トランプ就任演説 憂いと期待

  • 2017.01.21 Saturday
  • 14:31

オバマを選んだアメリカにしてトランプあり、トランプを選んだアメリカにしてトランプの就任演説あり。

多くの人々はただ目の前にある問題を誰かになりふり構わず解決してもらいたいと願っている。彼らの出した答えはトランプであった。

トランプ大統領の就任演説はこのような世相を表すものであった。溢れるスローガン、勢いある言辞、浅い内容。




これからは人々が支配する時代だ!
子供達は知識ゼロだ!
工場が国中で閉鎖されている!
我々は自分らを犠牲にして他国を富ませてきた!
保護(主義)は我々に富と力をもたらす!
我々は国中に道路を、橋を、空港を、トンネルを、鉄道をつくるのだ!
アメリカ製の製品を買おう!アメリカ人を雇おう!
イスラム原理主義をこの地球上から完全に抹殺するのだ!
アクションの時がきた!


フランス革命的な「人々が支配」ではなくて「憲法による統治」ではないのか。いくらなんでも「知識ゼロ」ということはあるまい。工場が閉鎖されているのは他国のせいではなくて自国の規制と税制によるものではないのか。保護主義が富を減少させることをまだ知らないのか。オバマの公共事業による「経済刺激策」を倍にするのか。最終製品はアメリカ製でも原料は海外産というのもあるぞ。イスラム原理主義を「地球上から完全抹殺」するために十字軍を再結成するのか?アメリカ第一主義と矛盾するぞ。「アクション!」はオバマのスローガンだぞ。

「アメリカ第一」を掲げたことについては健全化への第一歩と期待されるが、「自由」という言葉が使われたのは一度だけ。「合衆国憲法」という言葉は0(参考)。

トランプ翼賛者はトランプをレーガンと比較するが、レーガンの保守主義に裏打ちされた就任演説と比べると「月とスッポン」である。




実際の政策が実行されるのはこれからであるから今後の動きを見守るしかないが、実に「想定内」なでだしである。いずれにしても健闘を祈りたい。

カストロの死と我が国の反応

  • 2017.01.18 Wednesday
  • 16:17

カストロをの死を受け、世界の指導者達は異なる反応を示した。

左翼であるカナダのトルードー首相やオバマ大統領はカストロの死を惜しむ声明を発した。保守の支持を受けて大統領に選ばれたトランプはカストロの死を歓迎する声明を発した。キューバ系の保守であるテッド・クルーズやマーコ・ルビオはカストロと共産主義の残虐性・非道性を糾弾した。



安倍晋三はカストロの死を悼む声明を発した。

 

キューバ革命後の卓越した指導者であるフィデル・カストロ前議長の逝去の報に接し、謹んで哀悼の意を表します。本年9月に私がキューバを訪問しお会いした際には、世界情勢について情熱を込めて語られる姿が印象的でした。日本政府を代表して、キューバ共和国政府および同国国民、ならびにご遺族の皆さまに対し、ご冥福をお祈りします。


安倍晋三、安倍晋三の周辺、そして安倍晋三の支持率を支える人々の価値基準はいったいどこにあるのか。

「保守」を自称する人間がカストロを讃える異常さと滑稽さ。日本の自称保守にとってカストロは保守である。なぜならば、キューバ葉巻が似合うから。後は恐らく髭面でワイルドな感じだから。

日本には哲学としての保守主義が存在しない。あるのは雰囲気としての保守主義だけである。

カストロの死は日本においては価値基準の欠如を表出させただけであった。価値基準の欠如は往々にして便利である。だが折々の便利さに埋没する生き方は混乱へと導かれる。

我々日本人は混乱している。何が正しく、何が間違っているのかを見失っている。その場その場の空気に流されるのみ。一時の雰囲気をなんなく掴んでは半ば疑心暗鬼でそれを「正しい」と念じる。

キューバは極悪国家である北朝鮮とも繋がる極悪国家である(参照)。

極悪国家を極悪国家として認識できない国家の未来は暗い。

「同一労働・同一賃金」空想に基づく愚策

  • 2016.12.25 Sunday
  • 11:58
 

大半の企業、人件費の拡大懸念 同一労働同一賃金の導入に警戒感
政府は20日、非正規労働者の待遇を改善する「同一労働同一賃金」の実現に向け指針案を示して取り組みを強化する方針を表明したが、産業界では導入への警戒感を強めている。「制度が決まれば対応しなくてはならないが、コスト的には厳しい」(大手スーパー)と、人件費の拡大を懸念する声が圧倒的に多い状況だ。人手不足のなか人材流出の懸念もあり、産業界は対応に苦慮している。 SankeiBiz 12/21(水) 


「同一労働ならば同一の賃金を払うべし」という考え方は、この世に「同一労働」というものが存在する、という幻想に基づいている。

限りなく「同一」に近い、例えば工場の組み立てライン作業を考えてみる。部品Aと部品Bが流れてきて、作業員はAとBを組み合わせて部品Cにするプロセスである。そこでは作業員が指示に従って単純な作業さえすれば同じ仕上がりになるような仕組みになっている。ではここで働く10名の作業員は「同一労働」をしているのか、といえばそうではない。その工程の後では部品Cが仕様通りに組み立てられているかを機械で自動判定する検査工程がある。そこではズレや不完全な組立てが検知されて自動で良品と不良品に仕分けられ、同時に作業員毎の良品率が計測される。

この例において、一定時間内における10名の良品率が100%から60%にわたる場合、ある作業員は100%の仕事をし、ある作業員は80%の仕事をし、ある作業員は60%の仕事をしたことになる。もしもすべての作業員の良品率が100%であったとしても、それはたまたまその検査に違いを判定するだけの精度が無い、もしくはそこまでの精度が求められていないというだけのことで、「違いが存在しない」ということを意味するわけではない。

複数の人間による作業には必ず違いが存在する。違いが存在しないのは、同一規格でつくられた機械による作業だけである。人間は同一規格でつくられているわけではない。人間は性格も能力も指向も多様である。同じ人間でも気分の良い日もあれば悪い日もある。気力が充実していれば集中力が増す。気になることがあれば注意力は減じる。

