特定秘密保護法に炙り出される非国民

  • 2013.12.09 Monday
  • 23:32
 

 

"There are known knowns: there are things we know we know. We also know there are known unknowns: that is to say we know there are some things [we know] we do not know. But there are also unknown unknowns—the ones we don’t know we don’t know"  Donald Rumsfeld on intelligence

 

 

国防国家運営の命である。 諜報は国防の要である。 国防無き国家、諜報無き国家はどこかの国の衛星国か保護国か植民地であって独立国家ではない。 利害を共有する他国、利害に影響する他国、敵対する他国、これらの国々に関する生の情報を得る活動が諜報である。 諜報で得られた情報を使って敵国から自国を防衛するのが国防である。 国防力と諜報力をうしろだてに自国の利益を最大化するのが外交である。

 

利害の対立がある限り、生存を脅かす敵がいる限り、そこには攻めと守りがある。 攻めと守りに関する情報は機密である。 どこの誰を標的にしているのか、いつどのようにアクションを起こすのか、どのような兵器を開発しているか、どのくらいのスピードで開発しているのか、敵からどのように情報を収集しているか、敵からどのような情報が既に得られたのかこれら情報が敵に漏れれば、我々は丸裸同然である。

 

左翼・リベラルという人種が一番嫌うのが国家防衛という概念である 日弁連日教組朝日新聞という連中が秘密保護法の成立に反対する理由が分かろうというものである 

 

彼らは「戦前への逆行を恐れる」と言う。 彼らは戦前戦中に共産活動をしていた連中と同類である 戦前戦中は治安維持法があった。 この法で死刑になった人間はいない。 真っ当に生きる人間にはほとんど害のない法律であったと同時に、敵と通じる分子にとってはこの上なく嫌な法律であったはずである。

 

では特定秘密保護法は「治安維持法」かと言えばとんでもない。 一読すれば分かるが、独立国家として当たり前の法律である むしろ驚いたのは、程度の法律すらなかったということである。 この有様では国防も諜報も外交もあったものではない。

 

例えばアメリカでは政府要職に配置される「候補」と決まった瞬間に家族親族構成、過去の履歴、言動、交友関係、趣味嗜好、思想からなにから洗いざらい調べ上げられる。 それは手順であり、手続きである 国家反逆的な素地のある人間に機密情報にアクセスさせないための手段なわけである。 それが日弁連の恐れる「言論弾圧」や「人権侵害」だとしたら、笑止千万としか言いようがない。

 

だがそのアメリカでは左翼のオバマ政権によって国家機密は危機に瀕している。 第一期オバマ政権の国務長官だったヒラリー・クリントンの側近フマ・アバディンという女性がいた。 彼女の母親はテロ組織であるムスリム同胞団の姉妹組織ムスリム・シスターフッドのリーダーであった。 一方で核開発を進めるならずモノ国家イランがその存在を脅かすイスラエルという同盟国の機密情報をことあるごとにリークしているのがオバマ政権である

 

イスラエルのモサドがサウジ・アラビアと対イラン共闘体制に入りつつある。 サウジ・アラビアといえば従来イスラエルの仇敵である。 しかしその敵同士が生存のための利害の一致を見たのであろう。 テルアビブからリヤドへ、リヤドからテヘランへ... 国家の生存をかけた最高度の機密情報が動いてい 日本にいる我々が秘密保護法案を巡ってオママゴト的議論をしている合間にである

 

特定秘密保護法の可決によって敵が炙り出されている。 日本という世界最古の国家を内から蝕もうとする者達が誰かが分かる。 外敵にもまして手強いのは内なる敵である。 内なる敵は我々のそばにいる。 それは、これを読んでいる、自分自身かもしれないのである。

『House to House』読了

  • 2013.08.25 Sunday
  • 11:57
    

  

「House to House」はイラク戦争において地上軍として戦ったアメリカ陸軍・デビッド・ベラヴィア二等軍曹による実録である。 

 

2004年イラクサダム・フセインのバーシストが追放された後のイラクには世界中のジハーディスト(イスラム・テロリスト)が大集合していた。 ベラヴィア二等軍曹達が対峙したのは彼等であった。 現実感の無いテレビゲームのような空爆シーンとは全く違う世界がそこにある。

 

ある日の深夜、ベラヴィア二等軍曹と部隊の兵士達は糞の川を歩く。 テロリストに武器す者を処理するために、その者が隠れる家につながる下水道をさかのぼっているのである。 地上に出てこれから実行というときに後方部隊のコミュニケーションのミスで作戦が露呈。 敵の銃弾の雨をよけてもと来た道を戻る。 拠点にもどり、希少な水で汚物を洗い流す作業をすること数時間。 人間らしい匂いに戻れたのは明け方。

 

