日露経済協力なる敗北外交

  • 2016.12.22 Thursday
  • 23:08

 

首相が日露防衛協力を急ぐ理由…中国の膨張する脅威、露との間にくさび
倍晋三首相は対ロシア外交の新たな戦略として自衛隊と露軍の防衛協力の強化を柱に据える。15、16日の日露首脳会談で合意した外務・防衛閣僚級協議(2プラス2)の再開はその第一歩だ。同盟国である米政府が抱く日露接近の懸念を振り切ってまで日露防衛協力を急ぐのは、なぜか。中国の軍事的脅威が眼前に迫った現実的な危機に変質するにつれ、防衛省・自衛隊では露軍との協力が必要との認識が高まっていた。シーレーン(海上交通路)である太平洋、インド洋、北極海で支配する領域を膨張させようとする中国を押さえ込むには、日露が補完しあえる分野があると踏んでいたからだ。 産経新聞


産経新聞によると、「日露の信頼醸成は中露の間にくさびを打ち込むことにつながる」そうである。「日本がロシアを見方につけ、中国にとって脅威と映れば中国は相応の軍事力をロシアに向けて貼り付けなければならなくなる」らしい。

誠に幼稚な世界観である。

これを書いている人間達は「大人の分析」をしている気分にでもなっているのであろうが、実に軽薄かつ愚鈍である。

二つの強力な敵国を相互に離反させ、敵対させる、というのは高度な諜報活動を要する隠密行動である。相互の信頼関係を破壊し、相互に疑心暗鬼を起こさせ、相互に敵愾心を抱かせ、相互の関係を修復不可能にし、一触即発の状態にもっていく。このようなことをするには何年にもわたる両国政府への工作員による浸透が必要である。誰にもそうとは感づかれずにじわじわと両国の関係を変えていく。これは1930年代にソ連によって実際にアメリカ、日本、イギリスで行われた諜報工作である。

例えば中露関係が険悪化するなかで中露国境付近で立て続けに爆発があり、中国はロシアを、ロシアは中国を非難。緊張が走る中、どこからともなく銃撃が始まり、混乱の中で戦闘行為がエスカレート。怒りで激高した両国の国民は激烈な報復を叫び、両国はなし崩し的に戦争へと突入。実は両国を離反させ、戦闘行為を引き起こしたのは日本の工作員なのだが、世界の誰もがそのような事実を露知らず。日本は中露が互いに殺し合うのを高みの見物と決め込む。

そんなことができるのであれば、それが本当の「くさびを打ち込む」である。

新聞が「両国の関係にくさびを打ち込む」などと報道して「種明かし」し、それを読んで「深い分析だ」などと持ち上げる。これほど滑稽なことはない。

中露の工作員は早速これを本国に送信し、これを読んだ中露の政府首脳はあまりのバカさ加減に失笑をもらしたことであろう。

このような融和外交は歴史上稀ではない。例えばニクソン・キッシンジャーの対ソ連、中国外交。ニクソンとキッシンジャーはレアル・ポリティークと称して中国への敵対姿勢を緩和し、ソ連に対して中途半端な「デタント」「封じ込め」という外交を行った。ニクソンとキッシンジャーはこれを地政学上の現実に立脚した冷徹な計算による外交と考えたのであろうが、結果は共産圏を増長させただけであった。

ニクソン、キッシンジャーの融和外交に真っ向から挑戦したのがロナルド・レーガンの強硬政策であった。レーガンはソ連を「悪の帝国」と名指しし、軍拡を進めて最新鋭の兵器を配備し、経済力で圧倒し、そしてソ連を崩壊せしめた。

プーチンはソ連、KGBの生き残りである。プーチンは言った。「20世紀の最大の悲劇はソ連の崩壊である」と。プーチンは権力を自らに集中させるために邪魔になる人間を次々と葬ってきた。覇権国家ロシアの復活とそのロシアに君臨する自分。これがプーチンの全てである。

ロシア、そして中国の指導層は蛇のように抜け目がなく狡猾である。彼らが安倍政権の「ロシアへの経済協力」ごときでコロリと騙されこちらの意のままに動くだだろうなどと考えるのは幼稚園児の発想である。

彼らの獰猛な鋭い目は敵の弱さを見逃すことはない。凄みをきかせて睨みつけ、怖気づいた相手がしっぽを巻いて縮こまる様をじっと見ている。

今の日本は蛇の前で哀れな姿を晒すモルモットのようなものである。蛇がモルモットに噛みつかないのは虎(アメリカ)が横にいるからである。だがその虎も蛇に対する警戒心を解きつつある。モルモットは薄々危険を感じつつもなすすべがない。なすすべがないからひと時の安心を得たいがために自己欺瞞に走る。蛇に対して自分の体の一部を差し出し、それと引き換えに命をお助けください、と懇願する。

これが安倍外交であり、安倍外交は敗北外交である。問題はその安倍を支持する国民である。彼らは現実に向き合うことができない。

「でも安倍さん以上の人材がいないから」

日本は危機に晒される。だが少なくとも安倍と安倍政権の敗北外交は安泰である。彼らがそう言いつつ支持率を支える限り。

親ロシアのトランプ政権、そして安倍政権は・・・

  • 2016.12.18 Sunday
  • 20:10
 

日ロ経済協力3000億円 首脳会談で合意へ
安倍晋三首相は16日午後、来日中のロシアのプーチン大統領と東京で再び会談し、首相が5月の首脳会談で提案した「8項目の経済協力」案に沿った事業の具体化で合意する。民間を含めた日本側の経済協力の総額は3000億円規模となる見込みだ。両首脳は午後の会談後に共同記者会見に臨み、北方四島での共同経済活動についても見解を発表する。


米・大統領選においてドナルド・トランプは「反グローバリズム」を旗印に勝利を得た。トランプは共和党の指名争いの過程においてトランプはテッド・クルーズの妻がゴールドマン・サックスに一時勤務したことをあげつらい、クルーズは「国際金融資本、ゴールドマン・サックスの手先」だと批判した。トランプの支持者はそれに悪乗りして「クルーズはグローバリストだ!」と罵った。

だがトランプは選挙戦の後半から立場を徐々にシフトし、スティーブ・バノンというゴールドマン・サックス出身のトランプ翼賛誌・ブライトバート幹部を選挙管理部長に据えた。更に本選挙においてクリントンを破ったのち、閣僚としてやはりゴールドマン・サックス出身の人物を財務と商務の長にそれぞれ指名した。そして今、またもやゴールドマン・サックス出身のレックス・ティラーソンなる人物を国務長官に指名した。