単純労働ですら人により違いが生じ、同一人物であっても時と場合によって違いが生じる。何らからの付加価値を求められる仕事において、その差は指数関数的に増大する。

また同程度の仕事を同程度に仕上げる複数の人間に関しても、与えられた仕事に素直に取り組むか、早く仕上げるか、体裁よくきれいに仕上げるか、工夫して改善につなげるか、仕事内容の文字ヅラに表れない違いは山ほどある。また、長く仕事を続ける可能性が高いか、もしくは結婚や妊娠等で途中で仕事を辞める可能性が高いか、といった当人の資質以外の要素によっても雇用者にとっての被雇用者としての価値は違ったものとなる。

賃金というものは労働の価値に対する対価である。

これら多様な人間による労働において、「同一労働」と「同一賃金」を語るというのは完全なる空想の世界である。

空想にふけるのは時として楽しいものである。個人が空想にふけるのは自由である。だが政府が空想に基づく政策を施行するとき、結果は空想の範囲を超えて現実のものとなる。

「同一労働・同一賃金」を導入するとき、賃金をパフォーマンスの高い側に合わせてはパフォーマンスの低い人間の慢心を呼び、逆にパフォーマンスの低い側に合わせてはパフォーマンスの高い人間のモチベーションを下げる。妥協策として企業はパフォーマンスの平均値に賃金を合わせる。

結果として企業内にはある程度の慢心とある程度のモチベーション低下がもたらされる。パフォーマンスに基づいた最適賃金の設定は妨げられ、全体的にコスト高となる。高パフォーマンスの人材の不満と低パフォーマンスの人材の慢心が同時に発生するのであるから当然である。

それがために産業界では人件費の拡大が懸念されているわけである。

あらゆる企業が安心して金儲けに邁進することこそが景気回復への道である。そのための枠組みを整備するのが政府の役割である。その枠組み整備とは規制の排除に他ならない。道路の信号のように最低限全ての人が守らなければならない決まりに従う以外はいつ、誰が、どこへ、どのような道筋で行こうが自由である、というようにしなければならない。

政府がやっているのはその逆である。故に景気の悪化は必然である。

日露経済協力なる敗北外交

  • 2016.12.22 Thursday
  • 23:08

 

首相が日露防衛協力を急ぐ理由…中国の膨張する脅威、露との間にくさび
倍晋三首相は対ロシア外交の新たな戦略として自衛隊と露軍の防衛協力の強化を柱に据える。15、16日の日露首脳会談で合意した外務・防衛閣僚級協議(2プラス2)の再開はその第一歩だ。同盟国である米政府が抱く日露接近の懸念を振り切ってまで日露防衛協力を急ぐのは、なぜか。中国の軍事的脅威が眼前に迫った現実的な危機に変質するにつれ、防衛省・自衛隊では露軍との協力が必要との認識が高まっていた。シーレーン(海上交通路)である太平洋、インド洋、北極海で支配する領域を膨張させようとする中国を押さえ込むには、日露が補完しあえる分野があると踏んでいたからだ。 産経新聞


産経新聞によると、「日露の信頼醸成は中露の間にくさびを打ち込むことにつながる」そうである。「日本がロシアを見方につけ、中国にとって脅威と映れば中国は相応の軍事力をロシアに向けて貼り付けなければならなくなる」らしい。

誠に幼稚な世界観である。

これを書いている人間達は「大人の分析」をしている気分にでもなっているのであろうが、実に軽薄かつ愚鈍である。

二つの強力な敵国を相互に離反させ、敵対させる、というのは高度な諜報活動を要する隠密行動である。相互の信頼関係を破壊し、相互に疑心暗鬼を起こさせ、相互に敵愾心を抱かせ、相互の関係を修復不可能にし、一触即発の状態にもっていく。このようなことをするには何年にもわたる両国政府への工作員による浸透が必要である。誰にもそうとは感づかれずにじわじわと両国の関係を変えていく。これは1930年代にソ連によって実際にアメリカ、日本、イギリスで行われた諜報工作である。

例えば中露関係が険悪化するなかで中露国境付近で立て続けに爆発があり、中国はロシアを、ロシアは中国を非難。緊張が走る中、どこからともなく銃撃が始まり、混乱の中で戦闘行為がエスカレート。怒りで激高した両国の国民は激烈な報復を叫び、両国はなし崩し的に戦争へと突入。実は両国を離反させ、戦闘行為を引き起こしたのは日本の工作員なのだが、世界の誰もがそのような事実を露知らず。日本は中露が互いに殺し合うのを高みの見物と決め込む。

そんなことができるのであれば、それが本当の「くさびを打ち込む」である。

新聞が「両国の関係にくさびを打ち込む」などと報道して「種明かし」し、それを読んで「深い分析だ」などと持ち上げる。これほど滑稽なことはない。

中露の工作員は早速これを本国に送信し、これを読んだ中露の政府首脳はあまりのバカさ加減に失笑をもらしたことであろう。

このような融和外交は歴史上稀ではない。例えばニクソン・キッシンジャーの対ソ連、中国外交。ニクソンとキッシンジャーはレアル・ポリティークと称して中国への敵対姿勢を緩和し、ソ連に対して中途半端な「デタント」「封じ込め」という外交を行った。ニクソンとキッシンジャーはこれを地政学上の現実に立脚した冷徹な計算による外交と考えたのであろうが、結果は共産圏を増長させただけであった。

ニクソン、キッシンジャーの融和外交に真っ向から挑戦したのがロナルド・レーガンの強硬政策であった。レーガンはソ連を「悪の帝国」と名指しし、軍拡を進めて最新鋭の兵器を配備し、経済力で圧倒し、そしてソ連を崩壊せしめた。

プーチンはソ連、KGBの生き残りである。プーチンは言った。「20世紀の最大の悲劇はソ連の崩壊である」と。プーチンは権力を自らに集中させるために邪魔になる人間を次々と葬ってきた。覇権国家ロシアの復活とそのロシアに君臨する自分。これがプーチンの全てである。