ファルージャの市街戦… 敵のゲリラ兵は撃っても撃っても立ち向かってくる。 マシンガンで蜂の巣になってもまだ動き続ける。 特殊な麻薬を打って、どれほどのダメージを受けても心臓が動くようになっているからだ。 敵は「生きること」を度外視し、「殺すこと」だけのために突進してくる。 最も恐ろしい敵である。 ベラヴィア軍曹と兵士達は家から家へと掃討作戦を展開する。 家と家の隙間から敵は銃撃してくる。 兵士達は持ち場を守って応戦する。 長時間に及ぶ激しい戦闘で敵のゲリラを殲滅する。 最前線で戦った兵士がびっこを引いて拠点に戻ってくる。 股間を打ち抜かれておびただしく出血している。 撃たれて命の危険があるにも関わらず仲間を守るために持ち場を守って応戦し続けたのである。 「俺はまだ戦う」といって聞かないその兵士をベラヴィア軍曹は強制的に担架に乗せて救急部隊へ送る。

 

ベラヴィア軍曹も兵士達も、多くを犠牲にして国のために命をかけた。 国のために…皆が自由を享受し続けることができるために... それは時には家族にさえも理解されなかった。 戦場という非情な世界で男達はお互いに命を預けあった。 前線に赴く前にお互いに写真を撮り合った。 明日死んだらその写真を葬儀に使ってもらうためだ。 この世にこれ以上に高度で緊密な信頼関係はおそらく存在しないであろう。

 

サダム・フセインは中東における生きる大量破壊兵器であった。 世界に石油を供給する中東の不安定要素であった。 イラクはクウェート侵攻後の湾岸戦争において敗退したがサダム・フセインはその地位を追われるのは免れた。 多国籍軍との停戦において条約が結ばれたがサダム・フセインはそれをことごとく破ってきた。 9.11があろうがなかろうが、いずれにしても叩かれなければならない存在であった。

 

イラク戦争は正しい戦争であった。 戦われなければならない戦争であった。 アメリカが主導した戦争であったが、多くの国々が賛同した。 イラクが電撃的なスピードで完膚なきまでに叩かれたのを見て世界のテロ国家は震えた。 それまで反米テロ国家であったカダフィのリビアは一転してテロリズムと大量破壊兵器を放棄した。 ブッシュ大統領の”You are with us, or against us”は世界の勢力地図を変えるほどの力があった。 戦争は悪ではなく、より良き世界をもたらす手段であることを世に示したのである。

侵入者をプランクトンのエサにせよ

  • 2012.08.16 Thursday
  • 21:29
 

尖閣諸島に不法上陸した香港の活動家達を日本政府は一両日中に強制送還する予定だということで、またもや怒り心頭、血管が破裂せんばかりである。 こんな体たらくで東京都が買って、それでどうなるのだ。 国有化して、それでどうなるのだ。 彼ら不法侵入者に対して、日本は断固たる手段をとることが出来ないことを、これでもか、これでもか、これでもか、これでもか、と世界に発信し続ける現在の状況において、誰が保有しようが全くもって無意味であろう。

 

断固たる手段とは何か。 それは一回警告し、警告の言葉が終わるか終わらないかのうちに侵入船に大砲を打ち込み、木っ端微塵にして海に沈め、プランクトンの餌にでもしてやることである。 これ以外に「断固たる手段」と呼べる手段は存在しない。 抗議が来たら、「そのような事故の発生は聞いておりません」とでも言ってとぼけてやればよい。 船が来るたびに同じ事をしてやればよい。 どこの国が何を騒ごうと、涼しい顔をしておればよい。 現行の法律では彼らの本土への爆撃はしようも無いだろうが、このくらいのことは出来るはずである。 これぞ無言のメッセージというやつである。 言って分からない連中に通じるのはこれだけである。

 

あまり事を荒立てると中国に駐在している多くの日本人が危険に晒されるよ… と言う人間がいるが、全く分かっていない。 悲しいくらいに物事の道理が分かっていない。 祖国日本がしっかりしていなくて困るのは、海外にいる人間達なのだ。 祖国日本が弱くて困るのは、海外にいる人間達なのだ。 祖国日本がバカにされて困るのは海外にいる人間達なのだ。 彼らは「個人」であると同時に、いやそれ以上に「ニッポンそのもの」なのだ。 本人が好む好まざるとに関わらず、である。 強いニッポンが背景にあるから彼らは尊敬される。 強いニッポンが背景にあるから彼らは厚遇される。 強いニッポンが背景にあるから彼らは耳を傾けられる。 そういうものである。

 

強制送還などというとゴツイ響きがあるが、何のことは無い。 いうなれば、「なんでこういうことするの!」と不貞腐れた狼藉物を大事に家まで送ってあげ、「もう、お願いだから、こういうことするの止めてよね! 頼むね! じゃあね!」とお願いしてバイバイする、ということである。 世界が見守る中、これ以上間抜けな対応は無い。 本土まで警備付でエスコートして、食事を楽しんでいただいて、お泊りいただいて、御高説を拝聴して(聞き取り調査)、それで本国までお届けする(送還)… 全て国民の税金で。