保守派の間ではジョン・ボルトン(前国連大使)という揺るがぬ価値観と冷徹な視点を持つ経験豊かな外交官が強力に推されていたにも関わらずである。

トランプ翼賛者は「この柔軟さがビジネスマンの強みなのだ。有能なビジネスマンを起用すれば強い経済が復活するはずだ」と持ち上げる。人は歴史を忘れるものである。

20,000品目以上の輸入品に対する関税を記録的な高さに引き上げ、アメリカのみならず世界中において関税引き上げ争いを起こし、経済を奈落に突き落としたスムート・ホーリー法という悪法を成立させたのがハーバート・フーバー大統領であった。フーバーは有能なビジネスマンとして政界入りした人物であった。

レックス・ティラーソンは政商である。しかもロシアの邪悪な独裁者、ウラジミール・プーチンとべったりの政商である。

プーチンはシリアにおいてアサドとイラン側に立ち、アメリカの支援する反アサド勢力(イスラム国ではない)に対して連日猛攻撃をかけている。まさにアメリカの国益と真っ向から反する人物である。

だが魂を抜かれた共和党幹部はプーチンに対するガードをあっさり下げ、トランプのティラーソン起用を褒め称えている。時代は変わったのだと。もう旧ソ連との対立は過去の話なのだと。

ティラーソンという人物は「プーチン」以外では「地球温暖化説」に賛同し、エクソンの経営方針をそれに沿ったものに変えるなど、極めて怪しい価値観の持ち主である。

優柔不断なオバマ外交の後はトランプによる積極的な親ロシア外交。この構図はプーチンにとって極めて好都合である。

一方、我が国においては安倍政権の売国外交が危険水域に入りつつある。

米外交が親ロシア(あるいは容ロシア)に傾くのであれば、日本の北方領土をめぐる立場は間違いなく弱くなる。

「まあまあ、そう事を焦るでない」、もしくは「そんなことにまだ拘っているのか!お前らは戦争に負けたのだぞ!立場をわきまえろ!諦めろ!そして忘れろ!」と言われるのが関の山である。

現在の日本がアメリアが反対する中を単独でロシアに軍事的に対峙するのは現実的ではない。そのような状況においては長期的な視野をもって将来の武力奪還に向けて着実に経済を復活させ、法整備も含めて防衛を強化すべきである。

安倍晋三はプーチンという日本の領土を占領している敵国の独裁者に対して3000億円の経済協力を差し出した。何の見返りも無しにである。

プーチンのようなギャングの親玉に対しては軍備増強によって領土的な野心を抑制しつつ経済的に追い込んで徹底的に締めあげなければならない。そのプーチンに経済協力を申し出るとは愚かさ極まれりである。

安倍晋三は日韓合意や談話発表の頃から売国奴だと思っていたが、ここへきて更に危険度が増している。

だが安倍政権翼賛派は「いや、これは大事な第一歩なのだ。これからが勝負なのだ」と相変わらず寝ぼけたことを言う。とっくの昔から目覚まし時計が鳴っているにも関わらず、いまだに目が覚めないのである。このような輩は一生寝ぼけたままであろう。

一般的にアメリカの政権が共和党のときは比較的親日的であると思われている。確かに今回もヒラリー・クリントンよりはマシかもしれない。だが対ロシアに関して言えばアメリカの新政権は日本に対しても親ロシア姿勢を求めてくる可能性が高い。

それに対して日本がどう対処すべきかといえば、明確にロシア敵視を打ち出すか、もしくは親ロシア路線を絶対に排除する前提で適当にかわすのが本来あるべき姿である。だが安倍政権のぶざまな動きから見ればそのような現実路線は望むことはできまい。

誠に暗澹たる年末である。

ドナルド・トランプ恫喝大王の誕生か

  • 2016.12.04 Sunday
  • 18:10

 

トランプ氏、米空調大手キャリアと国内雇用維持で合意
[29日 ロイター] - ユナイテッド・テクノロジーズ (UTX.N) 傘下のエアコンメーカー、キャリアは、インディアナポリスにある工場の約1000人の雇用を維持することで、トランプ米次期大統領と同州元知事でもあるペンス次期副大統領と合意した。


ドナルド・トランプが大勢の予測を覆してクリントンに勝利したことを受け、トランプ勝利を予測していたことをさも凄いことであるかの如く自慢する人間が日本にもちらほらと見受けられる。この世には「予想屋」という稼業があり、予想屋にとっては「こうなる」と言ったことが実現するのは良いことである。故に予想屋の予想が当たったことは予想屋にとっては喜ばしいことであろう。

当ブログにとって重要なのは、そして当ブログが社会にとって重要であると考えるのは予想が当たることではない。当ブログの目指すのは予想を当てることではない。保守主義を学びながら保守主義のレンズを通して世の中で起こることを観察し、そしてそれらが持つ意味を保守主義のプリズムを通して理解し発信することである。

だが世の予想屋は予想が専門であるから予想を超えた情報を伝えることはないし、トランプという人物の非保守性が持つ意味を伝えることもない。

当ブログはトランプの大敗北を断言したが、結果として逆にクリントンが敗北した。これは喜ばしいことである。なぜならばトランプが保守主義者でないにしても極左であるクリントンよりもマシだからである。だが非保守トランプには非保守であるがゆえのリスクがある。そのリスクはトランプが就任もしていない現在既に現れてきている。そしてそのリスクこそが我々日本人が理解し、我々の社会に置き換えて考えなければならない部分である。

ドナルド・トランプは、国外に工場を移転しようとしていたエアコンメーカーのキャリア社に対してエサをぶら下げつつ圧力をかけた(デイリーワイヤー)。

エサというのは7百万ドルの税控除である。

トランプ派の報道はこれを自由経済の原則である低税率への回帰だ、と持ち上げているが、そういう話ではない。税金というものは、その社会の全員に同じ率が適用されるから公平なのである。個別の企業に対して個別に交渉して個別の税率を設定するなどというのは腐敗以外の何ものでもない。なぜならばこの会社が700万ドルの控除を受けるということは、他の税金を負担している企業(とその従業員)が間接的にこの会社のために税金を負担させられているからである。

圧力というのは政府関連の発注キャンセルである。キャリア社の親会社はユナイテッド・テクノロジー社で、この会社は合衆国政府から67億ドル相当の防衛関連業務を受注している。トランプは、ユナイテッド・テクノロジー社に対してこの業務契約の更新取りやめを示唆し、更にキャリア社が国外移転先工場から米国へ商品を逆輸入する際に懲罰的な関税を課すと脅した。

同社が米国内に工場を維持する場合のコストが6千5百万ドルであり、それに対して提示された税控除が7百万ドルであるから本来は割にあう話ではなかった。それでも同社が折れたのはこの脅しがあったからである。

トランプは記者会見を行い、ユナイテッド・テクノロジー社とキャリア社の経営陣を褒め称えた。だが最後のほうになって思わず地が出てしまった。

And in the end, what happened is — because that makes it much more difficult. I mean, it’s hard to negotiate when the plant is built. You know what Greg said? Greg said, “But, you know, the plant is almost built, right?” I said, “Greg, I don’t care; it doesn’t make any difference; don’t worry about it.” “What are we going to do with the plant?” “Rent it; sell it; knock it down. I don’t care.”