ロシア、そして中国の指導層は蛇のように抜け目がなく狡猾である。彼らが安倍政権の「ロシアへの経済協力」ごときでコロリと騙されこちらの意のままに動くだだろうなどと考えるのは幼稚園児の発想である。

彼らの獰猛な鋭い目は敵の弱さを見逃すことはない。凄みをきかせて睨みつけ、怖気づいた相手がしっぽを巻いて縮こまる様をじっと見ている。

今の日本は蛇の前で哀れな姿を晒すモルモットのようなものである。蛇がモルモットに噛みつかないのは虎(アメリカ)が横にいるからである。だがその虎も蛇に対する警戒心を解きつつある。モルモットは薄々危険を感じつつもなすすべがない。なすすべがないからひと時の安心を得たいがために自己欺瞞に走る。蛇に対して自分の体の一部を差し出し、それと引き換えに命をお助けください、と懇願する。

これが安倍外交であり、安倍外交は敗北外交である。問題はその安倍を支持する国民である。彼らは現実に向き合うことができない。

「でも安倍さん以上の人材がいないから」

日本は危機に晒される。だが少なくとも安倍と安倍政権の敗北外交は安泰である。彼らがそう言いつつ支持率を支える限り。

親ロシアのトランプ政権、そして安倍政権は・・・

  • 2016.12.18 Sunday
  • 20:10
 

日ロ経済協力3000億円 首脳会談で合意へ
安倍晋三首相は16日午後、来日中のロシアのプーチン大統領と東京で再び会談し、首相が5月の首脳会談で提案した「8項目の経済協力」案に沿った事業の具体化で合意する。民間を含めた日本側の経済協力の総額は3000億円規模となる見込みだ。両首脳は午後の会談後に共同記者会見に臨み、北方四島での共同経済活動についても見解を発表する。


米・大統領選においてドナルド・トランプは「反グローバリズム」を旗印に勝利を得た。トランプは共和党の指名争いの過程においてトランプはテッド・クルーズの妻がゴールドマン・サックスに一時勤務したことをあげつらい、クルーズは「国際金融資本、ゴールドマン・サックスの手先」だと批判した。トランプの支持者はそれに悪乗りして「クルーズはグローバリストだ!」と罵った。

だがトランプは選挙戦の後半から立場を徐々にシフトし、スティーブ・バノンというゴールドマン・サックス出身のトランプ翼賛誌・ブライトバート幹部を選挙管理部長に据えた。更に本選挙においてクリントンを破ったのち、閣僚としてやはりゴールドマン・サックス出身の人物を財務と商務の長にそれぞれ指名した。そして今、またもやゴールドマン・サックス出身のレックス・ティラーソンなる人物を国務長官に指名した。

保守派の間ではジョン・ボルトン(前国連大使)という揺るがぬ価値観と冷徹な視点を持つ経験豊かな外交官が強力に推されていたにも関わらずである。

トランプ翼賛者は「この柔軟さがビジネスマンの強みなのだ。有能なビジネスマンを起用すれば強い経済が復活するはずだ」と持ち上げる。人は歴史を忘れるものである。

20,000品目以上の輸入品に対する関税を記録的な高さに引き上げ、アメリカのみならず世界中において関税引き上げ争いを起こし、経済を奈落に突き落としたスムート・ホーリー法という悪法を成立させたのがハーバート・フーバー大統領であった。フーバーは有能なビジネスマンとして政界入りした人物であった。

レックス・ティラーソンは政商である。しかもロシアの邪悪な独裁者、ウラジミール・プーチンとべったりの政商である。

プーチンはシリアにおいてアサドとイラン側に立ち、アメリカの支援する反アサド勢力(イスラム国ではない)に対して連日猛攻撃をかけている。まさにアメリカの国益と真っ向から反する人物である。

だが魂を抜かれた共和党幹部はプーチンに対するガードをあっさり下げ、トランプのティラーソン起用を褒め称えている。時代は変わったのだと。もう旧ソ連との対立は過去の話なのだと。

ティラーソンという人物は「プーチン」以外では「地球温暖化説」に賛同し、エクソンの経営方針をそれに沿ったものに変えるなど、極めて怪しい価値観の持ち主である。

優柔不断なオバマ外交の後はトランプによる積極的な親ロシア外交。この構図はプーチンにとって極めて好都合である。

一方、我が国においては安倍政権の売国外交が危険水域に入りつつある。

米外交が親ロシア(あるいは容ロシア)に傾くのであれば、日本の北方領土をめぐる立場は間違いなく弱くなる。

「まあまあ、そう事を焦るでない」、もしくは「そんなことにまだ拘っているのか!お前らは戦争に負けたのだぞ!立場をわきまえろ!諦めろ!そして忘れろ!」と言われるのが関の山である。

現在の日本がアメリアが反対する中を単独でロシアに軍事的に対峙するのは現実的ではない。そのような状況においては長期的な視野をもって将来の武力奪還に向けて着実に経済を復活させ、法整備も含めて防衛を強化すべきである。

安倍晋三はプーチンという日本の領土を占領している敵国の独裁者に対して3000億円の経済協力を差し出した。何の見返りも無しにである。

プーチンのようなギャングの親玉に対しては軍備増強によって領土的な野心を抑制しつつ経済的に追い込んで徹底的に締めあげなければならない。そのプーチンに経済協力を申し出るとは愚かさ極まれりである。

安倍晋三は日韓合意や談話発表の頃から売国奴だと思っていたが、ここへきて更に危険度が増している。

だが安倍政権翼賛派は「いや、これは大事な第一歩なのだ。これからが勝負なのだ」と相変わらず寝ぼけたことを言う。とっくの昔から目覚まし時計が鳴っているにも関わらず、いまだに目が覚めないのである。このような輩は一生寝ぼけたままであろう。

一般的にアメリカの政権が共和党のときは比較的親日的であると思われている。確かに今回もヒラリー・クリントンよりはマシかもしれない。だが対ロシアに関して言えばアメリカの新政権は日本に対しても親ロシア姿勢を求めてくる可能性が高い。

それに対して日本がどう対処すべきかといえば、明確にロシア敵視を打ち出すか、もしくは親ロシア路線を絶対に排除する前提で適当にかわすのが本来あるべき姿である。だが安倍政権のぶざまな動きから見ればそのような現実路線は望むことはできまい。