 

恐らく実際に送還となるのであろう。 この悔しさを、国民は塩を削ぎ傷にすり込むように、痛みとして体に刻み付けるべきである。 忘れることがないように。 ごまかすのではなく。 ちゃかすのではなく。ふやけた笑顔を浮かべるのではなく。 目を逸らすのではなく。 顔を背けるのではなく。 子頭良いふりをするのではなく。 しっかりと見るのである。 これがわが国の姿なのだと。

 

 

追記1:「8月15日 不戦の誓い新たに…」 この不道徳で退廃的で垢にまみれた言葉を、いたいいつまで聞かされなければならないのか。 『昔の日本人ばバカで愚かで非道だった。 近隣諸国を侵略しまくり、虐殺しまくり、それでアメリカさんまで怒らせて… 1945年から日本人は賢くなった。 善良になった。 優しくなった。 我々はもう武器は持ちません。 戦いません。 そして信じています… 周辺国の皆様が優しく親切に接してくれることを。 そうしてくれなくても、でも願い続けます… いつか心が通じてくれたらと… 』

 

追記2:彼らがプランクトンの餌になれば食物連鎖で我々が食する魚にまで上がってくるかもしれないと考えるとなんだが、その頃にはたんぱく質からアミノ酸に何度も分解されて、もう跡形もないはずである。

オスプレイ配備を阻む国家反逆者達

  • 2012.07.26 Thursday
  • 01:07
 

オスプレイ配備に反対する人間達の言う「安全」とは何なのか。 彼らの「安全」は矮小であると同時に不道徳である。 なぜならば彼らの言う「安全」とは「現実否定」に他ならず、彼らが「安全」を騒げば騒ぐほどに「国家の安全」は失われるからである。 彼らの考える「安全」と、当ブログの考える「安全」は全くの別物である。 なぜならば当ブログにとっての安全とは「防衛力と抑止力」に他ならないからである。

 

日本政府はアメリカに対して安全が確保されるまでは飛行開始するな、という笑止千万かつ言語道断な要求をしている。 そして米軍基地周辺で反対を叫ぶ連中がデモ行進をしている。 彼らは東日本大震災後に反原発を叫んでデモ行進をした連中と同じである。 それは決して偶然ではない。 反原発と反オスプレイは思考が同じなのである。

 

原発を止めれば安全なのだ電力不足で生活は不便になる、企業活動は立ち行かなくなる、経済が打撃を受ける... それでも原発さえ止めれば安全なのだ...オスプレイさえ配備しなければ安全なのだ日本の敵国(中国・ロシア・北朝鮮)は日本とアメリカの安全保障上の絆が綻び始めているのを見る、強力な抑止力を手に入れるチャンスを自ら放棄しようとしているのを見る、日本の国防意識が極度に低下しているのを見る しかしそれでもオスプレイさえ配備しなければ安全なのだ

 

オスプレイとは何か。 それは航空兵器の革命である。 オスプレイはヘリコプターであると同時に飛行機でもあり、そしてどちらでもない。 どこからでも飛び立ち、そしてどこへでも降り立つ。 飛行時の最速は時速580キロ、飛行高度は7920メートルに達し、1600キロの距離を給油無しで飛ぶ。 戦闘範囲は半径690キロに及ぶ。 ヘリコプターには出来ないことをやり、飛行機にも出来ないことをやり、ヘリコプターも飛行機も出来ることをやってしまう。 それがオスプレイである。

 

オスプレイの開発は数十年という年月と2兆ドルもの開発費をかけて行われてきた。 そして反対派が言うように、貴重な命が犠牲になってきた。 にも関わらず、軍と現場の兵士達は強力に支持してきた。 なぜならば、これがあれば今まででは考えられない戦い方が出来るからである。 滑走路の無い平地から飛び立ち、地対空ミサイルの届かない高度を高速で航行し、敵中深く入り込み、急降下して敵の頭上に表れ、再びヘリに変身し、これまた岩だらけの荒れ地に降り立ち、兵士を送りこみ、敵を殲滅し、そして兵士を乗せて急上昇し、基地へと帰還する

 

メディアで伝えられているような事故は事実の一部であって真実ではない。 アフガニスタン・イラク戦争では既に2005年から同機が展開されている。 それ以来今までに何千回か何万回か何10万回知らないが、とにかく毎日の戦闘行為で使われている。 戦闘行為の目的は言うまでもなく、敵を殺すことである。 オスプレイはその目的を達し、大活躍している。 アメリカの、そしてひいては世界の安定化に貢献している。 それが真実である。

 