「だけど、これは簡単じゃなかった。(移転予定の国外の)工場が既に建設済みということで、交渉は難しかった。グレッグ(ユナイテッド・テクノロジー社、グレッグ・ヘイズ会長)が俺に何て言ったかというと、『もう工場建てちゃったんスよ』と。で、俺は言ったんだが『そんなモン知るか、グレッグ。何とかせいや。大丈夫だろ』と。そしたら『でも工場はどうしたらいいんスか?』と言うんで、『貸すか、売るか、ぶっ壊すかせぇや。知るかよ』と」

But we’re not going to need so much flexibility for other companies because we are going to have a situation where they’re going to know, number one, we’re going to treat them well. And number two, there will be consequences, meaning they will be taxed very heavily at the border if they want to leave, fire all their people, leave, make product in different companies — in different countries, and then think they’re going to sell that product over the border.

「(キャリア社は)柔軟性があったから結果うまくいったと言えるわけだが、今後はそういった柔軟性を求める必要は無くなるだろう。なぜならば今後国外に移転し、国内の従業員を解雇し、国外で製品を製造しようとするような企業には相応の結果が待っているからだ。そういう製品を再度国内に持ち込もうとする際には非常に高い関税がかかってくるよ、と・・・」




トランプは「どうだ、俺は米国の雇用を守ったぞ」と胸を張る。これは資本家の家を収奪して庶民に与えて「どうだ、俺は庶民に家を与えたぞ」と威張る共産主義者とさほど変わらぬ姿である。企業を政治的パフォーマンスに利用する姿はまさしくファシストである。

企業の経営者はファシストでも独裁者でもなんでも構わない。「ワシがこうやと決めたんや!その通りに実行せんかい!ついて来られん奴はクビだ!」で全く問題なしである。

大統領や政治的リーダーの仕事は企業を恫喝することではないし指導することでもない。企業が自由に活動することができる枠組みを構築することである。企業が自由に活動する中で技術革新が生まれ、勝者と敗者に分かれるとともに経営資源が勝者に集まり、集まった資源が投資されて雇用が創出され、富は人々の手にいきわたる。

ロナルド・レーガンは企業を恫喝しなかった。レーガンは政府規模を縮小して支出を削減し、税金を下げ、規制を緩和して富の爆発的増加を誘発させた。それはレーガンが真の保守主義者であったからである。

トランプは早速空前絶後の「一兆ドル規模の公共工事による景気テコ入れ」をブチ上げている。大恐慌を長引かせるだけに終わったニューディール政策の再来である。これはトランプがどこをとっても保守主義者ではないからである。

現在トランプの周辺にはマイク・ペンス次期副大統領をはじめとする保守派が何人がいる。ペンスがトランプを保守方面に誘導すると期待されており、一部の閣僚の人選では成功の形跡が見られる。だがこのキャリア社の一件でペンス自身が関わっているのを見ても、どこまで期待できるか疑問である。

日本の安倍政権はトランプの企業恫喝を見て奮い立っていることであろう。政府が企業を恫喝するのは日本では珍しいことではない。

企業の内部留保が増え続けて377兆円に達した今、政府は企業に対して金を吐き出せ、とヤクザのように迫っている。「賃上げしろ、投資を増やせ、景気回復に貢献しろ」と。なぜ企業が内部留保を積み上げるのかといえば、株主への配当と会社の従業員の雇用維持に責任を持つ経営者が将来を心配するからである。将来考えられる逆風が襲ってきても耐えられるように防御壁を築いているわけである。だが愚かな政府のやることは、彼らを余計に心配させることばかりである。

米大統領選挙において、本来の保守主義と市場経済の考え方が日本にも伝えられることを期待したが、テッド・クルーズ敗退でその希望が一旦潰えた。そしてトランプ勝利によって共和党がまとまり、トランプが保守主義者の見識を吸収した姿を見せてくれることを淡く期待しているのであるが、それは過大な期待とならざるを得ないか。

祝・クリントン敗北 - そして保守派の戦いは続く

  • 2016.11.12 Saturday
  • 13:42

苦渋に満ちた米大統領選が正式に終わった。結果として極左でありオバマの政策の継承と拡大を確約していたヒラリー・クリントンの敗北に終わったことはひとまず喜ばしいことである。

当ブログは米大統領選に関する最後の投稿でトランプの大敗北を断言したが、それが完全に外れたということである。そしてそれでよかったのである。

なぜヒラリー・クリントンが敗北し、ドナルド・トランプが勝利したのか。

トランプは今までも述べてきたとおり、不安定でおぼつかない人物である。一般的にトランプは「過激だ」と言われる。だがトランプの発言や行動に過激な部分は一つもない。

メキシコとの国境が不法移民の温床となっている現実において、物理的な壁を建設するのは当然である。イスラム教徒の移民が欧州、豪州、北米において毎日のようにテロを引き起こしている現実において、少なくとも高リスクな地域からのイスラム教徒移民を遮断するのは当然である。これらはトランプの十八番ではなく、テッド・クルーズも主張していたことである。

トランプの問題は過激なことではない。世の言い方を使えばトランプは中庸であり中道である。価値観についても経済についても外交についても一本の筋が通っているわけではなく、あっちに振れてこっちに振れ、いったいどこに軸があるのか分からない人物である。そのためか多くの愚劣な発言を繰り返しては保守派を幻滅させてきた。共和党上院で最も保守とされるユタ州選出のマイク・リー議員などは、低劣な行動や発言を暴露され続けるトランプに対して本選挙を目前にして退陣を求めたくらいである。

保守の言論界においては大きく三つのグループに分かれた。一つは絶対トランプ支持派。これはフォックスニュースやブライトバート誌である。二つ目は、ヒラリー・クリントンによるこれ以上の国家解体を阻止することを第一目的とし、”鼻をつまんで”トランプに投票しようとする一派。これはマーク・レビン等の多くの元クルーズ支持者達がこれに入る。そして三つ目は絶対トランプ不支持派(#NeverTrump)。これにもベン・シャピーロやグレン・ベック、アマンダ・カーペンターといった元クルーズ支持者達が入る。