誠に暗澹たる年末である。

ドナルド・トランプ恫喝大王の誕生か

  • 2016.12.04 Sunday
  • 18:10

 

トランプ氏、米空調大手キャリアと国内雇用維持で合意
[29日 ロイター] - ユナイテッド・テクノロジーズ (UTX.N) 傘下のエアコンメーカー、キャリアは、インディアナポリスにある工場の約1000人の雇用を維持することで、トランプ米次期大統領と同州元知事でもあるペンス次期副大統領と合意した。


ドナルド・トランプが大勢の予測を覆してクリントンに勝利したことを受け、トランプ勝利を予測していたことをさも凄いことであるかの如く自慢する人間が日本にもちらほらと見受けられる。この世には「予想屋」という稼業があり、予想屋にとっては「こうなる」と言ったことが実現するのは良いことである。故に予想屋の予想が当たったことは予想屋にとっては喜ばしいことであろう。

当ブログにとって重要なのは、そして当ブログが社会にとって重要であると考えるのは予想が当たることではない。当ブログの目指すのは予想を当てることではない。保守主義を学びながら保守主義のレンズを通して世の中で起こることを観察し、そしてそれらが持つ意味を保守主義のプリズムを通して理解し発信することである。

だが世の予想屋は予想が専門であるから予想を超えた情報を伝えることはないし、トランプという人物の非保守性が持つ意味を伝えることもない。

当ブログはトランプの大敗北を断言したが、結果として逆にクリントンが敗北した。これは喜ばしいことである。なぜならばトランプが保守主義者でないにしても極左であるクリントンよりもマシだからである。だが非保守トランプには非保守であるがゆえのリスクがある。そのリスクはトランプが就任もしていない現在既に現れてきている。そしてそのリスクこそが我々日本人が理解し、我々の社会に置き換えて考えなければならない部分である。

ドナルド・トランプは、国外に工場を移転しようとしていたエアコンメーカーのキャリア社に対してエサをぶら下げつつ圧力をかけた(デイリーワイヤー)。

エサというのは7百万ドルの税控除である。

トランプ派の報道はこれを自由経済の原則である低税率への回帰だ、と持ち上げているが、そういう話ではない。税金というものは、その社会の全員に同じ率が適用されるから公平なのである。個別の企業に対して個別に交渉して個別の税率を設定するなどというのは腐敗以外の何ものでもない。なぜならばこの会社が700万ドルの控除を受けるということは、他の税金を負担している企業(とその従業員)が間接的にこの会社のために税金を負担させられているからである。

圧力というのは政府関連の発注キャンセルである。キャリア社の親会社はユナイテッド・テクノロジー社で、この会社は合衆国政府から67億ドル相当の防衛関連業務を受注している。トランプは、ユナイテッド・テクノロジー社に対してこの業務契約の更新取りやめを示唆し、更にキャリア社が国外移転先工場から米国へ商品を逆輸入する際に懲罰的な関税を課すと脅した。

同社が米国内に工場を維持する場合のコストが6千5百万ドルであり、それに対して提示された税控除が7百万ドルであるから本来は割にあう話ではなかった。それでも同社が折れたのはこの脅しがあったからである。

トランプは記者会見を行い、ユナイテッド・テクノロジー社とキャリア社の経営陣を褒め称えた。だが最後のほうになって思わず地が出てしまった。

And in the end, what happened is — because that makes it much more difficult. I mean, it’s hard to negotiate when the plant is built. You know what Greg said? Greg said, “But, you know, the plant is almost built, right?” I said, “Greg, I don’t care; it doesn’t make any difference; don’t worry about it.” “What are we going to do with the plant?” “Rent it; sell it; knock it down. I don’t care.”

「だけど、これは簡単じゃなかった。(移転予定の国外の)工場が既に建設済みということで、交渉は難しかった。グレッグ(ユナイテッド・テクノロジー社、グレッグ・ヘイズ会長)が俺に何て言ったかというと、『もう工場建てちゃったんスよ』と。で、俺は言ったんだが『そんなモン知るか、グレッグ。何とかせいや。大丈夫だろ』と。そしたら『でも工場はどうしたらいいんスか?』と言うんで、『貸すか、売るか、ぶっ壊すかせぇや。知るかよ』と」

But we’re not going to need so much flexibility for other companies because we are going to have a situation where they’re going to know, number one, we’re going to treat them well. And number two, there will be consequences, meaning they will be taxed very heavily at the border if they want to leave, fire all their people, leave, make product in different companies — in different countries, and then think they’re going to sell that product over the border.

「(キャリア社は)柔軟性があったから結果うまくいったと言えるわけだが、今後はそういった柔軟性を求める必要は無くなるだろう。なぜならば今後国外に移転し、国内の従業員を解雇し、国外で製品を製造しようとするような企業には相応の結果が待っているからだ。そういう製品を再度国内に持ち込もうとする際には非常に高い関税がかかってくるよ、と・・・」




トランプは「どうだ、俺は米国の雇用を守ったぞ」と胸を張る。これは資本家の家を収奪して庶民に与えて「どうだ、俺は庶民に家を与えたぞ」と威張る共産主義者とさほど変わらぬ姿である。企業を政治的パフォーマンスに利用する姿はまさしくファシストである。

企業の経営者はファシストでも独裁者でもなんでも構わない。「ワシがこうやと決めたんや!その通りに実行せんかい!ついて来られん奴はクビだ!」で全く問題なしである。

大統領や政治的リーダーの仕事は企業を恫喝することではないし指導することでもない。企業が自由に活動することができる枠組みを構築することである。企業が自由に活動する中で技術革新が生まれ、勝者と敗者に分かれるとともに経営資源が勝者に集まり、集まった資源が投資されて雇用が創出され、富は人々の手にいきわたる。

ロナルド・レーガンは企業を恫喝しなかった。レーガンは政府規模を縮小して支出を削減し、税金を下げ、規制を緩和して富の爆発的増加を誘発させた。それはレーガンが真の保守主義者であったからである。