オスプレイに反対する人間はオスプレイの何たるかを知らない...知ろうともしない...知りたくもない...知ったことではない。 彼らは安全に対する敵である。 我々は、人知を超えた自然現象である大震災の悲劇があれよあれよというまに脱原発という「近代化、工業化、そして経済発展に対する攻撃」へと変貌する様を目の当たりにしたばかりである。 オスプレイ配備を契機に彼ら国家の安全に対する反逆者達の声がまかり通れば日米安全保障の崩壊に繋がる。 それは我々及び未来の世代の危機に晒されるということを意味する。 言うまでもないが、その時にはもはや安全は無い。

 

 

参考:オスプレイを知る

You-Tubeで二つの素晴らしいドキュメンタリーを見つけた。 オスプレイの何たるかを知るには十分である。 最前線で戦う兵士の凛々しい表情に心を打たれる。

Flight of the V-22 Osprey

Bell-Boeing V-22 Osprey How It Works HD

 

 

 

 

 

「尖閣諸島募金・10億突破」へ敬意

  • 2012.06.02 Saturday
  • 18:16
 

尖閣諸島の購入に向けて都が行っている寄付募集が10億を突破したことについて、国民の国土を守る意思の表れとして素直に敬意を表したい。 しかしこの感情とは別に疑念募る。 地方自治体であろうと国であろうと、政府ほど信用の置けないものは無いからである。

 

石原慎太郎は東京都の知事であって主ではない。 東京都の主は東京都民である。 知事というポストは終身制ではない。 以前の知事は意地悪ばばあだったのである。 石原の次がどのような知事になるのか。 その次はどうなのか。 誰にも分からない。

 

「国防は国の役割だから(それは正しいが)」尖閣は国が所有するべきだ、という意見も多い。 その流れで次の都知事が尖閣を国に売却する可能性もある。 すると今度は尖閣が国の所有となる。 その時、或いはそれ以降に政権がどうなるのか、誰にも分からない。 今までの自民党や民主党の外交政策を見れば、尖閣諸島中国との交渉の材料にしようとする危険性は非常に大きいと言わざるを得ない。 個人の手を離れているのだから、どのように使おうが国の思うままである。

 

一方、中国は益々拡大する軍事力を背景にして尖閣を脅かし続けるはずである。 中国にとって、尖閣が個人の所有地であろうと都の所有地であろうと国の所有地であろうと、大した違いではないのである。 個人よりも都、都よりも国、とひたすらお上を頼りにする日本人にとっては何となく安心感があるのかもしれないが、それは勘違いである。

 

島の価格は15億円ほどになるらしいが集まった金が無駄にならないことを祈りたい。 しかし本来こうあるべきではない。 国は、土地が個人の所有であろうが何であろうが、国土であるからには守らなければならないのである。 極論すれば、たとえ尖閣諸島の所有者が中国国籍の人間に島を売ろうとも、その土地は日本の領土であることにはなんら代わりはない。

 

本来、島は現在の持ち主が未来永劫保持し続ければ良いのである。 現在の持ち主が年老いたら自身が信頼する誰かに譲るか売却すればよいのである。 重要なことは、持ち主がその島の所有権を不当に侵害されないよう国が補償することである。 島がどうにかなってしまうのでは、という不安感を覚えたから所有者は石原都知事を個人的に頼ったわけだが、そのこと自体が問題の根本なのである。 

 

本来、政治家としてリーダーシップを発揮するべきは島の買い取りではない。 すべき事は、政府の本来の役割が何であるかをわきまえた政治家・政党を育て、地方と中央の政界に送ることである。 同時に国民を覚醒させることである。 募金に応じた多くの心ある国民がいる反面、民主党政権を嬉々として誕生させた迷える大衆が大多数なのである。 国民の財産と権利を守るのが国の役割であり、国防はそのための第一の任務であること、それを国民理解させることである。 

 

我々保守主義の提唱者は微力ながらそれに貢献することが出来る。 時間はかかる。 即効性は無い。 華やかさも無い。 地味である。 それが民主主義の宿命である。

アフガニスタン 失われた勝利

  • 2012.03.13 Tuesday
  • 21:56
 

アメリカはイラクから撤退し、アフガニスタンでも戦況が悪化しつつある中撤退に向かっている。 今アメリカでは「アフガニスタンは戦う価値があったのだろうか」という問いに対し、共和党員ですら意見が半分に割れているのだという。 民主党が議会を取り、政権を取って以来状況は急降下である。 アフガニスタンでの戦死者の2/3はオバマ時代である。 左翼は敗北と悲しみと惨めさしかもたらさない。

 

「価値があったかどうか」という質問自体は無意味である。 「価値がある」から戦争の開始を「選択」したのではなく、「それ以外の選択肢は無かった」のである。 決定権はアメリカにではなく、敵であるタリバンとアルカイダが握っていたのである。 

 