ヒラリー・クリントンが敗北した理由。それはオバマ政権とヒラリー自身の酷さ故である。オバマ政権8年によってアメリカの軍事力は後退し、同時に外交上の威信も低下。経済は破綻した状態で超低空飛行。政権と政権の意を受けた最高裁による社会実験で伝統的価値観と自由は未だかつてない攻撃にさらされている。それに対してヒラリー・クリントンから出てくるのは使い古された左翼的な言辞。それに加えてクリントンの腐敗。情報セキュリティ問題に加えて計算外にマズかったのが最後に出てきた「アントニー・ウィーナー問題」である。これについては公衆良俗のため多言は避ける。この世から隔絶された生活を送るハリウッドのセレブと左翼思想に脳髄をやられた人間以外はこのオバマ路線を突き進まんとする極左クリントンに少なからず危機感を覚えたはずである。

トランプが勝利した理由。それはクリントンの酷さゆえの自爆と保守派の踏ん張りである。

クリントンの酷さゆえに多くの民主党支持者が熱意を喪失した。投票数がそれを物語っている。一方共和党支持者の保守はクリントンによるオバマの社会主義政策拡大に強い危機感をいだいていた。特に危ないのが高齢化が進む最高裁で、クリントンが政権を取れば左翼の判事が任命されることになる。そうなれば社会の基盤である性別や結婚の概念が変容さっせられ、銃による自衛の権利も風前の灯である。

トランプの政策は良い部分と悪い部分の寄せ集めである。選挙戦初期のころのトランプには「壁をつくる!」だけの印象であったが、指名獲得してから終盤にかけてだいぶまともな政策が出てきている。大幅減税しかり、オバマケア撤廃しかり、教育自由化しかり、エネルギー開発の解放しかり、規制緩和しかり。良い部分はこれまでの対抗者から拝借したものもあればマイク・ペンス次期副大統領の指南によるものもあろう。だが反自由貿易的な姿勢(一部のトランプ支持者は「反グローバリズム」とはしゃいでいる)、社会福祉の拡大、政府主導のインフラ事業拡大、親露的態度、陰謀論への加担など、首をかしげるようなものから唾棄すべきものまで負の部分もある。

それらを総じてクリントンよりも遥かにマシであり、クリントンを止められるのはトランプしかいない。いまトランプを選ばなければ取り返しのつかないことになる。一旦失われたものは返ってこない。一旦壊れたものはもとには戻らない。

この強い危機感が保守派を突き動かした。

マーク・レビンをはじめとする保守派は決してトランプ翼賛会には堕しなかった。彼らはオバマ民主党とクリントンに対して熾烈な批判を繰り広げながらトランプが正しい発言をすれば称揚し、愚劣な発言をすれば雷を落とした。そして同時に選挙ではトランプに投票することを公言した。

トランプとトランプ支持者からいわれなき暴言と侮辱を受けたテッド・クルーズは自ら電話を取ってトランプへの投票を訴えた。「ヒラリーを止めるために」と。

彼らの熱意と行動によってトランプは襟を正して奮闘し、そして不承不承トランプ支持者と絶対トランプ不支持派の一部の心を動かした。

投票当日、マーク・レビンのラジオ番組にマイク・ペンス副大統領候補が電話で登場、「クリントンを止めるために投票を!」と呼びかけた。マーク・レビンは投票締め切りの数十分前まで「Get out and vote! It's time to get the key and go to vote! Stop Hillary! C'mon!」と叫んだ。

トランプは彼らに感謝せねばならない。そして約束を守らなければならない。だが人間は簡単に変わるものではない。若者ならまだしも、トランプほどの高齢であれば疑問を持たざるを得ない。

保守派はクリントンを破った。だが彼らは権力を握ったトランプを制御できるか。

保守派の戦いはこれからである。

「氷河期世代を正社員化で助成」 新たな収奪

  • 2016.11.06 Sunday
  • 17:17
 

氷河期世代を正社員化、採用の企業に助成へ
政府は来年度、バブル崩壊後の就職氷河期(1990年代後半〜2000年代前半)に高校・大学などを卒業し、現在は無職や非正規社員の人を正社員として採用した企業に対し、助成金を支給する制度を創設する。少子高齢化に伴って生産年齢人口(15〜64歳)が減少する中、働き盛りの世代を活用する狙いがある。 読売新聞 10/31(月) 6:11配信 


ここまで不道徳かつ愚鈍なことを考えつき、思いつくだけにとどめず政策として推進してしまう安倍政権はある意味で見事である。

政府はこの日本に生きる全ての人々の代表である。男も女も老いも若きも持てるも持たざるも関係無く、全ての人々の共通の利益を守るために存在する。

そのように意図したところで実際には多かれ少なかれ恩恵を享受する程度には差が生じる。だが少なくとも公平性という前提があるからこそ国民は税金を納めるわけである。

もしもある人間が別の人間から財産を奪い、それをまた別の人間に渡せばそれは窃盗である。いかなる道義的理由を並べようが、それは犯罪である。そこには公平性の片りんも無い。

その犯罪的行為を政府が真顔で実施すると「政策」となる。

この世で働いているのはいわゆる「就職氷河期」に卒業した人々ばかりではない。また家計や収入面で困難を抱えているのは「就職氷河期」の人々ばかりではない。また「就職氷河期」を経験した、あるいは現在経験しているのは「就職氷河期」の人々ばかりではない。

いかなる年齢層にあろうとも、人は様々な困難に直面しながら人生を生きている。困難は金銭面だけではない。性格や人間関係もあれば家族関係や健康面等、我々が人生において直面する困難は多様である。

自分よりも良い、あるいは一見良いと思われる境遇の人々を眺めつつ、それでも多くの人々はひたむきに文句を言わず、あるいは多少は愚痴りながらも実直に一日一日を生きている。「俺は搾取されている。俺よりも収入の多い奴は俺の収入との差額を補てんする義務がある。俺はその補てんを受ける権利がある」などとゴネる人間は少数である。

だが政府がやろうとしているのはこれである。

政府は企業に対し、「ある特定の人々(1990年代後半〜2000年代前半に労働市場に出た人々)を雇用したら、政府がそれ以外の人々の金で彼らの給料を一部負担しますよ」と言っているのである。「その金は税金として既に政府の手中にあります。国民は税金だからしょうがない、と諦めているので、わざわざその使い道について了解を得る必要などないのです」と。