トランプは早速空前絶後の「一兆ドル規模の公共工事による景気テコ入れ」をブチ上げている。大恐慌を長引かせるだけに終わったニューディール政策の再来である。これはトランプがどこをとっても保守主義者ではないからである。

現在トランプの周辺にはマイク・ペンス次期副大統領をはじめとする保守派が何人がいる。ペンスがトランプを保守方面に誘導すると期待されており、一部の閣僚の人選では成功の形跡が見られる。だがこのキャリア社の一件でペンス自身が関わっているのを見ても、どこまで期待できるか疑問である。

日本の安倍政権はトランプの企業恫喝を見て奮い立っていることであろう。政府が企業を恫喝するのは日本では珍しいことではない。

企業の内部留保が増え続けて377兆円に達した今、政府は企業に対して金を吐き出せ、とヤクザのように迫っている。「賃上げしろ、投資を増やせ、景気回復に貢献しろ」と。なぜ企業が内部留保を積み上げるのかといえば、株主への配当と会社の従業員の雇用維持に責任を持つ経営者が将来を心配するからである。将来考えられる逆風が襲ってきても耐えられるように防御壁を築いているわけである。だが愚かな政府のやることは、彼らを余計に心配させることばかりである。

米大統領選挙において、本来の保守主義と市場経済の考え方が日本にも伝えられることを期待したが、テッド・クルーズ敗退でその希望が一旦潰えた。そしてトランプ勝利によって共和党がまとまり、トランプが保守主義者の見識を吸収した姿を見せてくれることを淡く期待しているのであるが、それは過大な期待とならざるを得ないか。

祝・クリントン敗北 - そして保守派の戦いは続く

  • 2016.11.12 Saturday
  • 13:42

苦渋に満ちた米大統領選が正式に終わった。結果として極左でありオバマの政策の継承と拡大を確約していたヒラリー・クリントンの敗北に終わったことはひとまず喜ばしいことである。

当ブログは米大統領選に関する最後の投稿でトランプの大敗北を断言したが、それが完全に外れたということである。そしてそれでよかったのである。

なぜヒラリー・クリントンが敗北し、ドナルド・トランプが勝利したのか。

トランプは今までも述べてきたとおり、不安定でおぼつかない人物である。一般的にトランプは「過激だ」と言われる。だがトランプの発言や行動に過激な部分は一つもない。

メキシコとの国境が不法移民の温床となっている現実において、物理的な壁を建設するのは当然である。イスラム教徒の移民が欧州、豪州、北米において毎日のようにテロを引き起こしている現実において、少なくとも高リスクな地域からのイスラム教徒移民を遮断するのは当然である。これらはトランプの十八番ではなく、テッド・クルーズも主張していたことである。

トランプの問題は過激なことではない。世の言い方を使えばトランプは中庸であり中道である。価値観についても経済についても外交についても一本の筋が通っているわけではなく、あっちに振れてこっちに振れ、いったいどこに軸があるのか分からない人物である。そのためか多くの愚劣な発言を繰り返しては保守派を幻滅させてきた。共和党上院で最も保守とされるユタ州選出のマイク・リー議員などは、低劣な行動や発言を暴露され続けるトランプに対して本選挙を目前にして退陣を求めたくらいである。

保守の言論界においては大きく三つのグループに分かれた。一つは絶対トランプ支持派。これはフォックスニュースやブライトバート誌である。二つ目は、ヒラリー・クリントンによるこれ以上の国家解体を阻止することを第一目的とし、”鼻をつまんで”トランプに投票しようとする一派。これはマーク・レビン等の多くの元クルーズ支持者達がこれに入る。そして三つ目は絶対トランプ不支持派(#NeverTrump)。これにもベン・シャピーロやグレン・ベック、アマンダ・カーペンターといった元クルーズ支持者達が入る。

ヒラリー・クリントンが敗北した理由。それはオバマ政権とヒラリー自身の酷さ故である。オバマ政権8年によってアメリカの軍事力は後退し、同時に外交上の威信も低下。経済は破綻した状態で超低空飛行。政権と政権の意を受けた最高裁による社会実験で伝統的価値観と自由は未だかつてない攻撃にさらされている。それに対してヒラリー・クリントンから出てくるのは使い古された左翼的な言辞。それに加えてクリントンの腐敗。情報セキュリティ問題に加えて計算外にマズかったのが最後に出てきた「アントニー・ウィーナー問題」である。これについては公衆良俗のため多言は避ける。この世から隔絶された生活を送るハリウッドのセレブと左翼思想に脳髄をやられた人間以外はこのオバマ路線を突き進まんとする極左クリントンに少なからず危機感を覚えたはずである。

トランプが勝利した理由。それはクリントンの酷さゆえの自爆と保守派の踏ん張りである。

クリントンの酷さゆえに多くの民主党支持者が熱意を喪失した。投票数がそれを物語っている。一方共和党支持者の保守はクリントンによるオバマの社会主義政策拡大に強い危機感をいだいていた。特に危ないのが高齢化が進む最高裁で、クリントンが政権を取れば左翼の判事が任命されることになる。そうなれば社会の基盤である性別や結婚の概念が変容さっせられ、銃による自衛の権利も風前の灯である。

トランプの政策は良い部分と悪い部分の寄せ集めである。選挙戦初期のころのトランプには「壁をつくる!」だけの印象であったが、指名獲得してから終盤にかけてだいぶまともな政策が出てきている。大幅減税しかり、オバマケア撤廃しかり、教育自由化しかり、エネルギー開発の解放しかり、規制緩和しかり。良い部分はこれまでの対抗者から拝借したものもあればマイク・ペンス次期副大統領の指南によるものもあろう。だが反自由貿易的な姿勢(一部のトランプ支持者は「反グローバリズム」とはしゃいでいる)、社会福祉の拡大、政府主導のインフラ事業拡大、親露的態度、陰謀論への加担など、首をかしげるようなものから唾棄すべきものまで負の部分もある。

それらを総じてクリントンよりも遥かにマシであり、クリントンを止められるのはトランプしかいない。いまトランプを選ばなければ取り返しのつかないことになる。一旦失われたものは返ってこない。一旦壊れたものはもとには戻らない。

