大学に行く価値があるのか? "Is College Worth It?"読了
- 2013.06.23 Sunday
- 00:12
この本を手に取った(Kindleでダウンロードした)きっかけは私が常々感じていたことを直接的に問いかけるタイトルを目にした(ラジオで耳にした)からである。 著者の一人であるウィリアム・ベネットはレーガン政権で教育長官を務めた人物でありその道に関しては権威がある。 内容的にもまさに私の考えていたことを追認するものであった。
"Is College Worth It?: A Former United States Secretary of Education and a Liberal Arts Graduate Expose the Broken Promise of Higher Education" (Amazon)
学生ローン問題がアメリカを揺るがしている。 住宅バブルの再来とも言われる。 大学・大学院の学費がここ十数年でうなぎ登りに上がり続けている。 その一方で学生が大学や大学院に行くために何千万単位で借金をする。 4年間の学生生活を全うできず途中でドロップアウトする者もおれば、晴れて卒業しても就職できなかったり、就職できても低収入に苦しむ人間がいる。 問題は、益々悪化する経済状況の最中、借りた借金を返すことが出来ない者や返す当てがなくて破産宣告する者が益々増加しているということである。 学生ローンは一種の不良債権となりつつあるのである。
2011年の後半からOccupy! Movement(占拠せよ!運動)というのがウォールストリートを起点として全米各都市で発生した。 ナチスシンパ、共産主義者、アナーキスト、ゴロツキ、不良少年少女、反ユダヤ主義者、イスラム主義者、ルンペン、ホームレス… いわゆる「しょうもない」人間達が大集合したわけだが、その中核をなしていたのが「学生」あるいは「学生崩れ」達であった。
「俺たちは学生だ!」
「8万ドルも返せってか!?」
「大学出たって就職できねえじゃねえか!どうしてくれんだ?」
破壊行為は非難されるべきは当然として、彼らに一片の同情を与えるとすれば、彼らは”板挟み”にあったといえる。 「大学に行くのは当然...」「大学に”行かない”ではなくて”行けない”のだ...」「大学くらい出なきゃ肩身狭い...」「大学出なきゃ”まとも”じゃない...」 そんな風潮の中で周囲からの期待と圧力とをそれなりに受けて大学に行き、過ごし、卒業する。 しかし彼らを待っていたのは就職難という現実… 「クソッタレ」くらい言いたくなる気持ちは分かる。
これから大学に進学しようと考える学生、あるいは子供を進学させようとしている親に対する本書のメッセージはこれである。
- あやふやな「夢」から目を醒まして「現実」を見よう。 大学卒業イコール高収入ではない。 ハーバード・プリンストン・スタンフォード・MITなど、教育内容以外にも絶対的な「箔」と「人脈」がその後の人生を約束するほどの大学がある一方で、カネばかりかかって何の役にも立たない大学もある。
- 「学びたい」のか、「卒業証書」を手にしたいだけなのか、もう一度問い直せ。 パーティーに明け暮れたいだけなら、残るのは「多額の借金だけ」になる可能性を直視せよ。
- 本当に投資(=学費)に見合うリターン(=教育)が得られるのか、確証を持って進路(大学に行くのか?行くのならどの大学か)を決めよう。 STEM (Science, Technology, Engineering & Mathematics)分野は学業面でチャレンジングな一方で一般的に就職には有利で高収入を得られるのに対し、人文学科(特に「人間学」「文化」「芸術」「哲学」といった定義しにくい学問)は学業面で比較的とっつきやすい一方で一般的に就職には不利で低収入である、という事実を冷静に見たうえで、この学費を本当に払う価値があるのか、考えよう。
- 多くの大学はリベラル(左翼)であり、高額な学費で「音楽界における同性愛者の役割」「ボブ・ディラン学」「フローラル・アート(いわゆる”お花”、 植物学として...)」「レディー・ガガ学」といったナンセンスなコースを提供している事実を知ろう。 当然そういった学科は就職には何の役にも立たない。
- 高額な学費の使い道を冷静に見つめよう。 目的は「学ぶこと」にあるはずなのに、キャンパス内を走るミニ列車、大理石張りの堂々たる学生センター、映画館、ステーキハウス、プラズマテレビ据え付けの学生寮、古代ギリシャ風の屋外温泉といった施設に湯水のごとく金をつぎ込み、「普通じゃない環境で、普通じゃない自分を見つけよう」みたいなキャッチフレーズで学生を釣る大学は数多い。 親が必死で働いたカネを使う、あるいは自分が借金を背負うことを考えよう。 その価値があるのかと。
本書はまた、大学の学費がインフレ率よりも遥かに高い率で上がり続ける原因を明らかにする。 その原因は、またか、と言いたくなるが、「住宅ローン」「サブ・プライム」と同様に「政府の政策」である。 政府は「国民全員へ高等教育を受ける機会を!」「高等教育による豊かさを!」といったスローガンのもとで大学に対する補助金と学生に対するローンを増やし続けた。 税金を財源としたカネであるから「底なし」である。 補助金を得た大学側はコスト削減に対する動機を失う一方で、社会の風潮に乗って学生を釣るための「設備投資」や「人的投資(有名人教授)」に走る。 ローンを得た学生側は「政府が後押ししてくれる」「周りも皆ローンを組んでいる」という漠とした安心感と「教育を受けるのは権利だ」という変な権利意識から後先考えずに高額な買い物をしてしまう。 供給側にも需要側にもコスト上昇要因が圧倒しているのである。
本書は大学を卒業した後バーテンダーとしてその日暮らしをしている男性をはじめ、数多くの実例を挙げて巨額の借金を背負って苦い思いをしている多くの人々の例を紹介している。 そして多くの人々がその轍を踏まないよう呼びかける。 昔も今も、大学に行かなければまともな仕事に就けないなどということは”あり得ない”のだと。 時代がどれだけ変わろうが、エレベーターは故障するはトイレは詰まるは車はぶつけるは何やらで、「手を動かす仕事」「学位ではなくて経験と技術がモノをいう仕事」は絶対になくならないのだ、と。 学術的活動に興味の無い人が無理して大学に行って分からない授業にかじりついたり読みたくもない本を読まされるよりも、高校や専門学校で出て就職し、技術を習得して手に職をつけたほうがよほど充実感と収入を得ら得るのである、と。 また、更にはビル・ゲイツのようにもともと飛びぬけている人間にとっては大学など無意味なのだ、と。
本書は大学の問題を論じると同時にそれ以前の義務教育(アメリカの場合、小学校、中学校、高校の12年間)の問題にも言及する。 義務教育があまりに疎かになっているのだ、と。 「世の中の大部分の仕事は基本的な読み・書き・計算の能力とやる気があれば出来るのだ」「だから高等教育は一部のベスト&ブライテストだけが受ければよいのだ」という私の従来の主張にも通じる部分である。
本書はアメリカの教育問題を論じたものである。 しかし日本でも「大学レジャーランド化」など既に古い話で奨学金返済が滞る事態が年々悪化し、借りた学生が「返すなんて、無理ですよ!」などとデモ行進するくらいであるから他人事ではない。 子供一人あたり何千万は”絶対にかかる”だから...などと人生設計しなければならない社会は不健全である。 大部分の人々が中学あるいは高校を出たらさっさと仕事をし、家計を支え、貯金し、経験を積んで収入を増やす… それが健全な人々の姿であり、世の姿である。
参考:著者インタビュー HIGHER EDUCATION TODAY - Is College Worth It?