この道徳的な問題もさることながら経済的にも愚かである。

政府は「生産年齢人口が減少する中、働き盛りの世代を活用する狙いがある」としている。

「働きざかり世代」はそれまでに積み重ねた経験によって「働きざかり」となったのであって、35歳あるいは40歳の誕生日を境にいきなり「働きざかり」になったわけではない。働くに必要な業務経験の蓄積と、気力と体力が充実しているからこその「働きざかり」なわけである。年齢は40歳以上でもそれまでの業務経験が無ければ「働きざかり」ではないわけである。

「働きざかり世代」は雇用コストと人件費が一番高い。給料の安い若者を雇ってじっくりと育てるのとはわけが違う。企業は即戦力を求める。「働きざかり世代」の人が途中入社で入ってくれば、上司も同僚も「この人は何ができるのか」に注目する。「何も分かりませんので、一からいろいろと勉強します」では通用しない。

企業は人を採用する際にそこを見極めなければならないから試験や面接をやるのである。

政府が税金で給料を補てんしなければ雇用されない「現在働いていない働き盛り世代」の雇用コストは一般以上に高い。

企業はそのような高コストな労働者は雇わないであろうし、企業に雇わせるためにはそのコスト以上の補てん額を積まなければならない。すなわち、彼ら以外の人々が税金を通じて彼らの給料及び雇用する企業がメリットを感じる額を肩代わりすることを強いられるということである。

愚かな政策は愚かな前提から始まる。

「現在働いていない”働き盛り世代”」はなぜ働いていないのか。政府が考える原因はこれである。

「企業が雇用しないから」

「航空機が墜落した原因は飛行機がうまく飛べなかったから」と言っているようなもので、思考が途中で止まっているのである。

「企業が雇用しない」が原因ならば、「企業が雇用するようにさせればよい」となり、そのために「雇用した企業に助成金を出せばよい(給料補てん額プラスα)」が結論となる。

彼らが働いていないのは企業が雇用しないからであるが、その理由は雇用コストが高いからであり、雇用コストが高いのは雇用規制があるからである。長年にわたり雇用規制を築いてきたのは政府であり、現在の状況は長年の過ちの積み重ねである。現在40代の人々に関して言えば、20年前の1990年代の労働市場に影響を与えた規制の犠牲者である。真の原因を追究するためには時代を遡らなければならないのである。

政府の政策で「現在働いていない”働き盛り世代”」が雇用されるためにはそのコストを補てんする額がそれ以外の人々から収奪されなければならない。企業は助成金を目当てに本来ならば採用しないであろう人々を採用し、その結果業績は悪化し、悪化した業績を埋め合わせるために政府は更に助成金をつぎ込まなければならず、そのためにそれ以外の人々が更に収奪されなければならない、という不条理なサイクルへと突き進む。

政府は愚かな政策を小賢しく理論立てする。メディアは仰々しい言葉で報じ、国民は甘んじて受け入れる。

「政府は失業者を全員正式雇用する!仕事場は浜辺!二手に分かれ、一方は穴を掘る!一方は穴を埋める!財源は税金!」とでもやったほうが潔いくらいである。

そこまでやれば、メディアも国民も、その愚かさに気づかされる可能性は無きにしもあらずである。

「電通」に見るブラック国民の姿

  • 2016.10.16 Sunday
  • 18:55
 

電通の女性社員を労災認定=入社9カ月、過労で自殺
大手広告代理店電通の新入社員だった高橋まつりさん=当時(24)=が昨年12月に自殺し、三田労働基準監督署が労災認定していたことが7日、分かった。時事通信 10月7日(金)18時7分配信


若くして人が自殺するのは悲劇である。親、家族にしてみればこれほど無残なことはあるまい。日本の広告代理店を代表する大手の電通に関する出来事であるからこれほど大きく取り上げられるのも当然であろう。

しかしもっと大きな悲劇はこの出来事に対する国民の反応である。

見聞きするのは、やれ電通は酷い会社だ、ブラック企業だ、上司が悪い、はたまた日本の企業文化が悪い、といった企業を悪者にするものばかりである。

そしてその帰結は何かといえば、相も変わらず「企業への規制を強化せよ」だ。長時間労働や「パワハラ」を止めさせるために行政はもっと行動せよ、と。

そして早速行政は行動を始めている。東京労働局が電通に立ち入り強制捜査に乗り出している。電通の仕事は広告作成であり労働局の対応ではない。労働局のために報告や資料をまとめたりと普段の業務に上乗せして更なる緊急の対応業務に迫られているはずである。普段の残業どころではない。お上のための残業である。しかし「残業が増えますので」などという言い訳は通用しない。お上が強制する残業は断れないのである。

このような問題が起きるたびに企業が悪者になる。そして何も改善されない。それどころかこの見当違いな反応によって改善への道は閉ざされる。新たな法律や制度がつくられて世の中の仕組みが複雑化する。それによって問題は更に見えにくくなり、状況は更に改善から遠のく。

この世に命をかけるに値することは数多くない。命をかけるに値するのは危険に晒された自分と家族の命を守ろうとするときくらいである。会社で働くのは給料をもらって生活するためであるから命をかけるに値するものではない。

ではなぜ人は時として死ぬまで頑張ってしまうのか。

それは現在の職場で頑張らなければ後がないからである。少なくとも多くの人々にとってそれは現実的な感覚である。新卒で入った大手有名会社から脱落すれば同様の条件で仕事を見つけるのは難しい。一般公募で転職できるのは30代までで、それ以降は各段に条件が厳しくなる。実質的に一旦入った会社で頑張るしかない。

「いや、実力さえあれば自分を売り込んでいけるだろ」「強烈な意思があればどこからでも這い上がっていけるぞ」

と言える人間はそれでよい。個人の気持ちの持ちようとしては何ら問題はない。しかしこのようなスローガンを叫んだところで世の現実は何も変わらない。

なぜ我々は一旦入った会社にしがみつかなければならないのか。それは「嫌だったら辞めて他を探す」が難しいからである。

なぜ難しいのか。

それは労働三法(労働組合法、労働基準法、労働関係調整法)をはじめとする労働市場に対する規制によって企業は「労働者を雇いにくく、労働者を解雇しにくい」状況に置かれているからである。

企業にとって人を雇うというのは大変なことである。大手になればなるほど雇用に関する仕事を専門に行う部署が必要となる。健康保険、厚生年金、雇用保険といった労務手続きをはじめ、法律で定められている労働諸規定を満たすために対応しなければならない。

企業が人を解雇するのも同様に大変である。単に「能力が足りないから」では解雇できない。人を雇い続ける余裕がなく、人員を削減しなければ存続が難しい場合も「誰を切るか」が問題となり、「切る」のは簡単ではない。だから余裕のない企業では解雇したい社員に対して激しい叱責や空気による圧力を加えて「自発的退職」を促し、比較的余裕のある大手企業では社内他部署への異動といった手段で乗り切る。