この強い危機感が保守派を突き動かした。

マーク・レビンをはじめとする保守派は決してトランプ翼賛会には堕しなかった。彼らはオバマ民主党とクリントンに対して熾烈な批判を繰り広げながらトランプが正しい発言をすれば称揚し、愚劣な発言をすれば雷を落とした。そして同時に選挙ではトランプに投票することを公言した。

トランプとトランプ支持者からいわれなき暴言と侮辱を受けたテッド・クルーズは自ら電話を取ってトランプへの投票を訴えた。「ヒラリーを止めるために」と。

彼らの熱意と行動によってトランプは襟を正して奮闘し、そして不承不承トランプ支持者と絶対トランプ不支持派の一部の心を動かした。

投票当日、マーク・レビンのラジオ番組にマイク・ペンス副大統領候補が電話で登場、「クリントンを止めるために投票を!」と呼びかけた。マーク・レビンは投票締め切りの数十分前まで「Get out and vote! It's time to get the key and go to vote! Stop Hillary! C'mon!」と叫んだ。

トランプは彼らに感謝せねばならない。そして約束を守らなければならない。だが人間は簡単に変わるものではない。若者ならまだしも、トランプほどの高齢であれば疑問を持たざるを得ない。

保守派はクリントンを破った。だが彼らは権力を握ったトランプを制御できるか。

保守派の戦いはこれからである。

「氷河期世代を正社員化で助成」 新たな収奪

  • 2016.11.06 Sunday
  • 17:17
 

氷河期世代を正社員化、採用の企業に助成へ
政府は来年度、バブル崩壊後の就職氷河期(1990年代後半〜2000年代前半)に高校・大学などを卒業し、現在は無職や非正規社員の人を正社員として採用した企業に対し、助成金を支給する制度を創設する。少子高齢化に伴って生産年齢人口(15〜64歳)が減少する中、働き盛りの世代を活用する狙いがある。 読売新聞 10/31(月) 6:11配信 


ここまで不道徳かつ愚鈍なことを考えつき、思いつくだけにとどめず政策として推進してしまう安倍政権はある意味で見事である。

政府はこの日本に生きる全ての人々の代表である。男も女も老いも若きも持てるも持たざるも関係無く、全ての人々の共通の利益を守るために存在する。

そのように意図したところで実際には多かれ少なかれ恩恵を享受する程度には差が生じる。だが少なくとも公平性という前提があるからこそ国民は税金を納めるわけである。

もしもある人間が別の人間から財産を奪い、それをまた別の人間に渡せばそれは窃盗である。いかなる道義的理由を並べようが、それは犯罪である。そこには公平性の片りんも無い。

その犯罪的行為を政府が真顔で実施すると「政策」となる。

この世で働いているのはいわゆる「就職氷河期」に卒業した人々ばかりではない。また家計や収入面で困難を抱えているのは「就職氷河期」の人々ばかりではない。また「就職氷河期」を経験した、あるいは現在経験しているのは「就職氷河期」の人々ばかりではない。

いかなる年齢層にあろうとも、人は様々な困難に直面しながら人生を生きている。困難は金銭面だけではない。性格や人間関係もあれば家族関係や健康面等、我々が人生において直面する困難は多様である。

自分よりも良い、あるいは一見良いと思われる境遇の人々を眺めつつ、それでも多くの人々はひたむきに文句を言わず、あるいは多少は愚痴りながらも実直に一日一日を生きている。「俺は搾取されている。俺よりも収入の多い奴は俺の収入との差額を補てんする義務がある。俺はその補てんを受ける権利がある」などとゴネる人間は少数である。

だが政府がやろうとしているのはこれである。

政府は企業に対し、「ある特定の人々(1990年代後半〜2000年代前半に労働市場に出た人々)を雇用したら、政府がそれ以外の人々の金で彼らの給料を一部負担しますよ」と言っているのである。「その金は税金として既に政府の手中にあります。国民は税金だからしょうがない、と諦めているので、わざわざその使い道について了解を得る必要などないのです」と。

この道徳的な問題もさることながら経済的にも愚かである。

政府は「生産年齢人口が減少する中、働き盛りの世代を活用する狙いがある」としている。

「働きざかり世代」はそれまでに積み重ねた経験によって「働きざかり」となったのであって、35歳あるいは40歳の誕生日を境にいきなり「働きざかり」になったわけではない。働くに必要な業務経験の蓄積と、気力と体力が充実しているからこその「働きざかり」なわけである。年齢は40歳以上でもそれまでの業務経験が無ければ「働きざかり」ではないわけである。

「働きざかり世代」は雇用コストと人件費が一番高い。給料の安い若者を雇ってじっくりと育てるのとはわけが違う。企業は即戦力を求める。「働きざかり世代」の人が途中入社で入ってくれば、上司も同僚も「この人は何ができるのか」に注目する。「何も分かりませんので、一からいろいろと勉強します」では通用しない。

企業は人を採用する際にそこを見極めなければならないから試験や面接をやるのである。

政府が税金で給料を補てんしなければ雇用されない「現在働いていない働き盛り世代」の雇用コストは一般以上に高い。

企業はそのような高コストな労働者は雇わないであろうし、企業に雇わせるためにはそのコスト以上の補てん額を積まなければならない。すなわち、彼ら以外の人々が税金を通じて彼らの給料及び雇用する企業がメリットを感じる額を肩代わりすることを強いられるということである。

愚かな政策は愚かな前提から始まる。

「現在働いていない”働き盛り世代”」はなぜ働いていないのか。政府が考える原因はこれである。

「企業が雇用しないから」

「航空機が墜落した原因は飛行機がうまく飛べなかったから」と言っているようなもので、思考が途中で止まっているのである。

「企業が雇用しない」が原因ならば、「企業が雇用するようにさせればよい」となり、そのために「雇用した企業に助成金を出せばよい(給料補てん額プラスα)」が結論となる。

彼らが働いていないのは企業が雇用しないからであるが、その理由は雇用コストが高いからであり、雇用コストが高いのは雇用規制があるからである。長年にわたり雇用規制を築いてきたのは政府であり、現在の状況は長年の過ちの積み重ねである。現在40代の人々に関して言えば、20年前の1990年代の労働市場に影響を与えた規制の犠牲者である。真の原因を追究するためには時代を遡らなければならないのである。