それにしても、今の状況を見ると大きな間違いがあったことは認めざるを得ない。 今から考えると、そもそもの間違いは「戦争の遂行可能期間」という重要な条件を最初に考慮しなかったことではないか。 ブッシュ政権が2期目を取れたとしても、議会が民主党に取られた場合に合衆国政府としての戦争への取り組みはどのような制約を受けるか… もしもベトナムの時のように、彼らが敵の見方につき、世論を反戦に煽り、自国の兵士を危険に晒し、戦闘行為を妨害したらどうなるか… その可能性はどのくらいあるのか… 

 

圧倒的な破壊力の最新兵器とスピードと兵站を重視するラムズフェルド・ドクトリンによって主な戦闘行為は電撃的な速さで終結した。 そしてその後アメリカはアフガニスタンに親アメリカ的で民主的な国を作ろうとした。 戦闘行為は兵士が行うが、国づくりには行政、立法、司法、商業、工業、民生等の様々な専門家が関わらなくてはならず膨大な費用とエネルギー、そして気の滅入るような長い期間が必要である。 ブッシュは言った「アメリカは意思を維持しなければならない…  We will stay the course until the job is done」.

 

その考え方自体は全く間違いではなかった。 それが出来たならばその地域に資本主義が芽生え、富が生まれ、平和な市民社会が育ったかもしれない。 しかしそうはならなかった。 「今のところは」ではなく、「まだそうなっていない」のでもなく、アフガンの人々は一度得た自由を再び奪われつつあるのである。 女性たちは素顔を出して学校に行ったり音楽を楽しんだりすることが出来るようになったと思ったのも束の間、再びイスラム法による隷属と恐怖による支配に陥りつつある。 

 

問題は時間であった。 アメリカは常に振り子のように大きな弧を描いて右と左を行き来する国である。 やや保守的なブッシュと共和党議会の後にはリベラルで左翼的な民主党が来ること、少なくともその可能性があることを戦争の時間軸に組み込む必要があった。 欠けていたのはそこである。 戦闘行為は短期間で収束出来る。 しかしその後国づくりをするための必要な期間は? その期間継続して責任を持てる人間はいるのか? 明らかな答えはこうであろう。 自分たち(ブッシュ政権)は戦闘行為については責任を持てる。 しかしその後10年20年を要する国づくりにアメリカがどう関わっていけるかは未知数である。 共和党が政権と議会をどのくらいの期間継続維持できるかは選挙民が決めることである。 維持できない場合、その後の舵取りは民主党に委ねられることになる。 未知数な領域に関して国民の生命に関わる決定をすることは出来ない。 よって、この戦争は短期間での戦いでなければならない。 そしてアメリカの圧倒的勝利を歴史に刻み付けて終了しなければならない。

 

そのような思考を経たときに出てくる戦略は、実際に実行されたものとは違うものになったはずである - 戦争の経験者でもなく戦闘を指揮したこともなく戦略を練ったことも無いが、これだけは言える。 相手は敗戦当事に既に民度の高い人々によって高度な市民社会が形成されていた日本のような国ではない。 アフガンの人々が知っていたのはコーランと戦いと暴力と隷属と惨めさと怒りである。 「平和な市民社会」はあまりにも遠い存在である。 平和な市民社会はそれを保ち守り育てようとする人々がいなければたちまち瓦解する。 後年のカダフィのような「反アメリカではなく、イスラム狂信主義でもなく、世俗的性格の独裁者」こそが求めうる最上の選択肢ではなかったか。 その独裁者による鉄の支配によって、国民は自由は得られないものの、長い期間を経て社会が徐々に世俗化し、秩序が生まれ、一定の富が生まれるのを「望む」あるいは「誘導する」のが最上の策ではなかったか…. 

 

価値が疑問視される戦争で死ぬことほど理不尽なものはない。 感謝されずに戦死することほど空しいものはない。 勝とうとしない戦争に行くことほど馬鹿馬鹿しいものはない。 しかし既に命は失われている。 彼らの犠牲の価値はもう既に風化しようとしている。 最大の犠牲を払った兵士の家族、そして彼らを見捨てる社会。 たとえ見えなくても深い傷が刻まれる。

 

 

追記

戦争計画立案者達がアフガンの人々を短期間に平和的市民へと変えられると推測した一つの理由は恐らくこうである。 「我々は太平洋戦争でクレージーでファナティックで“テンノー・バンザイ!!”なジャップを敗退させた。 ジャップはその後、我々から民主主義を授けられたお陰で猫のようにおとなしくなり、穏やかで礼儀正しいニッポンジンになった。 徹底的にやればどんな敵であってもコロッと変わるのだ」と思ったのではないか。 保守派は自国を称揚する立場にあるから仕方ないが、アメリカの保守にはこういう考えの人間が多い。 この不幸な勘違い(日本はアメリカによって平和化されたのではなく、もともと平和を愛する人々による国である。 日本人が日本を守るのに必死にならないほうがおかしい)が尾を引いているとしか思えない。