つまりは問題の根本は政府であり、その政府に労働市場規制を要求しているのは誰かといえば、それは我々国民だということである。

労働三法というお節介な法律を撤廃し、雇用者と被雇用者が自由に契約することができるようにすればどうなるか。

「このような能力・資質を持った人をいくらで雇いたい」という企業に対し、「このような仕事でこのような給料で働きたい」という人々が縦横無尽に渡り合い、業務負荷、労働時間、賃金、福利厚生といったものについて自然と相場が形成される。そこから大きく外れれば「割に合わない」となる。割に合わないことをするのは特殊な人、ということになる。雇うにも解雇するも簡単であるため「空き」が常にある状態となる。昼で今の仕事を辞め、午後新し仕事を見つけて明日からそこで仕事をする、といったことが簡単にできるようになる。

そのような環境で誰が会社のために「連日朝の4時まで残業」などしようか。

だが世の大方の意見は「電通はブラック企業だ」止まりである。

「電通を罰せよ!」「電通を営業停止にせよ!」

滑稽なのはそのような人間がひとしきり電通をこき下ろした後で見るテレビのバカ番組のスポンサーのCMを作成しているのが電通だということである。

我々がある会社を「ブラック企業だ」というとき、我々は我々の姿を鏡で見て、いかに我々がブラック国民であるかを知らなければならない。

「企業を罰する」というとき、問題は誰が罰するかである。企業への制裁を叫ぶ人間は決して「市場経済によって制裁を受けるべし」とは言わない。彼らが言うのは「行政は何をしている!」「行政は何とかしろ!」である。

行政が動くということは規制の強化である。規制の強化は更なる労働市場の硬直化をもたらす。労働市場の硬直化は労働者の選択肢の減少をもたらす。選択肢の減少はこのような悲劇をもたらす。

ブラックな国民がブラックな政府を煽ってブラックな労働市場を形成し、ブラックな労働環境で労働者が死ぬとブラックな国民は更にブラックな規制を強化せよと叫ぶ。ブラック政府のブラックな強制査察を受ける企業の管理層はブラックな残業を迫られる。

喜劇というには悲しすぎ、悲劇というには愚かすぎである。

追記:
日本人は労働生産性を上げて労働時間を短縮すべき、という意見もある。これは個人的な心意気としてはよいが、問題の本質とは無関係である。海外を知る人間は日本人の労働生産性が非常に高いことを知っている。真面目さや勤勉さといったDNAは我々日本人が代々先人から受け継ぐものである。我々は集中して長時間働き、正確で完成度の高い仕事を丁寧に仕上げる。これは美徳であり、重要な経済インフラである。だが日本人は規制に対応するために無給で政府に奉仕することを強いられている。身の周りのモノで政府に規制されていないものが一つでもあるか見てみればよい。長時間労働の割に豊かさを享受できないのはそのためである。

「政教分離」なる専制のスローガン

  • 2016.09.18 Sunday
  • 15:49

 

今年の8月15日、安倍晋三は例のごとく靖国神社に参拝せず、鳴り物入りで入閣した稲田朋美も国外に出て参拝せずという結末となった。期待はしていなかったので憤りは感じないが、このような安倍政権を擁護する人間を見るにつけ、暗澹たる気持ちになるのは避けがたいものである。

それはさておき、靖国神社参拝というと必ずどこからか「政教分離の原則上やや問題あり」という声が聞こえてくる。

日本社会は実に多くの空虚なスローガンに満ち溢れている。この政教分離もその一つである。

政治は政治、宗教は宗教。宗教は政治に口を出すべきではない。政治は宗教に絡むべきではない。

もっともらしく聞こえるが、単なる危険思想である。

この「政教分離」という思想は共産主義の宗教弾圧に起源を持つ。共産主義はそれ自体が政府を至高の神とする宗教であるが、単に他の宗教を認めないということである。

共産主義は人間の性質を変えようと(政府に権限を集中させることで人間の持つ「個人の所有欲」という性質を無くさせる)する試みであった。その試みの前提は、人間の性質は変えられる、という思想であった。

だがその試みの結果は大量虐殺であり、独裁であり、飢餓であり、貧困であった。

人間の性質は変えることは出来ない。人間には所有欲があり、善意があり、悪意があり、良心があり、意地悪さがあり、克己心があり、自堕落である。それら性質をあるがままに受け入れ、それを正のエネルギーに変換し、富をもたらしたのが資本主義であった。

同じく人間には変えられない性質がある。それは宗教である。

人間に価値観を与えるもの。それが宗教である。その価値観が良きものであろうが、悪しきものであろうが、価値観は価値観である。

キリスト教は宗教である。仏教は宗教である。イスラム教は宗教である。無宗教は宗教である。無神論は宗教である。オウム真理教は宗教である。共産主義は宗教である。「地球温暖化!」は宗教である。「反原発!」は宗教である。「日本が世界に誇る国民皆保険!」は宗教である。

「自分は宗教とは関係無い!」と百万回言っても事実は不変である。人間は宗教から分離して存在することは出来ない。ある人はこのような価値観(宗教)を持っているが、ある人は別の価値観(宗教)を持っている、ということが言えるだけである。

故に政教分離という思想は「お前の体からお前の価値観を切り離せ」と言っているに等しい。政治家に政教分離を求める、というのは、政治家に人間を止めてロボットになれ、というのに等しい。貴方の価値観が好きで貴方に投票した、だが今や貴方は政治家なのだから、貴方は貴方の価値観を捨てなさい、と言っているに等しい。価値観を捨てろというならそもそもなぜ選ぶのか、という論理矛盾である。

政教分離が共産主義を起源とする専制思想である一方、自由闊達で繁栄する社会に必要なのは信仰や良心の自由である。

自由な社会の基礎は個人財産の保護である。有形、無形を問わず、個人の所有物が他人からの収奪の危機に常に晒されている社会には自由も繁栄も無い。

信仰や良心は個人の財産である。これは最も重要な財産であると言ってもよい。この財産は親から子へと代々受け継がれるものである。良き信仰(価値観)は良き行いをもたらし、良き行いは富の蓄積と豊かさをもたらす。悪しき信仰(価値観)は悪しき行いをもたらし、悪しき行いは貧困と不幸をもたらす。

「政教分離」なる思想が空気のように受け入れられる社会において、自由と繁栄の礎である信仰や良心の自由は置いてきぼりである。

「公人としての参拝ですか?それとも私人としてですか?」

このバカげた質問は、「貴方は貴方ですか?それとも別人ですか?」と聞いているに等しい。

国のために戦った英霊が祭られている靖国神社に参拝するというのは一つの価値観である。それは人間としての良心である。価値観や良心は人から離れたりくっついたりするものではない。常にその人と一緒である。その価値観と良心がその人を形成する。その価値観や良心無しにはその人はその人ではない。