政府の政策で「現在働いていない”働き盛り世代”」が雇用されるためにはそのコストを補てんする額がそれ以外の人々から収奪されなければならない。企業は助成金を目当てに本来ならば採用しないであろう人々を採用し、その結果業績は悪化し、悪化した業績を埋め合わせるために政府は更に助成金をつぎ込まなければならず、そのためにそれ以外の人々が更に収奪されなければならない、という不条理なサイクルへと突き進む。

政府は愚かな政策を小賢しく理論立てする。メディアは仰々しい言葉で報じ、国民は甘んじて受け入れる。

「政府は失業者を全員正式雇用する!仕事場は浜辺!二手に分かれ、一方は穴を掘る!一方は穴を埋める!財源は税金!」とでもやったほうが潔いくらいである。

そこまでやれば、メディアも国民も、その愚かさに気づかされる可能性は無きにしもあらずである。

「電通」に見るブラック国民の姿

  • 2016.10.16 Sunday
  • 18:55
 

電通の女性社員を労災認定=入社9カ月、過労で自殺
大手広告代理店電通の新入社員だった高橋まつりさん=当時(24)=が昨年12月に自殺し、三田労働基準監督署が労災認定していたことが7日、分かった。時事通信 10月7日(金)18時7分配信


若くして人が自殺するのは悲劇である。親、家族にしてみればこれほど無残なことはあるまい。日本の広告代理店を代表する大手の電通に関する出来事であるからこれほど大きく取り上げられるのも当然であろう。

しかしもっと大きな悲劇はこの出来事に対する国民の反応である。

見聞きするのは、やれ電通は酷い会社だ、ブラック企業だ、上司が悪い、はたまた日本の企業文化が悪い、といった企業を悪者にするものばかりである。

そしてその帰結は何かといえば、相も変わらず「企業への規制を強化せよ」だ。長時間労働や「パワハラ」を止めさせるために行政はもっと行動せよ、と。

そして早速行政は行動を始めている。東京労働局が電通に立ち入り強制捜査に乗り出している。電通の仕事は広告作成であり労働局の対応ではない。労働局のために報告や資料をまとめたりと普段の業務に上乗せして更なる緊急の対応業務に迫られているはずである。普段の残業どころではない。お上のための残業である。しかし「残業が増えますので」などという言い訳は通用しない。お上が強制する残業は断れないのである。

このような問題が起きるたびに企業が悪者になる。そして何も改善されない。それどころかこの見当違いな反応によって改善への道は閉ざされる。新たな法律や制度がつくられて世の中の仕組みが複雑化する。それによって問題は更に見えにくくなり、状況は更に改善から遠のく。

この世に命をかけるに値することは数多くない。命をかけるに値するのは危険に晒された自分と家族の命を守ろうとするときくらいである。会社で働くのは給料をもらって生活するためであるから命をかけるに値するものではない。

ではなぜ人は時として死ぬまで頑張ってしまうのか。

それは現在の職場で頑張らなければ後がないからである。少なくとも多くの人々にとってそれは現実的な感覚である。新卒で入った大手有名会社から脱落すれば同様の条件で仕事を見つけるのは難しい。一般公募で転職できるのは30代までで、それ以降は各段に条件が厳しくなる。実質的に一旦入った会社で頑張るしかない。

「いや、実力さえあれば自分を売り込んでいけるだろ」「強烈な意思があればどこからでも這い上がっていけるぞ」

と言える人間はそれでよい。個人の気持ちの持ちようとしては何ら問題はない。しかしこのようなスローガンを叫んだところで世の現実は何も変わらない。

なぜ我々は一旦入った会社にしがみつかなければならないのか。それは「嫌だったら辞めて他を探す」が難しいからである。

なぜ難しいのか。

それは労働三法(労働組合法、労働基準法、労働関係調整法)をはじめとする労働市場に対する規制によって企業は「労働者を雇いにくく、労働者を解雇しにくい」状況に置かれているからである。

企業にとって人を雇うというのは大変なことである。大手になればなるほど雇用に関する仕事を専門に行う部署が必要となる。健康保険、厚生年金、雇用保険といった労務手続きをはじめ、法律で定められている労働諸規定を満たすために対応しなければならない。

企業が人を解雇するのも同様に大変である。単に「能力が足りないから」では解雇できない。人を雇い続ける余裕がなく、人員を削減しなければ存続が難しい場合も「誰を切るか」が問題となり、「切る」のは簡単ではない。だから余裕のない企業では解雇したい社員に対して激しい叱責や空気による圧力を加えて「自発的退職」を促し、比較的余裕のある大手企業では社内他部署への異動といった手段で乗り切る。

つまりは問題の根本は政府であり、その政府に労働市場規制を要求しているのは誰かといえば、それは我々国民だということである。

労働三法というお節介な法律を撤廃し、雇用者と被雇用者が自由に契約することができるようにすればどうなるか。

「このような能力・資質を持った人をいくらで雇いたい」という企業に対し、「このような仕事でこのような給料で働きたい」という人々が縦横無尽に渡り合い、業務負荷、労働時間、賃金、福利厚生といったものについて自然と相場が形成される。そこから大きく外れれば「割に合わない」となる。割に合わないことをするのは特殊な人、ということになる。雇うにも解雇するも簡単であるため「空き」が常にある状態となる。昼で今の仕事を辞め、午後新し仕事を見つけて明日からそこで仕事をする、といったことが簡単にできるようになる。

そのような環境で誰が会社のために「連日朝の4時まで残業」などしようか。

だが世の大方の意見は「電通はブラック企業だ」止まりである。

「電通を罰せよ!」「電通を営業停止にせよ!」

滑稽なのはそのような人間がひとしきり電通をこき下ろした後で見るテレビのバカ番組のスポンサーのCMを作成しているのが電通だということである。

我々がある会社を「ブラック企業だ」というとき、我々は我々の姿を鏡で見て、いかに我々がブラック国民であるかを知らなければならない。

「企業を罰する」というとき、問題は誰が罰するかである。企業への制裁を叫ぶ人間は決して「市場経済によって制裁を受けるべし」とは言わない。彼らが言うのは「行政は何をしている!」「行政は何とかしろ!」である。