兵士を敵に売ったオバマ大統領

  • 2012.02.24 Friday
  • 21:36
 

アフガニスタンでアメリカ兵士が「誤って」コーランを燃やしたことでデモが暴徒化しているということになっている。 このような報道は大間違いである。 アメリカ兵士は誤って燃やしたわけではない。 燃やす必要があったから燃やしたのである。 収容所に囚われているテロリストのもとに面会者からコーランが届けられていた。 そのコーランにはアメリカ兵にどのように危害を加えるべきかが書き込まれていた。 それをアメリカ兵は発見した。 だから取り上げた。 そしてそれをゴミと一緒に焼却しようとした。 そういうことである。 誤ったわけでもトチったわけでも悪戯したわけでも何でもない。 必要なことを当たり前のこととして行っただけである。

 

日本のことを棚に上げて言うが、それにしてもオバマ政権の愚鈍さと低脳さ、左翼メディアの悪意と価値基準の倒錯には驚愕するものがある。 アフガニスタン戦争が始まってから現在までの各国の兵士の死者は2700名以上に上る。 9.11の首謀グループ・アルカイダを保護していたタリバンを掃討し、平和的な国家を樹立することを目的として遂行されてきた戦争が、オバマ政権になってからは「撤退」が目標となった。 撤退が目標であって勝利ではない。 撤退のためであれば敗北も良し。 その結果を今我々は目の当たりにしているのである。 しかしこれは最終的な結果ではない。 結果にいたるまでの過程である。

 

合衆国大統領が暴徒たちに対して謝罪するなど言語道断である。 オバマ大統領はいままで「命をかけて国を守る兵士たちをサポートする」などといった言辞を並べてきたが、この瞬間真実がはっきりしたのである。 兵士は究極の犠牲を覚悟で戦地に赴く。 究極の犠牲とは命である。 命とは個人が天から与えられたものの中で最も尊くかけがえの無いものである。 そして命とは一個だけで存在するのではなく、多くの家族、友人を支え、そして支えられているものである。 兵士達は、過去の人々が同じように命を投げ打って守り、現在自分たちが恩恵を受け、そして未来の世代に受け継いでいかなければならない国家というもののために、自ら志願して命を危険に晒す。 そして犠牲になる。 その兵士達を、オバマ大統領は敵に売り渡したのである。

 

合衆国大統領や議会が自国の兵士達を売った例は過去にもある。 兵士達というのは過去に戦い犠牲になってきた兵士も含めてである。 それはベトナム戦争である。 南ベトナムはアメリカの支援のもとで完全なる勝利を収めた。 焦った北は講和を求め、パリで合意に達する。 南北の国境で停戦し、北が兵器を(ソ連や中国の支援で)増強すれば南も同じ量の兵器を(アメリカの支援で)増強することにより現状を維持する、というものである。 しかしその後民主党が多数をしめる議会はその約束を反故にし、結果北は増長し、南に侵攻する。 ベトナム全土は共産化され、その波はカンボジア、ラオスに及んだ。 結果起きたのは人類史上かつてない恐るべき大虐殺であった。

 

おぞましき歴史である。 そしてその歴史は繰り返そうとしている。 イラクで、そしてアフガニスタンで。 保守は悲しみに打ちひしがれ、怒りに震え、そして神に祈る。 左翼リベラルは顔を背け、ミュージックビデオとハリウッドの世界に浸り、そして「社会正義のこぶし」を振る。 人類はあまりにも少なく学び、にも関わらず、あまりにも饒舌に多くを語る。 饒舌に語るうちにそれに酔う。 そして酩酊のなかでユートピアに浸る。 究極の犠牲を払って自由と繁栄を守らんとした者たちは忘れ去られ、そして世界は地獄へと近づく。

ロシアの台頭・それは我々の愚かさ

  • 2011.11.27 Sunday
  • 00:28
 

ロシアという国は、ソビエト時代は言うまでもなく、常に世界に不安定と殺戮をもたらしてきた。 そのロシアがここ最近ますます力を誇示しつつある。 来年にはプーチンが再び大統領となる見通しであり、KGBの精神を受け継ぐ独裁者としての地位を固めている。 ソ連崩壊から20年を経て、ロシアの大地にファシズムが生まれつつある。 そのロシアとアメリカとの間に再び冷戦時代の対立構造が明確になりつつある。 ヨーロッパを恫喝し、イランの核開発を援助し、極東においては日本の領土の実効支配を強めている。

 

ロシアの主要産品は石油、天然ガス、石炭、鉄鉱石といった地下資源である。 それ以外に何かあるのかと言えば、大したものは無い。 もともとロシア人は中国人と違ってコツコツと長時間モノをつくるような作業を真面目に継続する国民ではないし、日本人のように少しでも良いモノを造ろうだとか、少しでも良いサービスをしようという国民でもない。 ドストエフスキーの小説に出てくるような哲学的思考を好むと同時に強力な指導者に従う性行を持つ人々である。 一般化して言えば、勤勉、勤労、改善、革新といった言葉が当てはまる人々ではない。 宇宙ロケットの打ち上げに立て続けに失敗しているのを見れば一目瞭然である。