我々は人間の性質を根本的に変えることは出来ない。良き信仰を持つ人がいて、悪しき信仰を持つ人がいる。良心を持つ人がいて、邪心を持つ人がいる。さまざまな組み合わせを持つ人々が様々な組み合わせで社会を構成する。これが現実であり、この現実を変えることは出来ない。

我々が出来るのは、人々が信仰と良心に従って行動する自由を守ることである。それは政教分離ではなく、信仰と良心の自由である。だが信仰と良心の自由は脆弱である。我々の社会にはあまりにも多くの邪教とそのスローガンがはびこっているからである。

 

「働き方改革で成長力底上げ」 洗脳された日本社会

  • 2016.09.18 Sunday
  • 11:21
 

働き方改革、税で後押し 仕事・育児両立促す
2017年度の税制改正に向けた各省庁の要望が出そろった。育児と仕事を両立できる社会をめざし、子育て世帯がベビーシッターを利用したり、企業が保育所を設けたりするのを税制面から後押しする。人口減が加速するなか、女性や高齢者が仕事に就きやすくする「働き方改革」を通じて成長力を底上げする。 2016/8/27 1:14日本経済新聞 電子版


我々はアリ地獄に生きている。もがけばもがくほどに砂の中に深く沈み込んでいく。

「人口減が加速するなか、女性や高齢者が仕事に就きやすくする」ことで「働き方を改革」して「成長力を底上げ」するという愚にもつかない冗談を真顔で人々が語る。冗談であるということにも気づかない。完全なる洗脳である。

人口減少は衰退の象徴である。豊かさは人口の増加をもたらし、人口の増加は活力を生み出す。人口の減少は人々が将来への希望を見出せない社会の産物である。

なぜ人々は将来への希望を見出せないのか。それは経済が成長を止め、縮小へと向かっているからである。なぜ経済が縮小するかといえば、それは社会福祉と規制によって現在と将来の富が国民全体から吸い取られているからである。

経済が硬直化しているから人口が減少する。だが政府の対策は「経済をくびきから解き放て」ではなくて「女性や高齢者を働かせろ」である。しかも国民から集めた税金を使ってである。

女性が働けば働くほど、当たり前だが結婚は減少する。結婚が減少すればするほど出産も減少する。出産が減少すればするほど将来の人口は減少する。

そこでまた政府が対策する。女性が子供を産みやすくするように「保育所を増やす」とか。だがそこで問題が起こる。保育士が足りない。なぜならば保育士の仕事がキツイわりに給料が安いから。すると政府が対策する。保育士の給料を月額6000円上げると。またもや税金を使ってである。仮に多くの人が納得して保育士になろうという人が増えるとしても他の分野で人手不足が生じる。

永遠の負のループである。それで最終的に「成長力が底上げできる」言い張るのであるから脳みそが腐っているとしか言いようがない。

政府のやることというのは自分で傷をこしらえておいて、バンドエイドを貼り、すぐ横にまた傷をつけてバンドエイドを貼り、バンドエイドが古くなればその上から新しいバンドエイドを次から次へと貼り付けるかの如くである。そのうちに、そもそもなぜバンドエイドを貼らなければならなかったのかは誰にも分からなくなり、古くなって外れかけているこのバンドエイドをどうやって修復して維持するか、だけが焦点となる。

育児も仕事も個人の領域である。個人の領域から政府が手を引いて規制を撤廃し、あちこちから高い税金を取らなければならない原因である社会福祉を撤廃すれば経済は息を吹き返す。経済が生き返れば出生率は上がる。出生率が上がれば人口は増加する。「人手不足」も「待機児童」も雲散霧消する。

だがその希望は無い。なぜならば、我々は洗脳されているからである。

最低賃金、若者のハシゴを外す安倍左翼政権

  • 2016.09.17 Saturday
  • 17:54

<最低賃金>時給、初の800円台 16年度全国改定
全都道府県で今年度の最低賃金改定の答申が出そろい、厚生労働省が23日、公表した。改定額は全国平均で823円(時給)と初めて800円台となり、平均引き上げ額は前年度比7円増の25円。時給で表示するようになった2002年度以降最大の引き上げで、政府が掲げる3%引き上げに相当する数字になった。 毎日新聞 8月23日(火)20時9分配信


安倍政権の左翼経済政策である年3%の最低賃金引き上げ目標に沿って最低賃金が上がっている。

最低賃金なるものは従来より左翼の政策であった。だが保守不在の日本においては、いわゆる左派もいわゆる右派もそろってこの左翼政策を支持している。

労働は商品である。「労働は商品ではない」と百回叫んだところで労働が商品であるという客観的な事実は不変である。

青空を見て「空は赤い!」と百回叫んでも空が赤くならないのと同じである。

商品の価格は需要と供給のバランスによって決まる。これは「新自由主義思想」でも「リバタリアン思想」でも何でもなく、有史以来変わらぬ事実である。

ある高さにモノを持ち上げて手放せば地球の重力によって地面に向かって落下するのと同じである。

違いが生じるのは、需要と供給のバランスによって自然と収斂するはずの価格を人為的に操作するか、あるいはその価格決定プロセスを邪魔せずにありのままに受け入れるかといった、価格というものに対する考え方と対応である。

前者によって生じるのは過剰な需要や過剰な供給、そして高止まりした価格である。対して後者においては価格は需要者と供給者との間で交わされる双方向の信号として機能し、供給量、需要量、価格が自然と最適値に調整される。

最低賃金というのは雇用者と被雇用者との間で自然と収斂するはずの賃金という価格を人為的に操作するものに他ならない。政府は最低賃金という操作された価格を高いほうへ高いほうへと設定する。同じ商品の価格を上げれば需要は減る。当然ながら雇用の機会は減少する。特に減少するのは低付加価値な労働における雇用である。

例えばある雇用者が一時間800円の価値を生み出す仕事で労働者に時給700円を支払っていたが法定の時給が700円から800円に上がる。すると利益は無くなるからこの仕事そのものを廃業するか、もしくは労働者のうち生産性の低い者を解雇するか、もしくは労働者を全員解雇して機械に置き換えてしまうか、といった選択を迫られる。