行政が動くということは規制の強化である。規制の強化は更なる労働市場の硬直化をもたらす。労働市場の硬直化は労働者の選択肢の減少をもたらす。選択肢の減少はこのような悲劇をもたらす。

ブラックな国民がブラックな政府を煽ってブラックな労働市場を形成し、ブラックな労働環境で労働者が死ぬとブラックな国民は更にブラックな規制を強化せよと叫ぶ。ブラック政府のブラックな強制査察を受ける企業の管理層はブラックな残業を迫られる。

喜劇というには悲しすぎ、悲劇というには愚かすぎである。

追記:
日本人は労働生産性を上げて労働時間を短縮すべき、という意見もある。これは個人的な心意気としてはよいが、問題の本質とは無関係である。海外を知る人間は日本人の労働生産性が非常に高いことを知っている。真面目さや勤勉さといったDNAは我々日本人が代々先人から受け継ぐものである。我々は集中して長時間働き、正確で完成度の高い仕事を丁寧に仕上げる。これは美徳であり、重要な経済インフラである。だが日本人は規制に対応するために無給で政府に奉仕することを強いられている。身の周りのモノで政府に規制されていないものが一つでもあるか見てみればよい。長時間労働の割に豊かさを享受できないのはそのためである。

「政教分離」なる専制のスローガン

  • 2016.09.18 Sunday
  • 15:49

 

今年の8月15日、安倍晋三は例のごとく靖国神社に参拝せず、鳴り物入りで入閣した稲田朋美も国外に出て参拝せずという結末となった。期待はしていなかったので憤りは感じないが、このような安倍政権を擁護する人間を見るにつけ、暗澹たる気持ちになるのは避けがたいものである。

それはさておき、靖国神社参拝というと必ずどこからか「政教分離の原則上やや問題あり」という声が聞こえてくる。

日本社会は実に多くの空虚なスローガンに満ち溢れている。この政教分離もその一つである。

政治は政治、宗教は宗教。宗教は政治に口を出すべきではない。政治は宗教に絡むべきではない。

もっともらしく聞こえるが、単なる危険思想である。

この「政教分離」という思想は共産主義の宗教弾圧に起源を持つ。共産主義はそれ自体が政府を至高の神とする宗教であるが、単に他の宗教を認めないということである。

共産主義は人間の性質を変えようと(政府に権限を集中させることで人間の持つ「個人の所有欲」という性質を無くさせる)する試みであった。その試みの前提は、人間の性質は変えられる、という思想であった。

だがその試みの結果は大量虐殺であり、独裁であり、飢餓であり、貧困であった。

人間の性質は変えることは出来ない。人間には所有欲があり、善意があり、悪意があり、良心があり、意地悪さがあり、克己心があり、自堕落である。それら性質をあるがままに受け入れ、それを正のエネルギーに変換し、富をもたらしたのが資本主義であった。

同じく人間には変えられない性質がある。それは宗教である。

人間に価値観を与えるもの。それが宗教である。その価値観が良きものであろうが、悪しきものであろうが、価値観は価値観である。

キリスト教は宗教である。仏教は宗教である。イスラム教は宗教である。無宗教は宗教である。無神論は宗教である。オウム真理教は宗教である。共産主義は宗教である。「地球温暖化!」は宗教である。「反原発!」は宗教である。「日本が世界に誇る国民皆保険!」は宗教である。

「自分は宗教とは関係無い!」と百万回言っても事実は不変である。人間は宗教から分離して存在することは出来ない。ある人はこのような価値観(宗教)を持っているが、ある人は別の価値観(宗教)を持っている、ということが言えるだけである。

故に政教分離という思想は「お前の体からお前の価値観を切り離せ」と言っているに等しい。政治家に政教分離を求める、というのは、政治家に人間を止めてロボットになれ、というのに等しい。貴方の価値観が好きで貴方に投票した、だが今や貴方は政治家なのだから、貴方は貴方の価値観を捨てなさい、と言っているに等しい。価値観を捨てろというならそもそもなぜ選ぶのか、という論理矛盾である。

政教分離が共産主義を起源とする専制思想である一方、自由闊達で繁栄する社会に必要なのは信仰や良心の自由である。

自由な社会の基礎は個人財産の保護である。有形、無形を問わず、個人の所有物が他人からの収奪の危機に常に晒されている社会には自由も繁栄も無い。

信仰や良心は個人の財産である。これは最も重要な財産であると言ってもよい。この財産は親から子へと代々受け継がれるものである。良き信仰(価値観)は良き行いをもたらし、良き行いは富の蓄積と豊かさをもたらす。悪しき信仰(価値観)は悪しき行いをもたらし、悪しき行いは貧困と不幸をもたらす。

「政教分離」なる思想が空気のように受け入れられる社会において、自由と繁栄の礎である信仰や良心の自由は置いてきぼりである。

「公人としての参拝ですか?それとも私人としてですか?」

このバカげた質問は、「貴方は貴方ですか?それとも別人ですか?」と聞いているに等しい。

国のために戦った英霊が祭られている靖国神社に参拝するというのは一つの価値観である。それは人間としての良心である。価値観や良心は人から離れたりくっついたりするものではない。常にその人と一緒である。その価値観と良心がその人を形成する。その価値観や良心無しにはその人はその人ではない。

我々は人間の性質を根本的に変えることは出来ない。良き信仰を持つ人がいて、悪しき信仰を持つ人がいる。良心を持つ人がいて、邪心を持つ人がいる。さまざまな組み合わせを持つ人々が様々な組み合わせで社会を構成する。これが現実であり、この現実を変えることは出来ない。

我々が出来るのは、人々が信仰と良心に従って行動する自由を守ることである。それは政教分離ではなく、信仰と良心の自由である。だが信仰と良心の自由は脆弱である。我々の社会にはあまりにも多くの邪教とそのスローガンがはびこっているからである。

 

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