 

では何がロシアに力を与えているのか、ロシアの強みは何なのか、と言えば、それは彼らの主要産品である石油や天然ガスによる収益に他ならない。 他にないのだから、それしかない。 下は1980年から現在までの原油価格の推移である。 2008年〜2009年で金融危機の影響で値を下げたが再び上昇し、直近では1116日に103ドルに達している。 

 


http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4714.html より転載

 

 

株式市場債権市場が低迷する状況下で、行き場を失った投資投機資金が原油市場に流れ込んでいるから、などという小頭良さそうな説明があるが、枝葉末節である。 モノの価格というのは短期的であろうが長期的であろうが需要と供給でトレンドが決まるのである。 原油の供給を情勢が不安定な中東、アフリカ大陸、そして日本の国土を不法占拠するならず者国家・ロシアが握っている。 原油の消費国である新興国や先進国は彼らの供給に頼らざるを得ない状況にある。 世界情勢が不安定であればあるほど価格は釣り上げられる。 そしてロシアはますます利ざやを稼ぐ。 そういう循環である。

 

負の循環と言う言葉があるが、正にそれである。 日本には自主防衛出来る程の軍備が無い。 中国・ロシア・北朝鮮を抑止する核戦力が無い。 国家の意思による戦争をするための法整備が無い。 だから日本は竹島を韓国に明け渡し、尖閣諸島の中国による領海侵犯を許すありさま。 当然のことながら、尖閣諸島の地下に眠るサウジをも凌ぐ埋蔵量の石油や天然ガスを採掘することが出来ない。 それどころか、中国側から吸い取られているありさま。 

 

逆に言えば、日本がかねてからしっかりした国家であれば今頃は世界に冠たる地下資源産出国家になっているはずなのであり、そうなっておれば少なくとも自国で消費する原油の供給は安定しているはずであり、ロシアの極東における台頭など許すどころではないのである。 更にはエネルギー戦略でロシアにゆすりをかけ、樺太まで分捕っても良いくらいである。

 

この日本の体たらくによる失態に加えて、或いはそれと相まって問題なのは先進諸国にはびこる環境左翼病である。 ここを掘ると石油があるが環境を汚染するからダメ。 ここを掘ると天然ガスがあるが自然を破壊するからダメ。 地下資源を使うのはCO2を出すからダメ。 かつて冷戦時代、資本主義にる工業化が進む西側諸国において環境がますます浄化され、逆に共産主義による計画経済(規制経済)が進む東側諸国において環境がますます汚染されていた事実、その事実を環境左翼は分かっていない。 いずれにしても、これら環境左翼が政府のあらゆる階層に巣くい、病原菌を撒いている。

 

ロシアの台頭。 それはロシアのカイゼンでもなければ勤勉さでもなければ産業の強さでもない。 それは日本そして先進諸国が自ら仕組んだ自らの没落によるものである。 それは日本そして先進諸国の愚かさゆえの結果である。

『頑張れ日本!全国行動委員会』へ拍手、フジテレビ・日の丸掲揚

  • 2011.10.09 Sunday
  • 15:04
 

連休の最終日である919日、「頑張れ日本!」の田母神会長と水島幹事長が率いる抗議デモによってフジテレビに掲げられていたボロボロの日の丸が引き下ろされ、新品の国旗が掲揚された一連の流れが映像で公開されている。 水島幹事長の演説も田母神氏の演説も見事であった。 集まった2800名以上の人々の規律正しい整然とした行動もまた見事であった。 彼ら一人一人が手に持つ無数の日の丸が青空にはためく様は美しいものであった。 日本人として、日本人が愛国心を取り戻す様を目の当たりにするのは良いものである。 日本人の気持ちが少しずつ変わりつつあるのが感じられた素晴らしい日となった。

 

「頑張れ日本!」、そして賛同して集まった人々の行動は保守の精神、法順守の精神、愛国精神、そして行動主義の発露によるものであった。 今回の行動をロンドンで起きたデモと比べてみればよい。 今起きているニューヨークのデモと比べてみればよい。 ギリシャと比べてみればよい。 車に火を放ち、店のガラス窓を破って商品を盗み、道路を占拠して人の邪魔をし、段ボールや寝袋を広げる。 それがこれらのデモである。 それと比べて今回の集会はどうだったか。 整然と人が集まり、整然と列をつくって横断歩道を渡り、整然と声を合わせて主張を叫び、待つときは待ち、動くときに動く、国歌を斉唱し、「皆様本日は本当にありがとうございました! 警察の方々もありがとうございました!」という礼に終わり、それぞれが帰宅する。 このような文明的なデモといえばアメリカの保守の草の根運動であるティーパーティ(茶会党)くらいのものである。

 

フジテレビ側の対応は不誠実極まるものであった。 そして、彼らの反日集団としての真の姿をこれほどはっきりと示すものは無かったのである。 国民の祝日に見るもぶざまな色褪せたボロ切れのような国旗を掲げることによって国旗そして国家を冒涜するフジテレビに対し、「頑張れ日本!」側は怒りを込めながらも誠意をもって国旗の交換を要求した。 公共の電波を使うマスメディアとしての義務を果たすことを求めたのであり、極めて正当な要求である。 国旗を換えればよいのだから、簡単なことである。 1分で出来ることである。 それに対し、フジテレビ側は姑息極まる方法で話し合いを長引かせた。 「頑張れ日本!」は実力行使に出たが、それは道徳的にも法的にも完全に正当な行為であった。 なぜならば、国旗冒涜という重犯罪の前には「企業の敷地である」とか「企業の所有物である」などという些末な議論は無意味だからである。

 

今回の件は、メディアの存在自体が問われる契機となるはずである。 今回の件をまとめて流したテレビ局は桜チャンネルだけである。 そしてそれはYou-Tubeで公開されている。 テレビは白痴の箱という言葉があるが、それは正しい言葉である。 既存のテレビはバカである。 「既存の『テレビ』など必要なのか?」ということなのである。 You-Tubeであれば、海外の良い保守の番組、例えばFox NewsSean Hannity Showなどが見たい部分を選んで見られるのである。 フジテレビの反日番組など完全シャットアウトして困ることは何もないのである。

 

新たに掲げられた国旗に向かって人々が拍手し国歌を斉唱するすがたを見て改めて思う。 日本の国旗、日の丸は世界一美しい国旗であると。 日本の国歌、君が代は世界一美しい国歌であると。 さまざまな意見はありこそすれ、国旗、国歌の前に皆が団結する。 これは良いものである。

 

公開映像:

http://www.youtube.com/watch?v=xMFCLT5csEI&feature=mfu_in_order&list=UL

 

 

日本が必要とする軍備

  • 2011.09.01 Thursday
  • 23:56
 

日本はどの程度の軍備を持つ必要があるのか、という議論がある。 そのような議論の場ではよく何型のステルス爆撃機が何機必要だとか、何型の弾道ミサイルが何台いるとか、何型戦車が何台いるとか、そういったお宅趣味的な議論をしている者がいる。 彼らが何を知っているのか知らないが、どのような兵器をいくつ配備するかなどというのは枝葉の話である。

 

肝心なのは目的を理解することである。 日本の地政学的な立ち位置を考え、日本が生存し、発展し、国益を守っていくこと。 それを侵害する外敵に対して心理的な抑制力を利かせること、そしていざ外敵が領域を侵犯した際には相手に壊滅的な打撃を与えること。 これが軍事力を保持する目的である。 必然的に必要な軍事力とはその目的が果たせるだけの量、ということになる。

 

戦争とは外交の一手段である - クラウゼヴィッツ。 話し合いで決着がつかないから軍事力を使うのである。 軍事力が使えない、あるいは劣っているということは外交力が無いということであり、国益が失われるということである。 国益が失われるということは国民の安全と自由と文化が侵害されるということである。 政府が政府としての役割を、国家が国家としての機能を、果たせないということである。 だから、国家は必要な軍事力の保持をいの一番に考えなければならない。 社会福祉や環境などという幼稚園児のお遊戯にかまけている場合ではない。

 

では日本の外敵とはどこの国か。 カナダではない。 スイスでもない。 アルゼンチンでもない。 現時点で日本の領土を侵犯している国々といえば、ロシア、中国、北朝鮮が一番。 韓国も同じ西側自由主義圏といいながらも竹島問題がありけん制が必要な国である。 そしてアメリカ。 アメリカは歴史的に日本の国益を侵害し、かつ日本の市民を大量虐殺した過去を持つ。 注意が必要である。

 

ロシアを隅から隅まで、中国を隅から隅まで占領し、日本の領土にする、などと言っているわけではない。 出来るわけが無いし、したくも無い。 目的は日本国の領域を守ること、そのためには何も相手国を占領する必要は無いし、してはならない。 日本の国益を侵犯することを思いとどまらせるだけの「痛み」と「恐怖」を与えるだけでよい。 軍事大国であるロシア、中国と戦争をし、相手の戦意をくじく程度の破壊をもたらすことの出来る軍事力。 それが日本に必要な軍事力である。 それを持って始めて日本固有の領土である尖閣諸島を守り、北方領土を取り返すことが出来るのである。

 

だから、答えは明白である。 日本は中国、ロシアと同時に戦える軍事力を保持するべきである。 核兵器の配備は当然。 外敵が軍事大国なのだから、日本はそれ以上に軍事大国化しなければ国を守ることは出来ない。 この考えが好きか嫌いかの問題ではない。 これを明確に理解する人間が急増しなければ、日本は沈むまま。 それだけである。 

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