アメリカではマクドナルドがレジの無人化とロボットによる自動受付を開始しているが、まさにファーストフード店は最低賃金が直撃する低付加価値労働の好例である。

世の中には「アタマの良い」人がいるものである。彼らは言う。

「最低賃金が上がったくらいで継続できなくなるような経営力の無い事業はそもそも淘汰されるべきなのでは」と。

この小アタマの良い言葉をもっと分かりやすい言葉に置き換えるとこうなる。

「最低賃金ほどの利益を生み出せない者達(低学歴者、低能力者、若年者、身障者等)はこの世から消えてしかるべきなのでは」

若くして経験のない者はいかにして仕事の第一歩を踏み出すか。多くの場合、企業の正社員としてではなく、「バイト」である。彼らはそこで仕事の大変さや責任感を徐々に学んでいく。そのような仕事で家族を養うことは出来ないし、その必要もない。なぜならば、これら低付加価値な仕事は「階段の第一歩」でしかないからである。

第一歩だが重要な第一歩である。第一歩がなければ階段を上がることは出来ないからである。

「一億総活躍社会」を掲げる安倍政権がこれから頑張る世代である若者達が登ろうとする階段を外し、それをアベノミクスと称する。

実に悲しく滑稽な姿である。

「北方領土」とプーチンの犬、安倍晋三

  • 2016.09.04 Sunday
  • 23:16


北方領土をめぐる安倍外交のオメデタさに歯止めがかからない。安倍晋三はプーチンの犬と化している。
 

ロシア人居住権を容認へ 政府方針
政府は、ロシアとの交渉で北方領土が日本に帰属するとの合意が実現すれば、既に北方領土で暮らすロシア人の居住権を容認すると提案する方針を固めた。 毎日新聞2016年9月1日

 

ロシア経済協力相を新設、世耕氏が兼務 首脳会談見据え
政府は「ロシア経済分野協力担当相」を新設し、世耕弘成経済産業相に兼任させることを決めた。菅義偉官房長官が1日午前の記者会見で発表した。安倍晋三首相は2日からロシアのウラジオストクを訪れ、プーチン大統領と会談する予定。北方領土をめぐる日ロ交渉の進展に向け、日本側の強いメッセージにする狙いがある。 朝日新聞2016年9月1日

 

北方領土、現世代で決着=「日ロ極東会談」定例化を―安倍首相演説
【ウラジオストク時事】安倍晋三首相は3日(日本時間同)、ロシア極東ウラジオストクで開かれた同国政府主催の「東方経済フォーラム」で演説し、プーチン大統領との首脳会談を毎年、ウラジオストクで行うことを提案した。


「プーチンの犬」は特殊な現象ではない。アメリカの自称保守にもプーチンを喜々として持ち上げる者はいる。

ウクライナを脅かし、ヨーロッパを恫喝し、イランに接近し、中国と軍事協力を進める独裁ファシスト、プーチンの振るう強権に魅了させられるバカは洋の東西を問わず存在するものである。

しかし我が国の領土を奪って居座り続け、中国と組んで日本の領域を脅かすロシアのプーチンに対し、「貴方様にどこまでもついて参ります」、「足蹴にされてもすがりついて参ります」、「誰から何を言われようと、私には貴方様しかおりません」と言わんばかりの安倍政権のロシア詣でぶりには言葉を失う。

「言語道断」では怒りを表すことが不可能である。

「情けない」では情けなさを表すことが不可能である。

「あぶない」では危険性を表すことは不可能である。

ロシア経済は脆弱である。まともな製造業が無く、腐敗がはびこり、官僚機構が経済に介入するロシアの経済には明るい兆しはない。彼らが売るものといえばほとんどが地下資源である。収益は世界市場によって大きく左右される。原油価格が下落すればロシアの経済は終わりである。

だからロシアとしては日本からの経済強力はありがたい。日本からの経済協力は何としてでも取り付けたい。日本に対しては「北方領土」という切り札がある。幸いアベというお坊ちゃんがいて、そして我が国(ロシア)に甘い幻想をいだくアベ支持者達がいる。「北方領土」をチラつかせれば奴ら(日本)はイチコロである。返す必要はサラサラない。譲歩する必要もない。

ただ、「金を出せば、返ってくる?かな?」と期待を持たせつつタラタラと「協議」を重ねさえすればよい。

「譲歩する可能性あり」とにおわせて日本側の期待感を盛り上げ、日本側の期待感が高まったあたりで「領土は一ミリたりとも譲歩することはない」と冷水を浴びせてリセットし、北海道の領空を侵犯して日本側に恐怖を抱かせ、しばらくしたら「話し合おうよ」と持ちかけ、日本側は「あっ!ロシアから対話を呼び掛けてきた!この機会を逃してはならん!」と焦ってテーブルにつき、その日本に対してロシアは「経済強力頼みますよ・・・北方領土の件もいろいろ話し合わなきゃイカンし」で、日本側は「ロシアは北方領土返還の可能性を示唆!」と狂喜・・・

この猿芝居が繰り広げられる間にロシアは着々と北方領土のロシア化を進める。

国後島進む「ロシア化」 インフラに加え教育環境充実
終戦71年、現島民も「ここがふるさと」 北方領土の「ロシア化」が着々と進んでいる。ロシア政府は近年、インフラ整備に加え、ロシア人島民2世、3世の教育環境の充実にも力を入れる。北海道新聞 8月28日(日)7時30分配信 

ロシアという国は常に領土を拡大してきた。ソ連邦は崩壊して複数の共和国に分裂したが、プーチンが目指すのはかつての超大国・ソ連帝国の復活である。プーチンはKGBで育った人間であり、プーチンが理解するのは力のみである。

北方領土が「返還」されることはない。

我が国が北方領土を武力で奪還するか、もしくは未来永劫ロシアの領土となるか、二つに一つである。

「武力で奪還」など現実離れしている、と思うならば日露戦争を思い返せばよい。なにも真正面からぶつかり合うだけが戦争ではない。核大国を相手に核ミサイルを撃ち込み合うだけが能ではない。核兵器が強力ならばミサイル防衛システムは相手の核を無力化する兵器である。自国の経済を爆発的に活性化させる一方で敵国の経済を疲弊させるのも手である。あの国とこの国を味方につけてロシアを包囲するのも手である。

一発も発射せずに戦いを終える、という戦争もある。それを実行したのは冷戦に勝利したロナルド・レーガンである。だがそのために必要なのはいつでも全面戦争を戦える準備である。外交とは戦争であり、戦争も外交である。戦争の準備なき外交はあり得ない。

ロシアに尻尾を振る外交など外交ではない。ましてや戦争でもない。

これは売国である。

安倍晋三というプーチンの犬が我が国の国益を売り渡し続け、ロシアが北方領土を実効支配し続ける現在、北方領土は限りなく完全なるロシアの領土となりつつある。

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>

time

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM