと、インターネット上で無料公開されている。

FARMLANDS (2018) Official Documentary



「命が危ないなら、白人なんだからヨーロッパやアメリカやカナダにでも逃げればよいではないか」

彼らは既に代々その土地に住み、その土地と共に生きてきた人間達である。その土地には彼らの祖先の血と汗と涙がしみ込んでいる。代々受け継いできた家には思い出がつまっている。なんとかコーポ何号室からなんとかハイツ何号室に引っ越す、という話ではないのである。

また、一般的に「差別される側」と認識されている黒人には難民というステータスが与えられるが、「差別する側」と認識される白人に慈悲をかける国は少ない。

「昔はアパルトヘイトで酷いことやってたんだろ。罰が当たったんだよ」

人種隔離政策は素晴らしいものではない。我々の社会に導入したいと願うものではない。だが、事はそう単純ではない。

アパルトヘイトが導入されたのは1948年で、廃止されたのは1994年である。その間に人口はどのように推移したか。

 

 

人種

1965

1994

増加率

黒人

13,869

29,464

212%

カラード

1,782

3,447

193%

アジア人

548

1,008

184%

白人

3,408

4,349

128%

Population of South Africa by population group
http://www.nda.agric.za/docs/abstract04/Population.pdf

カラードというのは主に白人(オランダ系、英国系)や黒人(バンツー族)よりも前からいたコイ・サン族(ブッシュマン)である。肌の色はいわゆる黒人よりも明るい。

いわゆる「差別された」側の人口は著しく増加している。それとともに平均余命も年々上がっている(参照)。

人口が増え、平均余命が上がるということは、少なくとも白人による非白人の殺戮は行われていなかったということである。

国際社会で孤立しながらも南アフリカは発展を続け、アフリカの誇りと呼ばれるまでになった。70〜80年代には徐々にアパルトヘイト政策が緩和され、移動の自由が認められるようになった。一部の黒人の所得も次第に上がっていった。

素晴らしいものではなかったにせよ、アパルトヘイトはそれなりに社会の安定を維持するのに役立っていた。アパルトヘイト自体も時代とともに改革を経ていた。

しかしアパルトヘイト廃止後に治安は急激に悪化し、ケープタウンやヨハネスブルクは世界でも有数の危険な犯罪都市に変貌した。

ANCの黒人政権によって本当の人種差別政策が実行されるようになった。白人のアパルトヘイトを断罪していた人々は黒人政権による人種差別政策は見てみぬふりである。BBCもCNNもABCもニューヨークタイムズもワシントンポストもである。

共産党をルーツとする与党ANCは次々と社会主義的な政策を実行しているが、この土地の強制接収はその一つに過ぎない。経済環境は日々悪化している。

社会実験の結果はすぐには現出しない。数年〜数十年が経過してからようやく目に見える形となって出てくる。社会の変容が明らかになった時には、往々にして手遅れである。時計はもとに戻らないのである。


【参考】
A Brief History of South Africa, with Dave Steward



White Farmers Slaughtered in South Africa | Lauren Southern and Stefan Molyneux

 
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